自分で言うのもなんだが、俺、御堂怜一朗はハイスペック男子である。
成績優秀。スポーツ万能。顔面も良い。
更にうちは医者の家系で俺も将来は医者を目指している。
俗に言う『優良物件』である。
それ故に俺はモテる。告白された回数なんてもう覚えちゃいない。
中学の卒業式では制服のボタンにシャツのボタンまで全て消え、バレンタインと誕生日は断るのが面倒なので中学から仮病を使って休むことにしている。
そんな俺だが、誰かとお付き合いをした経験はまだない。
なぜか。
答えは単純。本命がいるからだ。
しかし、それは叶わぬ恋……。
そう。
このハイスペ男子である俺、御堂怜一朗は、何年も前から同じ奴に『片想い』をしているのである。
その相手というのは。
「レーイ!」
朝、校舎に向かってひとり歩いているとそんな声と共にガバっと後ろから肩を抱かれドキリと胸が鳴る。
しかしそれを悟られないようわざとそいつを睨みつける。
「なんだよ、貴虎」
「聞いたぞ怜、お前昨日美玖ちゃんフったんだって!?」
「早ぇよ、情報が」
「もうクラス中、いや、学年中知ってるって! てかなんでだよ。美玖ちゃんあんなに可愛いのに!」
「うるせーよ。好きでもないのに付き合えるか」
「っかー! 言ってみてー、そんなセリフ!」
そうして、奴……結城貴虎は悔しそうに天を仰ぎながら叫んだ。
こいつは俺の保育園の頃からの幼なじみで親友。
――そして。
こいつこそが俺の長年の片想いの相手である。
そんな奴を睨み上げ、俺は言う。
「ならお前は好きでもない奴と付き合えるのかよ」
「顔が好みだったらオッケーするかなぁ。付き合ってからお互いのことを知って好きになったっていいんだし」
……そう。こいつはこういう奴だ。
女の子が好きで、軽い。
貴虎は俺とはまたタイプは違うが男らしい凛々しい顔立ちをしていて、おまけに俺とは違い陽キャで人懐っこい性格をしているから普通にモテる。
そして、俺とは違いこれまでに何人かの女の子と付き合っている。
最近はずっとフリーのようだけど。
「はあ……お前に聞いた俺がバカだった」
「なんだよ〜感じ悪ぃな」
「俺は本気で好きになった人としか付き合うつもりはない」
「それ前から言ってるけどさ、出来たことあんのか? 本気で好きな子」
ギクリとして、不覚にもそれが顔に出てしまった。
そして貴虎はそれを見逃さなかった。
「おっと〜、その顔はいるな? とうとう出来たのかよ好きな子! 誰だよ、俺の知ってる子か!?」
興奮したようにまた肩を抱かれて俺は動揺を隠すように顔を背けた。
(近ぇーんだよ、顔が!)
「う、うるせーな、いねーよ」
「いーや、今のは絶対いる顔だった。幼なじみ舐めんなよ? お前のことならなんでもお見通しだっつーの!」
それを聞いて思わず鼻で笑いそうになった。
なんでもお見通しだって?
(俺が好きなのは、お前だっつーの!)
全然、何にもわかってねーじゃねーか。
そうツッコミたいのをなんとか耐えていると貴虎はぶーっと唇を尖らせた。
「なんだよー、俺にも言えないのか?」
「だから、マジでいねーって」
すると漸く諦めたのか、貴虎は俺から手を離した。
「怜が好きになる子って、どんな子なんだろうなぁ」
「だから、」
そして奴は屈託のない笑顔で続けた。
「俺、どんな子でもめちゃくちゃ応援するからさ。何かあったらいつでも相談乗るぜ。だって、俺たち親友だろ?」
そんな優しくて残酷な言葉に、これまで何度傷ついて来ただろう。
でも、さすがにもう慣れたものだ。
俺は今度こそふんっと鼻で笑う。
「付き合ってもすぐ別れる奴に相談?」
「うわ酷っ! 確かにそうだけどさぁ……だって女心ムズイんだって! この間もさ~」
そうして、いつもの貴虎の愚痴が始まってしまった。
それをハイハイ大変だったなと聞いてやるのもいつものことだ。
――そういうわけで、俺の恋は叶うはずがないのだ。
(当人に応援されるとか、とんだ笑い話だ)
俺が貴虎への想いに気づいたのはいつだったか。
小学校高学年の頃、可愛いとクラスで人気の女子から告白されて、でも別に全然嬉しくなかった。
貴虎からはその時も「なんでだよ、あんなに可愛いのに!」と文句を言われた気がする。
だってお前といた方が楽しいし、とはなぜか言えなくて。
でもそのときはまだ、そんなに深くは考えていなかった。
決定的だったのは中2の夏。貴虎にはじめて彼女が出来たときだ。
照れくさそうに「俺、彼女出来たわ」と報告されて、俺は自分でも驚くほどのショックを受けた。
「だからごめん、今日から彼女と一緒に帰る」
そう言われて悲しかった。悔しかった。
彼女と楽しそうに話している貴虎を見て、俺といた方が絶対に楽しいのにと、彼女に嫉妬している自分に気付いた。
その数ヶ月後、振られたと落ち込む貴虎を表向きは励ましつつ、内心でめちゃくちゃ喜んでいる自分がいて。
もう誤魔化せないと思った。
俺は貴虎のことが、そういう意味で好きなのだと、認めざるを得なくなった。
でも貴虎は、俺のことを幼なじみの友人としか見ていない。
この気持ちを打ち明けたら、きっと友人でもいられなくなってしまうだろう。
だったらこのまま、今の関係でいい。
一番の友達。親友。十分じゃないか。
そう自分に言い聞かせてきた。
でも。
(このまま、ずっと彼女なんて出来なければいい)
『――そう願ってしまうくらいは、せめて許してほしい』
そう書き込んで俺は投稿ボタンを押した。
すると間もなくイイネがつき、リプが次々と届いた。
『切ない。でもわかる』
『ワンチャン告ってみたら?』
『いつも応援してます』
そう。
俺はこの気持ちをSNSに書き込んでいる。
誰にも相談出来ず、ひとり悶々としていることに耐えられなくなり、どこかに吐き出したくてアカウントを作った。
すると思いの外反響があった。
同じように苦しい気持ちを抱えている仲間が出来た。
どこの誰だかも性別もわからない相手ではあるけれど、だからこそかもしれない。
今はこの場所が俺の癒しの場となっている。
勿論身バレはしないよう、細心の注意を払っている。
アカウント名は本名にはかすりもしていないし、話にはちょこちょこフェイクを入れているからバレる心配はない。
寝る前にもらったリプに返信してから眠る。
それが最近の俺のルーティンである。
そして、最近その中で特に仲良い人がいる。
(お、ドードーさんからDM来てる)
今日もベッドに横になってからSNSを開くといくつか通知が来てきて、その中にその名を見つけた。
DMを開き、絶物動物であるドードー鳥のアイコンをタップする。
『こんにちは。ドードーです。今日の呟きもめちゃくちゃ共感しました。私も相手にはこのままずっと恋人が出来ないで欲しいと願っています』
(だよな~)
ドードーさんの性別はわからないが、同じ高校生でやはり同性の友達のことが好きらしく苦しい片想いをしているらしい。
お互い共通点が多くて話が合い、最近はリプではなくたまにこうしてDMでもやりとりをしている。
しかしその続きを読んで俺は驚いた。
『でも、もしかしたら相手に本命が出来たかもしれなくて落ち込んでます』
「え!?」
思わず声が出てしまった。
確かドードーさんの片想いの相手は超奥手で、だから少し安心だと前に話していた気がする。
慌てて返信していく。
『ドードーさんこんばんは。返信遅くなってすみません。それはショックですね。思い違いだといいのですが』
涙を流している顔文字と共に送ると、少しして既読マークが付いた。
『こんばんは。返信ありがとうございます。私も勘違いであって欲しいです。でも、ずっと見てきた友達だからこそわかってしまうことってあるじゃないですか。多分、ガチです』
(うわ~、それすげぇわかる)
思わずもらい泣きしそうになりながら返信していく。
『その気持ちすごくわかります。キツイですよね…。辛くなったらいつでも話聞くので気軽に吐き出してくださいね』
俺がいつもこの場で心のモヤモヤを発散しているように、ドードーさんにもこの場で発散して欲しいと思った。
『ありがとうございます。そう言ってもらえると気持ちが楽になります。カタコイさんがいてくれて本当に良かったです』
そんな言葉に感激しながら『こちらこそです』と打っていく。
『返信ありがとうございました。明日もお互い頑張りましょう。おやすみなさい』
『おやすみなさい』
そして俺はスマホを枕元に置き、ふぅと息を吐いた。
(みんな、辛い片想いをしてるんだよな……)
俺だけじゃない。そのことが本当に心強かった。



