デルフィニウム群青録 ―老舗旅館バイトにスカウトした野球部エースが、なぜか俺のお婿さんに立候補しました―




 週明け8月第3週の頭、俺と叶馬は休みを使って出かけることになった。
 勉強をしても良かったけれど、少しくらい夏休みらしいことをしてきたらどうだとばあちゃんに言われたのもあり、2人で隣県のテーマパークへ遊びに来たのだ。
 片道1時間電車を2回乗り換えた。乗っている間はイヤホンを片耳ずつ着けて、俺の好きな昭和歌謡を流した。叶馬は聴きながら自分音楽アプリに曲を登録していった。
 叶馬のスマホに自分と関わる何かが残される、そのことがちょっと嬉しいなと思った。

 到着したテーマパークの入り口で2人の写真を撮る。


「そういえば2人で写真撮ったの初めてじゃない?」
「確かに」
「もっとたくさん撮っておかないとな!」
「あぁ」


 俺は紺色の開襟シャツに淡いベージュのパンツ、白のスニーカー。叶馬は白いポロシャツに黒のパンツ、黒のスニーカーを履いている。叶馬のシンプルなコーディネートは鍛えられた身体で着るととても映える。叶馬はポケットに財布だけ入れて手ぶらで歩くタイプ。俺は何かあったときのために備えるのが安心するので、大きすぎないショルダーバッグを持っている。
 
 平日だが夏休みだけあって人が多い。しかし背の高い叶馬はどこにいてもよく分かりそうだ。俺は隣の長身を見上げて笑った。


「どうした?」
「ん? もし俺が迷子になっても、叶馬はすぐに見つけられそうだなと思って」
「その前に、迷子にならないでくれ」
「俺、子どもの頃よく迷子でアナウンスされたわ」
「……危なっかしいな」


 叶馬はスマホで園内マップを見ていた視線を俺へ向けて、俺の右手を握った。大きな手に包まれてドキッとする。


「さすがにそこまでしなくても迷子にはならないって!」
「俺が繋ぎたいから繋いでるんだ。ダメか?」
「や、ダメじゃないけど……」
「ならいいな。それで、どのアトラクションから乗りたいんだ?」
「んーと、これこれ!」
「……潔貴は絶叫系が好きなのか」
「大好き! あ、もしかして叶馬苦手か?」
「平気だ。行こう」


 妙に食い気味に「平気だ」と言ったのが引っ掛かったが、そんなことよりも繋がれた右手の方に意識が向く。なんか、恋人同士みたいでこそばゆい。周りの人たちはみんな自分のことで忙しくて、俺たちのことなんて気にも留めていないが。
 
 一番空いていた乗り物から列に並ぶ。並ぶ時間を短縮できるチケットで入園しているので、思っていたよりも早く順番が回ってきそうだ。

 先に乗っている人たちの叫び声が聞こえてきて2人で見上げる。俺はワクワクする気持ちが強くなってきた。


「うわ! めっちゃ面白そうだな」
「……なあ潔貴。みんな脚がブラブラしてるぞ」
「え? だってそういうアトラクションだからな」
「凄そうだな……」


 順番が回ってきてアトラクションの座席に乗り込むと、テンションが上がってくる。隣の叶馬を見ると、心ここにあらずという顔をしている。


「叶馬? 大丈夫か?」
「大丈夫だ。今、頭の中でネクタイ結んでる」
「は?」


 全然大丈夫じゃなさそうなんだけど!?
 しかしアトラクションは動き出してしまい、俺にはどうすることもできない。
 俺はぎゃー!と叫びながらも久しぶりの絶叫マシーンを楽しんだ。隣からは叫び声というより、ぐぅッ、と呻くような声がしていた。

 乗り場から降りると明らかに叶馬の顔色が悪かったので、近場のベンチに座らせる。


「飲み物買ってくるから、待ってて」
「平気だ……」
「もー! ダメだって、いい子で待ってろ!」


 頬を両手で抑えて言い聞かすと、ようやく大人しくなった。俺は近くの自動販売機で水を買って叶馬のもとへ戻る。キャップを外して渡すと、ゆっくり水を飲んで目を瞑る。恐らく三半規管からのめまいを落ち着けようとしているのだろう。


「叶馬ほら、膝使っていいから」
「……重いぞ」
「はーやーく」
「……うん」


 半ば強引に叶馬の頭を俺の膝へ乗せさせる。綺麗な弧を描く後頭部が俺の両膝の間にちょうどはまる。日差しが眩しいだろうと思い、叶馬の目元に手を置く。


「あー……潔貴の手、冷たくて気持ちいい」
「悪かったね万年冷え性で」
「……カッコつかないな」


 ぽつり、と叶馬が零す。俺は空いている方の手で叶馬の頭を撫でる。


「誰も気にしてないぞ」
「……潔貴にカッコ悪いところ見せたくなかったんだよ」


 拗ねたような言い方が可愛らしくて、くすっと笑ってしまう。けれど俺は同時に、ちょっと腹が立っていた。


「叶馬? 俺ちょっと怒ってるんだぞ」
「……なんで」
「俺に隠し事して無理しただろ。そんな無理されて、俺が喜ぶと思った?」
「……」
「逆の立場だったら叶馬も怒ってると思うけど、どうよ」
「……怒る」
「だろ~? 俺はさ、叶馬と二人で楽しく過ごせれば、何しててもいいんだから」
 

 うん、と小さく呟かれた返事。もう十分分かってくれたらしい叶馬にそれ以上は詰めずに、頭を優しく撫で続けた。
 10分もすれば体力がある叶馬はすっかり回復して、すくっと起き上がった。


「潔貴、ごめん。もう隠し事はしないから、許してほしい」


 見えないはずの犬の耳と尻尾が見える。飼い主に叱られた時のワンコみたいで可愛いなと思ってしまう。


「もう怒ってないよ」
「本当に?」
「うん」
「よかった……」


 叶馬は俺の肩口に額をぐりぐりと擦り付ける。本物の犬みたいで思わず背中をわしゃわしゃと撫でてしまう。そんなことをしているとさすがに通りすがりの人に微笑ましい視線を向けられたので、気を取り直して叶馬に聞く。


「それで、次は何したい?」
「んー……これ」
「シューティングか! いいじゃん、面白そう」
「あと、足が浮いてないジェットコースターは大丈夫だから、後で乗りたい」
「ほんと?」


 こくこく、と首肯する叶馬の瞳に嘘はなさそうだ。確かに足が浮いているのと浮いていないのとじゃ雲泥の差かもしれないな。その後俺たちは一通りのアトラクションを回り、時々軽食や甘いものを食べて楽しく過ごした。

 そしてあっという間に夕方になり、そろそろ帰ろうかという時間になってきた。


「そろそろ帰るかぁ。でもその前にグッズとかお土産見に行きたいな」
「行こう」


 ショップにはお菓子や可愛らしい人形など色々なグッズが置いてあり、どれを選べばいいか目移りしてしまう。俺はとりあえず個包装でたくさん入っているお菓子をお土産として1つ選んだ。姿が見えなくなった叶馬を探すと、ぬいぐるみが置いてあるエリアでその長身を発見した。
 

「何かいいの見つかったか?」
「悩んでる」
「なにで?」


 叶馬は俺の表情を窺うようにちらっと見てくる。これは何か言いたいことがあるけど言い出しにくいときの顔だな。


「言ってみ?」
「……潔貴とお揃いのものがほしい」


 ほーらね! なんて可愛いことを言いづらそうにしていたんだか! そんなの俺が嫌って言うわけないのにさ!


「いいじゃん。一緒に決めよう」
「潔貴には、これが良いかと思って」


 叶馬が選んだのは、淡い水色のイルカのぬいぐるみだ。胸のあたりで抱くとちょうどいいサイズで、一緒に眠るのにもよさそうだ。手触りがふわふわで見た目も可愛い。


「可愛いじゃん。ありがとう。せっかくなら叶馬も色違いにする? あ、でももう大きいイルカいるもんな。違うのがいいか?」
「潔貴と色違いがいい」
「じゃあ、叶馬はこっちの濃い青色は?」
「それにする」
「即決かよ」
「迷う必要がない」


 買った色違いのイルカは1つの大きな袋の中に入って、ぎゅうぎゅうとくっついて仲がよさそうに見えた。
 
 帰りはちょうど乗り換えなしで帰れる電車に乗れた。加えて2人で並んで座れた。叶馬は電車に揺られて眠気がきたのか、俺の肩に頭を乗せて寝始めた。俺はその心地よい重さを感じながら、今日撮った写真を見返していた。スマホのカメラロールには2人の写真が一気に増えた。俺が叶馬を撮った写真も。

 2人の思い出が増える嬉しさと、この楽しい日々も残り半分を切っていることを思い出して胸が切なくなる。

 ……学校が始まったら、ただの同級生に戻るのだろうか。
 元々接点がなかった俺たちは、きっとどちらか、もしかしたら2人とも合わせなければ一緒に過ごすことなんてないのだろうと思う。俺は自分から動けるだろうか。

 袋の中で仲睦まじそうなイルカたち。まさか叶馬がイルカを選ぶとは思わなかった。

 さっき、思わず口に出しそうになった。飛燕草の別名であるデルフィニウムは、ギリシャ語で「イルカ」の意味を持っている。花の形がイルカに似ているから。

 もしこれを口にしてしまったら、自分1人でイルカを抱いて寝るときに寂しくなりそうだと思って、言えなかった。俺はきっとこの夏休みが終わっても、叶馬に話すことはないだろうと思う。

 橙色に染まる車窓を眺めながら、胸の切なさも上塗りしてほしいと願った。