『ごめん。夜熱出て、まだ微熱あるから今日は会えない』
翌朝、俺は少しの罪悪感を覚えつつメッセージアプリでそう貴虎に送信した。
昨夜毎日会えばいいなんて自分から言ったくせに、情けないったらない。
すると間もなく返信が来た。
『大丈夫か? 今ひとりだろ? そっち行こうか?』
そんなメッセージに熱のせいか少しうるっと来てしまった。
両親は熱を出した俺のことを気にしつつも常備薬と経口補水液を置いて仕事に行ってしまった。
朝微熱まで下がっていたので問題ないと考えたのだろう。いつものことだ。
そして、貴虎がそんな俺を心配して連絡をくれるのもいつものことで。
でもいつもと違うのは、貴虎が友達としてではなく、恋人として心配してくれていることだ。
そのことに小さな幸せを感じつつ、俺はそのメッセージに返信していく。
『ありがとう。でも感染したら悪いし大丈夫。また連絡する』
本音は傍にいて欲しいけれど、そんな我儘が言える歳でもない。
こうして連絡が取れるだけで十分心強かった。
『わかった。心配だけど。ゆっくり休めよ。何か欲しいものあったら遠慮なく言え。すぐに行くから』
それを見て顔が緩んだ。
『ありがとう』のスタンプを適当に選んで送って、俺はスマホを枕元に置きもう一度ベッドに横になった。
天井を見上げながらぼーっと考える。
(本当に貴虎と両想いになったんだなぁ)
なんだか未だに信じられなかった。
(幸せすぎて、怖いくらいだ……)
するとすぐにまたウトウトしてきて、俺はそのまま眠りに落ちた。
***
貴虎が、誰かと並んであの光のトンネルを歩いている。
昨日、隣に並んで歩いていたのは俺なのに。
なぜかその隣にいるのは知らない女の子だ。
「貴虎?」
後ろからその名を呼ぶと、貴虎がゆっくりとこちらを振り返った。
「怜」
「貴虎、その人は?」
すると貴虎がにっこりと笑って答えた。
「俺の新しい彼女」
「え?」
俺はそれを聞いて愕然とする。
「な、なんで……」
だって、昨日俺のことを好きだと言ってくれたのに。
両想いになれたと思ったのに。
貴虎が隣に並ぶ女の子の肩を抱いて答える。
「やっぱさ、俺女の子の方が好きだわ」
「え……」
「だからごめんな、怜。やっぱり俺たち友達に戻ろう」
「そんな……」
そうして貴虎はさっさと俺から視線を外し、隣にいる女の子と楽しそうに笑いながら光のトンネルを進んでいく。
「貴虎」
俺が呼んでももう振り返ってはくれない。
「貴虎!」
何度呼んでも、何度叫んでも、貴虎はこちらを振り返ってはくれなくて……。
「――っ!」
ハっと目を開ける。
部屋の天井が見えて、身体が硬直したように動かなかった。
(……夢……?)
そうとわかって、俺ははぁと大きく溜息を吐いた。
熱のある時に見る夢は大抵悪夢と決まっているけれど。
(それにしたって最悪だろ……)
壁の時計を見ると、もう昼過ぎになっていた。
喉が渇いていることに気付いて、水分補給をしようと俺はゆっくりと起き上がった。
やっぱり動くとズキズキと頭痛がする。
母が部屋に経口補水液を置いていってくれたが、その前にうがいをしたかった。
ふらふらとしながら部屋を出て廊下の突き当たりにある洗面所へ向かう。
うがいをして、部屋に戻ろうとしたときだ。
ピンポーンとインターホンが鳴り響いた。
(荷物か?)
こんなときにと思いながらゆっくりと階段を降りモニタを見て、俺は目を見開く。
「貴虎?」
なんで、と思いながらモニタの通話ボタンを押して「はい」と返事をすると、貴虎がこちらを見た。
『怜か? ごめん、やっぱ気になって来ちゃったんだけど』
「ちょ、ちょっと待ってて」
そうして俺は急いで玄関へと向かった。
サンダルを履いて、玄関に常備してあるマスクをしっかり付けてからドアを開けると、そこに貴虎がいた。
「ごめん、寝てたか?」
申し訳なさそうに訊かれて俺は首を振る。
「や、起きてたけど」
「これ、ゼリーとか色々買ってきたからさ」
そうして貴虎はにっと笑ってビニール袋を差し出した。
「あ、ありがとう。とりあえず中入れよ。寒いだろ」
「いいのか? じゃあ、お邪魔します」
そうして貴虎は嬉しそうにうちの中へと入ってきた。
「大丈夫か? しんどいか?」
「や、熱はもうほとんどないと思う。頭痛がするくらい」
「そっか。食欲は?」
「あんまないかも」
「ならゼリー食えゼリー。あとプリンも買ってきたし、好きな方食え」
「マジか、ならプリン食いたいかも」
そんな会話をしながら俺たちは階段を上がっていく。
と、俺の部屋に入ったところで貴虎がふっと笑った。
「なんか久しぶりかも、怜のそんな格好見るの」
「え? ――あっ」
言われて気付く。
そういえば起き掛けで髪は整えていないし顔も洗っていないし服だってダサいスウェットのままだ。口はゆすいでいたことがせめてもの救いか。
「だ、だって、お前いきなり来るから!」
カッコ悪くて恥ずかしくて、慌てて髪を手櫛で整えていると、貴虎がにやけた顔で言った。
「や、そうじゃなくて、なんか嬉しくってさ」
「は?」
「だって俺しか知らないもんな。いつもびしっと決めてる怜のこんな無防備な姿。そう思ったらなんか嬉しくてさ」
かぁっと顔が熱くなって、俺はそれを誤魔化すために「バカじゃねーの」と小さく毒づいてベッドに腰を下ろした。
ついでにさっき飲もうと思っていた経口補水液を開けてごくごくと飲んでいく。
その間、貴虎は楽しそうにローテーブルの上にプリンやらゼリーやらカットフルーツやらを置いていく。
「こんなに色々、いいのか?」
「気にすんなって。怜に早く良くなって欲しいし」
「ありがとな」
お礼を言うと、貴虎はにーっと笑った。
そして俺は早速プリンと甘いパイナップルを少し食べてから、貴虎に言われ再びベッドに横になった。
(貴虎はこんなに優しいのに)
『――ごめんな、怜。やっぱり俺たち友達に戻ろう』
さっき見た夢の中の貴虎が蘇って、ちくりと胸が痛んだ。
きっとあれは俺の不安な心が見せたものなのだろう。
「……ごめんな、怜」
「え……?」
そのとき、夢の中と同じように謝られて、ぎくりとする。
でもその内容は夢とは全然異なるものだった。
「俺がイルミスポット行きたいなんて言ったからさ。寒かったもんな、昨日」
申し訳なさそうに言われて、俺は慌てる。
「や、お前のせいじゃないし。俺も行きたいって思ったし。むしろ、こんなんで体調崩して俺こそごめん。今日もどこか行こうって話してたのに……」
すると貴虎はぶんぶんと首を振った。
「別にデートはいつだって出来るし、今日はこうして怜の顔見れただけで俺は嬉しい」
「貴虎……」
じーんと来てしまって、うっかりまた涙目になってしまった。
(やっぱり、あれはただの夢だ。貴虎は俺のことをこんなに思ってくれてるのに……っ)
ずびっと鼻を鳴らしながら俺は言う。
「俺も、貴虎が来てくれて嬉しい。ホントありがとな」
「んだよ、こんなんで泣くなよ~。うっかりキスしたくなるだろ?」
「!? だ、ダメだぞ、感染るからな!」
慌ててマスクの上から口を押さえ、そこで気付く。
「……あ、でもマジで、あんまりここにいると感染しちまうかもしれないし早く帰れよな」
「いーやーだ」
「え?」
「もう来ちゃったし、夜までここにいるつもり」
「は!?」
「そのつもりで来たんだ。だって熱あるときって心細いだろ? 俺がずっと傍にいてやるから、お前は気にせずゆっくり休め」
そうして子供をあやすように優しく頭を撫でられて、思わずまた胸がきゅんとなってしまった。
ズルイ。
貴虎のくせに、こんなにカッコ良いなんて。
……いや、わかっていた。こいつは昔から素でイケメンなのだ。
作ったカッコ良さじゃなくて、天然のカッコ良さを持ち合わせていて。
――だから俺は、いつの間にか、気付いたらこいつに惚れてしまっていたのだ。
「バカ虎」
「え!? なんで!?」
思わず出てしまっていた悪口に貴虎が慌てたように俺から手を離した。
「なんか、言いたくなっただけ」
「なんだよそれ~。ってか久しぶりに聞いたなその「バカ虎」ってやつ」
「ガキの頃、よく言ってたの、急に思い出した……」
言いながら、瞼が徐々に重たくなってきた。
貴虎が夜までいてくれると聞いて安心したのか、急に眠気がやってきた。
「怜? 眠いのか?」
「ん……頭、撫でてて……落ち着くから……」
もう、自分でも何を言ってるのかわからなかった。
ただもう一度貴虎が俺の頭を撫でてくれて、それに満足して俺は安心して目を閉じた。
「えっ、ちょ、怜可愛すぎん!? てかこれ、生殺しってやつじゃね!?」
そんな貴虎の叫び声が聞こえた気がしたけれど、もう何も反応できなかった。
そして俺は今度は悪夢も見ずに、ぐっすりと眠ることが出来たのだった。



