役目を果たした日陰の勇者は、辺境で自由に生きていきます

「本当に城だな……真ん中にでっかい水晶の塔があるぜ。あんなの地球じゃ無理だろ……」

 城の入り口で、藤井が呆れたように城を見上げながら言う。

「どうかしら。建築技術には詳しくないけど、頑張れば出来るかもしれないわよ」

「いやだって、つなぎ目とか一切ないぜ。というかあれ何のためにあるんだろうな」

 そんな二人の会話を聞いていたのか、

「あちらは魔力増幅塔です。この街全体を覆う結界の要になっておりまして……。結晶魔道士が大量の魔石を合成して作り上げたものですよ」

 侍従らしき人がそう答えた。
 この人は、俺たちが城門に辿り着くと同時に馬車の扉を開けてくれた人で、これから中に案内してくれるという。

「魔力増幅塔……やっぱり、魔法があるのね」

 皆瀬の言葉に侍従らしき人は頷く。

「ええ。ございますが……皆様の世界には、なかったと?」

 皆様の、世界、と来た。
 やはりそうだと分かっていたとはいえ、ここは僕たちの世界ではないらしいとそれではっきり分かる。
 皆の顔に、それぞれの緊張が浮かんだが、まぁ、そうだろうなという部分もあったのですぐに普通の表情に戻る。

「ええ、ありませんでした。もちろん、私たちは誰も魔法なんて使えないです。それなのにどうして呼ばれたのか不思議ですが……」

 皆瀬の言葉に侍従らしき人は理解を示したように頷く。

「それはそうでしょうな……ただ、その説明は私ではなく陛下からされますので……とりあえず、王城をご案内します。こちらへどうぞ」

 侍従らしき人はそのまま歩き出したので、僕たちは彼についていく。

 *****

 コンコン。

 と、侍従らしき人が王城の一室の扉を叩いた。
 ここに辿り着くまでに見た中でも、一際精緻な彫刻の彫られた美しい木目の扉で、かなり高貴な人のための部屋なのだろうと分かる。
 中からは、

「……誰だ」

 という聞き覚えのある声が帰ってくる。

「失礼いたします。陛下、勇者様方がご到着しました」

 侍従の言葉を聞き、中の声はすぐに、

「そうか。お通ししてくれ」

 と返答する。
 侍従は扉を開いて、僕たちに言った。

「では皆様、どうぞ中へ」

 俺たちが中に進むと、そこには国王ライオルが立って待っていた。
 彼の他に人の姿はなく、意外だった。
 入り口にはしっかりと騎士が立っていたが、中は護衛など必要ないのだろうかと思った。
 ライオルは特に警戒した様子はなく、僕たちに椅子を勧める。

「ようこそいらっしゃった。ここは私の個人的な私室です。どうぞお寛ぎください」

 特に裏表がない……ように見える彼の言葉に、特に逆らう理由はなく、僕たちは促されたまま、腰掛ける。
 ライオルは最後に座り、そして視線を侍従らしき人に向けて、扉を閉めさせた。
 侍従らしき人は意外にも中に残った。
 彼が護衛を兼ねるのかも知れない。

「まずは……突然のことにお疲れの中、城までご移動いただいて申し訳ない」

 ライオルはそう言って頭を下げる。
 細かいことは知らないが、国王、という存在が頭を下げるというのは意外なことに思えた。
 国王というのは、頭を下げるべき相手のいない存在だ、というのが普通だろうと。

「いえ……あの、それは別に」

 藤井が咄嗟にそう言った。
 僕としても、特に大変ではなく、五人で話す時間も与えられたので悪くはない時間だったと考えている。

「そう言っていただけると、ありがたい。さて、早速ですが、皆さんに説明をしなければなりませんね」

「ええ、そういう話でしたね」

 皆瀬が先を促すと、ライオルは続けた。

「まず……皆さんがこの世界に来られた理由、それは勇者召喚、と呼ばれる儀式魔法が発動したためです」

「勇者召喚……」

「勇者召喚とは、その名の通り、勇者を召喚する魔法なのですが……実のところ、すでに失われた魔法だと言われていました」

「え? ですけど、私たちは実際にこうして呼ばれて……」

「ええ、その通り。ですから、私たちも実のところ、驚いているのです。まさか勇者様方が現れるなどと」

 これは随分と意外な話だった。
 もしかしてダメ元で使ってみたとか、そういうことなのだろうか?
 そう思って話の続きを聞いていると、さらに意外なことが分かる。

「もちろん、だからといって私たちを許せとか、無理に協力して欲しいなどとは申しませぬ。ただ、とりあえず詳しい事情をお伝えしておかなければと思って、話しております」

「……そうですか。それで……?」

「勇者召喚の魔法の中でも、失われた部分はその魔法陣の描き方でした。理論的な部分に関しては多くの文献が残っていて、発動方法なども概ね分かっているのですが、異世界から勇者を呼ぶ、などという、一般的な魔法を逸脱した魔法は、その魔法陣が特異なことが多いのです」

「それでも、実際にこうして呼ばれたのは……魔法陣が見つかったから?」

 穂乃が思いついたことを口にすると、ライオルは頷いた。

「ええ、その通り。ですが、その見つかり方は予想もしていなかったことで……旧神殿がございましたでしょう?」

「はい。最初にいた、あの場所ですね」

 僕の言葉に、ライオルはその通り、という表情で続ける。

「ええ、あそこは今は本来の意味では使われていないと申しますか、ただの倉庫として使用されていました」

「倉庫?」

「はい……大量の物資……主に未加工の魔石や鉱石類の保管場所として使われておりまして。もの凄く広かったでしょう?」

 確かに、体育館ならいくつはいるかな、というような広さだった。
 物資の集積場としては使いやすいかもしれない。
 本来の意味で使われていないというのは、旧神殿、の名の通り、新しい神殿がどこかに作られてそちらに機能が移ったから、とかな、と思って尋ねたら、ライオルは同意し、さらに続けた。

「つまり……あそこで何か儀式魔法を使うことなど、あり得ないことでした。ですが、皆さんが呼ばれてしまったのは……まさにその、魔石や鉱石類を保管していたことが、悪い方向に機能してしまったためで……」

「魔石というのは?」

 坂城が尋ねる。

「魔石はその名の通り、魔力が込められた石のことです。手に入れる方法は様々ですが、魔物の体内にあることが多いですね」

「魔力が込められた石……」

「そうです。とはいえ、通常は加工しなければ特に何か起こることはないのですが、旧神殿には特殊な魔法陣が存在していた。我々も知らないような魔法陣が」

「それが、勇者召喚の魔法陣、ですか?」

 僕の言葉に、ライオルは申し訳なさそうな表情になる。

「はい……旧神殿は、実はこの国が建国されるよりも古い建物。あそこに何があるのかは誰も知らなかった……。詳しくは研究者達に調査させていますが、未加工の魔石の魔力を活用し、魔法陣を発動させる機構が組み込まれていただろうとのことです。確かに古い時代の技術にはそのような方法もあります。今でも、魔導具師はそのやり方を学びますが、ただそれは未加工の魔石一つを使って、という程度のもので、大量の魔石を使ってそのようなことを引き起こす魔法陣などあるとは想定もしていませんでした」

「つまり……俺たちは、間違いで呼ばれた?」

 藤井が驚いた表情で尋ねる。
 その気持ちは分かる。
 あくまでも故意に呼ばれたのだろう、と思っていたからだ。
 だが、そうではなかったようだ。

「申し訳ないことです……。そのような意図がなかったから許されるとも思っていません。ですが、謝ることしか出来ず、このような場を。本当に申し訳なかった。この通りです」

 ライオルはそう言って頭を下げた。
 俺たちは顔を見合わせて、どうしたものかと視線で相談する。
 しかし、そんなに細かい意思疎通など出来るわけもない
 皆のおろおろとした気持ちを理解してか、一番落ち着きのある皆瀬が、ライオルに言った。

「いえ……頭を上げてください、陛下」

「いや……それは……」

「故意ではなかったことは分かりました。それで許す……というのも変な話かと思いますが、とりあえずそのことは置いておき、これからの話をさせていただきたいです。どういう理由があったにせよ、私たちは事実、唐突にこの世界に呼ばれてしまって、帰る手段もないのですから身の振り方を考えたく……帰る方法ない、ですよね?」

「あぁ、それについてもお話ししなければなりませんでしたな。皆さんの帰還についてですが……先ほども申し上げましたとおり、勇者召喚の魔法陣の解析については今、研究者が急速に進めています。通常、魔法陣さえ分かればその反対魔法の開発というのは十分に可能でして、召喚魔法の反対……元の場所への送還魔法というのも、期待できるかと」

「ということは、もしかして帰れるのですか……?」

「それについては、国の威信を賭けても。ただ、期間についてははっきりとは申し上げられませぬ。しばらくかかる可能性が高いです。十年はかけるつもりはないですが、一、二年というのは難しいかも知れませぬ。また、送還のためには召喚の時と同様、大量の物資が必要になることも分かっていただけたかと思います。それを集めるのにも時間がかかります」

 旧神殿に集積していた物資は、王国で数年かかって集めたものだという。
 必ずしも高価な品ばかりというわけではないらしいが、まず量の問題があり、加えて特殊な品々もあったという。
 魔法の発動のために焼べられたと思しきそれらの品、全てを集めるとなると、結構な時間がかかってしまうというのは仕方のない話だった。
 ただ、帰れるというのなら、自体は最悪ではない。
 皆もそう思ったようだ。

「……分かりました。そういうことでしたら、期待させていただきます。ただ、その日までの間……私たちはどう過ごせばいいのか、王国の方ではどのように考えておられるのでしょう? その辺り、ご相談させていただいても?」

「それは勿論です。ここからは実務的な話になりますので、何人か担当者を入れても構いませんか?」

 これについては誰も文句はなく、同意するとライオルが視線を侍従らしき人に向けた。
 それから侍従らしき人が扉を開くと、役人と思しき人々が数人、部屋に入ってくる。