腹黒王子の憂鬱





「そもそも真白はお前の事、
全然認識してないんじゃねーの?」

「……ちっ」

(はぁ?舌打ち?)

「うっせーよ。わかってんだよ。
だから、仕方なく。本当に仕方なくお前に頼んでんだろ?
本当に嫌だけど」

(……いちいち腹の立つ言い方するなコイツ)

一回へこましたい。でないと気が済まない。
俺はそんな衝動にかられ、思わず口をついて出た。

「まぁ協力してやらんこともないけど、
大事な弟だからな~。
真白のこと、どれだけ好きかちゃんと教えて
もらわねーと協力できねーな」

(真白の事なんて、正直どうでもいい。
でも、好きな人の事どう好きなんか説明するなんて
恥ずかしいの極みだろ?モジモジしてたら
存分にからかってやろう)

そう思ってたのに……
そう思ってたのに――。
理人は、そこで止まらなかった。

「いやー、ほんとさ。初めて真白見たときさ、
マジで天使かと思ったんだよね」

アイスをくわえたまま、さらっと言う。
まるで今日の天気の話でもするみたいに。

「三年で新しく入ってきただろ。
しかも三年の中でも小柄でさ。
並んだとき、ちょっとだけ背低いじゃん。
それがなんかキュンとしたんですよ。
あと、あの髪。
必死に前髪引っ張ってるけど、
全然言うこと聞かなくて、ふわふわしてるやつですよ。
可愛すぎますね」

語尾が全部気持ち悪い方向に丁寧だ。

「天然であのふわふわ感、最高じゃない?」

最高じゃない?の意味がわからない。

「でさ、リフティングよ。3,4年なんて、
みんな適当に手を抜きながらやってんのに、
真白だけずっと一生懸命やってんの」

理人は、思い出すみたいに目を細めた。

「ボール落としてもさ、全然嫌な顔しないで、
もう一回、もう一回ってさ」

……もうやめろ。

「それ見た瞬間さ、
あ、これ好きになるやつだって思って。
案の定、マジでキュンとした。でさ、」

……まだ続くのか。

「みんなさ、慣れてきたら敬語ぬけてきたり、
生意気にも年上に指図してきたりすんじゃん?
でも、真白は絶対しないんだよ。
いつでも謙虚。そりゃ好感度爆上がりよ」

俺は完全に、絶句していた。
スプーンを持ったまま、
言葉も、ツッコミも、全部どこかに置き忘れた。
こいつはやばい。
性格も、感性も、熱量も。
そして何より……本気だ。

俺は弟の心配なんてしたことなかったが、
さすがに今回だけは真白の身に不安を覚えた……

「ってことで、お兄さん。
俺を親友として真白に紹介よろしく!」

「お、お前!!ずうずうしすぎるだろ?
さっき俺のことなんてどうでもいいって
ぬかしやがったくせに、
真白の前で親友になれって?
んなことできるわけねーだろ!」

「できなくてもやるんだよ!
俺のパスが欲しけりゃ
言うこと聞くんだんな、腹黒王子!」

理人は捨て台詞を残して颯爽と帰っていった。

(……アイツ、絶対いつかへこましてやる)

俺はこの時、
人生で一番厄介な男と出会ってしまったと、確信した。

そして俺は、
この先ずっと、この男に振り回される事になる。
のちに親友になり、
のちに弟の彼氏になり、
もしかしたら――。
義理の弟になるかもしれないのだった……


fin…