そして人類は眠りについた。
死という眠りに 1人の少女とロボットだけを残して。
空の色は何一つ変わらないのに、この世界は変わってしまった。便利な物は人をダメにする。誰かがそう言っていた言葉はあながち間違えていないと私は思う。
「私、1人だけ生き残ってしまった」
あの日。
私は夜の空から落ちてくる不気味な程に赤く揺らめく炎とこの世界に生きる生物、全てに害を与える有害物質(生物兵器)ともなる物を吸うこともなく、危険なことが自分の身に断じて降り掛かることもない地下施設の中に居た。
正確には入れられていたという方が正しいだろう。私の両親は天候の変化や宇宙に関わる研究をしている研究者であった。それ故、近い未来にこの世界に降り掛かる災難を早い内に知り得たのだ。
両親は私を地下の研究施設でもあるこの場所に長い年月閉じ込めても生活していける環境を整え、私をこの施設に閉じ込めた。
「No.0992、今日も私の相手をしてくれる?」
まだ幼かった私を1人で施設に閉じ込めるのは可哀想だと思ったのか、それとも1人娘である私を大切に思っていたからこそ与えてくれた物なのか。
もう此処には居ない両親のその時の想いなど、こう思って言っていたかもしれないという大体の予想でしか私にはわからない。
【No. 0992】と名前を与えられた人型の女性の姿をしたロボットはここに私が閉じ込められてから、私の相手をしてくれている唯一の相手である。
『わかりました。今日もかくれんぼですか? それとも、音楽でも聴きますか?』
最近はかくれんぼをしたり、音楽を一緒に聴いたりしていたせいか、その2つのどちらかをするのか?という問いが私の耳に届く。
「今日は、本を読み聞かせて欲しいの」
『本ですか?』
「ええ、この本の読み聞かせをお願いしたいわ。ちょっと難しい漢字が多すぎて、読めないのよ…」
両親は研究の仕事に明け暮れていたせいもあり、私は文字の読み書きが人より出来なかった。本当は読めて当たり前なのかもしれないが、無知な私には難しいことなのだ。
『わかりました。それなら、読み聞かせをしながら、漢字の読み方と言葉の意味を教えしましょうか?』
「え、いいの?」
『はい。貴方の為なら喜んで尽くさせていただきます』
いつか、唯一の話し相手であり側に居てくれている私にとっての大切な人が、動かなくなってしまうその時まで、私は彼女と過ごす一瞬、一瞬を大事にして過ごしていこう。そう、強く思い。今日も私は彼女の隣で共に生きている。
***
彼女の母親と交わしたあの日の約束。それは絶対、守らなければならないこと。
『何があっても、あの娘を守ってね。それが貴方の使命だから』
いつも明るくて、弱音を吐こうとはしない愛らしい少女に私はロボットながら、眼を離してはいけない。傷つけてはいけない。
そう思って彼女と接していた。
けれど、ある時、彼女は言ったのだ。
「No.0992、貴方は私の唯一の話し相手、私を気にかけるのも、心配してくれるのも、私のことを傷つけるのも、貴方1人しか居ないの。だから、遠慮しないで、思ってることは全部言ってほしいわ」
彼女はわかっていたのだ。自分が適度な壁を作って接していることを。私はロボットであり、人間ではない。
自分を作った人の手によって必要と判断した感情を入れられ、与えられたデータだけで物事を判断する。
けれど私は彼女と出会い、彼女の側で長い年月を過ごしていく中で、愛おしいと強く思うようになった。
いづれ、動けなくなる私は彼女とさようならをする前に、やらなければならない事がある。それは彼女の両親から託された事でもあった。
『貴方の為なら、動けなくなることも怖くなどない』
想いを言葉にすれば、自分の声だけが耳に届く。言った言葉に嘘はない。
いずれ動けなくなることはあの時から知っていたことなのだから。
本を読み聞かせながら、言葉の意味や漢字の読み方を教え、熱心に聴いていた彼女は疲れてしまったのか、すやすやと私の肩を枕代わりに寝息をたてている。
動けなくなり命が尽きるその時まで、やらなければならない事を成し遂げる。そして、私が彼女に与えてあげられる物は全て与えてあげよう。それが私の使命であり、微かな希望でもあるのだから。


