逆!裏!対偶!キャッチボール

人生の選択を間違えた。
バスの中に鳴り響く、ピンクレディーの『サウスポー』に顔をしかめながらオレ、御厨玲(みくりやあきら)は後悔する。そもそもこのぼんぼん進学校を選んだのは、じいちゃんの勧めであった。小学校3年から地元の少年チームで野球を始め、高校進学に当たってはいくつかの野球の強豪校からスカウト来た。けど、じいちゃんはオレにこう言ったのだ。
「玲、お前が野球を好きなのはよく知ってる。でもな、一生野球で生きていける人間なんて一握りだ。だから、人生の選択枠を広めるためにも野球と勉強両立出来る学校を選ぶのがいい」と。
 もちろんオレもこのじいちゃんの助言はもっともだと思ったのだ。だからこの小学校から大学まである学業も優秀なエスカレート式学校が初めて募集した高等部のスポーツ推薦枠に応募し、見事合格した。学校近くにある寮に入り、陸上、サッカー、水泳など同じように学校初のスポーツ推薦で合格した生徒との生活。それぞれ志が高く、とても刺激を受ける毎日である。進学校でもあるため当然授業のレベルも高く、授業に集中するだけでなく、オレは毎日予習復習も欠かせない。
充実した高校生活で唯一オレを後悔させているのがこの部活!!大学受験の心配をすることなく、目一杯野球に打ち込めると心躍らせて入部した野球部だったのに。ゴールデンウィークに入り、大学のセミナーハウスを利用しての2泊3日の合宿。ただ今、観光バスをチャーターして、セミナーハウスへ向かっているのだが、てっきり練習メニューやそれぞれの意気込みを語るかと思いきや、伝言ゲームに始まり、マジかるバナナゲームに移ったかと思いきや、ついにはカラオケ大会に。おまけに初等科からのエスカレート組ですでに1年生のリーダー的存在、三井崎(みいざき)がマイクを独占していて、すっかり『三井崎リサイタルショー』になっている。オレ以外の部員は大盛り上がりしていて、コンサート会場のようなバス車内。オレはと言えば、バスの最後列、窓際の席で寝たふりを決め込み、この学校に進学したことをただただ悔いていた。
「みんな楽しんでるか!!」
 バスの座席の上で立ち上がって(ちゃんと靴を脱いでいる所はさすがにぼんぼん学校の生徒)熱唱している三井崎がバス内をぐるっと見回して、煽り出す。
「イエエエエエィーーーーー!!」
 オレ以外の野球部員が両こぶしを振り上げて答える。その無駄にある一体感にオレは顔をしかめて、窓の外へ目をやる。助かったことにバスはセミナーハウス玄関ロータリーへと入っていく。
「はい、もう着きますよ~」
 バスの運転手の声に「エエッ~」と落胆の声を上げる野球部員。お前ら町内敬老会の観光ツアーかよと胸の中で毒つきながらもオレはこの空間から脱出できることにホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、続きは帰りのバスってことで!!ご清聴ありがとうございましたぁ~」
 三井崎が恭しくあいさつをしてリサイタルショーは終了し、前の生徒から順にバスを降りていく。2泊3日なので、荷物は全員、リック型の野球バック一つである。運転手がバスのトランクから出して並べてくれたバッグを手にセミナーハウスへと入っていく。オレは最後に降り、必然的に一つ残っていた野球バッグを背負って皆に続く。
 さすがぼんぼん学校の大学セミナーハウスだけあって、まるでリゾートホテルのように洗練された建物。合宿と言うより観光旅行に来た気分になる。部屋はそれぞれの学年が親睦を深めるためと言うことで、ツインの部屋にエキストラベッド一つ入れて、1年生、2年生、3年生が一つの部屋に入るように部屋分けされている。オレはすでに頭に入れていた部屋番号を探しながら、掃除の行き届いた綺麗な廊下を進んでいく。ドアに表示された205号室を見つけると、ノックをしてドアを開く。
「失礼します!!3日間、よろしくお願いします」
 すでに部屋に入っている2年生、3年生に深々と頭を下げる。
「そんな堅苦しいあいさつはいらないって」
 ひらひらと手を振って見せるのは、3年生の岡本キャプテン。
「そっ、そっ、楽しくやろうな~」
 すでにベッドの上でごろんと寝転がっているのは2年生の園田先輩。
「見て見て、これ!!北海道限定ポテチ持ってきたんだ!!」
 岡本キャプテンが野球バックの中からスナック菓子の袋を取り出し、誇らしげに掲げてみせる。
「すっげえ、キャプテン。どうしたんですか!?」
「これ親父が北海道に出張するって言うからこの合宿のために買ってきてもらったんだ」
 胸を張って言い放つ岡本キャプテンにオレは愕然とする。この合宿のために練習メニューを用意するどころか、限定菓子を用意するキャプテンって・・・
「夕飯の後にみんなで食べようなっ」
「もちっす!!」
 園田先輩が目を輝かせて、ベッドの上で飛び跳ねる。お前は小学生かっ!!と胸の中で突っ込みを入れながら、オレは練習に向かうべく早々に着替え始めようと野球バッグのファスナーを開ける。
中からぐちゃぐちゃに丸めたTシャツが飛び出てくる。あれ?オレ、確か綺麗にたたんで荷造りしたはずなのに。バスのトランクで揺られたせいでこんな状態になったのか?と首を傾げながら、次々と中の荷物を引き出していくが明らかに違うことに気付いた。オレの大事な大事なものが入っていない!!
オレは野球バッグの上部にローマ字で縫い込まれた名前を確認する。『AKIRA』は間違いないのだが、『MIKURIYA』ではなく『MIIZAKI』となっている。この乱雑極まりなく収納をされているバッグはオレの物ではなく、三井崎のものだった。
 オレはスマホに送られてあった部屋分け表を確認し、三井崎のバッグを抱えて部屋を飛び出す。「頼むからカバンが違うことに気付いて開けないでいてくれ!!」渾身の念力を飛ばしながら、オレは廊下を駆ける。三井崎のいる部屋、210号室のドアをノックもそこそこに勢いよく開ける。
「三井崎!!カバン違う!!」
 ・・・時すでに遅し。部屋中央、エキストラベッドの上で胡坐をかき、カバンを開けている三井崎の姿が。突如、現れたオレをぽかんとした表情で見つめてくる三井崎。おまけに三井崎の右手にはオレの大事なものがしっかりと握られているではないか!!オレは自分のカバンと三井崎の右腕を掴むと、有無を言わさず部屋から連れ出し、人目につかない廊下の突き当たりまで引っ張っていく。
「悪りぃ、俺、カバン間違えて取ってったんだな。俺、御厨の名前が『あきら』って読むとは知らなかったわ。てっきり『れい』だと思ってたから『AKIRA』って俺だけだと思って名字まで確認せずにカバン持ってきたんだなぁ~」
 小さく頷きながら、一人納得した顔付きでしゃべり続ける三井崎。確かに三井崎は名前が朗(あきら)だった。
「・・・忘れろ。見たものすべてを忘れろ」
 オレはドスを効かせた低音で三井崎に詰め寄る。
「あっ、これのこと?」
 三井崎が右手に持っているオレの大事なものを突き出してくる。オレは素早くそれを奪い取ると渾身の力を目に込めて、三井崎を睨みつける。
「いや~あ、御厨って可愛いなぁ。愛用のスヌーピーのぬいぐるみを合宿に持参するなんて」
 三井崎の指摘にオレの体温が急上昇する。そう、オレの大事なものとは片手で持てるぐらいの小ぶりなスヌーピーのぬいぐるみ。
「・・・誰にも言うなよ」
 恥ずかしさのあまり三井崎の顔を見られず、それでも声で必死に威嚇してみせる。
「えっ、御厨がぬいぐるみ持って来てること?」
 わざわざ言語化してみせる三井崎。「お前、わざと言ってるだろう!!」と怒鳴りつけたいのを堪える。
「・・・ああ」
「別に言ったりしないけどさぁ~」
 意味ありげに語尾を伸ばす三井崎。
「何でそんなん持ってきてんの?」
 直球勝負とばかりに真正面から尋ねてくる三井崎。
「・・・」
 オレは黙秘権行使とばかりにだんまりを決め込む。
「なら、皆にしゃべっちゃおうっかな、『御厨君はスヌーピーのぬいぐるみを持って合宿に参加してます』ってさ」
 リズムを付けて歌うように言って退ける三井崎。そんな三井崎を蹴り飛ばしたい衝動を必死に抑えつつ、オレは切り返した。
「何で?」
「えっ?何で?って」
 三井崎が目を瞬かせる。
「何でそんなこと知りたいんだよ」
「・・・知りたいよ、御厨のことなら何でも」
「えっ?」
 今度はオレが目を瞬かせる番だった。何でこいつオレのことを知りたいんだ?
「そりゃ、知りたいだろ。学校初のスポーツ推薦で入学してきただけでも興味津々なのに、モデルみたいに手足が長くて顔ちっちゃくて、おまけにその顔がお人形さんみたいに綺麗で。何の教科が得意なのかな?好きな食べ物は何だろ?お気に入りの芸人は誰かな?どんな格好で寝るのかな?とか、とにかく御厨について知りたいことがいっぱいあんだよ」
 柴犬を彷彿させる黒目がちな眼差しをオレに向け、一気にまくし立てる三井崎。完全にその勢いに圧倒されたオレ。誘導尋問に掛った犯人のようにするりと言葉が漏れた。
「・・・母さんの、形見なんだ」
 三井崎が息を飲むのがわかった。そして、真剣な顔つきになって聞いてくる。
「亡くなったのか?」
 コクンと頷いてみせる。オレが5歳のときに母さんは自ら命を絶った。商売をしていた父親が多額の借金を抱えて行方をくらましたのはオレが2歳の時。おかげでオレの中で父親の記憶は皆無だ。母さんはオレを連れて実家に戻ったものの、精神的に不安定な状態が続いていて、オレはじいちゃんとばあちゃんに育てられた。そんな母さんがオレの誕生日プレゼントに買ってくれたのが、このスヌーピーのぬいぐるみ。母さんとの唯一の思い出の品。小学校の修学旅行も中学の臨海学校にもカバンに入れて持って行った。すっかり黒ずんでけば立ってるけど、どうしても手放せない。お前は赤ちゃんか!!と呆れられてもいい。マザコンかと鼻で笑われてもいい。オレはスッと顔を上げて、三井崎を直視する。
「なあ、そいつ名前なんて言うの?」
 三井崎の口から出た言葉はオレが予想もしていなかった一言。
「名前って・・・これスヌーピーだろ」
「それは固有名詞だろ。そうじゃなくて、御厨が大事にしてるそいつの名前だよ」
「・・・そんなん、ない、けど」
「じゃあ今つけようぜ」
「えっ?」
 こいつは何を言い出すんだ?と呆気にとられているオレを無視して真剣に考え出す三井崎。
「俺と御厨がアキラ1号2号だとすると、そいつは『アキラ3号』とか」
「いつからオレとお前が1号2号なんだよ!!芸人みたいな扱いするな!!」
「う~ん、じゃあ『あーりん』とか」
「アイドルじゃないか!!」
「それじゃあ『あーちゃん』!!」
「それもパクってる!!」
「なあ、御厨のこと『ミク』って呼んでいい?」
「えっ?」
 矛先がスヌーピーからオレに移ってとっさに切り返しが出来ない。
「『みくりや』っ言いにくいんだよ。かと言って、俺が『あきら』でみんなが『アキ』って呼ぶから『あきら』だと紛らわしいだろ。だから、御厨のこと『ミク』って呼んでいい?」
 オレの顔を覗き込むようにして提案してくる三井崎。
「あっ、俺のこと『アキ』って呼んでいいからさ」
 誰が呼ぶか!!と言い返したかったが、そう提案してくる三井崎の笑顔が余りにも人懐っこくてオレは言葉を飲み込んだ。
「あっ、じゃあこいつは『ミクティ』にしよう!!」
 言うが早いかオレの手からスヌーピーのぬいぐるみを素早く奪い取ったかと思うと両手で掲げる。
「初めまして、ミクティ。俺は三井崎朗と言います。得意な教科は体育。好きな食べ物は焼肉と寿司。お気に入りの芸人はジャルジャル。寝るときの格好はTシャツと短パン。だけどたまに素っ裸で寝てて、母さんと姉ちゃんにキレられる」
 スヌーピーのぬいぐるみと真顔で会話する三井崎を茫然と見つめるオレ。そんなオレにくるりと顔を向けてきたかと思うと、三井崎は高々と言い放つ。
「そしてミクと一緒に甲子園へ行きます!!」