ハイスペ男子は幼なじみに恋してる


 貴虎と付き合いはじめて早一ヶ月。
 俺と貴虎の関係はおおむね順調だった。
 たまに小さな喧嘩はするけれど、お互い慣れたもので、主に貴虎が謝ってきてくれてすぐに仲直り出来た。

 ただひとつだけ、俺的に気掛かりなことがあった。


「――ちょ、待……っん」

 最近、貴虎がやたらとキスをしたがるのだ。勿論ふたりきりのときだけだけれど。
 今日もテスト勉強のために俺の部屋に入った途端これだ。

 ……俺だってキスが嫌なわけじゃない。

 貴虎とのキスはお互いの気持ちが通じ合っている証のような気がして嬉しいし、回数を重ねるごとに恥ずかしい気持ちも大分慣れては来ていた。

 ただ、最近そのキスがやたらと長くて、ねちっこいのだ。

「……はぁっ、も、もういいだろ?」
「えぇ? もう少しだけ」

 そうしてもう一度唇が重なって、俺は仕方なくそれを受け入れる。

 貴虎とはもう何度か舌を絡めるような、所謂(いわゆる)ディープキスもしている。
 最初はびっくりし過ぎて頭が爆発したみたいになって大変だったけれど、それにも大分慣れてきた、と思う。……でも。

「~~っ、もうここまでだ!」
「ええ~」

 その身体を強引に引きはがして言うと、貴虎は不満そうな顔をした。

「今日は勉強しに来たんだろ!」
「でも、怜とキスしてると気持ちいいし、俺はもっとずっとしてたいけどな」
「!?」

 そんなことを言われ俺は慌ててズレてしまったメガネを直し床にバッグを置いた。
 ……バッグを置く暇もなくキスされたのだ。

「俺だって嫌じゃねーけど、ずっとしてるとなんか変になりそうっつーか……」
「え? 何て?」
「な、なんでもねーよ! とにかく、あんま長いのは禁止!」
「えーっ!? 酷くね?」

 そんな文句を無視して俺はバッグから教科書や筆記用具やらを取り出し始めた。

 ――最近、貴虎とこういう長くて甘いキスをしていると気持ちが良くて……良過ぎて、ふわふわとして変な気分になってくるのだ。
 そんな自分を貴虎に知られたくない。見られたくない。

 でも貴虎は最近なんだか、キスの更にその先へ進みたがっているように思えてならなくて。

 勿論嫌なわけではない。
 貴虎となら、どんなことも嫌ではない。と思う。

 その気持ちは嬉しいし、恋人同士ならそういうことをしたいと思って当然だとも思う。
 でも。

(ムリだムリ! キスだって慣れてきたばっかりだっつーのに、その先なんてガチで考えられない!)

 俺にはまだ早過ぎるのだ。

 全然、心の準備が出来ていない。

 そんな不安と、未知への恐怖で、最近貴虎といると俺はどうにも落ち着かないのだった。



 そして2月頭の休日、俺は久しぶりに貴虎の住むマンションにやって来た。
 いつも怜ん家で悪いし、今日は俺ん家来てよと誘われたのだ。
 貴虎ん家は俺の家から程近いマンションの5階だ。
 エントランスのインターホンを鳴らすと「どうぞー!」と貴虎の声が大きく響いてすぐに目の前のドアが開いた。
 エレベーターを上がってすぐの部屋のインターホンを押そうとして、その前にドアが開き貴虎が顔を覗かせた。

「いらっしゃーい!」
「お邪魔しまーす」

 玄関に入ってそう声を上げると貴虎に笑われた。

「今日うち誰もいないから」
「え」
「ハハ、いつもと逆だな。入って入って」
「あ、ああ」

 そうして俺は貴虎の家に上がった。

(え、誰もいないのか?)

 俺の家も平日は誰もいないけれど、貴虎の家に他に誰もいないのは初めてな気がする。
 いつもお母さんか妹のナオちゃんはいた気がする。

(いやいや、何意識してんだ。女の子じゃあるまいし)

「俺飲み物持ってくから部屋入って適当に座ってて。ベッドでもいいし」
「うん。あっ、これ買ってきたから」
「お、サンキュー」

 俺はコンビニで買ってきたスナック菓子を貴虎に渡した。
 そうして俺は久しぶりに貴虎の部屋に入った。多分一年ぶりくらいか。
 片づけたと言っていたが俺には散らかっているように見えるその部屋は貴虎の匂いがした。
 勉強道具の入ったバッグを床に置いて、ふとベッド脇の本棚に目が留まった。

(あ、これ気になってた漫画。あいつ持ってたのか)

 8巻まで並んでいるその漫画の1巻を本棚から引き抜き俺はそのままベッドに腰を下ろした。
 と、貴虎が部屋に入ってきて俺は顔を上げた。

「借りてるぞ。これ気になってたんだ」
「お、それガチで面白いから」

 言いながら貴虎はベッド前の丸テーブルにコップとペットボトルを置いて俺の隣に座ってきた。

「このキャラがカッコ良くってさ、でもこいつが実は」
「おい、ネタバレやめろよ。俺全然知らないんだからな」

 そう言って軽く睨むと貴虎はにぃと笑った。

「えー、なんかそう言われると言いたくなるよなぁ」
「ふざけんな」

 そうして俺はまた漫画に目を落とす。
 まだ序盤だが既に面白くて続きが気になった。しかし。

「……なぁ、怜」
「ん?」

 横を振り向いた途端だった。
 ちゅっと啄むようなキスをされてびっくりする。

「い、いきなりはやめろ!」
「えー? じゃあ、キスしたい」

 にっこり笑顔で言われて俺はぐっと言葉に詰まった。

(こ、こいつ……っ)

 惚れた弱みというやつだろうか。断れるわけがなくて。
 俺は持っていた漫画をベッドに置いて貴虎の方を向いた。
 それをOKと取ったのだろう。
 貴虎は俺にまた軽いキスをして、その後で長い方の口付けをしてきた。
 徐々に深く甘くなっていくそれに俺は翻弄されていく。
 ふわふわとまたおかしな気分になってきて、そろそろヤバイとその身体を引きはがそうとしたときだ。

「っ!?」

 急に貴虎がぐっと体重をかけてきて俺はそのままベッドに倒れ込んだ。

「なっ!」
「怜、好きだ」

 こちらを見下ろす貴虎は、なんだか貴虎ではないような大人っぽい表情をしていて、どきりとする。
 そのまま再びキスが降ってきて、俺は抵抗なんて出来るはずもなくされるがままになっていた。
 どのくらい唇を重ねていたのか、頭がぼーっとし始めた頃ようやく唇が離れほっとした。――そのときだった。

「ぅあっ!」

 いきなり首筋にキスを落とされて、思わず高い声が漏れてしまった。
 そんな自分のものではないような声に自分で驚いて真っ赤になる。

「な、何す……っ」

 文句を言おうと声を上げるが貴虎は止めなかった。
 続けてちゅっ、ちゅっ、と首すじや耳たぶにキスをされて、くすぐったくてその度にびくびくと身体が反応してしまう。
 恥ずかし過ぎて俺は貴虎の胸を押しやろうとするが、びくともしない。
 代わりにその手を取られベッドに押し付けられてしまった。

「貴、虎……?」

 恐る恐るその顔を見上げると、貴虎はなんだか苦しそうな顔をしていて。

「ごめん。俺、怜にもっと触れたい」
「!」

 沸騰したように顔が熱くなる。
 それでなくともいっぱいいっぱいなのに貴虎は更にとんでもないことを口にした。

「ぶっちゃけ、俺、怜を抱きたいと思ってる」
「!!?」

 俺が真っ赤な顔で口をパクパクとさせていると、そんな俺の耳元で奴は続けた。

「ダメか? 怜」
「~~~~っ」

 ――そこが限界だった。
 
「悪い、無理だ」

 そんな言葉が口をついて出ていた。

 貴虎がショックを受けたように目を大きくして、それを見てズキっとこちらの胸も痛くなる。

 しばらくの沈黙のあと、貴虎は俺から手を離しゆっくりと立ち上がった。
 そしてベッドから起き上がった俺に弱々しい笑顔で言った。

「ごめん、俺、ちょっと頭冷やしてくるわ!」

 そう言って貴虎は部屋を出て行った。
 残された俺はゆっくりと息を吐いて、頭を抱えた。

 思い出したようにドキドキバクバクと心臓が騒ぎ出す。

(あ、危なかった……!)

 危うく流されてしまうところだった。
 
 ――俺、怜を抱きたいと思ってる。

 先ほど聞いた言葉が蘇って、わーーっと大声を上げたい衝動にかられた。

 嫌ではない。
 嫌ではないのだが、まだ無理だ。
 やっぱり全然、そんな心の準備が出来ていない。

(……でも、悪いことしたな)

 先ほどの貴虎の顔を思い出してぐっと手を握る。
 あんな顔をさせてしまって申し訳ないという罪悪感はあるけれど。

(でもまだ無理なものは無理だ……!)



 少しして部屋に戻ってきた貴虎は顔を洗ったのだろうか、前髪が少し濡れていた。
 もう一度俺にごめんと頭を下げてから貴虎は言った。

「俺、がっつき過ぎてカッコ悪ぃよな。マジでごめん」
「や、俺こそ、なんかごめん。嫌なわけじゃないんだ。けど……」

 すると貴虎はそれを聞いて少しほっとしたような顔をした。

「良かった。嫌だったらどうしようかと思った」

 俺はぶんぶんと首を振って言う。

「ただ、まだ色々と、その、心の準備っていうか……」
「うん。ゆっくり行こう。俺、いつまででも待つから」
「貴虎……」

 もう一度俺の隣に腰を下ろして貴虎は言った。

「キスはいい?」
「……短いのなら」
「りょーかい!」

 そうして俺たちはまた啄むような軽いキスをして、小さく笑い合った。


 ――ごめん、貴虎。
 もう少し待ってくれ。
 俺の覚悟が決まるまで。……いつになるか、わからないけれど。

 もう少しだけ待っていてくれ。