その日、俺はいつものように一人で観覧車に乗るつもりだった。
俺が通っている高校は地方都市の中心部、ビルや商業施設が密集する街中にある。
高校から歩いてすぐの駅前にはデパートが建っていて、週に一回、俺はそこの屋上の観覧車に乗っている。
理由は単純に楽しいから。
今日も学校が終わってすぐ、デパートの屋上へとやってきた。
「あっつ!」
屋上についた途端、つい独り言が漏れる。
九月の中旬。まだ日が沈むには早い時間。暑い中を歩いてきた俺はすっかり汗をかいていた。
見上げた先には澄んだ青空を背景に、青色のゴンドラの観覧車がゆっくりと回っている。
早くあの中に入って冷房に当たらないと倒れそうだ。
観覧車乗り場の近くにある券売機の方に向かう。
屋上には観覧車の他に遊園地にあるような子供用の動く動物の乗り物、休憩のための椅子やテーブルが置いてある。
何気なくそちらの方を見れば、親子連れや高校生のカップルなんかがいて。
俺も本当は一人じゃなくて誰かと乗りたいんだよなあ、と思ってしまう。
ここに来る前。
幼なじみの慎也を誘ったのだけど断れてしまった。
俺と慎也は同い年の十六歳で高一。
共にこの街から電車で一時間の田舎に住んでいる。家が近所で小学生の頃から仲がいい。
高校も同じで、毎日一緒に通学しているけれど『男二人で観覧車なんか乗れるか』と、一度も付き合ってくれたことがない。
『観覧車は彼女とでも乗れ。俺は一人で帰るからな』
そう言って、今日も俺を置いて本当に一人で帰っていった。
冷たいにもほどがある。
俺に彼女いないの知ってるくせに。
思わず頰を膨らませそうになったけど、ぐっと引っ込めた。
(こういうことするから彼女できないんだろうな)
どうも俺は子供っぽく見えるらしく、女子から男として見られたことがない。
高一にもなればもうちょっと背が伸びて勝手に大人っぽくなると思っていた。
しかし俺の身長は166cmでそこまで高くなく、顔も平凡な童顔。
さらさらすぎる黒髪が余計に子供っぽさを加速させ。
モテたことはおろか、女子に告白しても「ありがとー。私も好きだよ」と軽く受け流されたことさえある。
でもまあいい。恋人がいなくたって高校生活は楽しいし。
気持ちを切り替えて、券売機でチケットを買う。
そのまま観覧車乗り場に行こうとした俺はふと足を止めた。
少し離れたところで観覧車を見上げている高校生がいる。
白い半袖のシャツに黒のスラックス。
肩に青色のスクールバッグを掛けた、ありふれた高校生の格好の男子。
普段ならば気にも止めないのに、見てしまったのは相手が高校の有名人だったから。
たぶん俺と同じ一年の須賀って名前のやつだ。
つやっとした黒髪と、きれいなラインを描く横顔、すらりとした長身には見覚えがあった。
一組にすごいイケメンがいる、と入学した時から女子が騒いでいたから、名前と顔くらいは知っている。
身長が180近くあるという情報まで覚えていたのは羨ましさからなのかも。
俺は九組で須賀とはクラスが違うから、一度も話したことはない。
話したこともない相手に声を掛けるほど、俺は空気が読めない人間じゃない。
どう見てもクールで大人っぽくてモテそうな須賀と俺とでは話が合わなさそうだ。
そう思って目を逸らそうとしてたのに。
須賀の顔があまりにも退屈そうに見えて。
おまけに寂しげでもあって。
気がつけば近付いて、声を掛けていた。
「なあ、誰かと一緒に来てんの?それとも一人?一人なら俺と一緒に乗んない?あれ」
頭上を指差してにこっとして見せる。
「……は?」
須賀はあきらかに迷惑そうな、何言ってんだこいつという風に冷ややかな表情で俺を見た。
(うっ。いきなりすぎたか)
顔の整ったイケメンにそこまで嫌そうな顔をされると、本気で悪いことをしているような、申し訳ない気分になってくる。
しかし俺には慎也という、顔も怖ければ性格も鬼のようにそっけない幼なじみと仲良くしてきた実績がある。
こんな程度ではめげたりしない。
「お願い!友達誘ったんだけど一緒に乗ってくんなくてさ!暇つぶしだと思って!あ、俺、梅本明樹!同じ一年だから!」
どさくさに紛れ自己紹介すると、更に険しい顔で見下ろされた。
(背高い奴はいいな)
少し嫉妬しつつ拝む勢いで手を合わせ、須賀の顔を見つめる。
「そんなに俺と一緒に乗りたいの?」
「うん!」
そんなに、と言われたらそこまででもないな、と思いつつ流れで頷く。
須賀はしばらく考えるように黙りこんで、小さくため息を吐いた。
「まあいいか暇だし。そのかわり、俺に何かしないで」
「何かって?」
「例えばキスとか」
さらりと言われた言葉が一瞬理解できずぽかんとする。
(キス?キスって言ったよな?)
理解できた瞬間、すぐに顔が燃えるように熱くなった。
「はあ!?」
いきなり何を言いだすんだ。
近くにいた母親に手を繋がれた女の子が、大声を上げた俺を純粋な目で見てくる。
そうだ。
ここは子供たちも遊んでいる健全な憩いの場であって、キスとか平然と言っていい場所じゃない。
(そこのベンチにいるカップルはキスしてるけど!子供が見てるだろ!)
カップルを見て余計に顔が火照ってきた俺は一人あたふたとしてしまう。
須賀はため息と一緒に呆れた視線を向けてきた。
「やっぱりそのつもりだったんだ」
「違うから!俺はただ一緒に観覧車に乗りたいだけだから!」
「本当?」
須賀が疑わしげに聞いてくる。
人をなんだと思ってるんだ。
俺はキスとかまだしたことないし、この手の話を出されることすら恥ずかしくて苦手なのに。
このままでは変な誤解をされたままになる。
なぜ須賀が誤解をしてるのか疑問に思ったけれど、それどころではなくて。
俺は背負っていたリュックから、透明のミニバインダーを取り出す。
デパートの文具売り場の推し活グッズコーナーで見つけて買ったやつ。
焦って落としそうになりがらも「ほら!」と俺は須賀の顔の前で開いて見せた。
「俺はただ観覧車が好きなだけ!そのためにバイトだってしてんの!これが証拠!」
須賀に見せたバインダーのクリアポケットには今まで乗った回数分だけ、チケットの半券が収められている。
捨てるのがもったいなくて集めていたけど、こんなところで役に立つとは。
バインダーを見た須賀は目を瞬く。
そして、感情のない声でぽつりと言った。
「観覧車ガチ勢とかいるんだ。初めて見た」
まるで珍しい生き物でも見たような言い方に俺はバインダーを持ったまま固まる。
(俺だってガチ勢とか初めて言われたんですけど……)
そう言われると、改めて自分の子供っぽさを自覚してしまう。
これでも抑えている方なんだ。
観覧車の値段は昔より上がってるし。慎也にもいい加減飽きろって言われているし……。
バインダーを抱えて胸の中で言い訳していると、須賀が券売機でチケットを買い始めた。
(え?)
チケットを買った須賀は観覧車乗り場に行きながらこちらを振り返る。
「乗るんじゃないの?」
俺はハッとして、慌てて須賀のところへ行った。
「まさか一緒に乗ってくれんの?いいの?」
「ちょうど暇つぶししたかったから」
須賀が観覧車のスタッフのお姉さんにチケットを渡す。
どうやら俺に対する妙な疑いは晴れたみたいだ。
お姉さんにチケットを渡しながら、それはそれで困るなと思う。
相手はいきなりキスするなとかわけわかんないこと言ってきた奴だ。どうしよう。
けれど、俺たちの他にお客さんはいなくて、あっという間に須賀と観覧車に乗り込むことになった。
こうなったら仕方ない。
話してみたら面白い奴かもしれないし。
観覧車の中の冷房の風を浴び、冷静になった頭でよし、と覚悟を決める。
「須賀はどっちの席がいい!?」
「どっちでもいい」
「じゃあ俺こっち座ろ」
俺が座ったのは観覧車の中心部に近い方。
須賀は俺の向かいになるべく距離を取るかのごとく、対角線上に座った。
(そんな離れなくてもキスなんかしないっての!)
ちょっとムッとしたけど、せっかく観覧車に乗ってるのだから景色を楽しもう。
でもまだ観覧車の窓の向こうは屋上の景色しか見えなくて、あまり面白くない。
それに、いつもは一人で乗っているから、誰かがいるのは新鮮で、つい俺は須賀の方を気にしてしまう。
須賀はたいして楽しくもなさそうに顔を窓の方へ向けて景色を眺めていた。
それだけでドラマのワンシーンみたいに見えて、女子が騒ぐわけだと納得する。
切れ長の目にすっと通った鼻筋に厚すぎない唇。かっこいいというか美しいとすら思えるような顔立ちに男の俺でも見とれそうになる。
「あんまじろじろ見ないでほしいんだけど」
俺の視線に気づいた須賀が目だけこっちに向ける。
「ごめん。須賀って俳優さんに似てるなあって思って。最近やってる深夜ドラマ知らない?その俳優さんが刑事役やってるやつ」
「知ってる」
「ほんと!?俺あれめっちゃ好きでさ──」
「俺はああいうの好きじゃない」
きっぱりと言われ、なんだ、とがっかりする。
せっかく共通の話題が見つかったと思ったのに。
それにしたって、そこまではっきり「好きじゃない」とか言わないでもよくないか。
やっぱり話してみたら面白いなんて甘い考えだった。
冷たくされるのは慎也で慣れてるから大丈夫と思ったけど、なんか違う。
須賀のまとう空気は完全に俺を拒んでいる。
俺は自分の席にぐっと凭れて、窓の方に視線を戻す。
(早くもっと頂上に行かないかな。てかもう降りたいかも)
徐々に見えてきた街の景色を眺めつつ考えていると「ねえ」と須賀の方から話しかけてきた。
「なんで俺の名前を知ってるの?話したことあったっけ」
「ないよ。でも須賀って有名人だから名前くらい知ってるっていうか」
俺の言葉に須賀は露骨に眉をしかめた。
「それってどんな風に有名?」
「すごいイケメンってことで。入学式の時から今も女子はみんな騒いでるし」
「なんだそっちか」
「そっちって?」
「知らないならいい」
そう言われると知りたい。
でも聞けなかった。
窓の方に顔を背ける須賀との間にはやっぱり見えない壁があるみたいで。
これ以上詮索するなと言われているように感じた。
人が隠したいことを無理矢理聞こうとするほど俺も無神経じゃない。
それでも、この狭い空間には俺たちしかいなくて、須賀の存在を無視することはできず、よせばいいのに話しかけてしまう。
「なあ、須賀もよく観覧車乗りに来るの?」
「来ない。一回も乗ったことすらない」
「本当?須賀ってこの街に住んでんじゃないの?家族で乗ったりとかしたことないの?」
「なんで俺がこの街に住んでるって知ってるの」
再び疑うような目つきで須賀が俺を見る。
俺がお前に何をしたっていうんだ。
ため息を堪えつつ答える。
「何となくイメージで。須賀って都会の人間っぽいなあって。合ってた?」
須賀は気まずそうに黙って続けた。
「別にここ都会ってほど栄えてないし、ど田舎だから」
「そりゃ東京とかから見たらそうかもしれないけどさ。でも俺からしたらすっごい都会だよ。俺すっごい田舎の街から通っててさ。そこイノシシとかキジとかサルとか出るんだ」
「へー」
須賀が興味なさげに相槌を打つ。
もうちょっと興味持ってくれてもいいのでは。
でも、強引に誘ったのはこっちだしなと、窓の方を見れば、さっきは見えなかった街の景色が見えてきていた。
ビルや大きな病院の建物、家々の屋根、どこかの学校のグラウンドまではっきり見える。
(やっと頂上だ)
思わず顔を窓に近づける。
「飽きないの? 何回も観覧車に乗って」
聞かれて、須賀を見ると、俺の方を見てもいない。
話したいのか話したくないのかどっちなんだろう。
もういいや、と俺は気を遣うのをやめた。
「飽きないよ。こうやって観覧車が上ってく時は毎回わくわくする」
まっすぐ須賀を見ながら言うと、冷めた視線を向けられた。
さっきからずっとそうだけど、なんでそんなつまらなそうなんだろう。
俺はだんだんもやもやしてくる。
こっちばっかり質問に答えてるし。
俺は立ち上がって、須賀の腕を軽く引いた。
「なあこっち来て。いいもん見れるから」
「何いきなり立ってんの。揺れるって」
須賀が焦ったように少し目を見開く。
クールだと思ってたけど、意外とちゃんと驚いた顔もするんだ。
俺はなんだか面白くなってきて、須賀をからかう。
「もしかして怖い? 手握ったほうがいい?」
「そういうのいいから」
勢いのままま、俺の隣に座らせると、須賀はあきらかに拗ねた顔になる。
やっぱ面白い。
俺が声を上げて笑うと、須賀がますます表情を曇らせた。
「ごめんって」
俺は笑いを何とか引っ込めて、須賀の肩を叩き、前の方を指差した。
「こっち座った方がちゃんと見えるから」
指差した方向、街並みの向こうにちょこっと見えるのは海だった。見るからに穏やかな優しい青色をした海。
今日はよく晴れているから沖の方の島まで見える。
小学生の時、家族と一緒に初めて観覧車に乗った俺はこの景色に感動したんだ。高いところからじゃないと見えない海の特別感が忘れらなくて、今も観覧車に乗ってしまう。
「海見えるの知らなかった」
うんうん、と俺は頷く。
須賀も素直に景色に見入っているようで、見せてよかったと嬉しくなる。
けれど。
「まさかあんなちっさい海見るためだけにこれ乗ってるの?」
冷静な声で問いかけられ、俺の感動はしゅんと萎む。
(なんだちっさいって)
まるでしょぼいと言われてるようで、悔しくなって俺は言い返す。
「あそこの向こうにはちゃんとでっかい海が広がってるんだよ。立派な瀬戸内海、ってやつが!」
「わかってるよそんな力入れて言わなくても。さっきから思ってたけど梅本って本当に俺と同い年?」
「そうだよ!そうは見えないって言いたいんだろ」
「こんな元気な高校生あんま見たことないし」
「須賀が落ち着きすぎなんだよ」
「だいたいみんなこんなもんだと思うけど」
大人びた涼しい表情で言われて、俺は何も返せなくなる。
(どうせ俺は子供だよ)
海が見えるだけではしゃいでしまったことを後悔して、唇を尖らせる。
「あ。あれ俺が通ってた中学」
須賀が横を向いて、独り言のように呟く。
「どれ?」
反射的に立ち上がる。
須賀の肩に手を置いて窓を覗き込むと「近い」と、文句を言われた。
「いいじゃんこれくらい。てかどれ?」
どうせ俺は子供だしたいようにするもん、と開き直って須賀の肩に手を置いたまま、体重を掛ける。
「……ほんと最悪」
須賀は大きなため息を吐いてから「あそこ」と、指差して教えてくれた。
「へー。でっかいなあ。やっぱ都会って感じ」
「だから都会じゃないって。どんだけ田舎の学校は小さいわけ」
「なあ、あのビル何?」
「知らないよ」
そう言いながらも、俺が指差す街の向こうの山とか、ビルが何なのかを須賀はちょっとずつ教えてくれた。
一瞬でさっきまで須賀との間にあった壁が崩れたような気がする。
なんて感じたのも束の間。
すでに観覧車は地上に近づいていた。
観覧車が一周するのに掛かる時間はたった十五分。
一人で乗っているとゆっくりに感じるけど、今日はあっという間に終わってしまった。
「これあげる。俺はいらないから」
観覧車から降りた後、須賀がチケットの半券を渡してきた。
「俺もいらないんだけど。チケット集めてるわけじゃないし」
「じゃあ捨てといて」
「なん俺が捨てなきゃいけないんだよ。自分で捨てろよ!」
俺が怒ると、須賀はふっと口角をわずかに上げた。
鼻で笑われてるみたいでむかついたけど、その時になってようやく気付く。
須賀を観覧車に誘ったのは笑って欲しかったからだって。
(ちゃんと笑ってるとこ見れなかったな)
「じゃ」と、短く言って帰る須賀の背中を見送りながら、何となく心残りだなと思う。
須賀に対する俺の感情は最初はそれくらい些細なもので、これ以上大きくなるなんて思っていなかった。
それから週明けの月曜の朝。
俺は幼なじみの慎也と一緒に高校へと登校した。
「鬱陶しいな」
朝から照り付けてくる陽射しを睨みつけ、慎也が悪態をつく。
「早く秋来ねえかな」
「明樹ならここにいるじゃん」
「お前じゃねえ。お前はいい加減俺から離れてくれ」
「ずっと一緒にいるのに今更何言ってんだよ」
くだらない言い合いをしつつ、二人で校門を抜けると、昇降口前はたくさんの生徒で溢れていた。
俺たちの通う高校は県内の公立校の中でも生徒数がまあまあ多い。
きっと一回も話さずにすれ違うだけの人もいるだろうな、と思っていたら。
人混みの中に、俺は見覚えのある背中を見つけた。
「あっ」
「なんだ?忘れ物かでもしたか?取りに帰るのは無理だから諦めろ」
「そうじゃなくて。おーい須賀!おはよー!」
少し離れたところにいた須賀に呼びかける。
同時に周りにいた生徒も振り返ってきて、俺はびくっとする。
さすがイケメン。振り返るだけで人目を惹きつけるとは。
驚きつつ、須賀に近づくと、怪訝な顔で俺を見てきたので首を傾げる。
「あれ?俺のこと忘れちゃった?先週の金曜、一緒に観覧車乗ったよな?」
「覚えてるけど。いきなり挨拶されると思ってなかったから」
「しちゃダメだった?」
「いや。ていうかそっちこそ忘れてんじゃないの」
「何を?」
「俺、梅本に対してあんまりいい態度取ってなかったと思うんだけど」
「あー寝たら忘れちゃった。それにこの後ろにいる人で慣れてるし。こいつすっごい冷たくてさ。小学生の時から一緒なのにお前と友達になった覚えはないとか言うんだよ」
「なに人の目の前で悪口言ってんだ」
俺の後ろにいた慎也が軽く小突いてくる。
「事実じゃん」
「くだらないこと他人にべらべら喋るな」
「ごめん。俺行くから」
俺たちを交互に見ていた須賀はそっけなく言って、靴箱の方へ行ってしまった。
(観覧車の中ではもうちょっと喋ってくれた気がするのになあ)
あっという間に終わった会話に、そっとため息を吐く。
「明樹って須賀と仲良かったっけ」
「ううん。デパートの屋上で偶然会ってさ。それでちょっと一緒に観覧車乗って話したんだよ」
「ちゃんと会話できたのか?お前と須賀じゃ何の共通の話題もないだろ。向こうは明樹より頭よさそうだし」
「頭のよさは関係ないじゃん。俺そんな馬鹿じゃないし」
「馬鹿だろ。知らん奴にいきなり観覧車乗ろうって言うとか。須賀もきっとそう思っただろうな」
確かに終始つまんなそうな感じだったけれど。
「でも一応一緒に乗ってくれたし会話もしたんだよ」
「本当か?お前の見た幻だったんじゃないのか?」
「あのさあ!なんで俺が幻なんか見なきゃいけないんだよ」
「暑かったし朦朧としてたんだろ」
「してない!」
それでも、さっきの須賀のよそよそしい態度を思い返すと、幻だったんじゃないかという気がしてくる。
俺は背負っているリュックからミニバインダーを取り出し、ぱらぱらとめくった。
(あった)
観覧車に乗った後、須賀に押しつけられたチケットの半券。
結局捨てられなくて取っておいたんだ。
(でもあの感じだと二度と乗ることとかなさそう)
そう思うと、急にチケットの半券のレア度が増したように思えてくる。
なんか持ってたらいいことあるかも、と俺はそれをまたバインダーに仕舞った。
その後、慎也と一緒に教室に行くと、もうほとんどのクラスメイトは登校してきていた。
「おはよー」
自分の席に向かう間にすれ違うクラスメイトに挨拶する。
慎也は俺の存在など放って、さっさと廊下側の自分の席に座っている。
朝のホームルームまでの時間は勉強するから話しかけるなと言われているので、俺も大人しく窓際の自分の席に座った。
「おはよー梅本くん」
席に着いた途端話しかけてきたのは、近くの席の夏川さんと千葉さんだった。
夏川さんは黒髪ロングの目鼻立ちのはっきりした顔立ち。千葉さんは黒髪のポニーテールの大人しい感じの人。
二人ともタイプは違うけど、クラスの女子の中でもかわいいと言われている。
彼女たちとはたまにドラマの話をしたりする。
俺は学校では常に慎也と行動しているけど、結構クラスの誰とでも喋る方だ。
「ねえ梅本くん、さっき須賀くんと話してたよね?」
夏川さんが聞いてきて、須賀って本当にモテるんだ、と今更のように実感した。
「話してたっていうか挨拶しただけだよ」
「いーなー。私なんて挨拶すらできないもん」
「すればいいじゃん。普通に返してくれたよ」
「えー無理無理。須賀くんイケメンすぎるもん」
つまり俺はイケメンじゃないってことか。
まあいい、そのお陰でこうやって色々な人と会話してもらえるのだし。
それでもちょっとへこんでいると、夏川さんが声を潜めて顔を近づけてきた。
「あのさ、ちょっと聞くけど、梅ちゃんって須賀くんと付き合ってるわけじゃないよね?」
「え?」
予想もしてなかったことを聞かれて、俺は驚いてまじまじと夏川さんを見つめかえしてしまう。
「なんでそうなるの?」
男の俺と須賀が付き合ってるという発想になる意味がわからなくて聞き返す。
「梅本くん知らないんだ?須賀くんって前まで男の先輩と付き合ってたんだよ。もう別れたらしいけど。もしかして今度は梅ちゃんと付き合い始めたのかなーなんて思ったんだけど違ったか」
「ほら言ったでしょ。ごめんね梅本くん」
千葉さんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「そうだよね。よく考えたら梅本くんは恋とかしなさそうだもんね」
「俺だって恋くらいするよ?」
強がって言ってみれば、二人は同時ににこにこしながら「そっかそっか」と微笑まし気に俺を見る。
たぶん夏川さんたちは俺のこと男とすら思ってないんだろうな。
俺って何なんだ。
そして、須賀ってそうだったんだ、と思う。
男と付き合ってることにも驚いたけど、あの冷めた感じの須賀が誰かを好きになったりする事実の方が俺にとっては衝撃だった。
想像してみてもまったく頭の中に須賀が恋愛してるイメージが浮かばなくて、俺は授業中もずっとそればかり考えてしまった。
俺が通っている高校は地方都市の中心部、ビルや商業施設が密集する街中にある。
高校から歩いてすぐの駅前にはデパートが建っていて、週に一回、俺はそこの屋上の観覧車に乗っている。
理由は単純に楽しいから。
今日も学校が終わってすぐ、デパートの屋上へとやってきた。
「あっつ!」
屋上についた途端、つい独り言が漏れる。
九月の中旬。まだ日が沈むには早い時間。暑い中を歩いてきた俺はすっかり汗をかいていた。
見上げた先には澄んだ青空を背景に、青色のゴンドラの観覧車がゆっくりと回っている。
早くあの中に入って冷房に当たらないと倒れそうだ。
観覧車乗り場の近くにある券売機の方に向かう。
屋上には観覧車の他に遊園地にあるような子供用の動く動物の乗り物、休憩のための椅子やテーブルが置いてある。
何気なくそちらの方を見れば、親子連れや高校生のカップルなんかがいて。
俺も本当は一人じゃなくて誰かと乗りたいんだよなあ、と思ってしまう。
ここに来る前。
幼なじみの慎也を誘ったのだけど断れてしまった。
俺と慎也は同い年の十六歳で高一。
共にこの街から電車で一時間の田舎に住んでいる。家が近所で小学生の頃から仲がいい。
高校も同じで、毎日一緒に通学しているけれど『男二人で観覧車なんか乗れるか』と、一度も付き合ってくれたことがない。
『観覧車は彼女とでも乗れ。俺は一人で帰るからな』
そう言って、今日も俺を置いて本当に一人で帰っていった。
冷たいにもほどがある。
俺に彼女いないの知ってるくせに。
思わず頰を膨らませそうになったけど、ぐっと引っ込めた。
(こういうことするから彼女できないんだろうな)
どうも俺は子供っぽく見えるらしく、女子から男として見られたことがない。
高一にもなればもうちょっと背が伸びて勝手に大人っぽくなると思っていた。
しかし俺の身長は166cmでそこまで高くなく、顔も平凡な童顔。
さらさらすぎる黒髪が余計に子供っぽさを加速させ。
モテたことはおろか、女子に告白しても「ありがとー。私も好きだよ」と軽く受け流されたことさえある。
でもまあいい。恋人がいなくたって高校生活は楽しいし。
気持ちを切り替えて、券売機でチケットを買う。
そのまま観覧車乗り場に行こうとした俺はふと足を止めた。
少し離れたところで観覧車を見上げている高校生がいる。
白い半袖のシャツに黒のスラックス。
肩に青色のスクールバッグを掛けた、ありふれた高校生の格好の男子。
普段ならば気にも止めないのに、見てしまったのは相手が高校の有名人だったから。
たぶん俺と同じ一年の須賀って名前のやつだ。
つやっとした黒髪と、きれいなラインを描く横顔、すらりとした長身には見覚えがあった。
一組にすごいイケメンがいる、と入学した時から女子が騒いでいたから、名前と顔くらいは知っている。
身長が180近くあるという情報まで覚えていたのは羨ましさからなのかも。
俺は九組で須賀とはクラスが違うから、一度も話したことはない。
話したこともない相手に声を掛けるほど、俺は空気が読めない人間じゃない。
どう見てもクールで大人っぽくてモテそうな須賀と俺とでは話が合わなさそうだ。
そう思って目を逸らそうとしてたのに。
須賀の顔があまりにも退屈そうに見えて。
おまけに寂しげでもあって。
気がつけば近付いて、声を掛けていた。
「なあ、誰かと一緒に来てんの?それとも一人?一人なら俺と一緒に乗んない?あれ」
頭上を指差してにこっとして見せる。
「……は?」
須賀はあきらかに迷惑そうな、何言ってんだこいつという風に冷ややかな表情で俺を見た。
(うっ。いきなりすぎたか)
顔の整ったイケメンにそこまで嫌そうな顔をされると、本気で悪いことをしているような、申し訳ない気分になってくる。
しかし俺には慎也という、顔も怖ければ性格も鬼のようにそっけない幼なじみと仲良くしてきた実績がある。
こんな程度ではめげたりしない。
「お願い!友達誘ったんだけど一緒に乗ってくんなくてさ!暇つぶしだと思って!あ、俺、梅本明樹!同じ一年だから!」
どさくさに紛れ自己紹介すると、更に険しい顔で見下ろされた。
(背高い奴はいいな)
少し嫉妬しつつ拝む勢いで手を合わせ、須賀の顔を見つめる。
「そんなに俺と一緒に乗りたいの?」
「うん!」
そんなに、と言われたらそこまででもないな、と思いつつ流れで頷く。
須賀はしばらく考えるように黙りこんで、小さくため息を吐いた。
「まあいいか暇だし。そのかわり、俺に何かしないで」
「何かって?」
「例えばキスとか」
さらりと言われた言葉が一瞬理解できずぽかんとする。
(キス?キスって言ったよな?)
理解できた瞬間、すぐに顔が燃えるように熱くなった。
「はあ!?」
いきなり何を言いだすんだ。
近くにいた母親に手を繋がれた女の子が、大声を上げた俺を純粋な目で見てくる。
そうだ。
ここは子供たちも遊んでいる健全な憩いの場であって、キスとか平然と言っていい場所じゃない。
(そこのベンチにいるカップルはキスしてるけど!子供が見てるだろ!)
カップルを見て余計に顔が火照ってきた俺は一人あたふたとしてしまう。
須賀はため息と一緒に呆れた視線を向けてきた。
「やっぱりそのつもりだったんだ」
「違うから!俺はただ一緒に観覧車に乗りたいだけだから!」
「本当?」
須賀が疑わしげに聞いてくる。
人をなんだと思ってるんだ。
俺はキスとかまだしたことないし、この手の話を出されることすら恥ずかしくて苦手なのに。
このままでは変な誤解をされたままになる。
なぜ須賀が誤解をしてるのか疑問に思ったけれど、それどころではなくて。
俺は背負っていたリュックから、透明のミニバインダーを取り出す。
デパートの文具売り場の推し活グッズコーナーで見つけて買ったやつ。
焦って落としそうになりがらも「ほら!」と俺は須賀の顔の前で開いて見せた。
「俺はただ観覧車が好きなだけ!そのためにバイトだってしてんの!これが証拠!」
須賀に見せたバインダーのクリアポケットには今まで乗った回数分だけ、チケットの半券が収められている。
捨てるのがもったいなくて集めていたけど、こんなところで役に立つとは。
バインダーを見た須賀は目を瞬く。
そして、感情のない声でぽつりと言った。
「観覧車ガチ勢とかいるんだ。初めて見た」
まるで珍しい生き物でも見たような言い方に俺はバインダーを持ったまま固まる。
(俺だってガチ勢とか初めて言われたんですけど……)
そう言われると、改めて自分の子供っぽさを自覚してしまう。
これでも抑えている方なんだ。
観覧車の値段は昔より上がってるし。慎也にもいい加減飽きろって言われているし……。
バインダーを抱えて胸の中で言い訳していると、須賀が券売機でチケットを買い始めた。
(え?)
チケットを買った須賀は観覧車乗り場に行きながらこちらを振り返る。
「乗るんじゃないの?」
俺はハッとして、慌てて須賀のところへ行った。
「まさか一緒に乗ってくれんの?いいの?」
「ちょうど暇つぶししたかったから」
須賀が観覧車のスタッフのお姉さんにチケットを渡す。
どうやら俺に対する妙な疑いは晴れたみたいだ。
お姉さんにチケットを渡しながら、それはそれで困るなと思う。
相手はいきなりキスするなとかわけわかんないこと言ってきた奴だ。どうしよう。
けれど、俺たちの他にお客さんはいなくて、あっという間に須賀と観覧車に乗り込むことになった。
こうなったら仕方ない。
話してみたら面白い奴かもしれないし。
観覧車の中の冷房の風を浴び、冷静になった頭でよし、と覚悟を決める。
「須賀はどっちの席がいい!?」
「どっちでもいい」
「じゃあ俺こっち座ろ」
俺が座ったのは観覧車の中心部に近い方。
須賀は俺の向かいになるべく距離を取るかのごとく、対角線上に座った。
(そんな離れなくてもキスなんかしないっての!)
ちょっとムッとしたけど、せっかく観覧車に乗ってるのだから景色を楽しもう。
でもまだ観覧車の窓の向こうは屋上の景色しか見えなくて、あまり面白くない。
それに、いつもは一人で乗っているから、誰かがいるのは新鮮で、つい俺は須賀の方を気にしてしまう。
須賀はたいして楽しくもなさそうに顔を窓の方へ向けて景色を眺めていた。
それだけでドラマのワンシーンみたいに見えて、女子が騒ぐわけだと納得する。
切れ長の目にすっと通った鼻筋に厚すぎない唇。かっこいいというか美しいとすら思えるような顔立ちに男の俺でも見とれそうになる。
「あんまじろじろ見ないでほしいんだけど」
俺の視線に気づいた須賀が目だけこっちに向ける。
「ごめん。須賀って俳優さんに似てるなあって思って。最近やってる深夜ドラマ知らない?その俳優さんが刑事役やってるやつ」
「知ってる」
「ほんと!?俺あれめっちゃ好きでさ──」
「俺はああいうの好きじゃない」
きっぱりと言われ、なんだ、とがっかりする。
せっかく共通の話題が見つかったと思ったのに。
それにしたって、そこまではっきり「好きじゃない」とか言わないでもよくないか。
やっぱり話してみたら面白いなんて甘い考えだった。
冷たくされるのは慎也で慣れてるから大丈夫と思ったけど、なんか違う。
須賀のまとう空気は完全に俺を拒んでいる。
俺は自分の席にぐっと凭れて、窓の方に視線を戻す。
(早くもっと頂上に行かないかな。てかもう降りたいかも)
徐々に見えてきた街の景色を眺めつつ考えていると「ねえ」と須賀の方から話しかけてきた。
「なんで俺の名前を知ってるの?話したことあったっけ」
「ないよ。でも須賀って有名人だから名前くらい知ってるっていうか」
俺の言葉に須賀は露骨に眉をしかめた。
「それってどんな風に有名?」
「すごいイケメンってことで。入学式の時から今も女子はみんな騒いでるし」
「なんだそっちか」
「そっちって?」
「知らないならいい」
そう言われると知りたい。
でも聞けなかった。
窓の方に顔を背ける須賀との間にはやっぱり見えない壁があるみたいで。
これ以上詮索するなと言われているように感じた。
人が隠したいことを無理矢理聞こうとするほど俺も無神経じゃない。
それでも、この狭い空間には俺たちしかいなくて、須賀の存在を無視することはできず、よせばいいのに話しかけてしまう。
「なあ、須賀もよく観覧車乗りに来るの?」
「来ない。一回も乗ったことすらない」
「本当?須賀ってこの街に住んでんじゃないの?家族で乗ったりとかしたことないの?」
「なんで俺がこの街に住んでるって知ってるの」
再び疑うような目つきで須賀が俺を見る。
俺がお前に何をしたっていうんだ。
ため息を堪えつつ答える。
「何となくイメージで。須賀って都会の人間っぽいなあって。合ってた?」
須賀は気まずそうに黙って続けた。
「別にここ都会ってほど栄えてないし、ど田舎だから」
「そりゃ東京とかから見たらそうかもしれないけどさ。でも俺からしたらすっごい都会だよ。俺すっごい田舎の街から通っててさ。そこイノシシとかキジとかサルとか出るんだ」
「へー」
須賀が興味なさげに相槌を打つ。
もうちょっと興味持ってくれてもいいのでは。
でも、強引に誘ったのはこっちだしなと、窓の方を見れば、さっきは見えなかった街の景色が見えてきていた。
ビルや大きな病院の建物、家々の屋根、どこかの学校のグラウンドまではっきり見える。
(やっと頂上だ)
思わず顔を窓に近づける。
「飽きないの? 何回も観覧車に乗って」
聞かれて、須賀を見ると、俺の方を見てもいない。
話したいのか話したくないのかどっちなんだろう。
もういいや、と俺は気を遣うのをやめた。
「飽きないよ。こうやって観覧車が上ってく時は毎回わくわくする」
まっすぐ須賀を見ながら言うと、冷めた視線を向けられた。
さっきからずっとそうだけど、なんでそんなつまらなそうなんだろう。
俺はだんだんもやもやしてくる。
こっちばっかり質問に答えてるし。
俺は立ち上がって、須賀の腕を軽く引いた。
「なあこっち来て。いいもん見れるから」
「何いきなり立ってんの。揺れるって」
須賀が焦ったように少し目を見開く。
クールだと思ってたけど、意外とちゃんと驚いた顔もするんだ。
俺はなんだか面白くなってきて、須賀をからかう。
「もしかして怖い? 手握ったほうがいい?」
「そういうのいいから」
勢いのままま、俺の隣に座らせると、須賀はあきらかに拗ねた顔になる。
やっぱ面白い。
俺が声を上げて笑うと、須賀がますます表情を曇らせた。
「ごめんって」
俺は笑いを何とか引っ込めて、須賀の肩を叩き、前の方を指差した。
「こっち座った方がちゃんと見えるから」
指差した方向、街並みの向こうにちょこっと見えるのは海だった。見るからに穏やかな優しい青色をした海。
今日はよく晴れているから沖の方の島まで見える。
小学生の時、家族と一緒に初めて観覧車に乗った俺はこの景色に感動したんだ。高いところからじゃないと見えない海の特別感が忘れらなくて、今も観覧車に乗ってしまう。
「海見えるの知らなかった」
うんうん、と俺は頷く。
須賀も素直に景色に見入っているようで、見せてよかったと嬉しくなる。
けれど。
「まさかあんなちっさい海見るためだけにこれ乗ってるの?」
冷静な声で問いかけられ、俺の感動はしゅんと萎む。
(なんだちっさいって)
まるでしょぼいと言われてるようで、悔しくなって俺は言い返す。
「あそこの向こうにはちゃんとでっかい海が広がってるんだよ。立派な瀬戸内海、ってやつが!」
「わかってるよそんな力入れて言わなくても。さっきから思ってたけど梅本って本当に俺と同い年?」
「そうだよ!そうは見えないって言いたいんだろ」
「こんな元気な高校生あんま見たことないし」
「須賀が落ち着きすぎなんだよ」
「だいたいみんなこんなもんだと思うけど」
大人びた涼しい表情で言われて、俺は何も返せなくなる。
(どうせ俺は子供だよ)
海が見えるだけではしゃいでしまったことを後悔して、唇を尖らせる。
「あ。あれ俺が通ってた中学」
須賀が横を向いて、独り言のように呟く。
「どれ?」
反射的に立ち上がる。
須賀の肩に手を置いて窓を覗き込むと「近い」と、文句を言われた。
「いいじゃんこれくらい。てかどれ?」
どうせ俺は子供だしたいようにするもん、と開き直って須賀の肩に手を置いたまま、体重を掛ける。
「……ほんと最悪」
須賀は大きなため息を吐いてから「あそこ」と、指差して教えてくれた。
「へー。でっかいなあ。やっぱ都会って感じ」
「だから都会じゃないって。どんだけ田舎の学校は小さいわけ」
「なあ、あのビル何?」
「知らないよ」
そう言いながらも、俺が指差す街の向こうの山とか、ビルが何なのかを須賀はちょっとずつ教えてくれた。
一瞬でさっきまで須賀との間にあった壁が崩れたような気がする。
なんて感じたのも束の間。
すでに観覧車は地上に近づいていた。
観覧車が一周するのに掛かる時間はたった十五分。
一人で乗っているとゆっくりに感じるけど、今日はあっという間に終わってしまった。
「これあげる。俺はいらないから」
観覧車から降りた後、須賀がチケットの半券を渡してきた。
「俺もいらないんだけど。チケット集めてるわけじゃないし」
「じゃあ捨てといて」
「なん俺が捨てなきゃいけないんだよ。自分で捨てろよ!」
俺が怒ると、須賀はふっと口角をわずかに上げた。
鼻で笑われてるみたいでむかついたけど、その時になってようやく気付く。
須賀を観覧車に誘ったのは笑って欲しかったからだって。
(ちゃんと笑ってるとこ見れなかったな)
「じゃ」と、短く言って帰る須賀の背中を見送りながら、何となく心残りだなと思う。
須賀に対する俺の感情は最初はそれくらい些細なもので、これ以上大きくなるなんて思っていなかった。
それから週明けの月曜の朝。
俺は幼なじみの慎也と一緒に高校へと登校した。
「鬱陶しいな」
朝から照り付けてくる陽射しを睨みつけ、慎也が悪態をつく。
「早く秋来ねえかな」
「明樹ならここにいるじゃん」
「お前じゃねえ。お前はいい加減俺から離れてくれ」
「ずっと一緒にいるのに今更何言ってんだよ」
くだらない言い合いをしつつ、二人で校門を抜けると、昇降口前はたくさんの生徒で溢れていた。
俺たちの通う高校は県内の公立校の中でも生徒数がまあまあ多い。
きっと一回も話さずにすれ違うだけの人もいるだろうな、と思っていたら。
人混みの中に、俺は見覚えのある背中を見つけた。
「あっ」
「なんだ?忘れ物かでもしたか?取りに帰るのは無理だから諦めろ」
「そうじゃなくて。おーい須賀!おはよー!」
少し離れたところにいた須賀に呼びかける。
同時に周りにいた生徒も振り返ってきて、俺はびくっとする。
さすがイケメン。振り返るだけで人目を惹きつけるとは。
驚きつつ、須賀に近づくと、怪訝な顔で俺を見てきたので首を傾げる。
「あれ?俺のこと忘れちゃった?先週の金曜、一緒に観覧車乗ったよな?」
「覚えてるけど。いきなり挨拶されると思ってなかったから」
「しちゃダメだった?」
「いや。ていうかそっちこそ忘れてんじゃないの」
「何を?」
「俺、梅本に対してあんまりいい態度取ってなかったと思うんだけど」
「あー寝たら忘れちゃった。それにこの後ろにいる人で慣れてるし。こいつすっごい冷たくてさ。小学生の時から一緒なのにお前と友達になった覚えはないとか言うんだよ」
「なに人の目の前で悪口言ってんだ」
俺の後ろにいた慎也が軽く小突いてくる。
「事実じゃん」
「くだらないこと他人にべらべら喋るな」
「ごめん。俺行くから」
俺たちを交互に見ていた須賀はそっけなく言って、靴箱の方へ行ってしまった。
(観覧車の中ではもうちょっと喋ってくれた気がするのになあ)
あっという間に終わった会話に、そっとため息を吐く。
「明樹って須賀と仲良かったっけ」
「ううん。デパートの屋上で偶然会ってさ。それでちょっと一緒に観覧車乗って話したんだよ」
「ちゃんと会話できたのか?お前と須賀じゃ何の共通の話題もないだろ。向こうは明樹より頭よさそうだし」
「頭のよさは関係ないじゃん。俺そんな馬鹿じゃないし」
「馬鹿だろ。知らん奴にいきなり観覧車乗ろうって言うとか。須賀もきっとそう思っただろうな」
確かに終始つまんなそうな感じだったけれど。
「でも一応一緒に乗ってくれたし会話もしたんだよ」
「本当か?お前の見た幻だったんじゃないのか?」
「あのさあ!なんで俺が幻なんか見なきゃいけないんだよ」
「暑かったし朦朧としてたんだろ」
「してない!」
それでも、さっきの須賀のよそよそしい態度を思い返すと、幻だったんじゃないかという気がしてくる。
俺は背負っているリュックからミニバインダーを取り出し、ぱらぱらとめくった。
(あった)
観覧車に乗った後、須賀に押しつけられたチケットの半券。
結局捨てられなくて取っておいたんだ。
(でもあの感じだと二度と乗ることとかなさそう)
そう思うと、急にチケットの半券のレア度が増したように思えてくる。
なんか持ってたらいいことあるかも、と俺はそれをまたバインダーに仕舞った。
その後、慎也と一緒に教室に行くと、もうほとんどのクラスメイトは登校してきていた。
「おはよー」
自分の席に向かう間にすれ違うクラスメイトに挨拶する。
慎也は俺の存在など放って、さっさと廊下側の自分の席に座っている。
朝のホームルームまでの時間は勉強するから話しかけるなと言われているので、俺も大人しく窓際の自分の席に座った。
「おはよー梅本くん」
席に着いた途端話しかけてきたのは、近くの席の夏川さんと千葉さんだった。
夏川さんは黒髪ロングの目鼻立ちのはっきりした顔立ち。千葉さんは黒髪のポニーテールの大人しい感じの人。
二人ともタイプは違うけど、クラスの女子の中でもかわいいと言われている。
彼女たちとはたまにドラマの話をしたりする。
俺は学校では常に慎也と行動しているけど、結構クラスの誰とでも喋る方だ。
「ねえ梅本くん、さっき須賀くんと話してたよね?」
夏川さんが聞いてきて、須賀って本当にモテるんだ、と今更のように実感した。
「話してたっていうか挨拶しただけだよ」
「いーなー。私なんて挨拶すらできないもん」
「すればいいじゃん。普通に返してくれたよ」
「えー無理無理。須賀くんイケメンすぎるもん」
つまり俺はイケメンじゃないってことか。
まあいい、そのお陰でこうやって色々な人と会話してもらえるのだし。
それでもちょっとへこんでいると、夏川さんが声を潜めて顔を近づけてきた。
「あのさ、ちょっと聞くけど、梅ちゃんって須賀くんと付き合ってるわけじゃないよね?」
「え?」
予想もしてなかったことを聞かれて、俺は驚いてまじまじと夏川さんを見つめかえしてしまう。
「なんでそうなるの?」
男の俺と須賀が付き合ってるという発想になる意味がわからなくて聞き返す。
「梅本くん知らないんだ?須賀くんって前まで男の先輩と付き合ってたんだよ。もう別れたらしいけど。もしかして今度は梅ちゃんと付き合い始めたのかなーなんて思ったんだけど違ったか」
「ほら言ったでしょ。ごめんね梅本くん」
千葉さんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「そうだよね。よく考えたら梅本くんは恋とかしなさそうだもんね」
「俺だって恋くらいするよ?」
強がって言ってみれば、二人は同時ににこにこしながら「そっかそっか」と微笑まし気に俺を見る。
たぶん夏川さんたちは俺のこと男とすら思ってないんだろうな。
俺って何なんだ。
そして、須賀ってそうだったんだ、と思う。
男と付き合ってることにも驚いたけど、あの冷めた感じの須賀が誰かを好きになったりする事実の方が俺にとっては衝撃だった。
想像してみてもまったく頭の中に須賀が恋愛してるイメージが浮かばなくて、俺は授業中もずっとそればかり考えてしまった。

