逆!裏!対偶!キャッチボール

「プレイボール!!」
 岡本前キャプテンの号令で2年、1年生部員はすし詰め状態だった部室から一斉に駆け出す。オレもクラブ棟の廊下を走りながら、「いつ以来だろう?」と16年間の人生を振り返る。中学でやった記憶がないから、恐らく小学校。それもたぶん低学年。1年生とか2年生ぐらいだろうから、10年ぶりぐらいにするであろう『かくれんぼ』。
 本日は2学期の終業式。野球部恒例行事の『かくれんぼ』が行われていた。3年生部員が鬼となり、2年1年生が校内全部を使って隠れる『かくれんぼ』。そして、鬼の3年生が1時間以内に全員を見つけられなかった場合、ラーメンをおごると言うシステムになっている。校内全部を使うので全員を見つけるのはなかなか至難の技で、これまで鬼が勝ったことはないらしい。
要は3学期になると学校に来なくなる3年生が後輩たちに御馳走してやるのだが、ただでおごるのではつまらない。そこで『かくれんぼ』という余興をすることにしたのだろうとオレは考えている。野球の試合で対決するのではなく、『かくれんぼ』というところが、何とも子供じみているというか馬鹿馬鹿しくてこの野球部らしいと思う。
 そんな経緯を思い出しながらもオレは目的地へと一目散へ向かう。この勝負を聞いたときからオレは絶好の隠れ場所を思い付いていた。やるからには見つかりたくない。早々に見つかろうものなら、2年1年生のメンバーに何を言われるかわかったもんじゃない。なので、馬鹿馬鹿しいと思いつつも、オレは本気で最後まで見つからないためのとっておきの場所へと走っていた。
 クラブ棟を抜け、運動場へ出る。グラウンドではサッカー部とラグビー部が練習しているが、その脇を駆け抜け、運動場の隅へ。校舎の陰になる場所にそれはあった。その建物の前まで来ると、オレは息を整え、見上げる。それはコンクリート作りのプレハブサイズの体育倉庫であった。
 一階建より低いので、手を伸ばすと簡単に屋根の出っ張り部分を掴め、腕力でその屋根の上に登る。丁度、校舎の窓がない側面に面しているので、校舎の窓から外を見てもこの屋根の上は目に入らない。この屋根の上で、寝そべって居ればみつかることはまずないとオレは睨んでいるのだ。
 オレは辺りに人がいないことを確かめると計画通り、体育倉庫の屋根へ手を伸ばす。
「おわっ!!」
上体を折り曲げ、屋根の上に這い上がろうとして先客がいることに気付いたオレは思わず声を上げた。
「ミク!」
 オレの声に反応して、慌てて上体を起こしたのは何とアキであった。
「お前もここに?」
 無事登り切り、屋根の上でべたりと座り込んだオレはこの想定外の事態に動揺を隠せない。
「シッーーーーー!!」 
 アキはハイハイの格好で近づいてくるとオレの腕を掴んで屋根中央に引っ張っていく。そして、お手本とばかりにばたんと屋根の上に寝そべった。オレもそれにならって適度な距離を取って同じように寝転ぶ。夕暮れが近いグラデーションの綺麗な空が広がっていた。
 サッカー部とラグビー部が練習する掛け声や足音が耳に届く。しかし、それよりも適度な距離を取ったにも関わらず、アキの体温というか熱を感じてオレは落ち着かなかった。
 じいちゃんの葬儀の夜、アキのことが好きだと自覚してからそのことを気付かれないように今日まで努めてきたつもりである。これが実はとてつもなく難しかった。これまで通り接しようと思えば思う程、ぎこちなくなる気がして、半端ない精神的疲労の毎日。そこで思い付いた解決策がアキと二人っきりにならないことだった。
しかし今、思いがけない形で二人きり。それも無言で手を伸ばせば届く近さ。一時間この状態で過ごさなくてはいけないかと思うと地獄だった。
 ただ横になっているだけ、いや、横になっているだけだからこそドックンドックンと自分の心臓の音がとてつもなく大きく聞こえてくる。もしかして、アキに聞こえてるんじゃないかと思うぐらいの大音響。今、オレが戦うべきは鬼の3年生ではなく、ドキドキ、動揺、緊張感。
 ここは寝てしまおうと思って、目をつぶってみる。しかし、却って近くにあるアキの存在を意識してしまい慌てて目を開ける。動悸を静めるために深呼吸でもしようかと思うのだが、そんなことをしたらアキに変に思われるかもしれないと考え出すと息をするのもままならなくなってきた。
 頼む、神様!!早く時間を進めてくれ!!1時間、早く過ぎてくれ!!オレの心臓、大人しくなれ!!オレは唇を噛みしめて、初冬の突き抜けるような空に祈りを捧げる。そんなときだった。
「俺、ミクのことが好きだ」
 うわぁ~~~~~、こんなにも必死に隠してるのに何で声に出てるんだ―――――!!んんっ?アキじゃなくてミク?「アキのことが好き」じゃなくて「ミクのことが好き」?ってことはオレのことが好き?空耳じゃないよな?確かに「ミクのことが好き」って聞こえたよな、えっ?えっ??えっ???
「エエッ―――――!!」
 オレは大絶叫と共に飛び起きて、横で寝そべっているアキを見る。両手を頭の下で組んだアキと目が合った。
「・・・・・」
 しばし無言で見つめ合う。
「おわ~~~~~っ、なし、なし、なし、今のなし!!」
 突如、アキは跳ね起きたかと思うと正座をしてオレに向かって土下座をしてくる。
「えっ、てか、今のは・・・」
 耳に届いた言葉が本当にアキの発した言葉か否か自信が持てず、オレは間抜け面で聞き返す。
「今の聞かなかったことに、なかったことに!!」
「いや、その、お前の・・・」
「頼む!!ミク、忘れてくれ!記憶を消してくれ!!記憶喪失になってくれ!!!」
 パニック状態にあるアキがとんでもない依頼をしてくる。そんなとっ散らかったアキをとっ散らかった心境で茫然と眺めているオレ。
「み~つけた!!」
 そんな収拾不能でフリーズした状態のオレ達の背後から勝ち誇った声が。振り返ると体育倉庫の屋根に上体を載せた3年生の神埼先輩の姿が。
「いえ~いっ!!アキ・ミクコンビ見つけたり!!」
 屋根の上に登ってきた神埼先輩がオレとアキの腕を引っ掴んで、高々と上げてみせる。アキとオレのフリーズは意外な形で解凍された。

「ありえねえよなっ、ミク!!」
 隣に座る梅田先輩がバンバンと背中を力一杯叩くものだから、オレは口に入れたちぢれ中太麺を吹き出しそうになった。
かくれんぼは予想通り2年1年生が勝利し、近所のラーメン店へ。店主一人で切り盛りする小さなラーメン店なので、野球部の貸し切り状態になっていた。
「当然ですよ。やるからには徹底的にやるのが俺ですから」
 オレの向かいに座るクリ坊が誇らしげに胸を張ってみせる。ラーメン店に来てからもオレはずっと心ここにあらずのままであった。ラーメンは機械的に口に運んでいるものの、何も頭に入ってこないので、梅田先輩に話を振られてもついていけない。
「しかし、校長室って鍵掛ってないのか?」
 クリ坊の隣に座る中津先輩が怪訝そうに眉を寄せる。
「掛ってないんですよ、これが。ほら、今、先生のパワハラとかセクハラ問題あるじゃないですか?だから、困った先生や生徒がいつでも校長に相談に行けるようにって鍵はかけずに開けてるらしいんです」
「よく知ってんな~、そんなこと」
「ふふふ、今は情報を征する者が世界を征する時代ですぜ、先輩」
 くり坊がニヤリと似合わない悪めいた表情をしてみせる。どうやら話の流れからするとクリ坊は校長室に隠れていたらしい。それは見つかるはずないだろうけど、別の問題が発生しないかとオレはふと考える。いや、考えようとしたが、考えられない。 
ついつい横のテーブルに座り、なぜか岡本前キャプテンに首根っこを掴まれているアキを見てしまう。あの告白は何だったんだ?幻聴ってことはないよな?いや、「なかったことに」って繰り返していたぐらいだから、聞こえたのは間違いない。なら、何で「なかったこと」なんだ?からかうつもりで言ったものの、オレが真顔で受け止めたから困ったのか?それとも単なる退屈しのぎに冗談で口にしたのに、オレが上手く冗談で切り返せなかったから慌てふためいたのか?考えれば考える程、真相が見えてこない。
 気が付くと皆、ラーメンを食べ終わっていて岡本前キャプテンが立ち上がったかと思うと締めのあいさつを始める。
「後輩の皆へ宣言する。この先、甲子園に行けたときはラーメンでなく焼肉を御馳走してやるから活躍を期待している!!以上!!」
 えっ?それが締めのあいさつかよ?とオレは首を傾げつつも、周りは大はしゃぎ。たかが焼肉で甲子園へのモチベーションが上がる野球部ってどうなんだ?もっと甲子園への高尚な意気込みが必要じゃないのか?疑問に思ったのはオレだけのようで、今度はオレの隣に座る新キャプテンの梅田先輩が立ち上がると、2年1年生全員がそれに倣う。
「先輩方、ごちそうさまでした!!」
 梅田先輩の号令に続き、みんなで声を合わせて「ごちそうさまでした」という感謝の言葉で3年生達をお見送りする。
「おう、せいぜい行きたい焼肉店決めとけよ~」
 ゆる~い捨て台詞と共に去っていく3年生達。まあ、野球部の3年生全員付属の大学へ進学するからお別れと言ってもこんなものなのかもしれない。先輩達が居なくなると2年1年生達も各々荷物を手に店を出始める。すっかりお開き感があるが、オレはこのままでは今日を終わらすことができない。はっきりさせなくては絶対今晩寝られない。オレはカバンを引っ掴むとすでに店内にはいないアキを追って外に出る。
 ぶらぶらと学校の最寄り駅へ向かう一行の中にその背中を見つけて、オレは慌ててその制服の袖を引っ張った。
「ちょっといいか」
 確認の言葉ながら有無を言わさぬ強さを込めてアキの足を止めさせる。アキは一瞬、困ったように眉を寄せたが、観念したように一行から離れて、オレの後についてくる。一分一秒でも早く疑問を解消したくて場所を探す時間も惜しいオレは駅へ向かう一行とは逆の学校方向へと足を向け、校内をぐるりと囲う植え込みに腰を下ろした。アキもオレに習って隣に座る。
「さっきのあれ、どういうことだよ」
 ずっとずっと吐き出したくて仕方なかった疑問を改めて外に出すことができた。
「だから、なかったことにって・・・」
「からかっただけか、それとも冗談だったのかよ」
 オレはため息交じりに思い当たる答えを投げ掛ける。「うん、冗談。ごめん」って返事でことは解決する。オレは何事もなかったかのようにぐっすり寝られるはず。
「いや、からかった訳でも、冗談でもない」
「えっ?」
 思いがけないアキの返答にオレは目を見開く。外はもう暗くなっていて街灯の明かりが遠いせいではっきりとは見えないが、アキの表情は真剣そのものであった。
「ミクとあの二人っきりの沈黙に耐えきれなくてつい言っちゃったものの、困るだろ、そんなこと言われても」
「えっ?いや、その、どういうことだ?」
 決着を迎えようとしていたオレの頭の中が再び混乱状態に引き戻される。
「これからさ、少なくとも後2年、一緒に野球して、甲子園目指そうってときにそんなこと言われても困るだろう?口にした瞬間反省して、それで『なかったことに』って。もう記憶から消してくれ!記憶喪失になってくれ!って懇願したんだ」
「・・・ちょ、ちょっと待て。オレが知りたいのはだな、あの、その、それだ、オレのことを『好き』って言ったのは、その嘘とか冗談じゃなくて、その」
 駄目だ、尋ねる傍からオレの体温が爆上がりする。冬の夜なのに真夏の太陽に照らされているかのように全身が熱い。すると、アキはぱちくりと目を瞬かせた後、口を開いた。
「冗談とか嘘で言えるかよ、んなこと」
 心外だとばかりに口を尖らすアキ。えっ、じゃあ、ちょっと待て待て待て待て。アキはオレのことを・・・胸がばくばく高鳴って呼吸ができない。息が吸えないから声が出ない。そんな硬直状態のオレを見て、何を勘違いしたのかアキが言葉を続ける。
「でも、困るだろ。勝手に好かれても。やりにくいだろ、チームメイトとしても、だからさ、ここはきれいさっぱり忘れてもらってこれまで通りの友達であり、チームメイトであり、」
「ちょっと待て!!」
 青年の主張よろしく自分の意見を延々と垂れ流していくアキを強引に押し止める。
「オレの気持ちはどうなる!オレの気持ちは聞かないのか!!」
 いつもながら肝心なところが抜けている。何でこんなことをわざわざ聞かないといけないんだ!何で、オレから申告しないといけないんだ!ちゃんとキャッチボールしろ!野球の基本だろうが、キャッチ―ボールは!!
「へっ?『オレの気持ち』って?ミクの気持ちってことか?」
「そうだ、オレがお前のことどう思ってるか、普通聞くだろ!!」
 何でいちいちこんなことを説明しなきゃならないんだ?学校の勉強だけじゃなく、恋愛ドラマとか少女漫画とかで恋愛のノウハウも勉強しろ!!この馬鹿!!
オレは思い付く限り言葉を並べて心の中でアキを罵倒する。
「いや、そんなの聞かなくてもミクは俺のこと『馬鹿な奴』って思ってるだろ」
「・・・お、思ってる。確かにそれは思ってる」
条件反射で認めてしまう。しかし、ここでひるんではいけないぞ、オレ。こんな絶好のチャンスにバットを振らない奴はバッターボックスに立つ資格はない!言ってしまえ!!
「オレだってお前のこと好きなんだから!!」
 やけっぱちで叫んでやった。もう、これぐらいの勢いで言わないとこいつには届かない気がしたから。けど、「好き」の二文字を声に出したら、オレの中にあった不安とか戸惑いとか葛藤とかモヤモヤした負の感情が場外ホームランのように弾け飛んだ。
「えええええっ!?う、うそぉ―――――!!」
 アキが植え込みから立ち上がり、オレに負けない絶叫を冬の夜空に響かせる。
「嘘で言えるか、こんなこと!!」
 驚愕の表情でオレを見つめるアキを目一杯睨みつけてやる。
「だ、だって、だって、えっ?だってさ、ミクだよ?」
「何だよ、その『ミクだよ』って」
「だって、ありえないじゃん、ミクが俺のこと好きなんて・・・」
「オレだって信じられないけど、そうなんだから仕方ないだろ!!」
 理解の悪いアキに逆ギレ気味で言い返す。
「嬉しい、えっ、めっちゃ嬉しい、嬉しすぎて夢かもって思う。えっ、夢じゃないよな。あっ、ミク一発殴ってみて」
 アキが自分の頬を差し出して指さしてくる。
バチン!!
その手放しの喜びようが気恥かしくて、オレは手加減なしでアキの頬をひっぱたいてやった。
「痛てえ~っ、うわ、夢じゃない!!」
 頬に手を当てながらも満面の笑みを浮かべるアキ。お前はマゾかと毒つきたくなるのを必死に堪える。
「すっげえ!!両想いなのか!!やったあ~!!」
 アキが優勝投手よろしく拳を上げて全力で飛び上がる。こんな場面ながらアキの身体能力のすごさを改めて実感させられるジャンプの高さ。そのせいで何とはなしにアキの靴が目に入った。
「何でお前、運動靴なんだ?」
 制服のときは学校指定のローファーと決まっている。ムードもへったくれもない奴だなと自分に突っ込みを入れながらも、アキの馬鹿正直な反応に対する照れ隠しもあってどうでもいいことを指摘する。
「あっ、履き替えんの忘れてる。かくれんぼに備えて、部室で練習用の運動靴に履き替えたんだ。帰る時、ローファーに履き替えようと思ってたのに、ミクにコクってパニくってたから完全に忘れてた」
 アキがやっちまったとばかりに顔をしかめる。
「そう言えば、お前、じいちゃんの葬儀の日もスリッパ履き替えんの忘れてたもんな」
 不意に記憶が蘇り、オレは苦笑いを浮かべる。
「・・・ああ、あんときね」 
 アキがなぜか皮肉めいた笑みをして、小さく頷く。
「お前のおっちょこちょい加減、この先心配だわ」
 これ見よがしにオレはため息をついてみせる。
「あのさ、今だから言っちゃうと」
 アキが片眉を上げて、悪戯めいた表情で続ける。
「・・・あんときは、わざと」
「わざと?」
 思いがけない告白にオレはアキを見つめる。
「あの日、『ミクの傍にいてやりたいな』って思ってさ。帰り際、とっさに思い付いてスリッパのままミクの家を出たんだ。そんで適当なタイミングで気付いたふりをして引き返し、『もうバスも電車もない』ってミクの家に泊らざるを得ない状況にしようと考えたんだ」
 想像もしていなかった真相にオレは言葉を失う。
「早々に『忘れてるぞ』って誰かに指摘されたらどうしようってドキドキしたけど、上手くいって良かったわ。ちゃんとミクの傍に一晩いられたし」
 絶句するオレに向けて、満足げな笑みを向けてくるアキ。その天真爛漫そのものの笑顔に反して「こいつ、ただの馬鹿だと思ってたけど、意外と侮れないかも」とオレの中でアキのイメージが変わる気がした。
「まあ、いいや。ミクを寮まで送っていったついでに部室で履き替えて帰るわ」
「・・・えっ?何?寮までついてくんの?」
「『ついてくる』って何か響きが怪しいなあ。ストーカーみたいじゃん。俺さ、好きな子を家まで送るの夢だったんだあ~」
 両手を胸の前で組んで、祈るような仕草をしてうっとりした表情を浮かべるアキ。
「・・・送るって、寮、すぐそこだぞ」
 「好きな子」という表現がくすぐったくて、つい水を差すようなことを言ってしまう。しかし事実、オレが生活している寮は学校のすぐ裏。ここからだと5分もかからない。
「学校5週ぐらいしてから帰ったらいいじゃん」
「・・・部活の持久力走じゃねえんだから。学校5週もぐるぐるしてたら不審者と間違われるぞ」
 こいつなら本気でやりかねないとオレは慌てて釘をさす。
「ええっ?じゃあ、3週ぐらいで・・・」
「ほら、行くぞ。ぐずぐずしてたら、クラブ棟閉められて靴履き替えられなくなるぞ」
 寮へ向かって歩き出しながら、こんなときなのに冷静な判断をしてしまうんだよなとオレは内心反省する。そんなオレの塩対応を気にするでもなく、アキはすぐさまオレの隣に来る。
「しっかし、あの体育倉庫にミクが登って来たときはビックリしたわ」
「オレだってビックリしたぞ。まさか先客がいるとは思わなかったし。そもそもあの場所に気付いてるのオレだけだと思ってたのに」
 自分だけだと思っていたのに他にもあのベストスポットに気付いている奴が居たと思うとちょっと悔しかったし、それが寄りにも寄ってアキだったなんて想定外もいいところだ。
「『うわ~、何で来んだよ~』ってあんときは焦ったけど、今思うと、鉢合わせして良かったわ」
「・・・良かった?」
「うん。結果オーライって奴だな。あんときパニクってミクにコクらなかったら、ずっと俺、もやもやとした気持ち抱えたまんま後2年過ごさなきゃいけなかった訳だし」
「・・・」
 確かにあの場面でアキが口走らなかったら、オレもずっともやもやイライラして高校生活を送らなくてはいけなかったと思うとぞっとする。
「ああ、短かったけど夢が叶った!!」
 アキの言葉通り、気が付くともう寮の玄関前だった。
「・・・送ってくれて、ありがと」
 顔が赤くなるのが分かったから、オレは俯いてぶっきらぼうに礼を言う。
「よし、夢が1個叶ったから、これでもう一つの夢も叶う気がする」
「・・・もう一つの夢?」
「うん。甲子園へ一緒に行こうな、ミク」
 顔を上げるとオレを真っ直ぐに見つめるアキの眼差し。自分に向けられた純粋で真摯なその眼差しにオレは改めてこいつのことが好きだと実感した。