あやかし図書館の管理人

 都心から離れたこの土地での夜は,耳が痛くなるほど静かで自分の足音だけが響いていた。
 小さな気配は感じるが大きな気配はない。何人もの祓い屋の消息を絶たせたあやかしならば,相当強い気配を出しているはずだ。しかしどれだけ神経を尖らせても何も感じ取れない。

 (気配を隠しているのか?)

 そもそも図書館の管理人なんていうあやふやな存在が実際にいるのだろうか。
 図書館の管理人とは,近年祓い屋達の間で話題になってきているあやかしだ。
 何人もの祓い屋が,あやかしを祓い切る間際に「図書館の管理人」という名前を聞き始めたのが始まりだった。最初はそれほど問題視されていなかったが,小さな物も数が増えればその存在が大きくなる。
 今では図書館の管理人こそがあやかし達をまとめる大将なのではと噂されている。それならば,やはり図書館の管理人の正体は,総大将として有名なぬらりひょんか。
 そんな不確かな憶測が,日々飛び交っている。
 俺の任務は図書館の管理人を捕まえること。普段はその場で祓って終わりだが,対象である図書館の管理人の正体があまりにも,あやふやなため捕まえ情報を聞き出すつもりらしい。

 (まぁ。抵抗したら祓えと言われてるがな)

 見回りを始めて30分経った頃だろうか。
 自分の足音とは違うリズムの,足音が聞こえた。
 少し小走りなのかリズム良く鳴るその音に,俺は思わず足を止めた。
 しかし聞こえたもう一つの足音は,俺が歩くのをやめてもなおリズムカルになり続ける。
 ここは人の通りが少ない裏路地。しかも休日の夜。こんな時間に誰かがいるのか。思わず腰にある刀に手が伸びる。

 (誰だ?…)

 ただの俺の考えすぎで普通にここら辺の住民の可能性もある。
 耳に力を入れると微かに声が聞こえてくる。

 「則本さん。元気になったからってすぐ本を取り寄せようとするなんてな。……にしてもあの謎の貰い物の薬こんなに効果あったのか。海生にも今度使ってみようかな。いや海坊主に効果あるのかな。」

 女性というにはまだ早い,女の子の声。しかも独り言らしい。
 独り言にしては声がでかい。彼女からは,少し離れた所にいるはずの俺にまでその声はしっかりと届いている。
 外で話す音量ではない。

 (にしても,俺が言うのもなんだがこの時間って子供1人ほっつき歩いてていいんだっけか。)

 いやだめだった気がする。いつしか警察になんか言われた記憶がある。

 (関わったらやばいやつか?)

 しかし,そんな考えとは裏腹に女の子の声は段々と大きく聞こえるようになり,彼女が俺に近づいてきていることがわかった。
 きっと目の前にある十字路を歩いているんだろう。

 (少し覗くか…)

 声の持ち主の姿を見るべく俺は道の曲がり角から少し顔を出した。

 「きゃっ!」

 「うわっ!?」

 顔を出した瞬間,前から来ていた誰かとぶつかった。どうやら声の持ち主の女の子は案外近くまで来ていたらしい。

 「すみません。大丈夫ですか?」

 慌てて俺は目の前座り込んだ女の子へ声を掛ける。咄嗟にいつもの話し方を直し,敬語使い出来るだけ害のない人間を演じる。

 「あっ,はい大丈夫です。こちらこそすみません…周りをよく見ろとよく言われるんですよ」

 「……っ!」

 照れくさそうに笑いこちらに顔を向けた彼女を見て俺は息を呑んだ。肩の下までのびている透き通るような黒髪の癖っ毛。グレーのパーカー,チェック柄のスカートに髪いろと同じ,黒色の上着を羽織り,腰に特徴的な本棚のような鞄をつけた12.3才くらいの少女。
 資料にのっていた,『図書館の管理人』と全てが一致した。

 「は…?」

 「ん?」

 まさかこんなところで会うとは。俺は刀に手を当てながら彼女から距離をとる。彼女はキョトンとした顔をしていて,俺が祓い屋だということには気がついていないらしい。
 このまま気が付かれたいうちに祓うか。刀を鞘から抜き片手でかまえる。

 「おっとー」

 俺の行動に驚いたのか,または呆れたのか彼女は癖っ毛の髪をクルクルといじりながら,そう吐いた。そうしてざっと30秒ちょい髪をいじったまま固まる。
 何かしらの攻撃でも仕掛けてくるのか。

 「……もしかしてじゃないけど。少年,祓い屋?」

 たっぷり時間をかけた末に彼女はため息と共にそういった。攻撃をするわけではなかったらしく少し張っていたものが緩くなる。
 しかし,こっちから自分の正体を明かすような形になってしまったため,奇襲はできなくなった。いや奇襲どころか攻撃すら与えるのがさっきまでよりも難しくなっているだろう。
 気持ちを落ち着かせるためにも一度深く深呼吸をして前にいる女の子へ話しかける。

 「そう言うお前は図書館の管理人か?」

 「……そうだよ。私が図書館の管理人だけど?」

 首をかしげ悪気なんてこれっぽっちもなく不思議そうな顔をする少女。どうやら自身がしたことを認める気がないらしい。ならば俺が言うしかない。

 「お前に,祓い屋5人の誘拐の容疑がかかっている。おとなしく連行されてくれれば何ともないが…抗うのなら力技でいかせてもらうことになる」

 「……」

 図書館の管理人は俺の言葉を理解するのにおおよそ10秒かかった。
 そして硬い食べ物をやっと飲み込めたような顔をしあ図書館の管理人は両手で手を振り,

 「いやいや!?私何もしてないんだけど!」

 そう否定した。認める気はないらしい。それはそうだ。馬鹿正直に罪を認める奴らだけなら世界中の警察達は苦労しない。勿論祓い屋も。
 俺は腕につけている時計型通信機に向かい話す。

 「図書館の管理人と遭遇。本部へ連行させます」

 「話が通じない祓い屋か…」


 1人のあやかしと共に暮らす少女と,1人のあやかし殺しの祓い屋。
 彼女の黒い髪は星々の光も集め輝き,彼の闇に浮かぶ黄色い瞳はすべての光を拒み進んでいるように見えた。
 春の夜。
 これは曲がり角での最悪な出会い。