ハイスペ男子は幼なじみに恋してる


 会おうと話していた日曜も結局貴虎からの連絡はなくて、俺からも連絡できなかった。

 このまま、終わりなのか。
 こんなことで終わってしまうのか。

 俺は、このまま貴虎を失ってしまうのか……?

 嫌だ。
 そんなの、嫌だ……!

 ずっとそんなことばかり考えていた。

 何をしていても手につかなくて、どこかへ出かける気にもならなかった。



「はぁ……」

 そしてそのまま月曜の朝が来てしまい、俺は重い足取りで学校へと向かっていた。
 ろくに寝れていなくて体調は最悪で、部活の朝練には参加しなかった。

「御堂くん、ちょっと時間いいかな」
「え?」

 下駄箱の前で一年のときに同じクラスだった女子……確か石田さん、に声を掛けられた。

(ああ、そうか)

 俺はぼうっとする頭で、一昨日バレンタインだったことを思い出していた。
 そのままこの時間人気(ひとけ)のない廊下の方に連れて行かれて、そこで可愛らしい紙袋を差し出された。

「二日遅れでごめんだけど、バレンタインチョコ」

 恥ずかしそうに顔を俯かせ言われて、俺はいつもの台詞を口にする。

「悪いけど、俺」
「わかってる! 付き合って欲しいとかそういうんじゃなくて、ただ受け取って欲しくて……っ!」

 俺はその紙袋と彼女の震える両手を見つめる。
 これまでもそう言われたことはあったけれど、全て断ってきた。
 でも、今はその子の気持ちが痛いほどにわかってしまう。
 きっとすごく怖くて、すごく勇気が要っただろうに。素直に凄いなと思った。

(受け取るだけなら……)

 そうして俺はその紙袋に手を伸ばした。――そのときだ。

「ストーップ!!」
「!?」

 バカでかい声が廊下に響いてビクっと肩が飛び上がった。
 見れば廊下の向こうに貴虎がいて、俺は目を見開く。

「貴虎……?」

 貴虎はそのまま怖い顔でズンズンとこちらにやって来る。

「え、桐生くん?」

 石田さんも当然ながらびっくりした顔だ。
 貴虎は俺の前までやって来ると更に怒鳴った。

「なに受け取ろうとしてんだよ!? いつもさらっと断ってるくせに!」

 なんで怒られているのか意味がわからなくて俺が困惑していると、貴虎は俺がチョコを受け取ろうとしていた手を取り、石田さんに向かってにっこりと笑いかけた。

「こいつ、俺の彼氏なんだ。だから受け取れない。ごめんね」
「なっ……!」
「ほら行くぞ。怜」

 そうしてチョコを手にしたまま唖然としている彼女を置いて、俺は貴虎に手を引かれ無理やり連行された。

「お、お前っ、なに言ってんだよ! あんなこと言って、皆にバレたら」
「いいよ。バレたって俺は」
「……っ」

 やっぱりまだ怒っている様子の背中を見て、俺は言葉に詰まる。



 そのまま貴虎は普段立ち入り禁止になっている屋上への階段を上がっていく
 その途中の踊り場で漸く貴虎は足を止めた。
 握られていた手が離れ、少しの沈黙が訪れる。

(……ど、どうしよう)

 何から話していいのかわからない。
 でも、先ほどの貴虎の言葉が耳に響いていた。

『こいつ、俺の彼氏なんだ』

 まだ、そう思ってもらえていることに安堵して、嬉しくて、俺はまず一昨日のことを謝ろうと口を開いた。

「貴虎……その、この間は」
「ストップ!」

 またそう止められて貴虎はこちらをくるりと振り向いた。

「俺から言わせて」

 そしてガバっと貴虎は俺に頭を下げた。

「この間はごめん! 怜を不安にさせて、本当に悪かった」

 そんな貴虎を呆然と見下ろしながら、俺はゆっくりと首を振る。

「俺の方こそ」
「いや、」

 貴虎は顔を上げ真剣に言う。

「怜は何も悪くない。俺が勝手に勘違いして、お前を不安にさせて、泣かせて、本当に最悪な彼氏だと思う」
「そんなこと」
「さっき、坂本先輩に会ってきた」
「……えっ!?」

 遮るように言われた言葉に、流石にぎょっとした。

「昨日も一昨日もずっともやもやしっぱなしで、もう本人に直接訊くのが一番だと思って、朝練してる先輩捕まえて話してきた」

 貴虎が坂本先輩に掴みかかるイメージが頭に浮かんで、さーっと青くなる。

「おま、何を……」
「先輩はもうとっくにお前にフラれてるって」
「え……?」

 そして貴虎は先輩の言葉を続けた。


『御堂は誰かさんにずっと長い間片想いしているんだって。そこに入るスキなんてないって、聞いてすぐにわかったよ』


「……でも、少しでも入るスキが出来たら遠慮しないからって」

 むすっとした顔で言われて、俺は坂本先輩の優しい笑顔を思い浮かべていた。

(先輩……)

「俺、ちゃんと先輩に謝ってきたから」
「え?」
「勘違いして酷い態度とったこととか、ちゃんと謝った。そしたら先輩、笑って気にするなって言ってくれて……何あの人、イケメン過ぎんだろ。あんなの敵うわけねぇって思っちまった」
「坂本先輩にお前が敵うわけないだろ」
「はぁ!?」

 貴虎が情けない顔をするのを見ながら、俺は言う。

「でも、俺が好きなのはお前だから。お前しか、好きにならないから」

 自然と口から零れていたその恥ずかしい台詞に自分で驚いて、かあっと顔が熱くなっていく。

「怜……っ」

 見れば貴虎も感激したように顔を赤くしていて、そのまま飛びかかってくる気配を感じ取った俺はその前に訊く。

「――で、お前は?」
「へ?」
「あの時一緒にいた女の子は誰なんだよ。可愛い子。お前の彼女だって言ってたじゃねーか」

 ジト目で言うと、貴虎は慌てたようにぶんぶんと首を振った。

「か、彼女なわけねーだろ!?」

 その慌てようがまた怪しくてじっと睨みつけていると貴虎はそのまま続けた。

「あいつ、面白がってあんな冗談言っただけで。あとでめちゃくちゃ謝られたし」
「『あいつ』なんて、やけに親しそうじゃねーか」
「だから、そういうんじゃねーし! ホントただの友達だって!」
「友達?」
「同じクラスの友達! 男の!」

 最後の一言を強調されて、俺は時が止まったように感じた。

「……は?」
「だーかーら、あいつは男なんだって! レイヤーっての? 女の子の格好するのが特に好きみたいでさ」

 ……男……?

 あの可愛い子が、同い年の、男……??

「…………???」

 なんだか、遠く宇宙が見えた気がした。

「ちょっと俺が頼みごとして、あの日付き合ってもらってたんだよ」
「……た、頼みごとって?」

 なんとか宇宙から戻ってきて、訊く。

 すると、貴虎は背負っていたバッグを下ろし、その中から少しくしゃくしゃになった袋を取り出した。

「これ、お前にあの日渡そうと思ってた、チョコ」
「え」

 俺がそれを見ながらポカンとしていると貴虎は恥ずかしそうに続けた。

「お前にあの日の夜サプライズでチョコ渡すつもりで、でもひとりでバレンタインチョコなんて恥ずかしくて買えねーから、仕方なくそいつに女装してもらって一緒に買いにいってもらったんだ。あいつもノリノリで付き合ってくれてさ」

 そしてバツが悪そうに俺から目を逸らした。

「なのに、まさかあんなとこでばったりお前に会うなんて思わなくて……あの時すぐに言えば良かったんだけど、俺そんな余裕なくて。……ほんと、不安にさせてごめん」

 そこまで聞いたらなんだか一気に気が抜けて、俺はその場にヘナヘナと座り込んだ。

「怜? 大丈夫か?」

 蹲って俺は言う。

「……俺、てっきりお前に飽きられたのかと思って」
「は!? 飽きるってなんだよ! なんで!?」
「俺、お前に色々待ってもらってて、お前に応えられなくて悪いと思ってて……」

 すると慌てたように貴虎は俺の前にしゃがみ込んだ。

「そんなの! 確かにもっとイチャイチャできたら嬉しいけど、それで飽きるなんてありえねーから! いつまでも待つって言っただろ、俺」

 うん、と頷いてから俺は貴虎に思いきって言うことにした。

「……実は、俺もチョコ用意してある」
「えっ」
「お前が喜びそうだから。それと、お詫びも兼ねて」

 すると、目の前の貴虎の顔がくしゃりと歪んだ。

「なんだよ〜俺たち同じことしてるじゃんかよ〜〜」

 その笑っているんだか泣いているんだかわからない貴虎がカッコ悪くて、でも愛おしくて。

「――っ!?」

 ちゅっと俺はそんな貴虎にキスをしていた。

 多分、俺から初めてするキスに、貴虎は固まった。

「貴虎?」

 俺は首を傾げて、その顔の前でひらひらと手を振る。
 すると貴虎はハっと目を瞬いた。

「――え? 夢?」
「夢じゃねーし」

 なんだか覚えのあるやり取りにふっと笑ってしまう。

「今日さ、帰りに俺ん家来いよ」
「え?」
「そのときにお互いのチョコ交換し合おう」

 するとパっと貴虎の顔が輝いた。

「わかった!」

 と、そのとき丁度HRが始まる予鈴が鳴り響いた。
 俺は慌てて立ち上がる。

「行かねーと」
「ちょっと待って」
「え?」

 立ち上がった貴虎に腕を掴まれ引き寄せられたかと思ったらちゅっと短いキスをされた。

「さっきのお返し」
「お前な……っ」

 そうしてすぐに二度目のキスをされて、俺は仕方なくそれを受け入れた。
 学校内でのキスはとても緊張感があって、背徳感もあって、なんだかすごくドキドキした。

「っ、そろそろ行かないとマジで遅刻する」
「わかってるけど、もう少しだけ」
「ん……っ」

 ――結局、その後時間ギリギリまでキスをしていた俺たちは慌ててお互いの教室へ駆けこんだ。
 顔が火照っていることを誤魔化すために、俺はしばらくの間顔を上げられなかった。

 とても幸せだった。



 きっとこれからも貴虎と付き合っていたらこんな小さな喧嘩や、ときには大きな壁にぶち当たることもあるのだろう。

 でも俺たちならきっと、その度泣いて、笑って、キスをして、その繰り返しでなんとかうまくやっていける気がした。



 その日の放課後、俺たちはバレンタインチョコを交換し合った。 
 そして、ほんのちょっとだけ、キスの先に進むことが出来た。

「怜、好きだ」
「俺も、貴虎が好きだ」

 そうして俺たちは何度目かのキスをして笑い合った。





 ――しかし、その数日後。

 どうも視線を感じると思ったら俺たちが付き合っていると全校の噂になっていることを知り、俺は真っ赤になって貴虎を怒鳴りつけることになるのだった。