魔女の記憶


 毎年、年の終わりに行われる《魔女集会》。色々な場所にいる魔女。様々な国に赴きながら、旅をしている魔女が集い交流を図ることを目的とした行事がこの《魔女集会》である。


 そんな《魔女集会》に毎年、参加することがない1人の魔女がいた。〔光の魔女〕と呼ばれている彼女のことを知らない魔女はきっといないだろうと断言できるぐらいには名の知れた魔女であった。


 そして、そんな彼女は私の幼なじみであり、とても大切な親友だ。そんな彼女の名前は『エレティア』


 今年も彼女は《魔女集会》には参加しなかった。だから、この場には居ないのだけれど…

 だけど、今はもう、それでもいいと思っている。だって、彼女と私は違う場所に居たとしても、繋がっているから。



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「今年もそろそろ終わるわね」

 腰まであるストレートヘアの青髪が、風でなびき、被っているとんがった黒い帽子が宙に浮きそうになったのを私は慌てて抑えた。


 〔闇の魔女〕と呼ばれている私『グレイス』は、ここ《ソルヴィーナ国》で、荷物を届ける配達員として、働いていた。

 魔女なのに、なんでそんな仕事をやっているのか?そう思ったそこの貴方。闇の魔力は、あまり人の役には立たないからだ。だから、少しでも…


「私は、人の役に立ちたいのよ」

 思っていることが、無意識に口に出てしまったことに気付き、少女ははっと我にかえる。

 けど、配達の仕事もそんなに悪いものじゃない。魔女らしいことは出来ないけれど、空を飛ぶことが出来るのは、魔女である者しか出来ないことだ。

 今日も何一つ変わらない見慣れた風景を見下ろしながら、幼なじみである彼女はどうしているだろうかと少しばかり思い馳せた。


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 白髪で空色の瞳を持つそこそこ良い容姿を持ち合わせているであろう私は〔光の魔女〕と呼ばれている。

 〔光の魔女〕なんてわたしには勿体無いぐらいの呼び名だと自分自身でもよく思う。まあ、私は誰かの役に立つことをしていない訳ではないが、旅をしながら赴いた国で出会った人達の人助けや、赴いた国で遭遇した出来事に巻き込まれて、手伝うことになったり、そんな平凡な旅人魔女である。


 そして、今日も空を飛びながら、私は目的の場所へと向かっている。今、向かっている場所は私が生まれ育った故郷《ラピティーア国》である。

 久しぶりに故郷である国に帰る訳だが、そんなに長居をする訳ではない。


「手紙なんて、何年振りに書いたかしら?」

 黒いフードマントのポケットの中に入っていた白い手紙を取り出し、少女はふと微笑んだ。そして、遠くに見えてきた見慣れた故郷の風景に目をやり、少女は手に持っていた白い手紙をそっとポケットに入れ、しまい込んだ。


 故郷《ラピティーア国》に降り立った私は、昔とあまり変わらない街並みを歩きながら、年の終わりに毎年、一度《魔女集会》が行われる場所《ラピスの館》に向かっていた。


 《魔女集会》が行われる日に幼なじみであり、私とは対照的な魔法を使える彼女に渡してもらう為に、この手紙を預けに行くのだ。


 《ラピスの館》は、かなり大きな建物であり、この館の主もまた、私と同じ魔女である。そんな主である彼女『シャルロッテ』とは、昔からの付き合いであり、私と幼なじみである『グレイス』のお姉さん的存在でもある。


「ここに来るのは何年振りかしら…?」

 目的の場所にたどり着いた私は、《ラピスの館》の正門にあるベルを鳴らした。

 チリン、チリン、というベルの音が、その場に鳴り響き、耳に入ってくるのと同時に、目の前にある大きな門がゆっくりと開いた。


 この門は自動なのか?それとも主の魔法を使い開いたのか?そんな些細なことを少しばかり気にしながら、エレティアは館の中に足を踏み入れたのだった。

 淡々と歩く自分の足音と木々に止まっているであろう小鳥のさえずりが、エレティアの耳に心地よく入ってくる。エレティアは辺りを見回しながら、館の使用人を探した。

「あっ…ちょっと、そこの貴方、少しいいかしら?」

 エレティアの視界に入ってきた館の使用人らしき人物にそう声をかけると、使用人の女性は花壇の花に水をやる手を止め振り返った。

 使用人である彼女の青い瞳の中にエレティアの顔が揺れるように映る。エレティアはそっと使用人の元まで歩み寄った。

「貴方、ここの使用人よね?」
「はい。そうですが…」

 使用人の言葉を確認し、エレティアは黒いフードマントのポケットの中から、白い手紙を取り出し使用人にそっと差し出した。

「あの、この手紙を今年の《魔女集会》の時、"闇の魔女"と呼ばれている"グレイス"という子に渡してほしいという伝言とこれをこの館の主である彼女"シャルロッテ"に届けることを頼んでもいいかしら?」
「大丈夫ですよ。承知致しました」


 エレティアの頼みを快く引き受けてくれた使用人に礼を言いエレティアはその場を後にした。

 《ラピスの館》を出たエレティアは、箒に跨り、また空へと飛び立った。懐かしい故郷に長居したいという思いも少なからずあったが、また、今度、来る時にゆっくりしようと心に決め、故郷である《ラピティーア国》に背を向け、次の目的の場所へと向かい始めたのであった。



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 冬の風が肌を刺し、少女が息を吐く度、冷たい空気が少しばかり口の中に入り込む。

「今年も、もう、終わるのね…」

 今日は、年の最終日。
 私は今、《魔女集会》が行われる《ラピティーア国》の《ラピスの館》に来ていた。


(今年も私は、この《魔女集会》に参加するのだが、多分、彼女は今年も…)

「私が闇の魔女じゃなければ…」

 自分にしか聞こえない声でそう呟き、暗くなりかけ始めた冬の空を見上げた。


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 《魔女集会》は魔女同士の交流を図ることを目的とした恒例行事みたいなものだが、〔闇の魔女〕である自分はいつも、除け者にされていた。いや、正確に言うと、私が周りをそうさせてしまったのだ。


 最初の頃は自分に話しかけてくれる人は少なからず数人はいた。けれど、私はどうしても心を開いて他の魔女と打ち解けることができなかった。

 こうなってしまった原因は少なからず自分にあるのだとわかっていながらも、とても虚しい気持ちになるのだ。なら、参加しなければいいだけの話なのだが。

 そして、思ってしまう。
 今年も《魔女集会》に居ない彼女は自分のことを今でも、大切だと思ってくれているのかと…

 他の魔女に話しかけることも、話しかけられることもなく、時間だけが着々と過ぎて行き、そろそろお開きにしましょうか。と言い始める魔女同士の声が聞こえ始めた時、館の主である"シャルロッテ"の澄んだ声が部屋内に響き渡った。

「皆さん、お開きにする前に少し話しがあるのだけれどいいかしら?」

 シャルロッテのその問い掛けに魔女達は何かしら?とざわめき出し、それぞれの返事を確認した上で、シャルロッテは口を開き話し始めた。

「毎年、年の終わりに行われる魔女集会。この行事はかなり長く続いている物だけれど、皆さんもご存知の通り、この行事(魔女集会)は、魔女同士の交流を図ることを目的としているわ。参加してくれたみんなに、楽しんで貰いたいと思って私なりに毎年、準備しているのだけれど」
「グレイスさん、貴方は今日、楽しめた?」

 シャルロッテの唐突の問いに、えっ…?と間抜けな声を出してしまったグレイスは、慌てて、咳払いをし、返答した。

「楽しかったと言ったら嘘になりますから、正直に言うと、楽しいとは思えませんでした」

 そう言ってしまえば、周りがどんな目で自分に視線を向けてくるのか大体は、想像出来ていたが、実際にされてみるとかなり心にひしひしとくるものだ。

「グレイスさん、確かに貴方は他の魔女と違って、闇の魔法を使える魔女として、恐れられている部分もあると思うわ。だけどね、今、ここにいる皆んなは、貴方と同じ魔女なのよ。だから、お互いのことを理解し合えないなんてことは決してないわ」

 シャルロッテのその言葉は、正論でもあるが、グレイスにとっては、ただの言葉だけの綺麗事にしか聞こえなかった。

「言っていることは、そうだなと思います。だけど、私と仲良くしても誰も得はしませんし、傷つけてしまうかしれない…」

 グレイスは小刻みに震える自分の手を抑えながら、目の前にいる相手に弱さを見せてしまわないように、下を向いた。

 そう、自分が一番、恐れているものは、相手から嫌われることでも、裏切られることでもない。私が一番、恐れているのは…自分の魔法の力だ。

 闇の魔力は時として、役に立つこともあるが、使い方を一歩間違えれば、相手を傷つけてしまう。もしくは魔力が暴走してしまうこともある。それをコントロール出来るかは、自分次第であるのだが…
私は自分の魔法で人を傷つけたくはない。


「グレイスさん、貴方って人は本当に…」

 シャルロッテは、はぁ…とため息をつき、グレイスの元まで歩み寄り、グレイスの肩にそっと手を置いた。

「優しさ故に、自分の本当の気持ちを抑え込んで、1人で抱え込んでしまうのは、貴方の悪い癖よ。誰かに思いをぶつけることで、理解してくれる人や解ろうとしてくれる人もいるのだから。それと、これ、貴方の幼なじみ"エレティア"からよ。貴方に渡してほしいと頼まれていたの」
「エレティアから…?」

 グレイスはシャルロッテから受け取った白い封筒を開け、折りたたんで入っている2枚の便箋をそっと取り出した。



 グレイスへ -

 お久しぶりですね。元気にしていますか?

 こうして、貴方に手紙を書くのは、直接、貴方に会って、お話しできないからというのもありますが、言葉では上手く伝えられる自信がなかったので、こうして文章でグレイス(貴方)に伝えたいと思います。


 まず私が《魔女集会》に毎年、参加しないのは、グレイス(貴方)に会いたくないからとかではないので安心して。


 私が〔光の魔女〕でグレイス(貴方)が、〔闇の魔女〕。お互い対照的な魔法を持ち合わせているから、分かり合えない。だから会うのが嫌というそんなつまらない理由ではありません。


 私はただ、自分が生きている間に、どうしてもやり遂げたいことがあるから。《魔女集会》に行って、魔女同士の交流を図るより、自分の時間を大事にしたい。それが理由です。


 最後に〔闇の魔法〕を使える貴方と〔光の魔法〕を使うことができる私。お互いが対照的な立場にいる魔女であるからこそ、分かり合えることも、分かり合えないこともあるのです。それは、当たり前です。


 〔闇の魔女〕と周りから呼ばれている貴方は、自分の魔法に少し引け目に感じているかもしれませんが、私からしたら、闇の魔法を使える貴方はとても、羨ましいんですよ。


 〔光の魔女〕である私は、夜になると体の一部が発光し、金色に光り輝き、夜の生き物から敵対されるんですよ。

 これが、本当に大変なんです…!色々な場所に赴いて、旅をしている私からしたら、貴方の闇の魔法がとても、魅力的に見えて、欲しいくらいです。


 貴方の魔法は使い方を間違えれば、相手を傷つけてしまうのかもしれませんが、正しい使い方をすれば、恐れることも、恐れられることもない。大丈夫です。貴方なら。
 だって、貴方は私の幼なじみであり、私の親友なのですから!

                  
       光の魔女 エレティアより -


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「エレティア…」

 ここには居ない彼女の名を震える声で言う自分の声は、周りから見たら、とても弱々しく聞こえているのかもしれない。だけど、今はそんなことはどうでも良い気がしている。

「ありがとう」

 私は今日もこの広い空の上を飛んで旅をする。

 たとえ、近くに彼女が居なくても、この同じ空の下を生きていれば、きっとまた巡り会えるから。

ー これは、幼なじみである《光の魔女》と《闇の魔女》と呼ばれていたそんな2人の少女の物語。ー



 部屋の窓から入ってくる心地良い春の風が、机の上に置いてある茶色い分厚いノートのページをそっと捲った。そこには【魔女の記憶】というタイトルが書かれていた。