「……妙な話になってきちまったなぁ」
今日のところはここで、と言われて与えられた部屋の中で、藤井がベッドに上半身を預けながらそう呟いた。
ここに女性陣はいない。
彼女たちは隣の部屋にいる。
「そうだね。どうしよっか。魔族との戦いに参加してくれないか、だなんてさ」
坂城がため息をつきながら言う。
そう、彼らは国王……ライオルから、そのような提案を受けていた。
勇者というのは闇を払うと言い伝えられている。
目下、この国、ラグーン王国が瀕している危機と言えば、魔族との戦争であり、闇を払うというのであれば……と、そういう話だった。
しかし、やはり無理強いはしないと強調された。
なぜなら、やりたくもない戦いに参加されてもむしろ邪魔だからだ。
協力してくれるのであれば、その場合は本気で取り組んで欲しいと。
オブラートに包んだ言い方ではあったが、つまりはそういうことだった。
「律はどう思う?」
「僕はどうも役立たずみたいだからね……まず申し訳ないなって」
僕の場合、《勇者》ではなかったから、その辺りについて特に求められなかった。
特別な能力があるのなら話は別だが、鑑定によれば僕の職業は《召喚術士》であり、持っている能力は、《初等召喚術》というものだけらしかった。
これはスキルというもので、他の四人も様々持っていたが、四人の持つスキルと異なるのは、大して珍しくもない、この世界の人間の中にも持っている者は沢山いるスキルに過ぎないらしい。
つまりは戦争に参加してもそれほど戦力にはならないという。
ただ、極めれば話は別だとも言われたが、召喚術は深遠な魔術であり、それを極めるには数十年もの研究と実践が必要だという。
ただ、その頃にはもう送還魔法が完成して、この世界にはいない可能性もあり、それを考えると僕が戦争に参加する意味は本当にないのだろう。
「いや、律はその代わりに別の提案をされてたろ? というか、律の方から頼んだんだったか」
「あぁ……受け入れてもらえるかどうか分からないけどね。でも感触は悪くなかったよね?」
実のところ、僕は陛下に、何か仕事をくれないか頼んだのだ。
戦争に参加できないのは仕方がないが、かといって何もせずに禄を食むというのもどうなのかという感覚があった。
一言で言うなら、居心地が悪いと思うのだ。
皆が戦争に参加するかどうかはともかくとして、そう決めた場合に、僕だけ後方でのうのうとしているというのもどうなのかと。
それに……少し考えてみたのだが、この奇妙な経験によって、僕は図らずも今まで決して手に入らないと考えてきた、健康体を手に入れたのだ。
それは僕にとって、やろうと思って出来ないことがほとんどなくなったと言い換えてもいい。
それならば、僕はこの世界を見て歩きたいと思った。
地球にいたとき、小さい頃の夢がそれだった。
大きくなってからも、体が健康なら世界一周旅行とかしてみたい、と思っていた。
でもどう考えても無理だったから、口に出したことはなかったけど。
でも、今ならそれは可能だ。
しかも、地球では決して見ることが出来ない。異世界の光景をこの目に焼き付けることすらも出来る。
仕事と言っても、たとえば、何かやりたいことはあるのか、と尋ねてきた陛下にそんな話をすると、陛下は僕にこう言った。
では、調査員を頼めないか、と。
今、ラグーン王国だけ見ても、魔族という危機に瀕している。
この状況は他の国も同じであり、世界は混乱の最中にある。
それがゆえに、多くの情報が錯綜していたりして、各地の正確な情勢を掴めないことも多い。
そのため、王国では各地に調査員を派遣して情報を集めている。
そのうちの一人として働かないかと。
そして、何より異世界人という独特な視線で見た、この世界の現実というものはどういうものなのか、それを知りたい、と陛下は言った。
もしかしたらそれはただの方便で、どうにかしてこの世界に居場所を見つけたいと思う僕を見かねたこじつけの理由だったかもしれないけれど……それでもいいかもしれないと思ったのだ。
あまり肩肘張る必要ない仕事だ、と言われたというのもある。
旅をするついでに手紙を送る、それくらいの気持ちで取り組んでくれればいいと。
それが本当なら願ってもない話で、しかも報酬や路銀も出るというのだから。
「羨ましいぜ……俺もそっちをやろうかな?」
藤井がそう言うが、坂城が笑って言った。
「あの陛下ならそれもうけいれてくれそうな感じはあったけど、そのつもりはないんでしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「清香と穂乃が、戦争の方を受けそうだからな……いや、厳密に言うと、人助け?」
「……だよなぁ」
どういう意味かというと、ライオルは戦争への参加について、別に最前線に立って率先して魔族を倒してくれとは言わなかった。
たとえば怪我をした者を助けるとか、魔族の被害を受けている人間がいたら助けるとか、そういうことでいいのだと言ったのだ。
実際、地球の日本という平和な世界で高校生まで生きてきた者に、いきなり戦争の最前線で戦うなど無理だ。
それよりも、小さくてもいいから力になってほしいという。
それでいいのか、という感じだが、勇者というのは特別で、少しずつ経験を積んでいくと、最終的には恐ろしいほどの力を持つようになるらしいのだ。
だからむしろ理想的な段階の踏み方だと言えるようだ。
色々と経験を積んで、十分な強さになったときに、改めてどこまで戦争に協力するか考えてもいいとも言っていた。
優しい方針だが、逆に一歩足を踏み入れさせて戻れないようにするというやり口のようにも聞こえる。
何とも判断のしがたい内容だった。
「まぁ……経験を積めば強くなれるってのは……嘘じゃないっぽいしな。この世界で生きていくために、力を付けるってのはどうやっても必要そうだ。意見を通すには、まず力を持ってないとしょうがない」
藤井がどこか覚悟を決めたように言う。
「過激な意見だけど……間違いじゃないだろうね。僕も協力するさ」
坂城も同じ覚悟のようだった。
それから藤井は俺の方に向き直る。
「なぁ律。お前、王様に手紙送るんなら、俺たちにも送ってくれないか?」
「どうして?」
「俺たちってこの世界のこと、何も知らないからな。国に言われたところに行くだろう俺たちと違って、律は好きなところに行って構わないって話だったろ? なんというか、バイアスかかりにくそうだろ」
「それは……そうかも?」
ラグーン王国は、藤井たちに、王国が見て欲しいものだけ見せるかも知れないということだ。
心配しすぎかも知れないが。
もしそうなら、僕に自由を与えたりなんてしないだろう。
だけど……。
「……旅に出た後、みんなの様子が全然分からなくなるのも寂しいし、手紙のやりとりくらいはしたいね。分かった、いいよ。ただ、王様が許してくれないと無理だろうけど」
この世界の郵便事情は、間違いなく日本より悪いだろう。
考えてみると、日本中どこでも格安、一律の料金ではがきを配達してくれるという制度はとんでもないものだ。
この世界でそれは期待できない。
ただ、王様に報告書を送るついでに、藤井達に送れるなら、その辺りの心配は解消される。
「お、ありがたいぜ……旅に出てからも、俺たちのこと、忘れるなよ」
「それは当然だけど、まだ気が早いかな」
「ん?」
首を傾げる藤井に、僕は言った。
「忘れたの? 何をするにせよ、最低限の訓練をまずここで受けてもらうって言ってたでしょ」
「あぁ……そういやそうだったか。あれって律もなんだな」
勇者四人だけ、と思っていたようだ。
「僕の場合、旅に耐えられる体力があるのかどうかも未知数っていうのがあるからね……皆と同じくらい動けるようになるのは厳しいだろうって話だったけど、この世界を見て歩くために必要な体力はつけていきたいからさ」
「そうか……じゃ、明日からの訓練、一緒に頑張ろうぜ、律。おっと、秋人もな」
今日のところはここで、と言われて与えられた部屋の中で、藤井がベッドに上半身を預けながらそう呟いた。
ここに女性陣はいない。
彼女たちは隣の部屋にいる。
「そうだね。どうしよっか。魔族との戦いに参加してくれないか、だなんてさ」
坂城がため息をつきながら言う。
そう、彼らは国王……ライオルから、そのような提案を受けていた。
勇者というのは闇を払うと言い伝えられている。
目下、この国、ラグーン王国が瀕している危機と言えば、魔族との戦争であり、闇を払うというのであれば……と、そういう話だった。
しかし、やはり無理強いはしないと強調された。
なぜなら、やりたくもない戦いに参加されてもむしろ邪魔だからだ。
協力してくれるのであれば、その場合は本気で取り組んで欲しいと。
オブラートに包んだ言い方ではあったが、つまりはそういうことだった。
「律はどう思う?」
「僕はどうも役立たずみたいだからね……まず申し訳ないなって」
僕の場合、《勇者》ではなかったから、その辺りについて特に求められなかった。
特別な能力があるのなら話は別だが、鑑定によれば僕の職業は《召喚術士》であり、持っている能力は、《初等召喚術》というものだけらしかった。
これはスキルというもので、他の四人も様々持っていたが、四人の持つスキルと異なるのは、大して珍しくもない、この世界の人間の中にも持っている者は沢山いるスキルに過ぎないらしい。
つまりは戦争に参加してもそれほど戦力にはならないという。
ただ、極めれば話は別だとも言われたが、召喚術は深遠な魔術であり、それを極めるには数十年もの研究と実践が必要だという。
ただ、その頃にはもう送還魔法が完成して、この世界にはいない可能性もあり、それを考えると僕が戦争に参加する意味は本当にないのだろう。
「いや、律はその代わりに別の提案をされてたろ? というか、律の方から頼んだんだったか」
「あぁ……受け入れてもらえるかどうか分からないけどね。でも感触は悪くなかったよね?」
実のところ、僕は陛下に、何か仕事をくれないか頼んだのだ。
戦争に参加できないのは仕方がないが、かといって何もせずに禄を食むというのもどうなのかという感覚があった。
一言で言うなら、居心地が悪いと思うのだ。
皆が戦争に参加するかどうかはともかくとして、そう決めた場合に、僕だけ後方でのうのうとしているというのもどうなのかと。
それに……少し考えてみたのだが、この奇妙な経験によって、僕は図らずも今まで決して手に入らないと考えてきた、健康体を手に入れたのだ。
それは僕にとって、やろうと思って出来ないことがほとんどなくなったと言い換えてもいい。
それならば、僕はこの世界を見て歩きたいと思った。
地球にいたとき、小さい頃の夢がそれだった。
大きくなってからも、体が健康なら世界一周旅行とかしてみたい、と思っていた。
でもどう考えても無理だったから、口に出したことはなかったけど。
でも、今ならそれは可能だ。
しかも、地球では決して見ることが出来ない。異世界の光景をこの目に焼き付けることすらも出来る。
仕事と言っても、たとえば、何かやりたいことはあるのか、と尋ねてきた陛下にそんな話をすると、陛下は僕にこう言った。
では、調査員を頼めないか、と。
今、ラグーン王国だけ見ても、魔族という危機に瀕している。
この状況は他の国も同じであり、世界は混乱の最中にある。
それがゆえに、多くの情報が錯綜していたりして、各地の正確な情勢を掴めないことも多い。
そのため、王国では各地に調査員を派遣して情報を集めている。
そのうちの一人として働かないかと。
そして、何より異世界人という独特な視線で見た、この世界の現実というものはどういうものなのか、それを知りたい、と陛下は言った。
もしかしたらそれはただの方便で、どうにかしてこの世界に居場所を見つけたいと思う僕を見かねたこじつけの理由だったかもしれないけれど……それでもいいかもしれないと思ったのだ。
あまり肩肘張る必要ない仕事だ、と言われたというのもある。
旅をするついでに手紙を送る、それくらいの気持ちで取り組んでくれればいいと。
それが本当なら願ってもない話で、しかも報酬や路銀も出るというのだから。
「羨ましいぜ……俺もそっちをやろうかな?」
藤井がそう言うが、坂城が笑って言った。
「あの陛下ならそれもうけいれてくれそうな感じはあったけど、そのつもりはないんでしょ?」
「どうしてそう思うんだ?」
「清香と穂乃が、戦争の方を受けそうだからな……いや、厳密に言うと、人助け?」
「……だよなぁ」
どういう意味かというと、ライオルは戦争への参加について、別に最前線に立って率先して魔族を倒してくれとは言わなかった。
たとえば怪我をした者を助けるとか、魔族の被害を受けている人間がいたら助けるとか、そういうことでいいのだと言ったのだ。
実際、地球の日本という平和な世界で高校生まで生きてきた者に、いきなり戦争の最前線で戦うなど無理だ。
それよりも、小さくてもいいから力になってほしいという。
それでいいのか、という感じだが、勇者というのは特別で、少しずつ経験を積んでいくと、最終的には恐ろしいほどの力を持つようになるらしいのだ。
だからむしろ理想的な段階の踏み方だと言えるようだ。
色々と経験を積んで、十分な強さになったときに、改めてどこまで戦争に協力するか考えてもいいとも言っていた。
優しい方針だが、逆に一歩足を踏み入れさせて戻れないようにするというやり口のようにも聞こえる。
何とも判断のしがたい内容だった。
「まぁ……経験を積めば強くなれるってのは……嘘じゃないっぽいしな。この世界で生きていくために、力を付けるってのはどうやっても必要そうだ。意見を通すには、まず力を持ってないとしょうがない」
藤井がどこか覚悟を決めたように言う。
「過激な意見だけど……間違いじゃないだろうね。僕も協力するさ」
坂城も同じ覚悟のようだった。
それから藤井は俺の方に向き直る。
「なぁ律。お前、王様に手紙送るんなら、俺たちにも送ってくれないか?」
「どうして?」
「俺たちってこの世界のこと、何も知らないからな。国に言われたところに行くだろう俺たちと違って、律は好きなところに行って構わないって話だったろ? なんというか、バイアスかかりにくそうだろ」
「それは……そうかも?」
ラグーン王国は、藤井たちに、王国が見て欲しいものだけ見せるかも知れないということだ。
心配しすぎかも知れないが。
もしそうなら、僕に自由を与えたりなんてしないだろう。
だけど……。
「……旅に出た後、みんなの様子が全然分からなくなるのも寂しいし、手紙のやりとりくらいはしたいね。分かった、いいよ。ただ、王様が許してくれないと無理だろうけど」
この世界の郵便事情は、間違いなく日本より悪いだろう。
考えてみると、日本中どこでも格安、一律の料金ではがきを配達してくれるという制度はとんでもないものだ。
この世界でそれは期待できない。
ただ、王様に報告書を送るついでに、藤井達に送れるなら、その辺りの心配は解消される。
「お、ありがたいぜ……旅に出てからも、俺たちのこと、忘れるなよ」
「それは当然だけど、まだ気が早いかな」
「ん?」
首を傾げる藤井に、僕は言った。
「忘れたの? 何をするにせよ、最低限の訓練をまずここで受けてもらうって言ってたでしょ」
「あぁ……そういやそうだったか。あれって律もなんだな」
勇者四人だけ、と思っていたようだ。
「僕の場合、旅に耐えられる体力があるのかどうかも未知数っていうのがあるからね……皆と同じくらい動けるようになるのは厳しいだろうって話だったけど、この世界を見て歩くために必要な体力はつけていきたいからさ」
「そうか……じゃ、明日からの訓練、一緒に頑張ろうぜ、律。おっと、秋人もな」
