役目を果たした日陰の勇者は、辺境で自由に生きていきます

 かなりビビりながら《組合》に入ったわけだが、意外にも中はそこまで荒れた様子はない。
 武具の鉄くさい臭いなどはするが、それくらいだ。
 中にいる人々は……おそらく《冒険者》なのだろうという人間が数人、設置してあるベンチなどに座っているくらいで、閑散としている。
 これは活気がないというわけではなく、時間帯の問題だろう。
 今はもう昼過ぎで、《冒険者》というのは早朝から依頼を受けるということだから、今ここにいるのは依頼にあぶれたか、すでに仕事を終えた者くらいなのではないだろうか。
 ちなみにどうしてこんな時間になるまで城を出なかったのかというと、春親たちやアウグストとミュゲが、別れを大分惜しんでくれたのか、結構話し込んでしまったというのがある。
 また、朝の《組合》が混雑しているという話もあったので、昼過ぎ頃に行けば空いているだろうから、そうした方がいいという助言もあった。
 実際、この様子を見る限り、その助言は正しかったと言える。

「……すみません、登録をしたいんですが」

 奥の方にあるカウンターにいる、《組合》職員と思しき男性に話しかけると、彼はこちらに向けて口を開く。

「はい、登録ですね。何か紹介状などはお持ちでしょうか?」

「いえ、特には」

 《組合》は紹介状などがあると、立場を優遇して登録してくれることがあるという。
 だから、ミュゲやアウグストは当初、紹介状を書こうかと言ってくれたのだが、僕がこれからする仕事を考えるとそれは止めた方がいいだろうということになった。
 国からの紐付きであることを《組合》にわざわざ通知しなくてもいいだろうと。
 《組合》は国を跨ぐ組織ではあるのだが、国が運営している組織ではない。
 そのため、国に協力的とは限らない。
 というか、かなり強い独立性があるというのだ。
 これは例えば、《組合》には強力な冒険者が所属しているが、国からその冒険者を強制的に戦争などに参加するように言われても、拒絶することからも分かる。

 どうも、《組合》の長い歴史の中ではそのようなことが何度かあったらしい。
 本来ならその時点で国に組織として潰されてしまいそうなものだが、《組合》がいなければ魔物に対処できなかったりなど、社会的なインフラとして容易に潰せないほどの存在感が既に築かれた後だったため、中立的な組織として、存続を許すほかないらしい。
 まぁ、この世界の大抵の国に《組合》はあるようで、そこまでになってしまうとたとえ一カ国程度が潰しにかかっても、無意味だというのもあるだろう。
 国からすると厄介な組織なのかもしれない。

「紹介状をお持ちではない場合、最下級クラスからの登録となりますが、よろしいでしょうか?」

 職員が僕にそう言う。
 最下級クラスというのは、《組合》の中でのランクだ。
 冒険者のランクは、最下級から始まり、下級、中級、上級、そして特級と上がっていくという。
 下級になれば一人前で、中級はベテラン、上級は上澄みで、特級は化け物、という感覚らしい。
 ミュゲやアウグストが冒険者になるとしたらどれくらいになるか、と聞いたが、本人達はおそらく上級だろうと言っていた。
 国に使える中で最強クラスでも上級というと、特級というのは確かに化け物なのだろう。
 それか、二人が謙遜して言っていたかだが、今の僕にはその辺り、判別がつかない。
 僕はそんなことを思い出しながら、職員に返答する。

「構いません。ただ、それで何か不都合なことなどありますか?」

「不都合……と言いますか、紹介状なしに最下級から始められる場合には、制限がございます」

 そこから職員が説明してくれたことは納得のいくものばかりだった。
 まず、基本的に冒険者はクラスによって受けられる依頼が制限されることはないのだという。
 ただ例外があって、最下級クラスと特級クラスだけは少し制限があるという。
 特級クラスについては、特級クラスでなければ受けられない依頼というのが存在しているようだ。
 そのような依頼は特級クラスにだけ内容が開示されるため、それ以外のクラスは気にする必要はないらしい。

 最下級クラスの場合は、《組合》が指定する依頼を十件達成しなければ、他の依頼を自由に受けられないということだった。
 なぜそんな制限があるかというと、《組合》に登録したはいいが、ろくに仕事の取り組み方も知らずに適当なことをする者が後を絶たないからだ。
 それを避けるため、まず簡単な仕事のやり方を覚えられる《組合》指定の依頼を受けさせ、十分にやっていけると確認できてから、自由に依頼を受けられるようにしているようだ。

 なるほど、つまりは仮採用とか研修期間とかそんな感じなのだなと思った。
 地球での雇用制度と近い、馴染みのあるやり方なのですんなりと受けいられる。
 依頼主の立場になってみても、ある程度の能力がそういう制度によって保障されていると分かっているとありがたいと思う。
 だから僕は職員に言う。

「なるほど、それは当然のことですね」

 すると職員は少し驚いた表情になる。

「……文句を言われたりされないのですね」

「というと?」

 首を傾げる僕に、職員は言いずらそうな表情で口を開く。

「いえ……そこそこの方が、この説明を聞くと面倒だとか、さっさと好きに依頼を選ばせろとか言ってくるものですから」

「あぁ……それは大変ですね」

 まぁどこの世界にもそういう人間はいるということだろう。
 というか、地球よりこの世界の方が多いだろうな。
 基本的にこっちの方が暴力的な世界なのだから。

「それだけに、貴方のような方はありがたいです……ええと、リツ・コダマさんですね」

 説明を受けながら、登録用紙を手渡されてそこに必要な情報を書いていた。
 職員はそれを見ながら言ったのだ。
 ちなみに、なぜか僕にはこの世界の文字が書ける。
 普通にこの世界の言葉を見聞き出来るので、出来るのはある意味おかしくはない。
 ただ喋る時と同様で、無意識に書けているだけなので、本当に分かって書いているとは言い難い。
 自動筆記的というか……。
 言葉もそうだが、いずれ、この世界の言葉をしっかりと理解したいと思っている。
 別に趣味というわけではなく、魔術などを深く理解するために必要だからだ。
 この世界の魔術は、当然この世界の言語に依拠しているのだから。

 ……日本語を使った新しい魔術とかの可能性とかもあるのだろうか、とふと思うが、そんなものを作ろうとしたら、やはりこの世界の言葉をちゃんと身につける必要があるだろう。

「はい。登録の方は大丈夫そうでしょうか?」

「ええ、記載内容も特に問題はありません。年齢も大丈夫なようですし」

 《組合》の登録は十四を超えていなければならないらしいが、そこは当然僕はクリアしている。

「では……」

「はい、今をもって、リツさんは《組合》所属の冒険者となられました。こちらがそれを証するための冒険者証となります。身分証として世界中で通用しますので、どうぞ無くされませんように」

 手元で何かガシャガシャと機械のようなもの……おそらくは魔道具だが、それを操作していると思っていたが、これを作っていたようだ。
 冒険者証はドッグタグのようなもので、カード式ではないらしい。
 首から下げておけばいいので使いやすいかな。
 いや、でも紐が切れた場合に無くしそうではあるか……戦う時などはしまっておいた方がいいかもしれない。