消しゴムを使いたい君に

 私の家庭は冷淡なもので、親は基本的にはいない。
 父は遠くの所に住んで働いている。母は昼から真夜中まで働いている。
 だから、私が学校から帰っても親は家にいないことが多い。
 それを沙奈は上手く利用して、私に幼稚な愚業をする。
 全く、こういうところは実に小賢しい。
 次の週の月曜日、幸太が何やら話したいことがあるらしい。
 一体何だろうか。
 ハッピーな話だといいなぁ、と思いながら彼に近づく。
 だが彼は、随分と神妙な面持ちで、ハッピーな話ではないと断じた。
「言いたいことって何?」と話しかける。
「ねえ、この写真を見てほしいんだけど」
 彼はスマホを弄りながら喋る。
「どれどれ? ……えっ?」
 息を呑んだ。
 彼のスマホにはなぜか、私の妹である沙奈が写っていた。
 撮影日は水曜日で、場所はショッピングモール。
「これ誰か分かる?」
 ピンポイントで彼女のことを撮ったということは、彼が彼女を知っていることになる。
 私の妹を勝手に盗撮された怒りよりも、不安の方が強かった。
 彼と出会ってから、なぜこんなにも早くバレてしまうのか。
 とりあえず、知らないふりを試してみる。
 話が逸れることを祈って。
「誰この高校生? 可愛いからって盗撮はいけないよ」
 実際、沙奈が可愛いというのは事実。容姿端麗で、クラスメイトを魅了しているんだとか。
「この子、知っているんだろ」
「事実無根だって」
 私に質問を問いかけてくる時点で、ほぼほぼバレていて、逃げるのは難しい。が、最後まで粘ってみる。
「この子の友達の名前は……」
「あっ」
 聞いたことある名前で思わず変な声を漏らしてしまった。
「これでも、否認する?」
 返答に窮した。
 ……今ふと頭をよぎったことで、彼は沙奈がどんな人かまでは詳細に知らない気がする。
 バレてしまったとはいえ、今後沙奈の生態を明かさなければ、特に問題はないと判断した。
 だから私は答える。
「認めるよ。その子は私の双子」
「ふふん。やっぱり的中したか」
 彼は更にスマホを弄って、なぜか録音アプリを開いた。
 一瞬戸惑ったが、もしかしたらあれかもしれないことにはっと気づく。
「この再生ボタンを押すと……」
「やめてってば! 盗聴で不愉快。早く消して」
「……ごめん。でも、放置できないよ」
「…………いいよ」
 きっとその録音内容を聞かれている。今更足掻いたところで、意味がない。
 だから、素直に首肯した。
 彼は、録音したのを流す。
『まず前提として、追尾するとかきもすぎでしょ。そんなことするような人だから、周りから嫌われてるんだよ』
 やはりそれは、ショッピングモールでの私と沙奈が会話したあれだった。偶々あの時、私の近くにいたから録音したのだそう。
「事情を教えてくれない?」
 事情を話すか逡巡したけれど、ここまできたら話すしか選択肢はない。
 事情について衍義する。
 私と沙奈は双子ということ。
 最近、関係が荒れてきていること。
 …………。
「そうだったんだ…………何か僕に手伝えることはない?」
「え? 手伝ってくれるの?」
「まあ、僕と雪奈は友達という関係だし、助け合わないのはルール違反だろ」
 だんだん沙奈のことがバレていくという純粋な心配と、彼と私は友達関係ということが改めて分かった嬉しい気持ちが複雑に混ざった。
「じゃあさ、解決策って何かないの?」
「うーん……まずは、勉強を教えることから始めてみたら? 宿題をやってないってことは、勉強に挫折しているからだと考えられるし」
 彼の意見を取り入れた。
 確かにそうである。まずは、治りやすい部分からどんどん治していくのが賢明な選択だろう。

 放課後、私は家に早く帰り、沙奈の帰りを待つ。彼女が逃げないように、私は玄関で待ち伏せしている。
 数分後、玄関のドアが開く音がした。ふと顔を上げてみると、案の定沙奈だった。
「こんなところで何してるの?」
 つまらなそうに訊いてきた。
「ふふ、沙奈の帰りを待ってたの」
「あっそ」と無愛想な反応をした。私という存在は、必要な時以外いらないような態度。苛立ちを買わされたが、ここは我慢。
 彼女がリビングに繋がるドアに触れようとした時、私は彼女の肩を掴んだ。
「どこ行こうとしてるの?」
「どこって、自分の部屋だし」
「何のために?」
「勉強するため」
 自信に満ちた声で彼女は言う。
 嘘つけ。
 勉強するならば、なぜ毎回私に宿題をやってと頼ってくるのだ。
 きっと、本当はゲームするのだろう。これで私を安心させるために言ってきたのだろう。
「じゃあ私が勉強教えてあげる」
「いや、いい」
 ここまでは想定内。
「だって、バカな人に教えてもらったらバカが移るから。雪奈はロクに学年トップ三も入れないようなバカだしね」
 侮蔑するようにけらけら笑われた。
 ウザい表情で、殴ってやりたい。
 けれどここは我慢。
「じゃあ、もし私が沙奈より頭が悪かったら、教えた時に指摘できるよね」
 彼女は一瞬納得したような顔を見せたが、すぐに口角を上げて悪戯っぽい顔をした。
「……それでも、バカに教えられるなんて、時間効率悪いし」
「一回やってみようよ、ね。さもないとここは通さないから……」
「ねえ邪魔、どいて」
「あれあれぇ? 家族にそんな口聞くなんていい度胸だね」
「……分かったよ。やるから」
 つい限界で挑発してしまったが、素直に彼女は首肯してくれた。
 ここで謝ると、また彼女は戯け始めそうなので、あえて謝らない。
「どこ教えてほしい?」
 私は彼女の部屋に入って、彼女を勉強机に向かわせた。この部屋は、白を基調としていて、随所にぬいぐるみが置かれている。甚だ可愛らしく、女の子って感じの部屋。
 逆に私の部屋は、シンプルで特に拘りがない。
 ……って、そんな話はどうでもいい。
「全部。もう寝るから、宿題やっといて」
 彼女は布団に潜った。
 あれ、もしかして彼女は疲弊しているのだろうか。
 この症状は偶にある。
 無気力になって、寝ることが多くなる日。
 運悪く、私はこの日を引き当ててしまった。
 が、これが彼女の演技という可能性もある。だって、さっきまで元気溌剌と喋っていたじゃないか。
「そんな風にいつまでも怠けてないで、ほら立って」
 彼女の手を掴んで立たせる。
「面倒臭いなぁ」と渋りながらも、私の超絶分かりやすい講義を最後まで聞いてくれた。
「あー、実に億劫だったー」
「これを毎日やるからね」
「はあ? 終わった……」
 これ以上ここにいると、殴られそうなのでリビングに逃げた。

「ゲーム機って持ってたりする?」
 朝学校に来ると、幸太からそんなことを訊かれた。
「あるよ、家庭用のなら」
 まあ、あるといっても沙奈が独占しているけれど。
「あるんだ。じゃあさ、放課後それで遊ばない?」
 ゲームは普段しないが、偶には息抜きとしていいだろう。首肯した。
「ただ、どこでしよう」
 ここで、私は思いつく。
「幸太の部屋に行って遊ばない?」
「は?」
 彼はおかしなように笑う。
「行かない方がいい。僕の部屋なんて吐瀉物だらけだよ」
「ぷふっ、何きもいこと言ってるの? 下手な冗談はやめてよ」
「……何で僕の部屋なんだよ」
「幸太の家集合でいいよねっ?」
 勢いで言ってみたら、彼は首肯してくれた。
 そして場所を教えてもらった。
 楽しみだなぁ。

 家に帰り、リビングに置いてあるゲーム機を手に取る。
 それを鞄に入れた。ゲームソフトはいらないらしいので、なくすリスクを考慮して持っていかないでおこう。
 意外にも幸太は、この近くに住んでいる。高校から初めて会った人なのに。
 錆びた自転車を車庫から取り出し、開錠して出発した。

 彼の家に到着し、敷地の隅に自転車を停めた。
 幸太の家は、ごく一般的な家。住宅地が広がっているところに建てられていた。
 チャイムを押すか躊躇した。もし私の知らない人が出てきたら、きっと不審者扱いされる……。
 という風に、楽しみと言っていた癖に私は緊張していた。
 まあ、最悪その時はピンポンダッシュすればいい。
 深呼吸し、ボタンを押した。
 すると数十秒後、幸太が出てきた。
「じゃあ、入っていいよ」
 手招きされたので、家に入る。
「お邪魔します」と一応言っておいた。
 やはり他人の家は、何だか変な感じ。
「ここが僕の部屋。開けていいよ」
 三秒カウントして、扉を開けた。
「え? すご!」
 私は思わず驚嘆の声を漏らしてしまった。
 木を基調とした部屋で、馥郁たる花の香りが漂っていた。
「お洒落ー」
「え? そうかな」
 適当な場所に座って、と促されたので私は、ソファに座った。
 程よい硬さで、座りやすい。
「さてさて、何のゲームやる? 選んでいいよ」
 そうだ。私は彼とゲームをするためにここに来た。
 棚の中に入っているゲームソフトに視線を移す。
 色々ソフトがあり、沙奈より持っていることは確か。
 ここで一人用のソフトを選ぶのはダメだろう。なぜ私がここに来たのか、と考えると、そのソフト選んではいけないというのが分かる。
 私は、対決をして盛り上がれるレースゲームを選んだ。
「お、いいセンスだね」
「これだと、私が勝てそうだし」
「勝てそう、か……ボコボコにしてあげようかな」
 どうやら私は、ゲームでボコボコにされるらしい。まあ、彼と楽しめられたら勝敗なんてどうでもいいか。
 結局、ゲーム機を持ってきたけれど、彼がコントローラーを二つ持っているので不必要だった。先に言えよ、という気持ちは心に留めた。
 テレビの電源をつけ、ソフトをゲーム機に差し込む。
「うわぁ、ゲームなんて久しぶり」
 沙奈がゲームを独占し始めてから、本当にゲームをしなくなった。ちなみにいつからかというと、中学一年生の時ぐらい。
 だから、本当にゲームなんて久しぶりだ。
「僕も最近はあんまりしてないな」
「そうなんだ」
「高校に入ってから、勉強が忙しくなったからね」
「それは言える。中学生の頃に戻りたいってつくづく思う」
 中学生の頃は今より比較的時間に余裕があったからではない。沙奈の性格が悪化する前に対処したかったから。実際、中学一年生の時から嫌な予感はしていた。気づいたら、あんな風に横暴な性格になっていた、と。
 そんなことより、今ステージを選んでいた。色々とステージがあって、それぞれ違うのだろう。けれど、どこ走っても初見ということで、適当にステージを選んだ。
 ゲームがスタートして分かったことだが、案の定彼は上手い。『僕も最近はあんまりしてないな』なんて嘘に決まってる。と思うぐらい彼はぶっちぎりだった。
「うわ、壁ここにあった」
「シンプルに下手くそ」
 スピードの出し過ぎで、壁にぶつかった。
 こんな感じだから、最下位。
 うん、最初から分かってたけれどそうだよね。
「雑魚だね」
 ゲームが終了すると、彼は煽ってきた。
 別に悔しくはなかった。むしろ、今楽しい気持ちで満ちていた。
「……っと、ちょっと取り乱しちゃったけど、どうする? 別のゲームやる?」
「うんっ。じゃあ、そうする」
 次は格闘ゲームをやったけれど、またしてもボコボコにされてしまった。
「ふぅ、猿知能のロボットと対戦してるみたいだ。前世は猿だね」
「皮肉たっぷりの言葉だね。将棋とかだったら、ボコボコにできるのに」
「やりたい?」
「できるの?」
「うん」
 見事将棋では勝つことができた。「よっわー」と戯けてみると、「許せないなぁ」と返してきた。

 こんな感じで彼とゲームして数時間、もうそろそろ帰ろうとふと思った時。
「ところで、文房具は使うだけの物だと勘違いしてない?」
「は?」
 彼は、勉強机を見ながら訊いてきた。
 ふと彼の見ている所に視線を移すと、机の上にはやりかけの宿題があった。
「例えば、前にミッションを出した付箋」
 机の引き出しから、彼は付箋を取り出した。前に買った物で、僅かに減っていた。
「薄々気づいたかもしれないけど、付箋というのはただの紙製の貼る物じゃない、と」
「う、うん。それで?」
「その件については、また後々説明するってことで、あれを紹介しよう」
 さらっと告知だけして彼は、別の話題に移った。
「雪奈にこれをあげる」
 受け取ったのは、紙切れだった。ただの紙切れかと思ったのも束の間、何か文字が書かれていたことに気づいた。『僕は』で始まり、ちょっと空白があって『られたことがある』で終わった文章。
「何これ?」
「文字を埋めて文章を完成させるという物」
「謎解き?」
「いや違う。僕が言ったことを、文房具を実際に使って埋めるだけの簡単な物。まあ、名前をつけるなら『文房具暗号』という物だね」
「何それ? 私を軽蔑してるの?」
「ただこれは、一つでもそれのヒントとなる僕の発言を聞き逃してしまうと、答えには辿り着かなくなる」
「聞き逃してしまったら、そのヒントは二度と言ってくれないの?」
「基本的にはそうだね。厳しいと思うかもしれないけど、人の話をしっかり聞いていれば、絶対に答えに辿り着くから。空白の一文字目は『い』」
 つまり、表には秘密で出せない彼の感情や思いが、この文章を完成させることによって判明するかもしれない。
 中々面白そうである。
 一回でも聞き逃したら、導けないっていうのは怖いが、最悪彼に土下座か何かしたら解決することだろう。
 さてと、そろそろ帰ろう……。
「おい待て」
「ん? 何?」
 忘れ物かなと思って振り返る。
「早速聞き逃すとはいい度胸だね」
 一瞬彼は何を言っているのかなと判断が遅れたが、そういうことかと気づく。
「……あっ、ごめん。聞いてなかった」
「もしかしてこれに興味がない? ……そんな訳あるまい。雪奈が好きそうだと思ってこれを企画した。……全く、馬耳東風とはこのことだ」
「ほんとごめん。まさかそんなに唐突に言うとは思ってなくて……もう一回言ってくれない?」
 今度はしっかり、メモ帳とペンも用意して耳を傾ける。
「仕方ないなぁ。空白の一文字目は『い』」
 しっかりメモ帳にメモした。
 この情報だけでは、まだ文章完成したとは言えない。
 きっと続きがあるのだろう。
「またね」と手を振ってここをあとにした。
 今日、人の話をしっかり聞くことは大事だと学んだ。
 こんな感じのいい雰囲気で家に帰った。
 が、家に帰るとそれを破局されることになる。
「ねえ! このバカ!」
 家に帰ると、忽然沙奈に突き飛ばされた。
 一体私は何かやらかしたのだろうか。
「わたしのゲーム機何勝手に動かしたの?」
 ああ、そういうことか。
「人の物を借りる時は、人に許可を得てから借りるって小学校で習わなかったの?」
「……あのさ、まず前提としてそれは沙奈のではないんだけど。家庭用なんだけど。それを自分の物と主張するなら、ゲーム機を自分のお金で買っていたら問題な……」
「べちゃべちゃ長いんだよ。早く返して」
 そう言うと、彼女は無断に私の鞄を奪って漁った。
 確かに無許可でゲーム機を持って行ったのは事実。だからといって、そんなに激昂するのはどうかと思う。
「え? そっちこそ何勝手に人の物奪ってるの? ねえ、おかしいでしょ。このゲーム中毒者。そんなんだからいつまで経っても怠け……」
「ゲーム機はっけーん」
 彼女の目当ての物が見つかったら、私の鞄を放り投げた。
「…………」
「あと、いけないことしたら当然罰を受けてもらわないとねー」
「……はあ?」
 彼女は自分の部屋に行って、鉄のハンマーを持ってきた。結構大きい。
「っちょ、そ、それ何する気?」
「ふふん」
 ハンマーなんて普段見ないから動揺した。
 彼女は私の部屋に入った。
 ……もしかしてあれで私を……。
 止めないと。
 そう決めた刹那、鼓膜が破れるような打撃音が幾度も響いた。
 何だろうと顔を上げると、彼女はハンマーで思いっきり勉強机を叩いていた。
「何してるのバカ!」
「ふふふふふふ」
 私は憤懣した。
 彼女のお腹に手を回して、倒した。そして逃げられないように彼女の足を掴んだ。
 勉強机を一瞥すると、木の破片が飛び散っていて心底萎えた。
 ……ふざけてやがる。
 この獰猛な破壊神の頭が狂いすぎている。
「あははっ、雪奈怒ってる」
「ねえ、弁償だよ弁償!」
 人の物を無断で壊したのにヘラヘラしている彼女を見ていると、更に怒りが込み上がってきた。
「わたしが壊したっていう証拠とかあるの?」
「はあ? この目でしっかり捉えた……」
「そんなの根拠があるって言えないよ。もしこれでも根拠があるって言い張るなら、このハンマーで雪奈を叩き、こ、ろ、す」
「ひっ……」
 背中に嫌な冷たい物が走った。
 戦慄し、反射的に脳が彼女を逃せと指令を出した。
「じゃーねー」と言いながら彼女は去った。
 ……やっぱり、彼女は私という存在なんてどうでもいいと思っているんだ。
 この部屋に寂寥感が漂った。
 これだから私は死にたい。
 悲歌慷慨した。

 翌日。
 朝起きると、彼女は昨日のことは忘れたみたいにいつも通りだった。今普通に彼女は、リビングで朝食のパンを食べていた。
「ねえ、昨日は……ごめんね」
 彼女と喧嘩した時は、どれだけ彼女が悪かろうが私から謝ると決まっている。
 そんなことにも苛立っていたら、きっと私は彼女に殺される。
 だから安全を取って、謝る。
「ああ昨日の?」
「うん」
「鈍感な雪奈にわたしの意図が伝わってるといいなぁ」と儚そうに呟いた。
 そして、食パンを口にくわえて私から逃げて行った。
 あれをしたのは、何かしらの意図がある?
 …………分からない。
 とりあえず今日の放課後、幸太と一緒に家具を取り扱っている店に足を運ぶことに決めた。
「ここで机を見たい、と……ん? 急にどうした?」
「あ、実はね……」
 昨日のことを話した。
「それ普通にヤバくない?」
「だよねだよね? 沙奈の頭イカれてるのよね?」
「言いにくいけど……正直そう思う」
 彼は悩ましいように話す。
「一つ気になるのが……それをやった意図を雪奈に伝えるのが本当の目的ってこと」
「それなんだよねー。ただ快感を得るためにやったという訳ではなさそう」
「一旦この話は中断して、机を物色しよう」
「そうだね」
 机を選ぶ条件だが、また彼女に壊されるかもしれないので安い物にする。かつ、実用性、耐久性が高い物。
「これどう?」
「お、いいんじゃない?」
 黒色の机。
 これを買おうとした時。
「僕が払うよ」
「え? ……でも、私が原因で机を壊された訳だし。いいよいいよ」
 そう促したが彼は、財布からお金を出して代金を支払ってしまった。
「払わなくてよかったのに……」
「僕と関わっているお礼だよ」
 彼は照れたように答えた。
 この組み立て式の机という大きな荷物が邪魔なので、家に帰らないといけない。
 だから解散して、家に帰ろうとした時。
「一ついい?」
「何?」
「言いづらいけど、雪奈が変わらなければ、沙奈も変わらないんじゃないかな」
「へ? ……あ、そう……」
 体が震えた。
 私がいつまでも希死念慮を抱いているから、沙奈は変わらない。
 ……そういうことか。
 彼女が変わらないのは、私にも責任があるんだ。
 ……でも、こんなネガティブ思考の私が変わることなんてできるだろうか?
 ……私が変わらなければ、沙奈も変わらない。
 私は沙奈のことを変えたい。
 なら、私も変わらないといけないのではないか?
 おそらく彼もそれを望んでいる。
 彼と関わっていくことを考えたら、やっぱり私は変わらないと……。
 …………。
 私は決めた。
 少しずつでもいいから私は変わることを決意した。
 ……ならもっと頑張らないと。

 家に帰り、早速組み立てる。
「完成っ」
 トンカチやらドライバーやらを説明書通りに使って、三十分ほどで完成。
 丁度沙奈が帰ってきたので、一階に行った。
 本当は机に物を移したかったけれど、後にしよう。
「サボり禁止ー」
「……は?」
 ソファに座ってミルクティを飲んでいる彼女のそれを奪って、全て飲み干した。
 彼女の飲みかけだが、そんなの気にしない。
「休憩はここまでっ。勉強しよう」
「人のミルクティを勝手にがぶ飲みして全く……今からクラスグループの……」
「やり取りしてる場合じゃない。ほら、二階行くよ」
「んー……」
 彼女はいつキレるか分からないから、常に細心の注意をする。
「出て行ってよ闖入者」
「今更何を言ってるの」
 部屋に入ると彼女がそんなことを言ってきたが、出て行く訳がない。
「まず、勉強の妨げになる物は没収」
 鉄のハンマーやゲーム機を没収した。
「ちょっと、それいつ返してくれるの?」
「期末考査で、トップ十に入ることができたら返してあげる」
 平手打ちを喰らった。
 湿った音が響き、普通に痛かった。
「そんなの絶対無理だし。ねえ、卑怯すぎるよ」
 そんなことしないし。あと、卑怯な性格は沙奈の方だ。
 と、彼女に鬱憤を持っても無駄なことは分かっているので、立ち直る。 
「……絶対無理って……やる前から決めつけるのはよくないんじゃないかな。努力しようすらしていないのに」
 彼女の心に、ナイフが刺さったのか、俯いた。
 数分後、口を開く。
「…………執拗すぎるよ……もう決めた。ゲームなんかやめて、勉強する。臍を固めた」
 やけに沙奈にしては素直な気がしたが、第一歩進んだ。これで勉強できる準備ができたけれど、もっと苦戦するかと考えていたのに。
 これはラッキーなのか?
 もしかして彼女は何か企んでいる?
 …………。
「ほら、そうと決まれば早く勉強教えてよ」
「ああ、う、うん。そうだね」
 第二回目の講義を無事終えることができた。
 でも何だか、こんなにあっさり進んでいることに疑問を持った。
 もっと、抵抗するかと思ったのに。
 もしかして、我慢がだんだん溜まっていき、ある日それを開放するとかないよね?
 ……うん、流石にないか。
「大変だけど、親が国公立大学を目指せってうるさいし、勉強するしかないよね」
 今日の講義が終わった時、そう振ってきた。
「まあね。自分の将来なんだから、最終的には自分の判断で決めればいい。ただ学問を学ぶことにより、選択肢が広がるからね」
 もうこの時の彼女は、そこまで苛立っていなかった。
 ——この調子で彼女を変えてみせる。

 水曜日、私は幸太とショッピングモールに行くことにした。水曜日、沙奈が友達を連れてよく出没する。が、今日は友達とボーリングに行くと朝ぼそりと呟いていたので、その心配は皆無。
「今週も行きたいって?」
「うんっ。一緒に行かない?」
「三十人近くいるこのクラスメイトから僕を選ぶなんて、やっぱり雪奈は……」
「もういいから、それは」
「っと、それより今日って雪奈の妹さんが出没するんじゃないの?」
「あ、今日はおそらく大丈夫。だから、私と映画見に行かない?」
「……仕方ないなぁ。何か最近こういうの多いするけど、行こう」
 彼に承諾をもらった。
 今回は映画を観に行く予定。最新映画が上映されたというのがあるけれど、一番は彼と映画を観るという経験をしたいから。
「これ一緒に観ない?」
「……何だこれ」
 映画の表紙は、若い世代をターゲットとしたような感じ。ラブコメの映画。
「どう?」
「折角来たし……」
「うんうん」
「観ないで帰ろう」
「えー、何でっ? ねーえ」
 駄々をこねると、彼は苦笑した。
「全くなー、我儘な子供は世話が焼ける」
「我儘じゃないし」
 あと少しで上映されるので、急ぐため映画館の席を勝手に決めた。
「よしこれで、強制的に私と映画見れる、と」
「仕方ないなぁ。これでつまらなかったら許さないからね」
「そんなこと言わないの」
 ということで、自分で決めた席に座る。彼が隣に座ってきた。
 んー、最高。
 私はこれがやりたかった。
 彼は広告が流れているスクリーンに視線をやって、ドリンクをちびちび飲んでいた。私を一瞥もせずに。

「あー、何か変な気持ちで心が満たされた……。僕は何かの悪魔を見せられた……」
 映画を観終わった。
 余命系の王道な純愛ストーリーだった。もしかしたら、彼には合わなかったかも。
 ちょっと恋度が強すぎた作品っていうのは、私も感じた。
「良かった?」
「良かったとかいう話以前に……逆にあれを良かったと思うの?」
「うん。ティッシュなしでは観れないほど涙した」
「それはないね。一掬の涙も出なかった」
「えー? 嘘。もしかして涙腺緩くないタイプ?」
「それもあると思うけど……何と言うのかな……まあ、何となく雪奈の好みが分かったよ」
 彼は照れたように笑った。
「第二回、ミッションを課す」
「お、ついに第二回」
 人の邪魔にならないところで、壁にもたれていた。
「第二回は…………これだ」
 彼は、ポケットからスティックのりを出した。百円ショップで買った物らしい。
「スティックのり……だから、のりに関する何かってこと?」
「そうだね。『のりをつける』の意味を考えるのがミッション」
『のりをつける』っていうのは、何かにのりをつけて貼るところまでとするらしい。
 のりと言っても、色々種類がある。
「分かりやすいように今回はスティックのりを扱って考えてもらうけど、のりの種類にはテープのりとか液体のりとかもある」
「へー」
 のりでいいことを思いついた。
 洗濯のりを使って沙奈とスライムを作る。
 やっぱり、彼女と何か物を作るということを久しぶりにしたい。なので、スライムに必要な材料を買った。
 その後、解散した。

 来週の土曜日の朝早くにクッキーを作ることにした。
 なぜクッキーを作るかって? 誰にもまだ教えていない。
 材料はバターに卵、小麦粉。
 それらを適切な順番で入れ、混ぜる。そして、クッキー形を作って最後に焼く。
 なぜ朝早くしたかは、沙奈にバレないようにするため。これで沙奈が起きてきたら、私の計画は失敗に終わってしまうだろう。
 クッキーが焼けると、美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐった。試しに一枚食べてみる。結構美味い。
 次に、今週の水曜日にショッピングモールで内緒で仕入れてきた、高級なクッキーを使用する。
 中身のクッキーを使用する訳ではない。クッキーが入っている個包装を利用するのだ。
 開封すると、透明な個包装の中にクッキーが五枚。小さく開けて、まずは処分するために私が食べる。
 流石の美味さに舌鼓を打ちながら、袋に私の作ったクッキーを五枚入れた。余ったクッキーは証拠隠滅のため、タッパーに入れて私の引き出しに入れておいた。
 フライパンを温め、熱をもってきたら開けた部分に当てて修復した。
 これでパッと見、未開封になる。
 数十分後、沙奈が起きてきた。
「ねえねえ、これいる?」
「……んえ? そ、それって今話題のクッキーじゃない? 一枚千円ぐらいでずっと欲しいなって思ってたやつ」
「あげる」
「いいの?」
「うん」
 席に座って早速食べようとした彼女に、「ただし」と振る。
「今全て食べることと、必ず感想を述べて」
「じゃあそしたら、これ全部わたしの物。雪奈には一枚もあげないからね」
 彼女は悪戯っぽく言ったが、予想以上に彼女はクッキーに興味を示している。クッキーに興味を示さなくて、失敗に終わることを充分に恐れていたのに。
 そして、私の条件を聞いて全く不思議そうに思わなかった。
「あっ、やっぱ美味しい。流石高級は違うなぁ」
 思わず吹き出してしまいそうになった。材料は全てスーパーで揃えた。しかも私の手作り。
「何ニヤニヤしてるの?」
「羨ましいなって。私は食べられないから、詳しい感想を教えてほしい」
「あー、そういうことね」
 彼女は更に感想を述べる。香り、舌触り、食感、味……。
 全く、人間という生き物はバカだ。思い込みで、こんな風になるとは。
 さて、いつネタバレしようか。彼女が食べ終わった頃でいいか。
「んー、美味しかった」
 彼女は全て食べ終わり、満足そうな顔をしていた。
 ここでネタバレする。
「聞いてたけどバカ舌だね」
「は?」
 彼女は私を訝しげるような目で見つめる。
「あれは、私が作ったクッキー。高級クッキーとすり替えたの。いやぁ、嬉しかったなぁ。褒めてくれて」
 彼女は手で口を抑えた。だんだん顔が紅潮していった。
 実に滑稽である。
 久しぶりに仕返しができた。
「もー。いつか絶対仕返しするから」
 ぶつぶつ言いながら去って行った。
「あー、愉快」
 一人で腹を抱えて笑った。まさかこんなにも成功するとは。
 清々しい気分で満たされた。

 一時間後、幸太とカフェで待ち合わせということで準備をしよう。
 丁度、沙奈と家を出る時間が被るが、まあいいだろう。別に追尾目的ではない。
 彼女が家を出て、数秒後、私も出た。
 おそらく彼女は私の存在を気づいているはずなのに、後ろを振り向かないし、声もかけてくれない。まだあのことを根に持っているのだろう。
 駅に近づいてきた時、彼女が振り向いて喋る。
「何か用?」
「カフェ行こうかなと」
 再び彼女は前を向いた。
 同じ電車に乗った。彼女は特に、追尾疑惑とかクッキーの話題は振らなかった。ただ小説を読んでいた。
 ここで嬉しかったことが一つ。私の勧めた小説を読んでくれていること。
 普段読書しない彼女が、しかも私の勧めた本を読んでくれているなんて、純粋に嬉しかった。
 ちなみに私が降りる駅は、彼女が降りる駅の一つ後。なので、彼女が降りるまで私と一緒になる。
 やがて、彼女が降りる駅が近づいてきた。
 そして、その駅に電車が停車した時。
「ねえ、一ついい?」
 彼女は振り向き小さく首肯した。
「クッキー美味しかった?」
 苦虫を噛み潰したような顔を一瞬見せて、去って行った。

 カフェ。
「あれ、僕が文房具ゲームを作っているって言ったっけ?」
「え? 文房具ゲーム?」
 初耳である。
「どんなゲームなの?」
「戦略性のあるアナログ対戦ゲーム。まだほとんど完成していないから、内容はあんまり言えないけど」
「いつ頃完成できそうなの?」
「じっくり作ってるから、夏休み入るぐらいじゃないかな」
 文房具を使ったゲームなんてあまり聞いたことがない。楽しみに待っておこう。
 ちょっと雑談を交わし、「次の場所に行くか」という彼の合図で席を立ち、会計を済ました。
「え? カフェ以外にも行くの?」
「ふ、まあね。ついてきて」
 別に今日はこれといった用事がないので、ついて行くことにした。
 電車に揺られて一時間、やっと目的地に着いた。
「え? ここってあれだよね」
「そう、食べ歩きスポットで有名なところ」
 休日だからか、多くの人で賑わっていた。丁度お腹が空いていたので、文句はなかった。
「食いしん坊の雪奈にはぴったりの場所だ」
「私は食いしん坊じゃないし」
 近くに観光できる場所もあるので、後で寄って行くのも良さそうだ。
「でも、どうしてこんなところに?」
「だから、食いしん坊食欲旺盛の雪奈にはぴったりな場所だと判断したから」
「私は食いしん坊じゃないしっ」
 こういう風に彼から私は食いしん坊だと思われているが、私より沙奈の方が食いしん坊だと考える。だって、私がお菓子を食べていると普通に奪ってくるし、私より食べる量が多い。
 彼が少食すぎるだけ。
 そんなことを話してても、腹が満たされる訳がないので、何か店を探そう。
 まずは、ここに入ってから手前にあった店で、コロッケを買った。彼用に合計二個買ったけれど「今は揚げ物の気分じゃないんだ」と嘘っぽいことを言った。仕方なく、私が食した。
 彼は魚の焼き物系を色々と買い食いしていた。「私も食べたい」と促したが、自分で買えよと返された。眉を顰めて不服そうな顔を作ると、彼がまだ口にしていないイカの天ぷらをもらえた。
「そういえばさ、沙奈を大きく変える方法思いついたけど、教えてほしい?」
「え? 何?」
「二人きりで旅行すればいいんじゃない?」
 彼が急に衝撃なことを言うので、驚いた。
 そういえば家族旅行を最近はあまりしてない。これには理由があり、一つ目が私が中学三年生だった時受験で忙しかったから。そして二つ目が理不尽なのだが、私と旅行に行くことを沙奈は嫌がっているのだ。受験が終わったらご褒美としてあった家族旅行も、中止になった。
 これはあまりにも許せなくて、中止にさせた本人に抗議し、喧嘩になったことがあった。
 という風に、彼女とどこかに行くっていうのがかなり難しいのだ。
「二人で同じ部屋に泊まったら、必然的に仲が良くなるかなとふと思いついて」
「自宅じゃダメなの?」
「それだと、特別感がないじゃないか。あとちなみに、僕の家に女子二人も泊めることは、僕の気持ち的に不可能だから」
 まあ流石に近場はダメだよね。そんなのブーイングの嵐だ。
「あ、そう。……でも、本格的な旅行になってくると、結構費用がかかりそうだよ」
「ああ、それなら僕が費用を負担してあげるから、心配ご無用」
「……ついに金銭感覚バグってしまったね」
「元からバグってるんだよなぁ。限定色のペンを一つ買ってしまったら、そのペンの限定色を全て集めたくなる」
「限定という言葉に弱すぎでしょ」
「それは認める。とまぁ、まさか僕が全額負担するとは思ってないよね?」
「え?」
「ビジネスホテルぐらいの費用は負担するけど、それより良いグレードのホテルを泊まろうとなった時、僕の予算を超えた場合は雪奈の負担になるから」
 まあ流石にそうか。
 って、私は彼に何強欲なことを期待しているんだ。旅行費全額負担してくれる訳ないじゃないか。
「でも、どうせ旅行するなら、高級の宿に泊まった方がいいと思うね」
「確かに、感動の期待値は大きいかも」
「あとは、できるだけ価格の安い時に予約するっていうのも、費用削減になる。だから、夏休み始まる前の、平日っていうのはどうかな?」
「それってつまり学校ある日を休むってことだよね? ……二日程度なら問題ないか」
「早く予約取らないと、だんだん予約が埋まってしまうからね。と言っても、強制じゃないけど」
 沙奈と二人きりで旅行する計画を、着々としていきたいと決めた。
 数十分後、近くにある神社に行くことにした。
 境内には、多くの参拝客がいる。
「おみくじ引かない?」
「いいよ」
 おみくじの列に並び、順番になったから引いた。
『中吉』
 ……うーん、パッとしない。
 けれど、毎年『凶』か『大凶』を引き当てる快挙を成し遂げていたので、それに比べるとマシか。
 彼は『大吉』を見事引き当てた。
 まずは、自分のおみくじに目を落とす。
『努力すれば力になる』と、学問は割といいことが書いてあった。
 病気は『無理をせずに過ごせば快方に向かう』と書いてあった。
 あははっ、何だこれ。
 そんなことより、恋愛の文言に惹かれた。
『暫く告白は待つべし』
 このおみくじに従うのはあれだけれど、信用はしていいだろう。
「幸太はどう?」
「大吉だからか、結構いいことが書いてある」
「見せて?」と促したが、「ダメ」とかぶりを振った。
 その後、お賽銭を入れて願いをすることにした。彼がどんな願いをしたかは分からない。
 私との関係に関することだったら嬉しいなぁ。
「さてと、そろそろ帰ろうかな。三文字目は『ぬ』」
 神社をあとにした時、彼がそんなことを言った。
 そのことをメモした。
 充分ここを堪能したし、悔いはなかった。
「初となる、僕とのプライベートのお出かけはどうだった?」
「同級生とどこかに行くなんて、ほんとに久しぶりだから、楽しかったよ」
「そう。また僕とどこかに行きたいと思う?」
 私は躊躇いがちに「うん」と答えた。
 やっぱり、僅かに彼を怪しいと思っている。だって、どうして私なんかと関わっているのか。
 彼の生態は謎で、予測が難しい。
 もっと彼と関わって傾向を掴まないと、彼を信頼できるようにはないないだろう。
 電車で、手を振って彼と別れた。

「さてと、記念すべき第十回の私の講義を始めようかな」
「はーい。雪奈先生」
 最近では、私の講義中の時は、『雪奈先生』と沙奈から呼ばれている。
 別に私がそう言うよう指導した訳ではない。
 そして、講義以外の日常生活中はいつも通り呼び捨て呼ばれる。
 何だか、講師になったような気分だ。
 勉強を進めていって、五分間の休憩時間になった時。
 ちなみに、私の独自のカリキュラムで、三十分勉強したら五分休憩するようにしている。休憩なしで勉強するのは、私ですらキツいし。
「何か話したいことあるって?」
 この講義をすることにより、彼女と話す頻度が必然的に増えるようになった。
 今までは、頻度が少ない割に冷淡で苛烈な態度を取られたから、会話が増えるというのは普通に嬉しい。
「今日カフェに行くって確か言ってたのに、何でこのお土産があるのかなって」
 饅頭の個包装を開けながら彼女は言った。
 そのお土産は、私が今日行ったあそこでしか買えない、限定品。
 ……あれ、ちょっとミスったかもしれない。
「あー、それはね、神社行ったついでにね」
「確かにあの付近にあるけどさ、カフェはどうしたの?」
「カフェも行ったよ。で、近かったからそこに寄ったって訳」
 そんなに近くはなかったが。
「ふーん、わたしが学校に行っている間に遊んできた、と。さらっと自慢しやがって。許せないなぁ」
 苛立ち気味に呟いた。彼女が怒った時は、反抗しないことが一番だと知っている。
「あとさ」
「うん」
「本当に一人で行った?」
「え?」
「……ぷあははっ、流石にないよね。家族以外まともに話せる人がいない雪奈だし」
 軽蔑するように笑われたが、そんなことより彼女の質問に冷や汗をかいた。
 もしかして彼女は、こっそり私のことを追尾していた?
 でも、敏感な性格の幸太と一緒に行動していたので、もし追尾していたら気づくはずだ。だから、真面目に彼女は今日学校に行ったと考えられる。
 なら、なぜ彼女は私を疑っているのか。
 やはり、私が朝にクッキーを焼いてしまったからではないか。
 朝からクッキーを作るなんて、普段の雪奈なら有り得ない。
 と彼女は不思議に思い、私に友達が出来たと考えたからそんなことを訊いてきたのだろう。
 とりあえず私は、「今日は気分がいつもより良かっただけ」と答えた。
「雪奈先生の気分が良いなんて、明日は雷が降るぞぉー」
 かたかたと笑いながら彼女は、ベッドから勉強机に向かった。
 怒りの気持ちを心に留めて、私は講義を再開した。

 そういえばまだ、ミッションを達成してなかったことを思い出す。彼女が私手作りのプリントをノートにのりで貼っているのを見てふと思い出した。
 講義を途中で中断させた。
「あれ、今日はもう終わりなの?」
「うん」
「よしじゃあ、友達とメール……」
「私とスライムを作ろう」
「は?」
 彼女は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。
「そんな顔しないの。材料は揃っているから、作らない?」
「……市販のやつ買えばいいじゃん」
「自分で物を作る力は現代において大事。ほら、作るよ」
  彼女の手を掴んでこの部屋を出た。

「うわ何これ、ぬらぬらしてるっていうか、ねばねばしてるっていうか……気持ち悪」
 材料を入れて、スライムになる予定の透明な物質を、一緒に手で混ぜている時。本当はヘラを使った方がいいのだが、どうせなら手を使わないと。
「何か……泥に手を突っ込んでる感じ」
「それはきもいね」
「あと、この小さい桶の中に入っている物質を、雪奈と混ぜていることもきもい」
「何でだよ」
 数分後。
「ねえねえ、これで完成じゃない? スライム完成!」
「いやまだだし」
 まだな気がする。
 早く私とかき混ぜるのをやめたいのだろうか。それか、磊々落々な性格だからか。
 うん、どっちもだ。
 更に数分後。
「うわっ、すご。ほんとにスライムができた」
 程よい硬さのあるスライムが完成した。大きさは、野球ボールぐらい。
「すごいでしょ?」
「何自慢げに言ってるのっ」
 罰なのか、スライムの一部を私の頬に投げてきた。
「何やってるんだよ」
 顔に張り付いているひんやりとしたスライムを取った。
「で、どうしてこんな物を?」
「普通にこういう風に遊べるし、これの吸着力を活用して掃除ができる。半分あげる」
「へー、ありがとう……」
「えいっ」
 彼女の顔に投げると、「さいてー」と言って投げ返された。
 という風に、文房具とは全然関係ない物を作ってしまった。でも、楽しかったからよしとしよう。
 さて、『のりをつける』の意味を考えよう。
『いつ』は何かをつけたい時に。
『どこ』は貼りたい物にのりをつける。
 何かと何かをくっつけるために使う。
 ここで、紙にのりをつけて、段ボールに貼ってみた。そう簡単には外せなかった。べったりとついている。
 つまり、『のりをつける』の意味は『くっついて離れられない』という意味ではないか。
 これで正解した。
「例えば、勉強にのりをつけるだったら、勉強にくっついて離れられない……だから、勉強から逃げられないっていう意味だね」
「じゃあ、私と幸太にのりをつけたらどうなるの?」
「はあ?」
 彼は教室を出て行った。
 彼から甘い匂いがふわりと漂った。