逆!裏!対偶!キャッチボール

 夏休み。
 部活をする生徒にとってクラブ活動だけに専念できる貴重な期間である。しかし、うちの学校ときたら・・・
「キラりんは今年も葉山の別荘?」
「うんにゃ、今年はオーストラリアでスキーしてくる」
「いいなぁ~、涼しくて」
「何だよ、そう言う来斗は沖縄でスキューバ―するって言ってたじゃん」
「そうだけど、こう暑いと雪もいいな~って」
・・・さすが、ぼんぼん学校、夏休みの過ごし方が違う。いや、違う。大体、夏休みとはいえ、休みなく部活動をするのが強豪校の習わしである。しかし、うちの部活は盆休みが一週間も存在する。そのことに何の疑問も持たず、クーラーのガンガンに効いた部室で交わされる会話にオレは呆れ返っていた。
「ミクは休み、実家に帰るんだろう?」
 オレの隣で夏服の白のワイシャツに着替えながらアキが尋ねてくる。
「うん、帰る。じいちゃん心配だし」
 じいちゃんはこないだ庭で転んだらしい。大事には至らなかったが、腰を打ちつけたそうで気掛かりだった。
「ずっと実家?」
「ああ」
「家でずっと過ごすのか?」
「自主練はするぞ」
 ここは声を大にして周りに聞こえるように言っておく。お前らも遊びに行くのはいいけれど、「ちゃんと身体を動かしておけよ」とばかりの宣告である。
「そうじゃなくてぇ~、ほら、地元の友達と夏祭りとかに行ったりすんのかな~ってさ」
「ああ、そう言うのか。なら、『甲子園』には行くかな」
「『甲子園』!!」
 アキが部室内に響き渡るような大声を上げる。
「そんな驚くことかよ。テレビじゃなくて、ちゃんとこの目で見て・・・」
「俺も行く、一緒に行く!!」
 駄々をこねる子供のように地団駄を踏みだすアキ。
「えっ?」
「じいちゃんと行くのか?」
「元々はそのつもりだったけど、じいちゃん腰痛めたから新幹線の長時間移動はちょっと辛いだろうから、一人で・・・」
 計画当初、じいちゃんと家族旅行がてらに甲子園まで行く予定だった。しかし、療養中のじいちゃんに無理はさせたくないので一人、日帰りで行くことに変更したのだ。じいちゃんはオレが一人で遠出するのを心配したが、もう高校生。まして日帰りなのだから、そこらへ買い物に出掛けるのと大差ないと説得したのだが・・・。
「ならますます俺も行く!!絶対、行く!!一緒に行く!!」
「うるさい!!わかったから、取り敢えず黙れ!!」
 飛び跳ねながら絶叫するものだから騒がしいことこの上ない。部室の視線を一身に集めることに。
「一緒に行くって言ってくれたら黙る!!」
 練習後だと言うのに、全く疲れた様子も見せずにアキは奇妙なダンスをしながら宣言してくる。周りのみんなも興味津々で見てくるものだから、答えざるを得ない。オレはこれ見よがしに大きなため息をついた後、口を開いた。
「はいはい、一緒に参りましょう」
「いえ~い!!『甲子園』行ってくるぜ!!」
 ぴょんと部室に置かれた机に飛び乗ると高々と拳を上げてみせるアキ。「あのな~、見に行くんじゃなくて、オレらの目標は甲子園に出場することだろが」と胸の内でぼやいてみせる。同時に「一人で行く」と決めて時よりも落ち着かないのはなぜだろうとオレは一人、小首を傾げた。

 その姿が目に入ると足が止まった。『聖地』、『聖地』ともてはやされているが、正直、「ただの野球場だろ」と高を括っていたのだ。しかし、目の前にそびえ立つ『甲子園球場』の独特の存在感に動けなくなった。
「やっぱ良いよな、甲子園。この外観見るだけでウキウキする!!」
 遊園地に来た子供のようにはしゃぎ声を上げるアキ。・・・どうやらどこまでもオレと感性が違うようである。
「アキ、来たことあんのか?」
 球場の門をくぐりながら、アキに尋ねる。
「うん。小学校の時に。夏休み、家族で関西遊びに来て、俺と親父は甲子園で高校野球見て、母さんと姉ちゃんはUSJって別行動してさ」
「へえ~、そうなんだ」
 そっか、初めてじゃないのは何だか安心するなと思い、慌ててオレはその発想を否定する。こんな奴を頼りにしてしまうのはいかがなものかと考えを改めたのだ。球場内をぐるりと移動できる回廊は観客やそれぞれの高校の応援団でごった返していた。今日は折角来たのだから、2試合見る予定。オレ達はチケットを確認しながら、客席出入口を探す。
「そう言えば、アキは何で野球始めたんだ?お父さんがやってたとか?」
「うんにゃ。親父は典型的インドア派でスポーツ苦手人間。俺、学校でも家でも落ち着きがない子供でさ、スポーツでもさせたら体力消耗して大人しくなるんじゃないかって思われてさ、取り敢えず近所にあった野球チームに放り込まれた」
「子供の時って、今も落ち着きがないじゃないか」
「そうなんだよ、野球始めてさ、さらに体力が付いたから益々落ち着きがなくなったって文句言われてんの。勝手だよな~」
 納得いかんとばかりに顔をしかめるアキ。その言葉通り、アキのスタミナは目を見張るものがあり、体力だけは完敗だと密かにオレは思っている。
「けどさ、水が合ったっていうの?野球チームに放り込んでくれたおかげで『大好き』って打ち込めるものを見つけられたから、まあ、感謝はしてるけどさ」
 こいつのこういうとこ内心、すごいと思う。精神年齢が子供なだけかもしれないが、好きな物を臆面もなく「好き」と言える素直さというか真っ直ぐさはちょっと羨ましかったりする。
「ミクは何で、野球始めたんだ?」
「・・・オレは友達出来なくて。そんなオレをじいちゃんとばあちゃんが心配して少年野球チームに入れられた」
 そう、ちっちゃい町なので、オレの経歴は皆知っていた。親父が行方不明になって、母さんと二人戻ってきて、挙句、母さんが自殺した可哀想で不幸な少年。皆、親切にしてくれるけど、それはどこか腫れものに触るような扱いで子供心にも感じ取っていた。だから、自分から誰かに近づくこともなかったし、仲良くなりたいとも思わなかったのだ。
「ああ、何かわかるわ~」
「わかるって、何が?」
「ミクが『友達出来ない』って」
「悪かったな!!陰気で性格悪くて!!」
 自分でもわかっているが、他人から指摘されると腹が立つ。
「ちっがうよ、何かさ、こう『孤高の存在』って感じなんだよ、ミクは。だから、おいそれと話し掛けられないって雰囲気で」
「何だよ、それ。まさかお前の口から『孤高』なんて言葉が飛び出すとは思わなかった」
 意外な発言に面食らってしまいオレは茶化すような返答をする。
「こうさ、給食じゃんけんに名乗りを上げたり、休み時間のドッジボールに命懸けで戦ったり、口うるさいおっさん家にピンポンダッシュしたりしなさそうじゃん」
「・・・お前はそれら全部して来たって訳か?」
「うん。だからさ、何かこう住む世界が違うって感じがすんだよ。高校の今でもそういう空気があって、どう声掛けたら良いんだろう?って思ってたぐらいだからさ、小学校の時なんてもっと近づき辛かっただろうなって考える訳よ」
 自分の発言を肯定するように腕を組み、うんうんと頷いているアキ。
「・・・何、どう声掛けたら良いんだろう?ってお前が思ってたのか?」
 意外すぎるアキの発言にオレは驚きを隠せなかった。
「そっ。いつも『話しかけんなオーラ』に包まれてっからさ、いわゆる『取りつく島がない』って奴よ。だから、何かきっかけないかな~って思ってたんだ」
「ふん、そしたら偶然、合宿でカバン取り間違えて、オレから話しかけて来たって訳か」
「・・・まあ、そんなとこかな」
 んん?アキにしては歯切れの悪い口振り。そのアキの誤魔化すようなリアクションを目の当たりにしてオレの頭に不意に過る疑惑。
「おい、ちょっと待て。もしかして、話しかけられないから、話しかけてくるようなシュチエーションを・・・」
「ああっ!!ここだ。この入口だぁ~」
 オレの話を遮るようにアキは声を上げて、客席入場ゲートを指さす。
「おい、アキ!お前!!」
 すたすたと入場ゲートに進んでいくアキを追いかける。ゲートをくぐると一気に夏の突き抜けるような青い空が目に飛び込んできた。そして黒々と踏み心地の良さそうな内野、目に痛いぐらいの緑の外野。そして、グラウンドを取り囲む満員の観客。夏の暑さとは違う、エネルギーが湧き立つような空間がそこにはあった。
「おっ、席、あそこだ」
 眼前に広がる景色に圧倒されるオレとは違い、アキは素早く二人の座席を見つけ、通路を降りていく。
「おおっ、丁度試合始まる前に着いて良かったな」
 内野席の椅子に座りながら、アキがバックスタンドの電光掲示板を見る。第1試合が終わり、第2試合が始まる前に到着できた。オレもアキの隣の席に腰を下ろして、改めて球場全体を見回す。
 広い、甲子園球場は広かった。真夏の空を丸ごと受け止めるような広々としたグラウンド。こんなところで野球が出来たら、最高に幸せだろうなと改めて実感する。
「なあ、賭けしない?」
 アキが悪戯っぽい目をして提案してくる。
「賭け?オレらまだ高校生だろうが」
「だ~か~ら、高校生らしく、負けた方が『甲子園カレー』おごるってどうよ?」
「・・・まあ、それぐらいなら」
 確かに名物「甲子園カレー」は記念に食べたいと思っていた。良心的な価格なので二人分払ったところで大した額にはならない。
「よっし、商談成立」
 ニヤリとアキが片唇を上げる。
「って、何を賭けるんだ?」
「もち、どっちが勝つか」
 アキが電光掲示板を指さしながら答える。
「はあ~、お前馬鹿か。そんなの決まってるだろが」
 これから始まる第2試合は西東京代表、甲子園の常連校『眀京学園』と九州の県立高校『城南高校』の対戦。そんなの100人いたら100人『眀京学園』に賭ける試合である。
「何、ミクどっちに賭けるか決まってんの?」
「当ったり前だろ『眀京』に決まってんだろうが」
「へえ~、『眀京』で良いんだ」
「良いんだって、お前もしかして『城南』に賭けるのか」
「おう。じゃあ決まり。ミクが『眀京』、俺が『城南』ってことで」
 アキは持ってきたミネラルウォーターのふたを開け、オレに向かって掲げてみせる。
「良いのかよ、それで」
「もち」
「お前分かってんのか?『眀京』のピッチャーはプロ野球も注目の本格派投手なんだぞ」
「わかってますよぉ~、でも、勝負はふたを開けて見ないとわからないですから」
 似合わない不敵な笑みを浮かべて、ミネラルウォーターを飲み始めるアキ。わからん、こいつの考えていることはわからん。さっぱり、わからん。半ば強引にくっついてきたお詫びにオレにカレーを御馳走しようとこんな勝負の見えた賭けをしようなんて言い出したのだろうか?オレは真相を知りたくて、隣に座るアキの横顔をまじまじと眺めた。

【3対4×】
「うんまいっ!!やっぱり、甲子園カレーは美味い!おごってもらうとさらに美味い!!」
 満面の笑みを浮かべてカレーを食うアキ。人目がなかったら、蹴り飛ばしたいぐらいだ。
 そう、賭けはまさかのオレの負け。あの強豪校、眀京学園がサヨナラ負けを喫したのだ。そして、約束通りオレがアキに甲子園カレーをおごる羽目に。
・・・悔しい。いや、カレー代を払わされたことじゃない。じいちゃんから十分すぎるぐらいの小遣いを持たされて来たからカレー代なんて安いものだ。違う、賭けに負けたことがただただ悔しくて、食っているカレーが激辛カレーに思えるほど口の中が苦い。
「おい、米粒ついてるぞ」 
 早々とカレーを完食したアキにオレは自分の口元を指さして教えてやる。
「取って」
 ぐいっとアキが顔を近づけてくるもんだから手にしていたうちわで顔面を叩いてやった。
「イテッ」
「暑苦しいわ!!」
 想像しないこいつの行動にいつもオレは動揺してしまう。その戸惑いを隠すようについ乱暴な言動を取ってしまうのだ。まあ、今回は結果オーライ、うちわで叩いたおかげ?でアキの口元の米粒が取れた。
「何で眀京が負けると思ったんだ?」
 アキに対する自らの心の葛藤から意識を切り替えようと、オレは話題を変えた。
「何でって?」
 アキがきょとんとした顔で聞き返してくる。
「だって眀京のエース、今日も調子良かったし、城南の選手は7回までエースを攻略出来てなかった。完全な眀京ペースの試合だったじゃないか」
 もちろん下馬評でも眀京学園は優勝候補の一角。片や城南は眀京学園と当たって可哀想にと同情を集めるほどの対戦カードだったのだ。
「ああ、俺だって眀京が勝つと思ったよ」
 至極当然とばかりにアキがケロリと答える。
「ええっ?じゃあ何で城南に賭けたんだよ。それもあんな自信満々に。もしかして最初っから厚かましくついてきたお詫びにおごろうと思ってた訳か?」
 こいつに限ってそんな愁傷なことを考えるとは思わなかったが、それ以外の理由が想像出来なかった。
「うんにゃ。そっか、ついてきたお礼って発想もあったんだ。そんなの考えもしなかったわ」
 驚きの表情を浮かべて、うんうんと一人納得して頷くアキ。
「眀京の守りにほころびが出る要因があったとか?」
 完全に眀京ペースで進んでいた試合が7回、外野手のエラーで流れが変わった。あれよあれよと言う間に、7回、8回、9回とそれまで0点に抑えられていた城南が点を入れ、同点に追い付き、9回サヨナラで勝利。漫画のような展開であった。
「いや、そんなのわかんねえよ。ただ、勝って欲しかったんだ」
「えっ?勝って・・・欲しかった?城南に知り合いでもいるのか?」
「うんにゃ。ただ奇跡を信じたかったんだ、俺は」
 はにかんだような顔付きでグラウンドに目を向けるアキ。
「奇跡って・・・」
「みんな眀京が勝つと思ってるだろ。もちろんミクも俺も。でも、勝負の世界には『奇跡』が起きることがあって、その一か八かにオレは賭けたんだ。いや、賭けたかったんだ」
 オレは呆れて文句の一つも言ってやろうと思った。何だ、根拠もなく、そんな理由で城南に賭けたのかと。けど、言葉が出なかった。あまりにもアキの目が真剣だったから。その横顔をオレは黙って見つめる。
「それにさ、もう一つ賭けてたんだ」
「何だよ、カキ氷でも賭けてたのか?」
 丁度、前の座席の親子連れがカキ氷を手に戻ってくるのが目に入ったから。
「まあ、カキ氷も食いたいけど、違う。賭けというか願望かな」
「願望?」
「『城南が勝ったら、俺達も甲子園に出られる』って賭けたんだ」
 想像もしていなかったアキの一言にオレは一瞬意味が分からなかった。『オレ達も甲子園に出られる』って?オレ達があのグラウンドで、あのマウンドに立つってことか?アキの発言をオレの頭がゆっくりと映像化していく。思い描いて、やっと言葉の意味を理解して、理解出来て笑い飛ばそうと思った。「お前、なに夢みたいなこと言ってんだ」と。けど、笑えなかった。アキの表情が真摯だったから。ああ、こいつ本気で言ってんだという思いの強さが伝わってきたから。
「・・・立ちたいな、あのグラウンドに」
 オレも同じようにグラウンドを見つめてぽつりと呟く。
「『立ちたいな』じゃない、立つんだよ、俺達」
 くるりとオレに顔を向けて宣言するアキ。夏の太陽を浴びたその顔が余りにも眩しくてオレは慌てて目を逸らした。背けたはずなのに、オレのまぶたの奥にくっきりと焼き付けられたアキの表情。