逆!裏!対偶!キャッチボール

雨こそ降ってないものの、開け放たれた窓からは梅雨特有の湿気を含んだ風が吹いてくる。
「エアコンないのかよぉ~」
 1年生部員全員の声を代弁するかのようにアキが声を上げる。
「しょうがないだろ。ここは公立高校なんだから」
 宥めるのは、アキの初等部からのご学友、ハルルこと小林春一。
「いや、それはわかってっけどさ」
「オレらがいつもいかに恵まれた環境で練習出来てるか知るいい機会じゃないか」
 まだ不服そうな顔をしているアキにオレはピシャリと言ってやる。夏の地区大会を間近に控えて今日は3駅隣の公立高校との練習試合。公立高校とは言え、過去に甲子園にも出場したことがある強豪校。ユニフォームへ着替えるために部室に案内してもらったものの、その老朽ぶりにオレ自身ちょっと辟易したのも事実。
「最高のパフォーマンスをするためにコンディション整えておきたいじゃん」
 文句を言いつつも、豪快に制服を脱ぎ散らかし出したアキ。
「口だけは一丁前だな。俺らはどうせ応援だろ」
 入部してまだ2カ月の1年生は先輩の練習のサポートやら基礎練習ばかりの毎日。今日も試合に出る予定はない。
「だ~か~らぁ、その応援を全力でするためにコンディション整えておく訳よ」
 力説するアキだが、パンツ一丁なので説得力はゼロ。
「あっ、そうそう見て見て、ミク。ほら」
 アキが突然、オレに顔を近づけてくる。
「な、何」
眼前にアキの顔がぬっと現れてオレは後ずさる。こいつにパーソナルスペースという概念はないらしい。
「今日の試合のために眉整えたんだ。どう?どう?」
「・・・」
 うちの学校は野球部とは言え、坊主頭ではない。でも、それなりに皆短髪にしているので、基本眉は見えてはいるのだが、そこに力を入れてくる発想がオレには理解不能である。
「誰もアキの眉なんか見てねえし」
「いいの、いいの。それでいいの。ミクに見てもらいたかっただけ」
 グイッと眉を上げて、アピールして見せるアキ。何、それ?何でオレに見せたいんだ?意味がわからん。その真意を探ろうとアキの表情を伺うが、そこには能天気な眼差しがあるだけ。
「はいはい、見ました。それでいいだろう。それよか早くユニフォーム着ろよ」
 オレは自分のパーソナルスペースを確保するため、アキを押しやり野球バッグからユニフォームを取り出す。
「コメントなし?ほら、3割増しのイケメンになったとか」
「・・・」
 駄目だ、こいつが傍にいると調子が狂う。心がざわざわして、自分のペースが崩される。オレはこれ見よがしにアキに背を向けて、制服を脱いで、ユニフォームに着替え始める。
「ええ~、イケてると思ったんだけどな~。なあ、ハルルはどう?」
 今度は向いで着替え終わっているハルルにコメントを求める。何だ、オレに見てもらいたかったって言ってたくせに、結局誰でも良かったのかよ。自分は軽くあしらったものの、何だか気に食わない。
「う~ん、まず左右の高さが合ってない」
「えっ、待て。俺は辛口のコメントは求めてない!!俺は褒められて伸びるタイプの人間なんだ」
 狭い部室でバタバタと暴れ出すアキ。どうでもいいが、早くユニフォームを着ろっつうの。
「どれどれ。あっ、ホントだ。右の方が上がってら」
「ウソ、どれ」
「言えてるぅ~、ずれてんじゃん、アキ」
 着替えを済ませた奴らが次々とアキの眉を見ようと集まってくる。暑いと文句を言っていたくせに自分から人を集めてさらに暑くしている。
「うわ~、テンション激下げだわ~。今日の俺、先発登板回避だわ~」
 部室中央に置かれた古ぼけたベンチにどかりと腰を下ろすアキ。バキッと何やら不穏な音がしたが聞かなかったことにする。
「ってか、最初から登板しねえだろ、アキ」
 すかさず朋友であるハルルがツッコむ。
「えっ、そうだっけ。折角、肩作ってきたのにな~」
 ぐるんぐるんと肩を回してみせるアキ。オレもポジションはピッチャーだが、アキも中等部野球部ではピッチャーだったらしい。なので、この先ライバルになりうる存在でもあった。
「なあ、それにしても先輩達遅くない?」
 首を傾げながらクリ坊こと栗浜航平(くりはまこうへい)が声を上げる。1年生は学校の最寄り駅で集合してから対戦相手であるこの公立高校まで揃ってやってきた。先輩達より早く着いて、着替えを済ませ、準備しておくのが1年生の務めであるからだ。しかし、その時間差を差し引いても確かに遅い気がした。
「あれじゃねえの、『宮本武蔵作戦』じゃねえの」
 ユニフォームに袖を通しながら、アキがしたり顔で口を開く。
「『宮本武蔵作戦』?」
 初めて聞くネーミングにオレは思わず声に出して聞き返していた。
「そっ、『宮本武蔵作戦』。ほら、巌流島で宮本武蔵は遅れて来て、佐々木小次郎に勝っただろ。だから、敢えて遅れてきて勝利を手する作戦って訳だ」
 どやっとばかりに胸を張って力説するアキ。アキの話を真面目に聞いていた皆が揃い揃って呆れ顔になる。そもそもそんな作戦初めて聞くし、たかが練習試合にそこまで周到に作戦を練る暇人がどこにいるのだ。単に遅刻してきたら、礼儀を欠いた学校だと思われるのがオチである。オレが考えたのと同じことをみんな思っているのだろう、微妙な沈黙が部室に流れる。
 そんな沈黙を破ったのはスマホの着信音。
「アキ、お前のスマホだろ。先輩からかも」
「あっ、俺のか」
 アキが野球バッグに手を突っ込み、スマホを取り出す。
「もしもし~」
「はい、はい、うえっ!?マジっすか!!」
 アキが目を見開いて、絶叫する。そのリアクションだけで何か不測の事態が起きたことがわかる。
「先輩達が乗った電車が人身事故に遇って停まってんだって!!」
「!!」
 アキの説明に皆が一斉に顔を見合わせる。
「はい、はい、わかりました」
 神妙な顔をして頷きを繰り返し、通話を終えるアキ。そのアキにみんなの視線が注がれる。
「運転再開はわかんねえみたい」
 思いもしなかった事態にどうしていいかわからず、みんな黙り込む。
「・・・取り敢えず、相手チームに伝えて試合開始を待ってもらうしかないよな」
 いち早く冷静さを取り戻したハルルが確認するように皆の顔を見まわす。「それしかないよな」と言う感じに皆が揃って小さく頷く。
「じゃあ、俺、伝えてくるわ」
 ハルルが部室から出ようとしたときだった。
「ちょっと待った」
 古ぼけたベンチに座っていたアキがすくりと立ち上がる。
「試合、出来んじゃん」
「えっ?」
 皆の視線がアキに集まる。
「1年生、丁度、9人いるから試合出来んじゃん」
「!!」
 アキの発言に皆が絶句する。確かに9人いれば野球は出来る。しかし、ここ2カ月、先輩の練習のサポートや基礎練習しかしてない1年生なのだ。そんな1年生がいきなり試合をするなんて何を言い出すんだ、こいつは。
「なあ、ミク、行けるだろ」
 話の矛先が突如、オレに向けられる。
「スポーツ推薦で入部したスーパーエースの出番だ」
 本気ともからかいとも取れるアキの口振り。周りの皆は固唾をのんでオレとアキの様子を伺っている。
「無理なら俺が投げる」
 アキが挑むような目でオレを見つめて言い放つ。まるで宣戦布告のようなその強さにオレの中で何かが弾けた。小さく息を吸うと、そのアキの眼差しを跳ね返すように言って退けた。
「・・・投げる」

【2対12】
「なあ、何か食って帰る?」
・・・・・悔しい。
「駅前にマックあったよ」
・・・・悔しい。
「ええっ!マック?うちの学校の近くにもあるじゃん」
・・・悔しい。
「何、せっかく練習試合で遠出したから珍しい店に行きたいってか」
・・悔しい。
「そうそう、駅前に何かなかった?」
 ・悔しい。
「ガストあったけど」
 悔しい。
「全然、珍しくないじゃん!!」
「・・・お前ら、悔しくねえの」
 駄目だ。言うな、言うな、我慢しろと必死に抑え込もうとした感情がオレの口からこぼれ出た。。わかってる、自分でもイタい奴だって。たかが練習試合で負けたぐらいで何熱くなってんだって。意識高い系の面倒臭い人種だって思われるの決定。明日から腫れものに触るような扱いをされる。もう、孤立して、スポーツ推薦で入ったくせに野球部に居られなくなって、転校しなきゃいけなくなるかもしれない。でも、言わずには居られなかった。
「2対12だぞ。ボロ負けだぞ!!練習試合って、あんなの練習にもなってねえだろう!!ただ恥かきに来たようなもんじゃねえか!時間の無駄じゃねえか!あれなら学校のグラウンドで練習してた方がよっぽど意味あんじゃねえか!それなのに、お前ら何とも思わねえのかよ!よくそんな平気な顔していられんな!」
 激しい動悸で胸が苦しい。先輩達は早々に帰ったので、1年生8人、16個の眼差しが突き刺さるぐらい痛かったけど、全部言い切った。初めて訪れた街の駅前通り。静まり返った8人と激高のあまり肩で息をしているオレ。傍から見たら奇妙な集団に見えるだろう。自分で種を撒いたくせに逃げ出したくなる。けど、帰る方向が同じなので逃げ出せない。賑やかな駅前通りのはずなのに、興奮のせいかオレの耳には何の音も入ってこない。そんな奇妙な静寂が確かな声で破られた。
「俺も悔しかった」
 声の主はアキだった。初めて聞くんじゃないかってぐらいの低い声。
「でも、試合に負けたからじゃない」
 どういうこと?とばかりにオレを始めとする1年生はアキの次の言葉を待つ。
「ミクが代えられたから、悔しかった。いや、違う。好投してたミクを代えないでくれって先輩に言えなかったことが悔しい。言えなかった自分に今、腹を立ててる」
 その言葉通り、アキの顔には悔しさがにじみ出ていた。いつもへらへらしているアキの初めて見る表情。確かに普段なら「何食おう!!」といの一番に騒いでいるはずのアキが黙りこくっていたことに今更ながらオレは気付いた。
 売り言葉に買い言葉でマウンドに立ったものの正直、不安だったオレ。しかし、1回、2回、3回と相手打線を押さえていくうちに不安は自信に変わり出した。高校野球のレベルでもいけるかもと思い出した矢先、遅れていた2、3年生の先輩達が到着し、否応なく選手交代。オレ達、1年生はいつも通り全員応援に回ることとなったのだ。しかし、3年生エースはボカスカ打たれるし、内野、外野でエラーしまくるし、散々な試合内容。応援が空回りするような対戦であった。
「・・・あのままミクが投げてたら、勝てないまでも良い試合してたかも」 
 ハルルが試合を思い返しているのか、遠くを見つめながらつぶやく。
「いや、勝てたかもよ。だって、3回投げて2安打、失点ゼロだったんだぞ」
 目を輝かせて続いたのはクリ坊。
「確かに!!相手のバッターみんな腰引けてたもんな」 
「言えてる!!ミクの球、140キロ越えてたんじゃね?」
「越えてったしょ!!マジ俺、あんな早い球、間近で初めて見たし」
 他の1年生も口々に感想やら意見を言い出し、冷え切った空気が一転、活気づく。
「な、そうだろ?だから俺、思ったんだ」
 アキは白け切った雰囲気を一掃した一年生諸君をぐるりと見回して宣言する。
「基礎練習も大事だけど、これから俺ら一年生も試合にすぐ出られるように実戦形式の練習もしたいって先輩に直談判しようと思う。高校3年間なんてあっと言う間なんだからさ、もっと時間を有効活用したいじゃん」
 挑戦的なアキの眼差し。
「賛成!!」
「俺らも試合出たい!」
「同感、同感!」
「スタメン取るぞ!」
「負けてられっかよ」
 すっかりやる気スイッチが入った様子で声を上ける一年生部員。
「よし!!じゃあ、先輩達へどう言うか、勝つためにどんな練習が必要か作戦会議を『王将』でするぞ!!」
「えっ?何で『王将』なんだよ。この近くにあんのか?」
 クリ坊がきょろきょろと周りを見回す。
「いや知らねえ。単に今、俺が『王将』のギョーザ食いたいだけ」
「何だよ、それ。すっげえ、独断と偏見!!」
 ハルルが爆笑しながら、指摘する。
「良いだろ、食いたいもんは食いたいんだから。この辺になかったら地元まで戻って学校近くの『王将』で食ってから、練習しよう!!」
「うげ~え、何、練習すんのかよ?」
「だって俺ら3回から交代させられて、応援してただけで全然身体動かしてねえじゃん。もう、動きたくてしょうがないんだわ、俺」
 ぶんぶんと大きく腕を回して、アピールするアキ。
「そうだよな~、何か色々ストレスが溜まった練習試合だったから、目一杯身体動かしたい気分だわ」
 ハルルがコキコキと首を鳴らして答える。
「よし!決まり、じゃあ『王将』行くぞ!!」
「おおっ!!」
 人通りの多い通りということも忘れて拳を上げて答えたかと思うと駅へ駆け出す一年生一同。
「ミクも王将のギョーザ食いたいよな」
 その空気について行けなくて取り残された格好のオレの横にアキがやってきてわざわざ確認してくる。
「・・・オレ、王将のギョーザ食ったことない」
「ウソ、マジで!?どんな田舎もんなんだよ」
 信じられないと言った面持ちで目を見開くアキ。
「うっせえ!!田舎もんって言うな!!」
 そんなアキの脛にオレは軽く蹴りを入れてやった。