2月14日〈バレンタインデー〉年に一度、行われる恒例行事である今日。城内はいつもと変わらず甘い香り一つもしていないが、きっと王都は甘い香りで溢れ返っているのだろう。
「グレン!お前、最近どうだ?」
共に隣を歩く同期であり同じ騎士という役職を持つアデルにそう問いかけられたグレンは、いつもと同様、表情を変えることがないまま言葉を返す。
「最近、どうかって、俺は元気だぞ?」
グレンは意外と天然なのかもしれない。アデルは『そういう意味で聞いたんじゃないんだよなぁ…』と呟きながら、紅葉色の髪を掻く。
「あ!そういえば、グレン。お前は、ルティ王女殿下から何か貰ったのか?」
「いや、何も貰ってないが…?」
アデルの言葉が足りなかったせいか、グレンにはアデルが気になっていることが何か伝わらなかったらしい。
「あー、もしかして、グレン。お前、今日が何の日か忘れているのか?」
「今日?バレンタインデーだろ?」
流石に鈍いグレンでも、今日が何の日であるかぐらいは把握していた。
「な〜んだ!ちゃんとわかってるじゃないか。そう、俺はアルベア王女から、チョコレートを貰ったんだけど、グレン、お前はルティ王女殿下から、もう貰ったのかなと思ってさ」
アデルはグレンの隣を同じペースで歩きながらそう言いグレンの肩をポンポンっと優しく叩く。
『残念ながらまだ、貰ってないんだ』と言おうとしたが、プライドが邪魔し、グレンは少しばかりの期待を込めて言う。
「まだ、貰っていないが、これから貰えるかもしれないと思っているぞ。俺は…!!」
(まあ、殿下のことだから、普通に忘れている可能性が高いだろう…)
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うららかな昼過ぎ頃。
グレンはルティがいるであろう執務室に訪れた。
案の定、彼女はこなさなければならない仕事に追われていた。集中を切らしたくないのか、そこまで余裕がないのか。どちらかはわからないが、ルティはグレンが部屋に入って来ても顔を上げることはなかった。
「殿下、お忙しい所、申し訳ないんですけど、少しお時間いいですか…?」
悪いなと思いつつも、グレンは淡々と業務をこなすルティにそう声をかける。
「ええ、良いわよ」
ルティはそう言い手を止め顔を上げる。真紅色の瞳を向けられ、グレンは今1番、気になり思っていることを口にする。
「あの…今日、バレンタインデーですよね?その、俺に何か渡す物はありませんか?」
「あっ…!そういえば、そうだったわね」
ルティは思い出したかのように、声を出し、机の引き出しを開けて、赤と白のドット柄の包装紙に包まれ、赤いリボンが付けられた丸い箱を手に持ち、グレンに手渡す。
「はいっ!これ、あげるわ」
「あっ…ありがとうございます」
グレンは嬉しそうに礼を言い軽く会釈する。
「ええ、貴方がバレンタインデーだということと、何か渡すものないですか?って言ってくれなかったら、完全に渡し損ねていたわ」
やはり、グレンの予想通り、ルティは今日がバレンタインデーだということを忘れていたらしい。
グレンはわざわざ部屋まで赴いて、良かったと心の中で安堵する。
「お時間を取らせてしまい申し訳ございません。お仕事の方、頑張って下さいね。では、私はこれで失礼しますね」
部屋を後にしたグレンは城内の廊下を歩きながら、心の中でガッツポーズをする。
(やったぞっ…!アデル。俺も殿下からチョコを貰ったぞ)
内心、ルンルンな気持ちでいながらも、表上の表現をグレンは崩すことなく歩みを進める。
暖かい日差しが差し込む廊下にグレンの足音が心地良く響いていた。



