ハッピー・エンドレス・ピース〜チョコレート・パズル:不完全なHAPPY〜

ハッピー・エンドレス・ピース

〜チョコレート・パズル:不完全なHAPPY〜

Ⅰ. 形に込めた願い

カフェ「セピア」の閉店後。アカリは誰もいないカウンターで、浅い呼吸を繰り返していた。

今日が、同僚であるユウキの最終勤務日だ。明日、彼は遠い街へ旅立つ。

テーブルの上には、アルファベットチョコレートの袋が広げられている。

口下手な自分に代わって、これまで何度も真剣な想いを届けてくれた、小さな愛の形。

だから、人生で最も大切な告白も、これでなくてはいけない。

彼女は、**「M A R R Y $\,$ M E」**を形にする決意をしていた。

ロッカールームからは、ユウキが荷物をまとめる音が聞こえる。

静かな店内に響く、ロッカーの開閉音。それが二人の日常を刻む、最後の秒針の音のように聞こえて、アカリの指先は震えた。

チョコレートの甘く濃密な香りが、彼女の焦燥感を嘲笑うように鼻腔をくすぐる。

冷たいステンレスのテーブルの上に、**「H、A、P、P、Y」**の五文字が並んだ。

しかし、そこで手が止まった。

袋の底を何度もまさぐる。けれど、指先に触れるのは角の取れた無機質なカケラばかり。

「M」がない。「R」も見つからない。

「もう、時間がない……」

ユウキの足音が近づく。絶望したアカリは、咄嗟に不完全なメッセージを紙ナプキンで覆い隠し、彼のロッカーへ滑り込ませた。

並べられたのは、「H A P P Y」と、中途半端に浮いた一粒の「E」。

$$\text{H A P P Y \quad E}$$

ロッカーに当てた「コン」という鈍い音は、告白の失敗を告げる、静かな弔いの鐘のようだった。

Ⅱ. 「M E」の秘密

ユウキはロッカールームで、その包みを見つけた。

カカオのほろ苦い香りを吸い込み、並んだ不完全な文字を見て、彼は息を飲む。

「H A P P Y \quad E……?」

彼はすぐに気づいた。足りない文字が「M A R R Y $\,$ M E」を意味していたことを。

同時に、熱いものが込み上げた。アカリは、自分の願いを押し通すことよりも、彼の幸せ(HAPPY)を願う言葉だけを選んで残してくれたのではないか。

彼の胸の奥で、逃げ出したい臆病さが熱い決意に変わる。

そして、彼はふと思い出した。

転勤が決まってから、彼はなぜか、毎日食べるチョコの中から**「M」と「E」だけを無意識に残していた。**

他の文字は食べるのに、その二粒だけは、ロッカーの隅に、まるで「自分自身(ME)」をここに置いていきたいという未練のように取ってあったのだ。

その二粒の「M E」は今、彼女の不完全な「H A P P Y \quad E」と出会うことで、運命的な意味を持つことになった。

Ⅲ. 二人の願いの完成

ユウキは急いでアカリのいるカウンターへと戻った。

後悔に囚われ、立ち尽くすアカリの横で、ユウキは「H A P P Y \quad E」の隣に、体温で溶けかかった二つの欠片を置いた。

$$\text{H A P P Y \quad M E}$$

「ユウキ……!」

アカリの声が震えた。

「見て、アカリ。君はMとRを諦めたけれど、僕のロッカーには、なぜか『M』と『E』だけが残っていたんだ。まるで、この日のために神様が待機させていたピースのように」

ユウキは、まっすぐにアカリの瞳を見つめた。

「君は、僕に『H A P P Y』を願ってくれた。ありがとう。でも、僕の幸せは『M E』(僕自身)が作るものじゃない。『M E』は、『私を』だ」

彼は一呼吸置いて、祈るように声を絞り出した。

「アカリ。君の残した『H A P P Y』の隣で、僕を幸せにしてくれ。僕の人生のすべてを、君に預けたいんだ」

不完全なメッセージは、二人の過去の逡巡(しゅんじゅん)をすべて引き出し、最も美しく、必然的な愛の形として完成した。

アカリは、二人の「HAPPY ME」を見て、初めて心からの笑顔を見せた。

彼女を縛っていた「言葉へのためらい」は、チョコレートの甘さと共に、完全に溶かされたのだ。

二人は、残りのアルファベットチョコレートを分け合い、共に歩むRoad(道)の始まりを静かに誓った。

欠けたピースが繋がり、永遠に続く幸せへと変わる――。

「ハッピー・エンドレス・ピース」

その一粒一粒が、今日、二人の消えない運命になった。