「なぁ、御堂」
「はい?」
それは、その日の練習を終え部室で着替えている最中だった。
俺ともうひとり最後まで部室に残っていた坂本先輩に声をかけられ、俺はワイシャツのボタン留めながら振り向いた。
先輩はロッカー前のベンチに座り俺を見上げていた。
「お前はさ、その……今付き合ってる人とかいるのか?」
「え?」
突然、そんなことを訊かれて俺は驚いた。
坂本先輩がそんな所謂恋バナをするなんて初めてだからだ。
俺とふたりきりになって、この場を持たせようと気を遣ってくれたんだろうか。
「いえ、いませんけど」
「そ、そうか。いや、お前モテるから、てっきり彼女いるんだと思ってた」
「何言ってるんですか。先輩こそモテるじゃないですか」
そうして俺は笑った。
坂本先輩はモテる。そりゃそうだ。陸上部のエースで、すらっと長身でこんな爽やかイケメンを女子が放っておくわけがない。
でも、そういえば先輩の浮いた話は聞いたことがない。
「先輩は彼女さんいないんですか?」
すると坂本先輩は俯き黙ってしまって、俺は首を傾げた。
何か、まずいことを言ってしまっただろうか。
「先輩?」
「……ぼくは、男が好きなんだ」
「え?」
その声はすごく小さくて、俺は聞き間違えかと聞き返した。
「それで、前から御堂のこといいなと思ってて……」
こちらを見上げた坂本先輩は、なんだか先輩じゃないようで。
「なぁ、御堂、ぼくと付き合わないか?」
まさかの告白に俺は狼狽した。
男から告白されるのは初めてではないが、まさか憧れている先輩から告白されるなんて思いもしていなかった。
「えっ、あの、でも俺……」
そんな俺を見て、坂本先輩は苦笑しながら立ち上がった。
「いや、ごめん、今のなし。男からこんなこと言われてキモイよな」
「き、キモくなんてないです!」
思わず大きな声が出てしまっていた。
先輩が目を大きくして俺を見つめた。
「……あ、いえ。先輩のことキモいなんて全然思わないです。坂本先輩は、俺の憧れの人なんで」
「御堂……」
「じ、実は……俺の好きな人も男なんです」
こんなことを誰かに話すのはこれが初めてだった。
顔が真っ赤になっているのが自分でわかる。
「友達なんですけど、俺、ずっとそいつに片想いしてて」
真剣な顔をして聞いてくれている先輩を見て俺はハハっと笑う。
「叶うわけはないんですけどね。でも、ずっとそいつのことが好きなんです」
「御堂、」
「だから、先輩のことをキモいなんて思いません。でも、だから、その……」
その後が続かなくて焦っていると、先輩はそんな俺の肩をぽんと叩いた。
「ありがとな、御堂。お前の気持ちはわかったよ。その友達と仲良くな」
「先輩……」
「んじゃ、お疲れ」
そうして優しく微笑んで坂本先輩は部室を出ていった。
それが、昨年の秋頃のことだ。
先輩はその後も何事もなかったように俺に接してくれる。
だから俺もそれまで通り後輩として接しているし、先輩の活躍を応援している。
(あの頃は、まさか貴虎と付き合えるなんて思ってなかったもんな)
そしてふと考える。
……先輩に、このことを報告したほうがいいのだろうか。
(いや、でもなんか言いにくいな……)
そんなことを考えながらあの時と同じように部室でひとりジャージに着替えていると、ガチャと部室のドアが開く音がした。
「御堂」
「は、はい!」
振り返るとユニフォーム姿の坂本先輩がいた。
すでに一走りしてきたのか、その顔が赤く上気している。
先輩は肩に掛かったタオルで汗を拭きながら爽やかに笑った。
「さっきのが例の友達か?」
「!」
かぁっと一気に顔が熱くなるのを感じながら俺は小さく頷く。
「は、はい」
「そうか。いや、仲良さそうだったからさ。長い付き合いなのか?」
「幼なじみで、ガキの頃からの付き合いです」
「そうなのか。そりゃ仲良いはずだ」
そうして納得したように笑う先輩を見て、俺は思いきって言うことにした。
言うなら今だと思った。
「――あ、あの、実は、その、あいつと付き合うことになりまして……」
顔は見れずに小さな声で言うと、先輩の驚く気配がした。
そして。
「やったじゃないか。おめでとう!」
そうして満面の笑みでパンと背中を叩かれた。
「あ、ありがとうございます」
先輩がそう言ってくれてホッとしながら俺はお礼を言う。
……やっぱり言って良かったと思った。
隠しているのも、変な罪悪感を覚えそうだったから。
「へぇ、いつからなんだ?」
「えっと、実はこの冬休み中に」
「なんだよ、出来たてホヤホヤじゃないか」
「まあ、はい」
「何が出来たてなんスかー?」
そのとき他の部員たちが何人か揃って部室に入ってきて俺は慌てた。
「なんでもないよ。てかお前ら遅いぞ。休み明けでたるんでんなよ」
「えー、先輩が早すぎなんスよ~」
先輩が話を逸らしてくれて胸を撫でおろす。
……まだ少しだけ気まずいけれど、やっぱり先輩はいい人だと思った。
こんなに良い人だ。
きっと俺なんかよりずっと良い相手がすぐに見つかるだろう。
そして俺はグラウンドに出て、新年一発目の朝練に打ち込んだ。



