消しゴムを使いたい君に

 私と沙奈は、改めて言うけれど双子である。私が姉で、沙奈は妹。
 ただ、性格が真反対かつ顔もそこまで似てないので、周りからよく双子ではないと誤解される。
 なぜこれほど似なかったかは分からないけれど、神様が生まれてくる子のステータスを決められるのだと思う。多分。
 私はどうしてこんな風に生まれてきたのだろう、と悲観的に思うことは、幸太と関わるにつれ少なくなっていった。
 とにかく、私は幸太に感謝をしている。彼と出会わなかったら、沙奈と関係を修復したいなんて思わなかっただろうし。
 一週間後、期末考査が返却された。嬉しいことに、幸太に点数で圧勝した。それに酷く幸太は悔しがっていた。「次は負けないから」と、宣言していた。どうやら、私をライバル視しているようだ。
「雪奈ー。えへへ、わたしすごいでしょー?」
 家に帰ると、満面の笑みで彼女は話しかけてきた。
「うんっ、ほんとすごいよ」
 見事トップ十に入ることができたので、私の部屋に封印していたゲーム機やハンマーをあげようとした。が、彼女は受け取らなかった。
「いらないよ、こんな勉強の妨げになる物なんて」
 没収された物は無関心になっていた。
「さてと、先にお風呂入ろうかなぁー」
 そう言い残して彼女は、私の部屋を出た。

 このまま日が経ち、ついに旅行前日となった。実はこの旅行の話は、家族には言っている。まあ当然だ。子供が一日経っても帰って来ないと、親はそれだけで心配してしまうから。そして、沙奈にはまだ言っていない。
 彼女が学校から帰って言おうと思っている。
 どんな反応するだろうなぁ。
「第五回、ミッションを課す」
 今回は何だろうか。
「『色鉛筆で描く』の意味は何か」
 色鉛筆、かぁ。
 美術の時間でちょっと使うぐらい。画力がない私は、あまり絵を描かない。
 折角の機会だし、暇がある時に描いてみようか。
 どうせなら、私と同じぐらい絵が下手くそな沙奈にも描かせよう。
「ちなみに、幸太ってよく絵描くの?」
「うん。例えば、こんな物を描いてたりする」
 見せてきたスマホの画面には、巧みな絵が写っていた。
「へー。こんな才能があったとは」
「ふふん。時々絵を描いてるからね。それを続けているから上達したかな」
 その絵は、幻想的だった。色鉛筆を使って、空に浮かぶ雲と虹を描いていた。細部まで泥んで描いたこの絵は、立体感というのを感じた。
「絵を描き始めたきっかけってあるの?」
「あるよ。……え? 知りたい?」
「うん」
 彼は一呼吸置いた後、話す。
「自分が思うように絵を描くと、心の汚れや傷が癒え、落ち着く感じがするんだ」
「へ?」
 思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「ああごめん。別に僕の心配はしなくていい」
「そう」
「雪奈もやってみたら?」
「は?」
「騙されたと思って」
「う、うん」
「ただ注意点がある」
「そ、それは?」と彼の話に合わせる。
「絵を描く以外のことを考えずに、絵を描くこと。ある一点に傾注するってことだね」
 私の心が、ボロボロだと彼は言いたい?
 …………。
 流石にそんな訳ないよね。
 地位を落とさないために、極力彼に私のダサいところを見せないようにしている。
 そのために私は頑張っている。
 そもそも、心がボロボロなんて全く感じない。
 そう、私は努力して努力して、やっと友達を一人入手した。努力家の私が、人生失敗するはずがない。
 きっと彼には……そして沙奈にもバレていない。
 聡明で知悉な私が、バレるはずがない……。
「そういえば、桜の花びらに色鉛筆で色をつけてもいいから」
「あ、いいの?」
「うん。期限は今年中だから、画力が上がった時に描いてもいい」
 ちなみに、両面に色を塗らなければならないらしい。
 色鉛筆で描くと、修正が難しいので後々描こうと思った。
 今日沙奈に旅行について話すと、右往左往した。
「りょ、旅行行くの?」という風に。
 けれど、何とか承諾をもらえた。
 
 朝五時には起きた。
 準備をして現在七時。
 家を出る前、私は彼女に、旅行のルールを伝える。
「まさか、スマホなんて持っていかないよね?」
「ええ? ダメなの?」
 彼女は幾分怒ったような顔になる。
「当たり前じゃん。旅行中にでもスマホとか、せっかく限られた時間しかないのに勿体ないじゃん」
「でもそしたら、単独行動が難しくなってくるけど……」
「スマホを持っている私がいるから大丈夫」
「主催者ズルすぎでしょ」
「たった二日使えないだけだから、いいでしょ?」
「う、うん分かったよ……」
 彼女は、嫌々そうにポケットからスマホを出し、自分の部屋に置いた。
 五時には家を出た。七月の早朝は、風が冷たかった。
 電車で、新幹線が通っている駅まで向かった。そこの駅は普通に都会で、ここで遊んでも楽しそうだ。だが、違う。
「え? 新幹線乗るんだ」
「実はね」
 まだ時間があるので、朝食を買おう。
 この駅は広く、ちょっと目を離しただけで彼女を見失うかもしれない。
 だから彼女に、「沙奈が逸れるのを防止するため、手を繋いで歩かない?」と提案した。
「はあ? バカじゃないの?」
「でも、万が一逸れたら、この旅行は大失敗に終わるよ。迷子になったら、警察無沙汰」
「……もー、分かったよ」
 投げやり気味に彼女は答え、手を繋いできた。
「ふふふふー、手を繋いでくれたー、嬉しいなぁ」
「早く行くよっ」
 引っ張りが強く、転びそうになった。
「ちょ、ちょっと、どこ向かってるの?」
「だから、朝食を買いに行くんじゃないの?」
「あ、うん」
 とりあえず私たちは、安定のコンビニに行った。というか、時間が早いので、営業時間外の店が多いからだ。
 何の変哲もないコンビニかと思えば、ご当地の限定の食べ物が売っていて、僅かに目新しさを感じた。
 あ、もちろんコンビニ内でも手を繋いでいる。
「何欲しい?」
「餡パンとポテチとミルクティー」
「あ、じゃあ私も全く同じやつ買うね」
「へ?」
 彼女が言った物を二個ずつ買った。
 そしてコンビニをあとにした。
「あ、あのさぁ」
「何?」
「マジでふざけてるの?」
「え?」
「一緒の物買うとか、手を繋いでたのも相まって、店員苦笑していたよ」
「一緒の物を買ったのは、よく沙奈が横取りしてくるからだよ。で、そんなの気にしない。羞恥を捨てないと、この旅行楽しめないよ」
「…………」

 新幹線に乗っている時。
 彼女はスマホを持ってないから、必然的に私との会話が多くなる。
 ただ彼女が寝てしまった。途端暇になったので、鞄の中から小説を取り出し、読むことにした。
「そういえばわたし、朝食をまだ取ってないことに気づいた」
 そう言いながら彼女は起きた。現在の時刻は八時半。まだ着かない。
 確かに私も、小説に熱中していたので、まだ食べていなかった。
「って、は? 食べる時間も一緒かよ」
「偶々被っただけだし」
 ポテトチップスという気分ではなかったので、彼女に譲ろうとした時。
「もー、雪奈の分も食らってやる」
「あー、それ私の……」
 彼女は拗ねたのか、自分と私の分の餡パンを両方食べた。
「雪奈と一緒の物を食べるのなんてヤだ」
 私のポテトチップスを自分の鞄の中に入れた。
 全く、彼女は食いしん坊である。半分間違っていることを私はふと頭がよぎった。
 朝食を食べて……まあ私は飲み物だけだが、ちょっと読書すれば目的地に着いた。
 新幹線を降りると、人でごった返していた。通勤するサラリーマン、通学する学生、観光客と、とにかく人が多い。駅は人で犇めいている。
 屯している場所は気持ち悪い。
 でも、彼女のためにあえてここを選んだのだ。田舎旅行なんてしても、多分彼女は喜ばないだろうし。
「わー、すごい人ー」と彼女は感嘆していた。
「さてと、プラン通りに行動するから、着いてきて」
 勿論、手を繋いで行動する。
「えー、また手を繋いで歩くの?」
「こんな所で迷子になったら、本当に不味いことになるよ。スマホありでも、迷宮であるこの駅を抜け出すのは困難なのに」
「方向音痴のわたしだから、何とも言えないんだけどさー……」
 とは言っても、どこ行くかという判断は彼女に委ねられている。プランには、何時にどこの店に行くかという詳細な情報は書いていないから。
 彼女に合わせて行動し、色んな店に行った。
 数時間後、次の場所に向かった。

 次の目的地に着いた。
 ここは、国内有数の高層タワー。観光客で溢れていた。
「うわぁ、高いねー」
 エレベーターで最上階に行くと、景色が圧巻だった。そりゃそうだ。高層すぎて、むしろ怖くなる。ああ、幾分慄いてきた。
 彼女は映えるようにスマホのカメラで景色の写真を撮っていた。私も写真を撮った。
「どう? 絶景でしょ?」
「何その質問。ここの関係者じゃあるまいのに……でも、絶景だよ」
「どんなところが絶景? 言葉で表してみてよ」
「うーん……都会の街を、こんな高所から一望できるっていうのは、息を呑むほど圧巻で美しい」
「なるほどねー。じゃあ、私とこの景色、どっちが美しい?」
 パチン、と乾いた平手打ちの音が響いた。
 若干、人の視線が集まる。
「バカじゃないの?」
「何で? テンプレート化した質問を模倣したから?」
「違うってば、もっ!」
 引っ張りが強くなった。やっぱり彼女に、その質問はまだ早かったか。
 その後、お土産をちょっと見て、そこで昼食を取って、次の場所に向かうことにした。

 現在の時刻、午後五時。
 あれから、若者に人気な街を巡った。やはり彼女には刺さり、彼女のための旅行なので色々買ってあげた。
 他には、おやつとして有名店でかき氷を食べたりもした。やっぱり、今日は暑いし。
 今の彼女の分かりやすい変化としては二つある。
 一つが、私が今日買ってあげた帽子を被っていること。水縹色で、夏らしい感じ。彼女にとても似合っている。
 二つが、引っ張りが弱くなったこと。うん、これは嬉しい。彼女が、この旅行を楽しんでくれている証拠。
「どう? 楽しくなってきたでしょ」
「う、うん」
 照れがちに彼女は答えた。
 そろそろ宿に行かないといけない。電車に乗って宿に向かった。

「え? ほんとにここ泊まるの?」
 宿に着きチェックインの手続きを終えると彼女はおずおずと訊いてきた。
「うん。今更何言ってるの」
 彼女は眉毛を上げて驚いた顔を見せた。
 ルームキーを軽く回しながら、部屋に向かった。
「オープンっと」
 泊まる部屋は、和室で落ち着いた印象。畳なんて懐かしいなぁ、とふと思っていると彼女は早速カーテンを開けた。
「普通に景色いいっ」
 確かに景色がいい。奥方にはビル街が見える。ちょっと都心から離れたところに建っているここは、辺鄙な場所とは感じない。
 次に彼女はテレビをつけた。普段見ることがない番組が放送されていた。
「もう六時半……」
 壁にかけてある古風な時計を一瞥して、私はぼそりと呟く。
「ねえ、そろそろ下の階に戻って夕食食べない?」
「そうだね」
 ここをあとにした。

「え? ここってビュッフェなんだ」
「そうだよ」
 夕食の会場に着き、テーブル席に私達は腰を下ろした。
「これって早速取りに行っていいやつ?」
「うん」
 彼女はビュッフェの料理を取りに行った。
 私は彼女のために、あえてビュッフェつきの宿を選んだのだ。しかも、結構評判が良い。
 さて、座っていても腹は満たされないということで、私も取りに行く。
 回っていて分かったことだが、大分種類が多い。高級食材を使った料理もあった。
 私は何を食べるかというと、いきなり味が濃い物や揚げ物を食べてしまうのは後々気持ち悪くなりそうなので、サラダから攻めた。
 サラダを皿に盛って、雑多なドレッシングを躊躇いがちに一つ取って、かけた。
 一旦これで撤退しよう。
「ここすごいよ。寿司とか天ぷらなどが食べ放題なんだよ」
 彼女の皿には、当たり前だが彼女の好きそうな物が乗っていた。うん、サラダが少ない気がする。
 もしかして私のサラダの量が異常? いやいや、私はサラダ中毒者じゃあるまいし。
「サラダ以外皿に乗ってないじゃん。わたしのはまだ手つけてないから、何かいる?」
 と、若干彼女は気にしていた。けれど、バカにするとかはしなかった。
「逆に私のサラダはいらないの?」
「いや、遠慮しておく」
「どうして?」
「好き嫌いとかという、くだらない理由じゃないんだけど、どうせ食べるならこういうのを食べないと……んんっ、とろけるー」
 大トロを美味しそうに食べながら彼女は答える。
 きっと彼女は、元を取りたいから高級食材ばかりを皿に盛ったのだろう。
 てか、ここは上品な場所だからなのか、いつもより鷹揚に食べている気がする。
 自慢している様相は伺えないのだけれど、続いて彼女はステーキを口に運んだ。
 そして彼女は、また美味しそうな反応を見せる。
 対抗する気はないけれど私は、サラダを美味しそうに平らげた。
 さて、皿が空になったということで新しいのを取りにいこう。次は、バランス型。
 程よい量の脂っこい物を取る。豚肉のしゃぶしゃぶとか、魚の天ぷらとか……。
 攻めた気がするけれど、流石に食べられるだろう。
「あれあれ、わたしに影響されたの?」
「影響されてないし。自分が食べたい物を取ってきただけ」
「ふーん」
 実際彼女だって、ちょこっとサラダが皿に乗っていた。
 影響されたのだろう。
 それなのに彼女は、自分が取ったものと被っている私の物を、勝手に食べた。
 実に食いしん坊な奴だ。
 ま、いつか彼女のこの性格は治るだろう。
 それにしてもこういう風に、食事中にも関わらず彼女と会話できているのは、中々ない。食事中は、大抵私のことを無視していたのに。
 そんな感じで食べ進めていって、食べ終わったら部屋に戻ることにした。
「準備ができ次第、温泉に行こう」
 部屋にもお風呂があるけれど、どうせ入るなら温泉ということで、彼女に誘う。
 すると、首肯の合図が返ってきた。
 実質彼女と一緒に入ることになるが、彼女は特に嫌な顔をしなかった。

 温泉は良かった。
 気持ち良くて、一時間も彼女と温泉に浸かってしまった。
 部屋に戻り、彼女とトランプをすることにした。
「お菓子いらない?」
 彼女はお菓子が入った袋を見せてきた。どうやら今日の昼に行ったコンビニで買った物らしい。
 お腹はまだ余白があり、食べすぎなければ問題ない。プレイ中お菓子というのは、相棒のような物。彼女は机に並べた。
「温泉入っている時に言った通りトランプしよう」と促した。
「まずは大富豪で勝負」
「え? それってさ、勝ったら何かあるの?」
「何かあってほしい? もし追加するなら、相手に何か質問するっていうのでもいいけど」
「絶対雪奈変なこと訊いてきそうだからそれは却下」
「じゃあ、勝ってもナッシングでいい?」
「それだと寂しい」
「分かった。負けたら、相手の良いところを言うのってどう?」
「うわ何その羞恥に満ちた罰ゲーム」
「あれれ、この旅は羞恥を捨てる旅だよ」
「……他にいい案ないし、それでいこう」
 負けたら地獄かもしれないゲーム、開始。

 結果はまさかの私の負けだった。
 運が悪かったという説もあるが、そういえば彼女は昔からトランプ系のゲームが強い。彼女は学校でトランプのチャンピオンと評されていると、前に言っていたのを思い出す。
 さて、彼女のどういう部分を褒めるかだが、こんなの余裕。
「外から入るけど、容姿が非の打ち所がない点」
「それ絶対出るど思ったー。まあ、クラスでは群を抜いた可愛さで、男女問わず魅了しているこのわたしだからねー」
 自慢気に彼女は喋った。
「次は?」
 スピードをすることに決定。
 しかし、これも負けた。
 調子悪いのかなぁ?
「えへへー、まった勝ったー」
 彼女は口元にカードを当てて、嬉しそうに笑う。
 ここでちょっとあれな提案をする。
「久しぶりに私を嘲罵してみてほしい」
「へ? ……バカ?」
 ー怪訝そうに私を見つめる。
 私は目を離さずに、彼女を見つめた。徐々に彼女の顔が紅潮していく。
 三十秒後彼女は、俯いて「急に何っ! めちゃ恥ずいんだけどっ」と喚いた。
 そして私は吹き出した。
「そういう所だよ。人に対して蔑まない正義感と、言動が純粋に可愛らしい点が好き」
「もー! ほんとこれは忘れて……」
 私はくすくす笑った。
 彼女は布団に潜って、包まった。ああ、そこは私の場所なのに。
 荒らされてしまった。どうでもいいけど。
 彼女は「正義感なんてないと思うんだけどなぁ」と呟いていたけれど、最近の彼女はそんなことない。
 偶に私の部屋を掃除してくれたり、洗濯物を干してくれたり。
 
 さて、流石に神様は私の味方をしてくれたのか、実力のおかげなのか、オセロでは私が勝った。
「んふふー」
「聞いてる側って面映ゆいはずなのに、よくそんな風に笑えるよね」
 彼女は数秒目を逸らした後、話す。
「一杯あるんだけどね」
「うん」
 興奮してきた。
「雪奈は」
「うん」
「温厚篤実なところかな」
 それを聞いて普通に嬉しかった。
 私の優しさが彼女に伝わった。
 今まで私のマイナス部分しか伝わっていなかったから、大きな進歩である。
 この嬉しさを心に留めて、片付けた。

 その後、彼女とちょっとだけテレビを観た。
 さて、そろそろ寝よう。
「早くない? まだ十時だよ」
「もう私の睡眠タイムの時間。騒がないでね」
 早いものだが、もう寝る時間。
 布団に潜り、瞼を閉じた。
 真っ黒の景色が映る。
 明日は午前六時に起きて一時間後に……。
 寝ようとしたけれど、彼女が話しかけてきた。
「今まで何かごめんね」
「……え?」
 独り言かもしれないが、布団から顔を出して会話を繋げる。
 ……何に対してのごめんだろうか。
 彼女はどこか儚そうに、布団の上に座ってぼんやりと夜景を眺めていた。ただ、私に背を向けて座っていたので、顔が見えない。
「どうしたの? 寝ないの?」
「わたしが雪奈に今まで酷いことしてきたこと、心底反省しているから」
 酷いこと?
 ……ああ、なるほど。
 私は布団から出て、彼女の前に座った。
「あ、あれ、起きてたの?」
 さっきの私の声が聞こえてなかったと言いたいのだろうか。
 彼女はゆっくり振り返る。
 すると私は目を丸くした。
 彼女の目が潤っていたから。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
 彼女はにこりと微笑んだ。光るものが瞼の隙間から一滴落ちる。
 この感じ、本当なのだろう。
「もうしないって固く決めているから。何も深いことは考えずにわたしと接していこうよ」
 もう何も深いことなんて考えなくていいんだ。
 彼女は立派な妹。
 あんな卑怯で凶暴な彼女じゃない。
 彼女に頼っていいんだ。
 私は彼女を支えるだけの存在じゃないんだ。
 彼女に支えられる存在でもあるんだ。
 私は今まで勘違いしていた。
「分かった」と私は快く返した。
 その後、ぐっすり眠ることができた。

 思いの外私と沙奈はほぼ同時に起きた。現在の時刻は五時。
 昨日の深夜のことは、彼女は知らないフリをしていた。おそらく、夢ではなかったのだろう。
「温泉行かない?」という彼女の提案に私は乗った。
 準備をして、温泉に向かった。
 彼女は音を立てないようにスキップしていて、愉快そうである。

 朝食のビュッフェを食べ、チェックアウトしてからここの旅館をあとにした。
 次は遊園地に行った。遊園地は様々なアトラクションがあり、時間が許す限り遊んだ。半日で当然全部は回れなかった。
 ここで一つちょっとしエピソードを教えよう。
 彼女のための旅行なので、彼女が行きたいところ優先。そこで彼女は、ジェットコースターを提案した。しかも、結構過激。刺激的な物は苦手な私にとって、普段なら拒んでいた。が、一人で彼女がジェットコースターに乗るのは寂しいと判断した。戦慄する程、刺激的な物だったが、楽しかった。

 そして帰宅する。
 が、正直のところ、終電までに家に帰ればいい。計算すると最大で、ここに二時間いられることが分かった。
 だから、とある文房具店に行ける。彼女は承諾してくれたので、そこに向かった。
「え? ここすご。ほとんどの階で文房具が販売されている」
 プラン通りに行くと来れなかったここは、かなり大きい文房具店。しかも本店。
 色々見て、特に良かったのが高級筆記具コーナー。筆記具を陳列してガラス張りに展示されているところがあって、それは特に圧巻だった。
 折角だし、幸太が欲しがっていた物を幾つか購入した。
「ちょっ、バカなの?」
「何?」
「そんな一万円超えた高価な物……どうするつもりなの?」
「え? 秘密」
 幸太にプレゼントするなんて、言えたもんじゃない。
「もうここで何か買っとかないでいい?」
「……何か買わないっていうのは勿体無いし、クリップとファイル買う」
 そう言って彼女はレジに向かった。

 新幹線内の出来事。
「スケッチしない?」
「へ?」
 トンネルの中の真っ暗な景色を眺めている彼女は、間抜けな声を漏らした。
 窓の反射には、眠そうな顔の彼女が写っていた。
「誰を? それとも、暗いしか感想が出ないこの虚無な景色?」
「違うよ」
「あーあ」と彼女は欠伸をした後、「じゃあ何?」と訊ねてきた。
「お題は……フリーで」
「フリー?」
 鞄の中から、画材セットを出した。
 ちなみに、最近六十色の色鉛筆を買ったので、色に困ることはないだろう。
「今から、自分が思うように描いてほしい。ただそれだけ」
「かっこつけてる言い方か知らないけど……まあ暇だしやろうかな」
 彼女にスケッチブックを渡した。私も、もう一つのスケッチブックで絵を描く。
 色鉛筆や鉛筆はシェアだが、そんなの全然苦じゃない。
 今の私の頭の中は、ベッドに寝転んで小説を読んでいる自分。条件なしで頭の中に浮かんでいるのがこれとは、やっぱり読書中毒なんだとふと思う。
 オブジェクトを『文字』で表したり、自分を棒人間で簡易化したりはしない。
 しっかり、省略せずに細部まで描き込んでいく。
 数十分後、ついにお互い完成した。まずは彼女の描いた絵を鑑賞する。
「なるほど」
 彼女自身の絵。目を瞑って現実世界の彼女同様眠そうだ。着ている服も全く同じ。
 次に私の描いた絵を見せる。
「トントンと言ったところだね」
 画力が同じくらいという意味だろう。
 ……もっと画力向上したいなぁ。
 彼女には悪いけれど、正直幸太のあの絵に比べればまだまだ。
 夏休みは、毎日絵を描く習慣を作ろうか。
「あー、マジ眠たい。寝よ」
 彼女は私から背を向けて、本当に寝た。
 私が今着ているカーディガンを、彼女にかけてあげた。

 さて、絵も描いて暇になったということで、幸太と連絡でも取ろう。
 さっき色鉛筆を使って分かったことは、まず特徴は様々な色があること。
 主に紙類に絵を描きたい時に使う。
『何のため』は、色をつけるため。
 ここで、色っていうのはどんなイメージがあるか考える。
 色は千差万別で、それぞれ特徴を持っている。黄色だったら明るく、ピンク色だったら可愛らしいように……。
『色鉛筆で描く』の意味は、飽きない、という意味ではないか。
 これで正解正解した。彼は、『人生に例えてみると、色鉛筆で描く人生は、華やかで飽きない様々な体験が待ち受けている人生になる。うん、それが理想だね』と送ってきた。
 じゃあ鉛筆だったら、それの逆な意味……無味乾燥っていう意味になるだろう。
 さっきの話に戻るが、絵を描くことによって心が癒された気がする。
 これはきっと、ある一つのことに集中したからだと思う。
 心地良いアナログ特有の紙から発生する音と、描いていくにつれだんだん完成に近づいていく感覚によって、満足感を得られた。
 しっかり引っ付いて取れにくい何かが、些か減った気がした。何かは分からないけれど。
 絵を描くのはいいなと感じた。
 電車を乗り継いで、無事家に帰って来ることができた。