ハイスペ男子は幼なじみに恋してる


 2月も半ばに入り、今年もバレンタインデーが近づいてきた。
 今年も俺は学校を休もうと考えていたが、ふとカレンダーを見て気が付いた。

(そっか。今年のバレンタインデーって土曜日か)

 元々休みだとわかって、俺は少しほっとした。

 毎年面倒に思っていたバレンタインデー。
 だがしかし、今年のバレンタインデーはいつもと違うのだ。

(女子は、いつもこんな気持ちなのか……)

 ――そう。
 実は今年、俺は貴虎へ渡すバレンタインチョコを用意してしまったのである。……この間のお詫びも兼ねてだ。
 と言ってもそんな大したものじゃない。
 デパート一階の催事場で色んなチョコレートが売られているのを見て、ふと貴虎にあげたら大喜びしそうだなと思ってしまったのだ。
 それで比較的シンプルな見た目のものをささっと選び、思い切ってレジに持って行った。店員の顔は恥ずかしくて見れなかった。

 土曜なら、きっと貴虎と会えるはずだ。
 付き合ってから土日は大抵ふたりでどこかへ出かけている。
 その出かけた先でサプライズ的に渡すのがいいかもしれない。

 あいつの驚いた顔と喜んだ顔が頭に浮かんで、俺はここ数日ずっとそわそわとしていた。

 しかし。

「ごめん!」

 俺があえてバレンタインデーとは言わず、土曜日またどこか出かけないかと誘うと貴虎はパンっと両手を合わせた。

「土曜日俺ちょっと用事があって。日曜なら大丈夫!」
「そ、そっか。わかった。じゃあ日曜な」

(まぁ、別に腐るもんじゃないし、当日に渡せなくたっていいよな)

 そう思いつつも、なんとなく寂しい気がして。

(女子は、いつもこんな気持ちだったのか……)

 今まで自分がしてきたことに罪悪感を覚えたりした。


   ***


 そして、2月14日。
 バレンタインデー当日がやってきた。

(ヒマだ……)

 最近休みの日はいつも貴虎と会っていたから、久しぶりに何もない日を俺は持て余していた。
 朝から進めていた勉強にも飽きてしまった。

(久しぶりにひとりで出かけるか)

 貴虎と付き合う前はたまにそうして休日を過ごしていた。
 本屋へ行ったり、カフェでまったりしたり、ひとりで公園をブラブラと散歩するのも色んな発見があって楽しい。
 貴虎に前にそんな話をしたらじじくさいと言われて怒った覚えがある。

 そうと決めたら俺は早速支度をして家を出た。

 しかし、駅前を歩きながら俺は少しだけ後悔した。
 街中はこの間のクリスマスほどではないがカップルが多かった。

(土曜にバレンタインデーだもんな。そりゃそうか……)

 どこへ行っても混雑しているかもしれない。
 なら逆にどこへ行っても同じかと俺は15分ほど電車に揺られ、この辺りで一番大きなショッピングモールへ向かうことにした。

 そこで思わぬ出会いがあった。



「あれ、御堂か?」
「え?」

 モールの中の本屋で声を掛けられ振り返ると、そこにいたのは坂本先輩だった。

「坂本先輩!」
「奇遇だな、こんなとこで」
「ですね」

 まだ少し気まずく思いつつも、俺は笑顔を作って頷く。

「ひとりか?」
「はい、ちょっと欲しい本があって」
「そっか。ぼくもだ」

 先輩はもう買ったようで、この本屋の店名が入った袋をちょっと持ち上げて見せた。

「この後の予定は?」
「え? いえ、特には……」
「なら、ちょっと買い物付き合ってくれないか」
「え……」

 と、動揺が顔に出てしまったかもしれない。
 先輩は苦笑して言った。

「別に変な下心とかないから安心して」
「い、いえ、そんな」
「ちょっと新しいシューズを見たくてさ。ほら、この上にスポーツ用品店があるだろ。折角だからお前の意見も聞きたくて」
「お、俺で良かったら」

 焦りながら答えると、先輩はにこりと笑った。

「よし、決まりだ。本屋出たところで待ってるから」
「あ、はい」
「ゆっくりでいいぞ」

 そうして先輩は手を振り本屋を出て行った。

(なんか、妙なことになったな)

 まぁでも、買い物に付き合うだけだし。
 そう自分に言い聞かせ俺は欲しかった本を早急に探し出し、レジへと持って行った。



「御堂がいてくれてほんと助かったよ。お蔭で良い買い物が出来た。俺ひとりだったら迷いまくってたと思うし」
「それなら良かったです」

 スポーツ用品店を出て満足そうな先輩を見て俺は笑った。
 先輩の役に立てて素直に嬉しかった。

「御堂は何も買わなくて良かったのか?」
「はい。俺は大丈夫です」
「そうか。……御堂は、将来陸上の方に進む気はないんだっけ?」
「あ、はい。俺は一応、医者を目指してるので」
「そうだったな。医者かぁ、凄いよな。……でも、ちょっと勿体ないな」
「え?」

 見ると、先輩が優しく微笑んでいた。

「ぼくは御堂の走ってる姿に惚れこんだからさ」
「……っ!」

 いきなりそんなことを言われて、思わず顔が赤くなってしまった。

「はは、ごめん、ちょっとキザだったかな。でも嘘じゃないよ」
「そ、そうですか……」

 なんて答えていいのかわからずに顔を伏せていると、先輩は話を変えるように続けた。

「そういえば、例のお友達とはその後どう? うまくいってる?」
「え? あ、えっと……」

 瞬間、この間の一件を思い出し目が泳いでしまった。
 先輩はそれを見逃さなかった。

「うまく、いってないのか?」

 ……うまくいっていないわけじゃない。
 ただ、俺がひとり戸惑って、ひとり罪悪感を感じているだけだ。
 でもそんな話を先輩に出来るわけがない。

「い、いえ、問題ないです」

 そう言って両手を振る。

「それならいいけど。でも今日は一緒じゃないんだな。折角のバレンタインデーなのに」
「ああ、はい。なんか用事があるとかで……あ、いえ、でも男同士なんで別にバレンタインは関係ないですよ」

 まさかチョコを用意しているとは言えず、慌てて空笑いしていると坂本先輩は優しく微笑んだ。

「そうか。まぁでも、もし何か心配事があったらいつでも相談乗るからな。男同士だと色々不安になることもあるだろうし、そっちの意味でも一応ぼくは先輩だからさ」

 少し恥ずかしそうにそう言ってくれた先輩を見て、正直ちょっとだけ心が揺れた。

 相談したら、この罪悪感や不安が少しは軽くなるだろうか。

(……いや、でもそれはきっと反則行為だ)

 先輩に対しても、貴虎に対しても。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 俺が笑顔で答えると、先輩もそうかと笑った。

「じゃあ、ぼくはそろそろ帰ろうかな。御堂は?」
「俺は、もう少しぶらついていこうと思います」
「そうか、じゃあまた学校でな」
「はい!」

 ショッピングモールの出口近くでそんな会話をしているときだった。

「怜?」
「え?」

 後ろから聞き慣れた声がして振り返り、俺は目を見開いた。

「貴虎……?」

 そこに驚いた顔をした貴虎がいた。
 その隣には見知らぬ女の子がいて。

 俺は、いつか見たあの悪夢を思い出していた。