翌朝には熱はすっかり下がっていた。
貴虎は昨夜うちの母が帰宅するまでずっと傍にいてくれたらしい。
俺はまだそのとき熟睡していて、気付くことが出来なかったけれど。
夕飯時に母に起こされ「ちゃんと貴虎くんにお礼言っときなさいよ」と言われ、言われなくともと俺はすぐにメッセージを送った。
『色々とありがとう。今起きた』
『お礼はキスでいいぞ』
「はっ!?」
まさかの返信に焦っていると、すぐに続けてポコンとメッセージが届いた。
『なんてなw また連絡くれ』
続けて「お大事に」と変なキャラクターのスタンプが来て、俺も「ありがとう」のスタンプを送ったのだった。
そんな昨夜のやりとりを思い出して俺はふぅと息を吐く。
……やっぱり貴虎は俺とキスをしたいのだろうか。
カラオケでも、あの光のトンネルでも、昨日もそんなことを言われた。
(俺と貴虎が、キス……)
想像したら下がったはずの熱がまた上がってしまいそうになって慌てて頭から打ち消した。
(……俺は、貴虎と両想いで、一緒にいられるだけで十分なんだけどな)
唇を合わせるだけの行為が、やたらとハードルが高く感じた。
世の中のカップルはよく簡単に出来るなと、そこまで考えてふと気付いてしまった。
(そういえば貴虎は、これまでの彼女ともうしてんのか)
つきりと小さく胸が痛む。
ああ、考えなければ良かった。
これは片想いをしているときと同じ、これまでに何度も感じてきた痛みだ。
両想いになれたのに、結局同じ痛みを感じるなんて……。
ピロン、とそのときスマホの通知音が鳴った。
見ると貴虎からのメッセージだ。
『おはよ。具合どうだ?』
それに少し不安が和らいで、俺はすぐに返信していく。
『もう大丈夫そう』
『良かった! 今日もあとでそっち行っていいか?』
「え……」
そりゃ嬉しいけれど。
貴虎は本当に冬休み中毎日会ってくれるつもりなのだろうか。
顔が緩んでいく。
『うん』
『じゃあ昼飯食ったらそっち行く。まだ出かけるのはやめといた方がいいと思うし、家で映画でも見ようぜ』
『わかった』
そう返信して、ふっと笑う。
俺の体調を気遣ってくれているのがわかって嬉しかった。
そして昼過ぎに貴虎は我が家へやってきた。
「お邪魔しまーす!」
「だから誰もいないっつーの」
「一応な。あとこれ」
そうして差し出されたのはお馴染みのドーナツ屋のボックスだった。
「いや、昨日からもらいっぱなしだし」
「いいんだよ。お邪魔してんのはこっちだし。それに怜ドーナツ好きだろ?」
「好きだけどさ」
「だから、ほら、快気祝いってことで」
「……ありがとな」
そうして俺はそのボックスを有り難く受け取った。
そのとき、満足そうににっと笑った貴虎の唇に知らず視線が行ってしまって、さっと俺は顔をそらした。
(なに意識してんだよ俺!)
「怜?」
「映画見るならリビング行くか!」
言ってそのまま廊下の奥へと進んでいく。
貴虎がその後をついて来ながら浮かれた声を出した。
「怜ん家のテレビデカいし楽しみ〜。あ、あと一応ゲームも持ってきたぞ」
「え、ゲーム?」
「ス〇ブラと、あとマ〇カ」
「ガチで? 超懐かしいな!」
貴虎とゲームなんて多分中学以来だ。
よくお互いの家で遊びまくっていた思い出が蘇って一気にワクワクしてきてしまった。
キッチンに入り飲み物を用意している間、貴虎にはテレビ前のソファに座ってもらった。
そうしてカウンター越しに改めて昨日のお礼を言う。
「昨日はマジでありがとな。起こしてくれりゃ良かったのに」
「怜、気持ちよさそうに寝てるし起こせなくてさ。気にすんなって。とにかく治って良かった!」
冷蔵庫に入っていた紅茶とコップをふたつリビングテーブルに持っていく。
「悪い、今日コーラは無かったわ」
「いいよ。紅茶も好きだし。で、どうする? 映画かゲームか」
「そんなんゲーム一択だろ」
「ですよね〜」
早速貴虎が持ってきてくれたゲーム機をテレビに繋ぎ、ソファに並んで俺たちはゲームを開始した。
「なっつ! え、でも追加キャラとかいるんだろ?」
「いるいる。怜は確か前こいつ使ってたよな?」
そうして画面に出てきたキャラを見て興奮する。
「そうそう! えー、じゃあ俺こいつ使お」
「マジか。俺はどうしよっかな。俺よく負けてた気がするし、ブランクある怜には負けられねーなー」
「早く決めろよ」
「待ってろって。あーーじゃあこいつに決めた!」
そうして始めた対戦型ゲームに俺たちは熱中した。
お互い叫び声を上げたり文句を言い合ったり、まるで昔に戻ったように騒ぎまくって、あっという間に時間が経っていった。
「はぁ~、やっぱつぇ〜な怜。え、マジで久し振りなん?」
「そうだよ。俺ん家もうゲーム機ないし。や~、でもちゃんと覚えてるもんだな」
「すっげぇな。俺たまに妹とやってるんだけどさ、あいつも強くて……って俺が弱すぎってこと?」
「じゃね?」
「ひっでー!」
ははっと笑い合って、俺は窓の外がオレンジ色に染まっていることに気づく。
時計を見るともう4時を過ぎていて。
「もうこんな時間か。ゲームってマジで時間溶けるよな」
「それな〜。今日は特に。怜とゲームなんて楽しいに決まってんし」
そうして笑顔で見つめられて不覚にもドキッとする。
さっと視線を外して俺は頷く。
「そ、そうだな」
……まずい。顔が赤くなってしまったかもしれない。
「あ、でももう身体は平気だし、明日はどこか外に」
「怜」
優しく名を呼ばれて隣を振り向くと、貴虎が妙に真面目な顔で俺を見ていた。
……あ。キスをされる。
そう思った。
貴虎がゆっくりとこちらに近づいてくる。
この間俺が拒否してしまったから、俺の反応を確かめるためなのかもしれないけれど。
その間俺の心臓はバクバクで、もう爆発寸前だった。
至近距離まで貴虎の凛々しい顔が迫って俺はぎゅっと目を瞑った。――そして。
ちゅっと唇に軽い感触を覚えて、それはすぐに離れていった。
思っていたより短かったそれに目を開けると、貴虎が赤い顔でにへらと笑った。
「キス、しちゃったな」
「あ、ああ」
短かすぎて、よくわからなかったけれど。
貴虎は胸に手を当てスーハーと深呼吸をしてから言った。
「はは、キスってこんなに緊張すんだな」
「え?」
それを聞いて俺は小さく声を上げていた。
すると、貴虎は恥ずかしそうに言った。
「だって俺、これがファーストキスだもんよ」
「……え!?」
思わず大きな声を上げてしまっていた。
「なんだよ〜そんなに驚くことないだろー?」
「だっ、だってお前、これまで何人か女の子と付き合ってたよな?」
「まぁ、そうだけど、キスはなんか出来なくって。だから今のが初めて」
「……そう、なのか」
なんだか拍子抜けしてしまった。
てっきり貴虎は色々ともう経験済みなのかと思っていた。
その色々を想像して落ち込んでいた自分は一体なんだったのだろう。
「なんだよ、その顔。……え!? もしかして怜は初めてじゃなかったのか!?」
急に慌てたように詰め寄られて俺は首を振る。
「や、俺も今のが初めてだった、けど……」
「なんだ〜良かったぁ」
そうして心底ほっとしている様子の貴虎を見て、俺はふはっと思わず笑ってしまった。
「なんだよ、笑うなよ!」
「いや、だって、俺てっきり貴虎はもうしてると思い込んでて。なんだよ、一緒かよ」
「……怜のせいなんだからな」
「は?」
急にムスッとした顔で言われて俺は目を瞬く。
(俺のせい?)
「女の子と付き合ってもさ、怜といた方が楽しいし、怜の顔のが綺麗だなぁとか思っちまって」
(は??)
それを聞いてポカンと口が開いてしまった。
俺から視線を外し、ぶつぶつと貴虎は続ける。
「でも怜は友達だし、こんなこと思うのは変だよなと思って、でもやっぱりキスとかそういうのは全然出来なくて……」
――もしかして。
「それでお前、いつもすぐにフラれてたのか?」
「そーだよ! それで、俺は怜が好きなんだって自覚して、それから女の子と付き合うのはやめた」
でもそこで貴虎は急に眉を下げて俺を見つめた。
「でも、まさか怜が俺のことをずっと好きだったなんて知らなくて……俺、お前のことずっと傷つけてたよな?」
「そ、それは……」
「ごめんな、怜。俺、バカだから気付くの遅くて」
無性に恥ずかしくなってきて、俺はふいと顔をそむけた。
「――そ、そうだ、遅ぇよ。俺が、これまでどんだけ……」
文句を言いそうになって、でもやめた。
小さく息を吐きながら言う。
「いや。もういい」
「怜?」
俺は貴虎をまっすぐに見つめた。
「今は俺だけなんだろ? なら、それでいい」
「怜……っ」
感激したように貴虎が涙目になって。
「でもその代わり、やっぱり女の子の方が好きだったとか言ったら絶交だからな」
「勿論! 言うわけないだろ!」
「うわっ」
ガバっと勢いよく抱きつかれて危うく後ろに倒れこみそうになった。
「怜、好きだ」
満面の笑みで言われてまた顔が熱くなる。
「っ、お、俺も……」
そうしてまた貴虎の顔が近づいてくる。
俺は目を閉じて、二度目のキスを受け入れた。
それは一度目のキスより長くて、甘くて、恥ずかしかったけれど嫌ではなかった。
唇が離れて、俺たちは笑い合った。
……最高に幸せだった。



