目を開けると、上下左右が不透明の真っ白な空間が広がっていた。
「ここは…」
こんなイレギュラーな事態に、どうしてここまで私が落ち着いていられるのか自分でもわからない。
わからないけど、なんとなく私はここを知っている…予想がついている。そんな気がした。
–––パチンっ。
どこからか指を鳴らす音が聞こえてきたかと思うと、私はいつの間にか現れた木の丸机を挟んで背もたれ付きの木でできた椅子に腰掛けていた。
目の前には同じ椅子が置かれているけど、座っている人は誰も見当たらない。
…ここは一体どこなのだろう?
私の身に何が起きているの?
見るからに夢のような空間ではあるけど、夢にしては意識が随分とはっきりしている。
そんなことを考えていると、後ろからツカツカとゆっくり誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
バッと振り向くけど、後ろには誰もいない。
「へぇ、こんなに落ち着きのあるやつは久しぶりだな」
驚いて前に向き直ると、いつの間に来たのか目の前の椅子に腰掛けながら机の上に両肘をつき、真っ黒なフードを深く被っているから顔はよく見えないけどニヤッと笑う口元だけが見えた。
「だ、だれ…?」
「初めまして。俺には名前はないんだよ。そうだな、みんなからは“案内人”って呼ばれてるかな」
「案内人…?」
一体なんのことを言っているのか、さっぱり理解ができない。
もしかして、やばい人に捕まってしまったとか…。
「あれ、まだ思い出せない?どうしておまえがここに来たのか。正確には、おまえに何が起きたのか」
「…え?思い出すって、一体なにを…」
–––「きゃあああっ!助けて!」
–––「わーん、痛いよぉ!」
–––「茉耶、逃げて…!」
ぶわっと大勢の悲鳴や泣き叫ぶ声が頭の中に流れ込んできて、その中で私の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえてきた。
「…っ!」
「思い出したか?」
立ち上がった拍子に椅子が後ろに倒れたが、そんなの今は気にしている余裕がなかった。
…おもい、だした…。
たしか私は、休日のショッピングモールに来ていたんだ。
そこで、ある事件が起きた。
刃物を持った男が次々と人を刺していって、その矛先が私にも…。
「え、私、死んじゃった?」
「ご名答。そゆことだな」
信じられないという気持ちで自分の両手を見つめる。
体温もあるし、ちゃんと地面に立っているし、なんにも生きていた頃と変わらない。
それなのに、死んじゃったっていうの…?
「俺は迷える霊たちをあの世に導く“案内人”ってわけさ。ただ、おまえたち霊には選択肢がある」
「…え?」
「このまま真っ直ぐあの世に向かうか、それとも一度現世に戻って未練を解消してからあの世に逝くか」
「未練…?」
よくドラマや映画なんかで観る、霊が死んだ時に残すあの未練のこと…?
本当に死んだ人間も未練解消なんてするんだな…。
「そんなの、未練解消の一択でしょ。死んじゃったけど、もう一度だけみんなの元に戻れるってことでしょ?」
「ああ。それも、おまえが死ぬ四日前に戻してやる。期限は四日間。四日間の間でおまえが残してきた未練を自分の力で解消するんだ。もちろん、死ぬ四日前ってことはおまえの姿はみんなに見えるし、声も聞こえる」
「え、何それ。最高じゃん…!もしかして、私が死ぬ運命も変えられる!?」
思わず机に両手をつき前のめりになる私に、案内人は制すように片手を前に突き出してきた。
「最後まで聞け。おまえはもう死んだんだ。その運命はどう足掻いたって変えられない。あくまでおまえにやる四日間は未練解消のための四日間だ。そこで変えた運命は、現実の世界で反映されることはない。おまえの記憶には残って無事未練解消は果たせるけど、おまえが関わった人間の中にその新しい記憶がされることはないんだ。それでも、未練を解消しにいくか?」
…何それ。そんなの何にも意味がないじゃない。
私が死んだ結末は変わらないし、たとえ現代に戻ったとしても、交わした言葉も温もりも四日後には全部最初からなかったことにされてしまう。
「この四日間で逆に辛い思いをする霊だっている。別に強制ではないし、好きな方を選ぶといい」
「…会いたいの」
「え?」
俯けていた顔を真っ直ぐに上げる。
「意味のない四日間だとしても、それでも会いたい人がいる。だから、私は未練解消をしにいく」
ここに来てから曖昧だった私の記憶が、思い出が少しずつ私の中に戻ってくる感覚がする。
喧嘩別れしたままの家族、大切な親友、叶えたかった夢、ずっと好きだった人…。
私にはまだやらなければいけないことがたくさんあるから。
だから、戻らないと。
「いいんだな?一度決めたら、四日間が終わるまでここには戻ってこれないぞ」
「わかってる。それでもいいの」
案内人は小さくため息をつくと、パチンと指を鳴らした。
魔法のように一瞬で机と椅子がなくなり、ツカツカと目の前まで歩いてくると私の頭の上に手を置いた。
「どんな真実を知ったとしても、ちゃんと受け入れろ。自分としっかり向き合うんだ」
「…え?」
「それじゃあおまえを現代に戻すぞ」
「え、あ、もう?もう少し心の準備を…」
「いくぞー、3、2、1」
「ちょ…っ」
パッと目の前が明るくなり、思わずぎゅっと目をつぶる。
「頑張れよ、茉耶」
ふと、案内人に名前を呼ばれた気がしたけど…きっと気のせいだよね。
こうして私の未練解消をするための四日間が始まった。
「ここは…」
こんなイレギュラーな事態に、どうしてここまで私が落ち着いていられるのか自分でもわからない。
わからないけど、なんとなく私はここを知っている…予想がついている。そんな気がした。
–––パチンっ。
どこからか指を鳴らす音が聞こえてきたかと思うと、私はいつの間にか現れた木の丸机を挟んで背もたれ付きの木でできた椅子に腰掛けていた。
目の前には同じ椅子が置かれているけど、座っている人は誰も見当たらない。
…ここは一体どこなのだろう?
私の身に何が起きているの?
見るからに夢のような空間ではあるけど、夢にしては意識が随分とはっきりしている。
そんなことを考えていると、後ろからツカツカとゆっくり誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
バッと振り向くけど、後ろには誰もいない。
「へぇ、こんなに落ち着きのあるやつは久しぶりだな」
驚いて前に向き直ると、いつの間に来たのか目の前の椅子に腰掛けながら机の上に両肘をつき、真っ黒なフードを深く被っているから顔はよく見えないけどニヤッと笑う口元だけが見えた。
「だ、だれ…?」
「初めまして。俺には名前はないんだよ。そうだな、みんなからは“案内人”って呼ばれてるかな」
「案内人…?」
一体なんのことを言っているのか、さっぱり理解ができない。
もしかして、やばい人に捕まってしまったとか…。
「あれ、まだ思い出せない?どうしておまえがここに来たのか。正確には、おまえに何が起きたのか」
「…え?思い出すって、一体なにを…」
–––「きゃあああっ!助けて!」
–––「わーん、痛いよぉ!」
–––「茉耶、逃げて…!」
ぶわっと大勢の悲鳴や泣き叫ぶ声が頭の中に流れ込んできて、その中で私の名前を呼ぶ誰かの声が聞こえてきた。
「…っ!」
「思い出したか?」
立ち上がった拍子に椅子が後ろに倒れたが、そんなの今は気にしている余裕がなかった。
…おもい、だした…。
たしか私は、休日のショッピングモールに来ていたんだ。
そこで、ある事件が起きた。
刃物を持った男が次々と人を刺していって、その矛先が私にも…。
「え、私、死んじゃった?」
「ご名答。そゆことだな」
信じられないという気持ちで自分の両手を見つめる。
体温もあるし、ちゃんと地面に立っているし、なんにも生きていた頃と変わらない。
それなのに、死んじゃったっていうの…?
「俺は迷える霊たちをあの世に導く“案内人”ってわけさ。ただ、おまえたち霊には選択肢がある」
「…え?」
「このまま真っ直ぐあの世に向かうか、それとも一度現世に戻って未練を解消してからあの世に逝くか」
「未練…?」
よくドラマや映画なんかで観る、霊が死んだ時に残すあの未練のこと…?
本当に死んだ人間も未練解消なんてするんだな…。
「そんなの、未練解消の一択でしょ。死んじゃったけど、もう一度だけみんなの元に戻れるってことでしょ?」
「ああ。それも、おまえが死ぬ四日前に戻してやる。期限は四日間。四日間の間でおまえが残してきた未練を自分の力で解消するんだ。もちろん、死ぬ四日前ってことはおまえの姿はみんなに見えるし、声も聞こえる」
「え、何それ。最高じゃん…!もしかして、私が死ぬ運命も変えられる!?」
思わず机に両手をつき前のめりになる私に、案内人は制すように片手を前に突き出してきた。
「最後まで聞け。おまえはもう死んだんだ。その運命はどう足掻いたって変えられない。あくまでおまえにやる四日間は未練解消のための四日間だ。そこで変えた運命は、現実の世界で反映されることはない。おまえの記憶には残って無事未練解消は果たせるけど、おまえが関わった人間の中にその新しい記憶がされることはないんだ。それでも、未練を解消しにいくか?」
…何それ。そんなの何にも意味がないじゃない。
私が死んだ結末は変わらないし、たとえ現代に戻ったとしても、交わした言葉も温もりも四日後には全部最初からなかったことにされてしまう。
「この四日間で逆に辛い思いをする霊だっている。別に強制ではないし、好きな方を選ぶといい」
「…会いたいの」
「え?」
俯けていた顔を真っ直ぐに上げる。
「意味のない四日間だとしても、それでも会いたい人がいる。だから、私は未練解消をしにいく」
ここに来てから曖昧だった私の記憶が、思い出が少しずつ私の中に戻ってくる感覚がする。
喧嘩別れしたままの家族、大切な親友、叶えたかった夢、ずっと好きだった人…。
私にはまだやらなければいけないことがたくさんあるから。
だから、戻らないと。
「いいんだな?一度決めたら、四日間が終わるまでここには戻ってこれないぞ」
「わかってる。それでもいいの」
案内人は小さくため息をつくと、パチンと指を鳴らした。
魔法のように一瞬で机と椅子がなくなり、ツカツカと目の前まで歩いてくると私の頭の上に手を置いた。
「どんな真実を知ったとしても、ちゃんと受け入れろ。自分としっかり向き合うんだ」
「…え?」
「それじゃあおまえを現代に戻すぞ」
「え、あ、もう?もう少し心の準備を…」
「いくぞー、3、2、1」
「ちょ…っ」
パッと目の前が明るくなり、思わずぎゅっと目をつぶる。
「頑張れよ、茉耶」
ふと、案内人に名前を呼ばれた気がしたけど…きっと気のせいだよね。
こうして私の未練解消をするための四日間が始まった。



