「では、お気を付けて」
翌日、城を出ると門番の兵士にそう声をかけられる。
すでに春親たちとは別れを済ませ、また陛下やアウグスト、それにミュゲにも挨拶をした後だ。
「はい。行ってきます」
頭を下げてから、僕は歩き出した。
ちなみに、僕の今の格好は、この世界に召喚された時のものではない。
この世界の一般的な平民が着るもので、まぁ多少仕立てがいい程度のものだ。
地球で着ていた服も一応、背嚢に入ってはいるが、着ることはないだろう。
この世界で着るには珍しい格好すぎるからなぁ……。
だったら嵩張るのだし城に置いていけばいいだろうと思うかもしれないが、そこについては、なんとなく自分で持っていたい気分だったのだ。
向こうの世界に対する執着なのか、なんなのか。
うまく言語化できないが、人に任せる気にはなれなかった。
そのため、こちらの世界に来たときに持っていたものは全部、持ってきている。
もちろん、普通ならそれだけのものが僕の今背負っている背嚢に入るとは思えない。
しかし、この背嚢はちょっと特別な品なのだ。
《拡張バッグ》と呼ばれる、見た目の何倍もののモノが入る魔導具で、旅をするには合った方がいいだろうと陛下から下賜されたのだ。
かなりサイズが大きめの高級品らしいので、その性能はあまり見せびらかさない方がいいとは言われた。
ある程度のものまでなら一般にも出回っているものの、僕が持っているほどのものになると普通は中々手に入らないらしいのだ。
そんなものをポンとくれるのは流石、国王陛下だと思わずにはいられない。
ともあれ、せっかくもらったものはこれから先、有効活用していきたいものだ。
ちなみに、中には食料やお金、身分証なども入れてあるのでなくすわけにはいかない。
陛下を初めとする、城の人々がかなり優しく感じる人々ばかりだったので、当初、この世界の治安はそこそこいいのかな、と思っていた。
でも、アウグストやミュゲはそうではないと僕らに忠告した。
少なくとも、城を出たら普通にスリや強盗はいるし、街道などには盗賊も出現するという。
犯罪率も地球とは比べものにならないほどに高いとのことだったし、また、恥ずかしい話だが王都の中にですらスラム街があるくらいなので、気をつけないと危険だとも言っていた。
城で出会った人々を優しい、と評価してくれるのは嬉しいことだが、それは問題のあるような人物が僕らに近づかないように注意深く調整していただけで、実際には貴族の中にも悪人は普通にいるという。
名指しすると問題になるのでそれについても大っぴらには言いにくいが……という前置き付きで、その問題のある貴族の名前などもある程度教えてくれた。
……まぁ、つまりだ。
地球感覚で平和呆けした感覚でやっていけるほど優しい世界ではないようだ。
ただ、当然と言えば当然か。
この世界には魔物がいるし、そのために多くの者が、武装している。
武器も普通に販売しているし……暴力や死が地球より遙かに身近なのだ。
だから僕らもそれに慣れなければならない。
とはいえ、言葉で説明されても、実際にその空気感を感じない限りは実感が湧かないのも確かなのだが……。
「ま、それはおいおいやっていくしかないか……おっと、それよりまずは《組合》に行かないと」
《組合》というのは、いわゆる《冒険者組合》のことだ。
本来は《冒険者互助組合》というらしいが、一般的には《組合》と呼ばれているらしい。
冒険者、とは何かというと、この《組合》に所属している者のことを言うようで、別に冒険をしている者、とかそういう意味ではないようだ。
この説明はミュゲから聞いた。
ちなみに僕はミュゲから聞きながら、そういえば、と思ったことがある。
なぜ、僕らはこの世界で言葉が通じているのか、ということだ。
当たり前だが、この世界で話されている言語は日本語ではない。
何も意識しなければ普通に日本語に聞こえてきて、こちらも普通に言ったことが向こうに通じるのだが、改めて向こうがどんなことを言っているのか意識してみると、全く日本語ではない言葉を喋っていることに気づく。
何か特殊な力によって、僕たち地球人とこの世界の人間の会話が通じているようだった。
その理由について、ミュゲに聞いてみたが、《勇者召喚》にそうなるよう組み込まれている可能性が高いという話だったが、詳細は今のところ分からないようだ。
《勇者召喚》の魔法陣については今も解析しているということなのでそのうち分かるかも知れず、期待したいところだ。
それで、何が言いたいかというと、《冒険者》と僕たちには聞こえているが、それは《組合》のようなものに所属し、依頼を受け、魔物と戦ったりなどする職業の人を、僕たちが向こうの世界で《冒険者と呼ぶのだ》と認識しているからそう聞こえているにすぎないのかもしれない、ということだ。
地球では、そのような内容のエンタメが流行って、僕たちの頭にそうすり込まれていいる。
だからこの世界で似たような制度・存在について、自動的にそのように翻訳される。
そういうことなのではないか、と。
事実、ミュゲに《冒険者》や《組合》について詳しい話を聞くと、その詳細や言葉の由来などは日本語の《冒険者》や《組合》とは少し違うもののようだった。
ただ、大雑把に言うなら大体そのようなもの、というのも間違った認識ではないようで……。
いずれ、その辺りについて詳しく理解したら別の言葉に聞こえたりするのだろうか?
分からない。
「……ここが《組合》の建物か。イメージよりは少し綺麗……かな?」
しばらく王都城下町を歩いて、僕はそこに辿り着く。
それは頑丈そうな建物で、どちらかというと機能重視で建てられたもののように見える。
ここに僕がやってきたのは、《組合》に《冒険者》として登録するためだ。
僕はすでに《調査員》という身分を国から与えられている訳だが、それはあまり大っぴらに名乗るようなものではない。
市井に混じって、得た情報を国に報告するのが仕事な訳だが、そういう人間だと周囲に分かられていると正しい情報を得られない可能性がある。
だから、表向きの身分として何か怪しまれないものが必要だった。
そのために一番手軽なのが《冒険者》だという。
《冒険者》は旅人や流れ者が金を得るために就く仕事であるようで、なるために特別な能力や経験などは特に求められない。
もちろん、魔物と戦うことも仕事に含まれているから戦闘力はあった方がいい、というかあるべきなのだが、たとえ仕事に失敗しても本人が死ぬだけであり、《組合》はそれ以上責任を持たないから特に注意することはないのが基本だという。
あまりにも世知辛い話で戦慄するが、それがこの世界の倫理観と言うことなのだろう。
なるほど、確かに平和な世界ではないなとそれだけで察せられる。
僕はそんな恐ろしい建物に、覚悟を決めて足を踏み入れた。
翌日、城を出ると門番の兵士にそう声をかけられる。
すでに春親たちとは別れを済ませ、また陛下やアウグスト、それにミュゲにも挨拶をした後だ。
「はい。行ってきます」
頭を下げてから、僕は歩き出した。
ちなみに、僕の今の格好は、この世界に召喚された時のものではない。
この世界の一般的な平民が着るもので、まぁ多少仕立てがいい程度のものだ。
地球で着ていた服も一応、背嚢に入ってはいるが、着ることはないだろう。
この世界で着るには珍しい格好すぎるからなぁ……。
だったら嵩張るのだし城に置いていけばいいだろうと思うかもしれないが、そこについては、なんとなく自分で持っていたい気分だったのだ。
向こうの世界に対する執着なのか、なんなのか。
うまく言語化できないが、人に任せる気にはなれなかった。
そのため、こちらの世界に来たときに持っていたものは全部、持ってきている。
もちろん、普通ならそれだけのものが僕の今背負っている背嚢に入るとは思えない。
しかし、この背嚢はちょっと特別な品なのだ。
《拡張バッグ》と呼ばれる、見た目の何倍もののモノが入る魔導具で、旅をするには合った方がいいだろうと陛下から下賜されたのだ。
かなりサイズが大きめの高級品らしいので、その性能はあまり見せびらかさない方がいいとは言われた。
ある程度のものまでなら一般にも出回っているものの、僕が持っているほどのものになると普通は中々手に入らないらしいのだ。
そんなものをポンとくれるのは流石、国王陛下だと思わずにはいられない。
ともあれ、せっかくもらったものはこれから先、有効活用していきたいものだ。
ちなみに、中には食料やお金、身分証なども入れてあるのでなくすわけにはいかない。
陛下を初めとする、城の人々がかなり優しく感じる人々ばかりだったので、当初、この世界の治安はそこそこいいのかな、と思っていた。
でも、アウグストやミュゲはそうではないと僕らに忠告した。
少なくとも、城を出たら普通にスリや強盗はいるし、街道などには盗賊も出現するという。
犯罪率も地球とは比べものにならないほどに高いとのことだったし、また、恥ずかしい話だが王都の中にですらスラム街があるくらいなので、気をつけないと危険だとも言っていた。
城で出会った人々を優しい、と評価してくれるのは嬉しいことだが、それは問題のあるような人物が僕らに近づかないように注意深く調整していただけで、実際には貴族の中にも悪人は普通にいるという。
名指しすると問題になるのでそれについても大っぴらには言いにくいが……という前置き付きで、その問題のある貴族の名前などもある程度教えてくれた。
……まぁ、つまりだ。
地球感覚で平和呆けした感覚でやっていけるほど優しい世界ではないようだ。
ただ、当然と言えば当然か。
この世界には魔物がいるし、そのために多くの者が、武装している。
武器も普通に販売しているし……暴力や死が地球より遙かに身近なのだ。
だから僕らもそれに慣れなければならない。
とはいえ、言葉で説明されても、実際にその空気感を感じない限りは実感が湧かないのも確かなのだが……。
「ま、それはおいおいやっていくしかないか……おっと、それよりまずは《組合》に行かないと」
《組合》というのは、いわゆる《冒険者組合》のことだ。
本来は《冒険者互助組合》というらしいが、一般的には《組合》と呼ばれているらしい。
冒険者、とは何かというと、この《組合》に所属している者のことを言うようで、別に冒険をしている者、とかそういう意味ではないようだ。
この説明はミュゲから聞いた。
ちなみに僕はミュゲから聞きながら、そういえば、と思ったことがある。
なぜ、僕らはこの世界で言葉が通じているのか、ということだ。
当たり前だが、この世界で話されている言語は日本語ではない。
何も意識しなければ普通に日本語に聞こえてきて、こちらも普通に言ったことが向こうに通じるのだが、改めて向こうがどんなことを言っているのか意識してみると、全く日本語ではない言葉を喋っていることに気づく。
何か特殊な力によって、僕たち地球人とこの世界の人間の会話が通じているようだった。
その理由について、ミュゲに聞いてみたが、《勇者召喚》にそうなるよう組み込まれている可能性が高いという話だったが、詳細は今のところ分からないようだ。
《勇者召喚》の魔法陣については今も解析しているということなのでそのうち分かるかも知れず、期待したいところだ。
それで、何が言いたいかというと、《冒険者》と僕たちには聞こえているが、それは《組合》のようなものに所属し、依頼を受け、魔物と戦ったりなどする職業の人を、僕たちが向こうの世界で《冒険者と呼ぶのだ》と認識しているからそう聞こえているにすぎないのかもしれない、ということだ。
地球では、そのような内容のエンタメが流行って、僕たちの頭にそうすり込まれていいる。
だからこの世界で似たような制度・存在について、自動的にそのように翻訳される。
そういうことなのではないか、と。
事実、ミュゲに《冒険者》や《組合》について詳しい話を聞くと、その詳細や言葉の由来などは日本語の《冒険者》や《組合》とは少し違うもののようだった。
ただ、大雑把に言うなら大体そのようなもの、というのも間違った認識ではないようで……。
いずれ、その辺りについて詳しく理解したら別の言葉に聞こえたりするのだろうか?
分からない。
「……ここが《組合》の建物か。イメージよりは少し綺麗……かな?」
しばらく王都城下町を歩いて、僕はそこに辿り着く。
それは頑丈そうな建物で、どちらかというと機能重視で建てられたもののように見える。
ここに僕がやってきたのは、《組合》に《冒険者》として登録するためだ。
僕はすでに《調査員》という身分を国から与えられている訳だが、それはあまり大っぴらに名乗るようなものではない。
市井に混じって、得た情報を国に報告するのが仕事な訳だが、そういう人間だと周囲に分かられていると正しい情報を得られない可能性がある。
だから、表向きの身分として何か怪しまれないものが必要だった。
そのために一番手軽なのが《冒険者》だという。
《冒険者》は旅人や流れ者が金を得るために就く仕事であるようで、なるために特別な能力や経験などは特に求められない。
もちろん、魔物と戦うことも仕事に含まれているから戦闘力はあった方がいい、というかあるべきなのだが、たとえ仕事に失敗しても本人が死ぬだけであり、《組合》はそれ以上責任を持たないから特に注意することはないのが基本だという。
あまりにも世知辛い話で戦慄するが、それがこの世界の倫理観と言うことなのだろう。
なるほど、確かに平和な世界ではないなとそれだけで察せられる。
僕はそんな恐ろしい建物に、覚悟を決めて足を踏み入れた。
