『こちらはもうすぐ期末テストです。勉強苦手なのでしんどいです』
『うちの学校ももうすぐです。しんどいわかります』
昼休み、自分の席でひとり弁当を食べながら来ていたDMに返信していく。
相手はドードーさんだ。
最近ではこんな他愛のないやりとりもしている。
彼(彼女かもしれないが)との話は気楽で楽しい。
『お互い頑張りましょう』と続けて打っていると。
「なーにニヤニヤしてんだよ、怜」
「!」
気付けば目の前に貴虎がいて、俺は慌ててスマホの画面を消した。
「ニヤニヤなんてしてねーし」
「いーや、してた。なんかすげー幸せそうな顔してた」
購買で買ってきたらしい焼きそばパンとコーラを俺の机に置き、空いていた前の席に座りながら貴虎が言う。
貴虎は違うクラスだが、週に2、3回くらいこうして俺の元へやって来る。
勿論嬉しいが、いつもこうして突然に来るから心臓に悪い。
「なんだよ、幸せそうな顔って」
言うと、ぶすっとした顔で貴虎が続けた。
「お前さ、自分じゃ気づいてねーかもだけど、最近スマホ見ながらよくそういう顔してんだよ。だから噂が立ってんの」
「噂?」
「ついに、あの御堂怜一朗に彼女が出来たって」
「はぁ!?」
思わず出た声がひっくり返ってしまった。
まさか、そんな噂が立っているなんて思わなかった。
最近スマホを見ながらというと、おそらくドードーさんとやり取りをしているときだろう。
確かに知らずに顔が緩んでいたかもしれない。
でも、ドードーさんは同じ恋の悩みを持つ相手で、断じてそんな噂になるような相手ではない。
「ちげーよ!」
「じゃあ誰だよ、今話してた相手」
画面を下にして置いたスマホを指差され俺は平静を装って答える。
「友達だよ」
「友達ぃ?」
疑わし気に言われてムッとする。
嘘ではない。
性別も知らないし会ったこともないけれど、俺はドードーさんのことを勝手に友達……戦友だと思っている。
「そうだよ。悪ィかよ」
「ウッソだあ」
「嘘じゃねーし。なんで嘘だと決めつけんだよ」
「だって怜。お前、俺以外に友達なんていないだろ?」
カチーンと来た。
確かに、リアルで友達と呼べるのは貴虎くらいだけれど。でもだ。
「……貴虎」
「ん?」
平然と焼きそばパンを食べ始めた奴に俺は言う。
「俺にはお前以外にも友達はいるし、その友達はお前みたいにデリカシーのないことを言ったりしない」
俺の低い声を聞いて、貴虎は口の中のものをごくりと飲み込んだ。
そして俺はギっと貴虎を睨みつけた。
「テスト勉強、今回は絶対付き合わねーからな」
「わあーーー!! ごめん怜! ガチで悪かった!」
案の定、貴虎が大慌てで謝罪してきて俺はふんっとそっぽを向いてミルクティーを飲み始めた。
「怜頼む! 今回のテストもガチでヤバイんだって。赤点取ったら課題倍にするとか言われてんし。マジでお願いします、怜一朗先生~~っ!」
机に額を擦り付けて謝り始めた貴虎を横目で見ながら、俺はもうしばらくこのまま怒ったふりを続けようと思った。面白いから。
貴虎とは昔からよく一緒に勉強している。
というより、いつの頃からかテストの度に貴虎の家庭教師みたいなことをしている。
教えることは自分の力にもなるし、何より自分の気持ちに気づいてからは貴虎と一緒にいられることが嬉しくて俺はその役を喜んで引き受けている。
「怜の教え方ガチで分かりやすいし、バカな俺がこの高校に入れたのだって怜のお陰だもんな〜」
帰り道、隣に並んで歩く貴虎がへらりとした笑顔で言った。
そう。高校受験のときもだ。
まさか同じ高校を志望しているとは思わなかったが、貴虎と同じ高校に通えると思ったら俺も俄然やる気になった。
お互い無事合格したときは貴虎の親からも感謝されてしまった。
「ということで、今回もお願いします。怜一朗先生!」
ぱんっと両手を合わせられて、俺ははぁとため息を吐いた。
「いいけどさ。その代わり」
「わかってます! 先生の大好きなドーナツはいつも通り用意していきます!」
「なら良し」
「ありがとう先生ーーっ!」
がばっと抱きつかれてドキリと心臓が飛び上がる。
「うぜぇし、離れろ!」
じゃないと顔が不自然に赤くなってしまうだろうが!
その身体を強く押し返すと貴虎は笑いながら言った。
「ひっでー! でもマジでいつもありがとな、怜」
「お、おう」
そうして俺はやっぱり少し赤くなっているだろう顔を誤魔化すためにズレてしまったメガネを直した。
『やっぱり確定です。恋人が出来たみたいで幸せそうな顔を見ているのが辛いです。テスト勉強に全然身が入りません』
ドードーさんからそんなDMが届いたのはその夜のことだった。
部屋でテスト勉強をしていた俺はそれを読んで胸が痛んだ。
俺には何度も覚えのある痛みだけれど、ドードーさんにとっては初めての痛みなのだろう。
『辛い気持ちわかります。好きな人の幸せを喜べない自分が嫌になりますよね。俺がそうでした。この場で少しでも吐き出してすっきりしてください』
すると、少しして返信があった。
『片恋さんもテスト前なのにすいません。でもこうして聞いてもらえるだけで嬉しいです。いつか片恋さんと会って直接お話ししてみたいです』
「えっ」
思わず声が出ていた。
実を言うと、俺もこれまでにドードーさんと会ってみたいと思うことが度々あったからだ。
でも、なんだか所謂出会い厨みたいで言えなかったのだけど。
『なんか出会い厨みたいですね。ごめんなさい。気にしないでください。テスト勉強頑張ってください』
すぐに続けてそんなメールが入ってきて俺は慌てて返信していく。
『俺もドードーさんとは一度お会いしてみたいと思っていました』
『本当ですか? 嬉しいです。でも遠かったら難しいですね。こちら関東住みですが、片恋さんはどのあたりですか?』
『良かった。こちらも関東です。テスト明けたらまた日程とか話し合いましょう』
『楽しみです。テストめちゃくちゃやる気出てきました』
そんなドードーさんの返信を見てふっと笑みが漏れる。元気が出たみたいで良かった。
『お互い頑張りましょう!』
そうして俺はスマホを置いた。
SNS上で知り合った人と直接会うのはこれが初めてだが、ドードーさんの人となりはこれまで数ヶ月やりとりしてきてわかっている。
不安よりも楽しみの方が断然大きかった。
(よし、俺も頑張ろう!)
そうして、俺はテスト勉強を再開したのだった。
***
「お邪魔しまーす!」
俺の家の玄関で貴虎がそんな大声を上げる。
「誰もいねーからそんな大声出さなくていいし」
「まぁ一応? 今日はよろしくお願いします。先生!」
そうして差し出されたドーナツ箱を俺は受け取った。
さっき帰りに一緒に入ったドーナツ屋で買ったものだ。
「ありがとな」
「いやいや、こちらこそ」
そうして、貴虎はにこにこ笑いながら我が家に上がった。
「俺飲み物持ってくから、先に部屋行ってて」
「はーい」
勝手知ったるという様子で貴虎が2階への階段を上がっていくのを見送り俺はキッチンへと向かう。
今日はテスト直前ということで午前中で授業が終わり、そのまま貴虎も一緒にうちにやって来た。テスト前は大抵いつもこうだ。
うちは父は医師で母も看護師なので平日昼間は誰もいない。
だから幼い頃は近所に住んでいる貴虎の存在が本当に大きかった。貴虎とうちで遊ぶことはしょっちゅうだったし、俺が貴虎の家にお邪魔することも勿論あった。
貴虎には妹がいるが俺は一人っ子で、あの頃は貴虎のことを兄弟のように思っていた。
(それがまさか好きになっちまうなんてなぁ)
500mlペットボトルをふたつ持って階段を上がりながらひとり苦笑する。
「紅茶とコーラどっちがいい?」
「コーラ!」
ローテーブルのいつもの場所に座り、さっきコンビニで買った肉まんを早速パクついている貴虎が手を上げた。
「だと思った」
言いながら俺は貴虎の前にコーラを置き、その向かいに紅茶を置いた。
ちなみに俺も昼飯は肉まんだ。当初はおにぎりでも買おうかと思っていたのだが、貴虎が肉まんを買っているのを見たら自分も食べたくなってしまったのだ。
「肉まん美味いか?」
「最っ高! コンビニで肉まん見かけるとさ、もう冬だなって思うよな〜」
「それな」
「やだな~、俺寒いの苦手だし」
「暑いのもだろ」
「最近の夏は暑すぎなんだって! やっぱ春と秋しか勝たん!」
「それはそう」
そんなアホな会話をしながら肉まんを食べ終え、俺たちはテスト勉強を開始した。
「あー、そういうことか。やっと理解したわ」
「授業ちゃんと聞いてりゃわかるだろうよ、こんなの」
「あの先生声小せーし何言ってんだか全然わかんねーんだもん。やっぱ俺には怜一朗先生が一番だわ」
そんな言葉に嬉しくなってしまうのだから本当にチョロいと自分で思う。
「ちょっとトイレ」
「いっトイレ〜」
「だっせ」
笑いながら俺は部屋を出た。
しかし、用を足してから部屋に戻ると貴虎の雰囲気が微妙に変わっていた。
なんとなく、怒気のようなものを感じて首を傾げる。
「?」
「……なぁ、怜」
「なんだ?」
貴虎の前に腰を下ろすと、奴は俺の勉強机を指差した。
「なにあの印」
「え?」
貴虎の指差した先を辿り机に置いてある卓上カレンダーを見て、俺はハっとする。
貴虎が言いたいことがわかってしまった。
「クリスマスイブ、何かあるのか?」
「あ、あれは……」
そう。12月24日。クリスマスイブ。
あれからドードーさんと、ぼっち同士イブに会うのもありかもですねという話になり、一応小さくシャーペンで印をつけておいたのだ。
あんな小さくて薄い印に良く気づいたなと驚きつつも俺は答える。
「友達と約束してんだよ」
別に隠すことでもない。
すると貴虎の眉間に皴が寄った。
「イブに会うなんて、本当に友達なのかよ」
「友達だっつーの」
「なんて名前?」
「お前に言ってもわからねーし。いいから早く続きやっちまえよ」
言って俺が数学の教科書を指差すと、貴虎は低い声で続けた。
「なんで言ってくれねーの?」
「は?」
顔を上げて驚く。
貴虎は珍しく本気で怒っているらしかった。
「彼女が出来たんならそう言ってくれりゃいいのに。なんで嘘つくんだよ」
「いや、だから嘘じゃねーし。本当に友達なんだって」
貴虎が何をそんなに怒っているのかわからず焦りを覚えながらそう答える。
ドードーさんと知り合った経緯は絶対に話せないけれど、嘘は吐いていない。
「逆になんでお前に嘘つく必要があんだよ」
「わかんねーけど……わかんねーからムカついてんだろ」
「はぁ? なんだよそれ」
ムカついているなんて言われて、ついこちらもムッとしてしまった。
貴虎は少しの間押し黙り、それから小さく言った。
「……俺、帰るわ」
「え?」
テーブルの上の教科書やノートを片づけ始めた貴虎を見て俺は慌てる。
「だって、まだドーナツ」
勉強机に置いてあるドーナツの箱を見る。あの中には貴虎が自分用に選んだドーナツも入っている。
「いいよ、怜が全部食べて。食べきれなかったら親にあげて」
貴虎はそう言いながらバッグを持って立ち上がり、俺を見下ろした。
「俺、怜のことは親友だって思ってたけど、お前は違うんだな」
「……っ」
悲し気な目をして言われて、俺は言葉が出なかった。
貴虎はそんな俺から視線を外し部屋から出て行った。
そのまま階段を下りていく足音がして、間もなくしてバタンと玄関ドアの閉まる音がした。
部屋にひとりになって俺はぽつりと呟く。
「いや、意味わかんねーし」
わからないけど、胸が痛い。苦しい。
――お前は違うんだな。
先ほど言われた言葉が蘇って、俺はひとり答える。
「ああ、そうだよ。違うよ。だって俺は――」
俺は、お前のことが好きなんだ。



