「……」
「……」
とりあえず俺たちは予定していた通り駅前のカラオケに入った。
それまでほぼ会話はなかった。
驚きがデカすぎて、頭がうまく回らなかった。それは貴虎も同じようだった。
周りの騒がしい歌声が響いてくる薄暗い部屋の中で、先ず口を開いたのは俺だった。
「……なんでドードーだよ」
「そこ!?」
俺のツッコミに激しいツッコミが入った。
それから貴虎は恥ずかしそうに俺から視線を外しぼそぼそと答えた。
「藤堂高虎、好きだから」
「……とーどーでドードーかよ。だっせ」
「うるっせーな!」
顔を赤くして貴虎が怒鳴り、そして続けた。
「ってか、本当に怜が『片恋』さん、なのか?」
「……そうだよ」
肯定しながら、俺はこれまでのことを思い出していた。
いや、このカラオケに入るまでの間もずっと考えていた。
ドードーさんが貴虎、ということはだ。
(俺が、貴虎に片想いしてること全部バレた!?)
最悪だ。
SNSにその気持ちを綴っていることまでバレたのだ。
恥ずかしすぎて途中何度も逃げようかと思った。
しかしふと気づいたのだ。
(ん? でもちょっと待てよ。貴虎がドードーさんてことは、貴虎の片想いの相手って誰だ……?)
確か、ドードーさんは友達に片想いをしていて。
その友達は奥手で、ずっと恋人がいなくて、でも最近好きな人が出来たみたいでドードーさんは落ち込んでいて。
もやが掛かっていた視界が徐々に晴れていく感覚。
(それって……)
「誰だよ」
「え?」
貴虎がムスッとした顔で俺を睨みつけていた。
「お前がずっと片想いしてる相手って、誰なんだよ」
「は?」
俺はポカンと口を開ける。
(え? もしかしてまだバレてない?)
貴虎は必死な様子で続ける。
「もう俺の気持ちはバレたと思うし、だから訊くけど、怜がずっと前から片想いしてる友達って誰なんだよ」
部屋の中が薄暗いせいでわかりにくいけれど、その顔は茹でダコのように真っ赤だ。
「いや、だから……」
「もう俺限界なんだよ! 怜が俺以外の奴と話して幸せそうな顔してんの見るのも、好きな奴が出来るのも嫌だ! 話してくれるの待ってるなんてカッコいいこと言ったけど、ホントはもう耐えらねーよ!」
それを聞きながら俺はこれは夢かと思っていた。
だって、こんなのまるで告白じゃないか。しかもめちゃくちゃ熱烈な。
でもコイツ、なんでここまできてわからないんだ?
どう考えたって俺の片想いの相手はお前しかいないのに。
でも、俺に自分の気持ちがバレたことはちゃんと理解しているらしい。
(やっぱこいつ、抜けてんなぁ)
そんなところがまた可愛いとか思ってしまった自分は本当に重症だ。
「なぁ怜、誰なんだよ。お前の好きな奴って」
もう一度訊かれて、俺は腕を上げて貴虎を指差す。
貴虎はそんな俺の指を見つめて、きょとんとした顔をした。
「え?」
「だから、お前だって」
その目が徐々に大きく見開かれていく。
「俺がずっと片想いしてる友達は、貴虎。お前だよ」
すると、貴虎は目を丸くしたまま固まってしまった。
「……」
「……貴虎?」
「……」
「おーい、貴虎」
目の前でひらひらと手を振ると、貴虎はハっと目を瞬いた。
「――え? 夢?」
「夢じゃねーし」
「だって、あの怜が俺に片想いしてるとか、夢だろ」
「だから夢じゃねーって。てか、あの怜ってなんだよ」
そりゃ俺だって今さっき夢みたいだと思ったけれど。
「怜はカッコよくて、頭が良くて、女の子にモテモテで、何でも出来る俺の自慢の幼なじみで」
顔が熱い。
こいつ、俺のことそんなふうに思ってたのか。
「そんな怜が俺にって、やっぱり夢だろこれ」
「だから、」
「だってそれって、俺と怜が両想いってことになるじゃんか」
わざわざ自分と俺とを指差して真顔で言った貴虎に、思わずふはっと吹き出してしまった。
「そうだな。両想いってことになるな」
そのまま俺は笑いながら言う。
「ハハっ、俺たちアレだ。『両片想い』ってやつ」
これまでのやりとりを思い出してみたら本当に笑えてきた。
お互い相談している相手が片想いの相手本人だとは思わず真剣に悩みを打ち明けていたのだ。
こんな偶然が……いや、奇跡があるなんて。
「なんかバッカみてぇ」
なんだかツボに入ってしまって腹を抱えて笑っていると、急に視界が暗くなった。
――え?
そのままふわりと優しい温もりに包まれて、俺は貴虎に抱きしめられたのだと気づいた。
「っ!」
貴虎に抱きしめられたことはこれまでに何度もあるけれど、こんなに優しく壊れモノに触れるように抱きしめられるのは初めてで。
(ヤバ、なんだこれ。めちゃくちゃ恥ずかしい……!)
至近距離で貴虎が言う。
「どうしよう怜」
「え?」
「俺、嬉し過ぎて、なんか泣きそう」
その声が既に震えていて、こちらまで目頭が熱くなってきてしまった。
「俺だって、おんなじだ」
その背中に手を回す。
「夢みたいだ」
すると、ぎゅうと抱きしめる腕が強くなった。
その腕の力と温もりが、これが夢じゃないのだと教えてくれる。
俺も同じように力を込めようとして。
「あっ」と言って身体を引きはがされた。
「大事なこと忘れてた!」
「え?」
涙目で、でも真剣な顔をして貴虎が言う。
「俺、怜のことが好きです。俺と付き合ってください!」
それを聞いて今度固まったのは俺の方だった。
「……怜?」
俺が何も返せないでいると、貴虎が不安そうに首を傾げた。
だって、まさか貴虎から告られるなんて夢にも思わなくて。
自分の気持ちに気づいてからずっと、まさかこんな日が来るなんて思いもしていなくて。
本当に貴虎は俺のことが好きで、俺も貴虎のことが好きで、俺たちは両想いなんだとここに来てちゃんと実感が湧いてきて。
……ダメだった。
「うわっ! 怜!?」
ぼろぼろと両目から一気に涙がこぼれて来て、歪んだ視界の向こうで貴虎が慌てている。
「だ、大丈夫か、怜?」
貴虎が俺のメガネを外して指で何度も俺の涙を拭ってくれる。
それでも俺の涙腺はぶっ壊れてしまったのか全然止まらない。
そのまま、俺は口を開く。
「……俺も、」
「え?」
「俺も、貴虎のことが好きだ。ずっと、ずっと前からお前のことが、好きで……っ」
ガバっと今度はいきなり強く抱きしめられた。
「ありがとう、怜。めちゃくちゃ嬉しい。俺たち、両想いだ!」
そう嬉しそうに言われて、俺はその腕の中で何度も頷きながらまた泣いた。
――この日、この時、俺、御堂怜一朗の長かった『片想い』は終わりを告げたのだった。
でも、俺は知らなかった。
『両想い』にも『両想い』なりの大変さ、辛さがあることを。
だって、考えたことがなかったから。
貴虎と両想いになることなんて一生ないと思っていたから。
そのことを、俺はこの直後に思い知ることになる。
「怜……」
「ん?」
漸く涙が止まった頃、貴虎が言った。
「キスしていいか?」
「え?」
俺は目を瞬く。
――キス?
「俺、怜とキスしたい」
続けてそう言われて、俺は一瞬止まっていた脳をフル回転させる。
キス……口付け。
相手と唇を合わせる行為だ。
(それを、俺と貴虎が……?)
と、貴虎が俺の両肩を優しく掴んで、そのままゆっくりと引き寄せられる。
同時に貴虎の顔がこちらに近づいてきて――。
「……怜?」
気が付けば、俺は貴虎の身体を思い切り押しやっていた。
貴虎が目を大きくしてそんな俺を見ていて。
「――あ、悪い」
顔が、あり得ないくらい熱くなっていく。
「や、違う。嫌なわけじゃなくて……っ」
……だって。
だって!
(貴虎とキスなんて、そんなの恥ずかしくて出来るわけねーだろーー!?)



