愛と劣等

「復讐旅行?」

 ハルオは、いまいち思考が追い付いていないまま、言われた言葉をそのまま返した。

「そうさ、君を苦しめた奴らを殺してからにしよう」

 マモルの提案にハルオはぷっと吹き出して、それから大声で笑った。

「良いね、最高だ!! やっぱり、マモルは最高の親友だ!!!」

 そんなハルオを見て、マモルはにっこりと笑っている。



「それじゃ、旅の準備をしよう」

 ハルオは今すぐにでも出発したいので、マモルの言葉に顔をしかめる。

「準備なんか必要か?」

「うん、いま世界は『愛のカプセル』で大混乱。交通機能はマヒしているし、警察もほぼ機能していない。ヤケになった人間が殺人鬼にもなっている」

「今から、その殺人鬼になろうとしているんだけどもな」

 ハルオが言うと、笑って「そうだね」とマモルは返した。

「だけど、目的を果たすまで死にたくないでしょ?」

「あぁ」

 ハルオが(うなず)くと、マモルも同じく返事をするように頷いた。

「それじゃ、計画は立てておこう」

「そうだな」

 ハルオは椅子に座って、マモルは向かいのベッドに腰かける。

「まず、大変だけど目的地までは歩きでの旅になるかな」

 マモルが言うと、ハルオは淡々と疑問を口に出した。

「電車は使えないにしろ、車は?」

「ダメだね。今も道路は大渋滞しているけど、あと数日もすれば更に酷い事になる。それに、強盗や人殺しに車を止められてそのままって可能性も高い」

「そっかー。俺、歩くの嫌いなんだけどなー」

「歩くのは健康に良いんだよ?」

「これから死ぬってのに健康?」

 ハルオがそう言うと、二人は笑い合った。

「ともかく、食料と身を守る物を持って、歩きの旅だね」

「分かった」

 何となくだが、話は決まり。二人で家の中を物色した。

 手に缶詰やお菓子を大量に持ったマモルがハルオの元に近付いて言う。

「お金は、お店はやっていないし、そもそも買い占めが起きているから、売り物が無い。だから十分すぎるほど食べ物を持っていかないとね」

「人間って食わないといけないのが不便だよな」

「その食が人間らしさ、さ」

 マモルの言葉にハルオは少し突っかかった。

「人間ねぇ、俺は自分の事人間じゃないって思っているけどね」

「いつも言っている人間の出来損ないってヤツ?」

「そう」

 二人は台所の引き戸を開けながら、雑談を始めた。

「俺は手も足も内臓も大丈夫だけど、一番大事な頭がダメなんだ。だから人間じゃないよ」

「そうかな?」

「機械だってロボットだって、一番大事な命令を出すパーツがダメだったらダメだろ? それと一緒」

「人間は機械じゃないよ」




 ハルオには強い劣等感がある。

 ASD(自閉スペクトラム症)。いわゆる発達障害、昔でいうアスペルガー症や自閉症を持って生まれた自分が嫌いだし、気持ち悪かった。

 人と同じことが出来ない。多動もあって、じっと落ち着く事すら出来ない。チック症で変な動きをしてしまう。

 整理整頓は出来なくて、部屋も学校の机も汚い。

 そんな自分が情けなくて、許せなくて、気持ち悪くて、嫌いだった。


 優生学に言わせれば、劣っている側の人間。

 だが、ハルオは劣っている側の人間と言われながらも、優生学は正しいと信じていた。