「そういえばさ、お前結局進路どうするんだ?」
「え?」
それは桜舞うあたたかな春の日のこと。
近くの公園をふたりで散歩しながら訊くと貴虎はきょとんと俺を見た。
「言ってただろ、前に。なりたいものがあるって」
俺たちは今年度いよいよ受験生だ。
流石にもう決まってないとマズイ時期である。
「あ~」
「まだ内緒か?」
顔を覗き込むようにして言うと、貴虎はそんな俺から視線を外し恥ずかしそうに答えてくれた。
「まだ全然、なれるかどうかわからないし、なれたらいいなって段階だけど……」
「うん」
「俺、看護師になりたいと思ってて」
「えっ」
まさかの答えに俺は足を止めていた。
空手をやっている貴虎は、てっきり空手の指導者とか、スポーツトレーナーとか、それを生かす職業を目指すものと思っていた。
「なんで……」
すると貴虎は顔を上げ、俺を見た。
「怜は医者になるだろ?」
「あ、ああ」
「そうやって昔から全然ブレない怜を見てきて、ずっとカッコいいなと思ってて。だから、俺も何かその助けになるような職業につけたらいいなって」
「貴虎……」
俺が見つめていると、貴虎は慌てて弁解するように言った。
「勿論、俺バカだし、今の俺じゃダメダメだから、これからいっぱい勉強しなきゃなんだけど」
「……いいんじゃないか?」
「え?」
俺は再び歩き出す。
「お前優しいし。体力あるし。ぴったりだと思う」
「ガチで!?」
隣に並んだ貴虎が嬉しそうな声を上げた。
「ああ」
頷きながら、俺はこの間熱を出したときのことを思い出していた。
貴虎がずっと看ていてくれて安心したことを。
あのときだけじゃない。貴虎は昔から俺が家でひとり体調を悪くしているとき、いつも傍にいてくれた。
それがすごく心強かった。
俺はいつもそんな貴虎の優しさに助けられていたのだ。
(俺が医者で、貴虎が看護師か)
そんな未来を想像して、ふっと俺は笑う。
「それに、そうなったらなんか楽しそうだな」
「怜……」
すると貴虎はぐっと両の拳を握り締めた。
「俺、めちゃくちゃ頑張るから!」
「ああ」
「だから」
「うん?」
「また勉強付き合ってくれよな、怜先生!」
「はあ?」
期待に目を輝かせている貴虎を見て、俺は呆れて言う。
「結局俺頼りかよ」
「だって、俺にはやっぱ怜先生が一番だし!」
「ぐ……っ」
また、そういう嬉しいことを言う。
チョロイと自分でも思うが、ひょっとしてこいつ、そのことをわかっていて言っているのだろうか。
天然なのか、実は策士なのか……。
そう思いながら俺はふぅと息を吐く。
「いいけどさ」
「けど?」
「……最近、お前勉強だって言いながら別のことしようとしてくるだろ?」
「別のことって?」
「だから……キスとか……色々」
視線を外しもごもごと小さな声で言っていると、その隣で貴虎がニヤニヤと笑っていることに気づいた。
「あっ、お前、わかっててわざと訊いたな!?」
俺が赤くなって怒鳴ると貴虎はハハと笑った。
「だって恥ずかしがる怜が可愛いから」
「か、可愛いとか言うな!」
「でもさ、恋人とふたりきりでいたらキスとか色々したくなるのは当然だろ。怜はしたくならないのか?」
「……そ、そりゃ、したくならないことはないけど……」
「だろー?」
「でも! それとこれとは話が別だ!」
危うく流されそうになって俺は貴虎を睨みつける。
「お前が看護師になりたいっていうなら、これまで以上に厳しくみっちり教えるからな!」
「えっ、や、そこはお手柔らかにお願いしますよ、先生」
「いや、こうなったら俺がお前を絶対に看護師にしてみせる!」
「え……なんか怖い」
「怖いってなんだ! お前がなりたいって言ったんだろ!?」
「そうだけどさぁ」
「よし、今日も帰ったら早速勉強だ! その前に体力づくりだ、走るぞ貴虎!」
「えーっ!? あ~なんか言わなきゃ良かったかも~~!」
そうして喚きながらも俺についてくる貴虎を見て俺はひとり笑っていた。
そんな俺たちを祝福するかのようにそのとき一陣の風が吹いて、淡いピンクの花びらが綺麗に降り注いだ。
END.



