冷たい夜風が吹く中、美しい白髪を靡かせた少女が湖のが崖岸で涙を流していた。今まで信じていた人間に裏切られた絶望で心を折られた悲しい涙だった。
唯一あった光を失った彼女にはもう生きたいという気持ちが薄れてしまっていた。
(このまま消えてしまおう。お母様の元に行きたい。ここには何もない。何も…)
少女の手には美しい青い宝玉が握られていて、その上に彼女の目から溢れた涙が出て落ちて一筋の線を作る。満月の光が宝玉を美しく照らし、悲しむ彼女をまるで慰めているようにも見えた。
だが、今の少女には神秘のような慰めも通用しない。
美しく靡く白髪を持って生まれてきたことで家族から蔑まれて生きてきた少女に居場所などもうなかった。
このまま冷たい水の中に飛び込み命を散らしてしまおうと涙を流した。
(ごめんなさい。ごめんなさいお母様。今からそっちに行きます)
少女はぎゅっと強く目を閉じると意を決し崖から身を投げ、ドボンと湖の中へと飛び込んだ。
冷たい水と息苦しさが少女を死へを導いてゆくが彼女はそれを身を任せるように湖の奥底へと宝玉と共に沈んでゆく。
少女の中から今まで受けてきた虐待と裏切りに染まった思い出が走馬灯のように蘇る。
「お前が生まれたせいで由梨江が死んだんだ!!!」
「気持ち悪い白髪だね。化物そのもの!!年老いた婆さんみたいだよ。きっと、アンタの母親は妖だったんだろうねぇ」
「お姉様は一生私の道具として生きるのよ。お姉様に幸せなんて似合わないんだから」
「お前が馬鹿みたいに俺に惚れ込んで頼り切ってる姿、本当に面白かったしウザかった。愛莉のお荷物のお前を好きになるわけねーだろ?本当に無用だな」
父親と継母、そして義妹と唯一の味方だったと思っていた幼馴染に言われてきた言葉が脳裏を過ぎる。
幼馴染は少女にとって初めて好きになった人だったが裏切られた義妹の元で今も笑って過ごしているだろう。そう思うと少女は更に惨めな思いをした。
けれど、その苦しみも死によって解放される。沈みゆく少女は早くこの命を手放してしまいたいと願っていた。
少女はゆっくりと目を開ける。水の中だから視界はぼやけてしまっているが、水面から見える満月の光だけは明るく見えた。
最期に見れたものが悍ましいものではなく、とても美しい月の光だったことにどこか安心していた。
(早く会いたい。お母様。もう苦しまなくていい場所でお母様と一緒に)
少女は意識を手放し、来世の自分へと思いを馳せたその時だった。
突然、握っていた青い宝玉が眩い光を放ち、湖の底へと沈みゆく少女を包み込んだ。
だが、気を失ってしまった少女は光に気がつくことなくそこへ落ちてゆく。
光は人の様な姿に変わり、ゆっくりと本来の姿を取り戻し始める。
長い黒髪と傷一つない透き通る様に美しい肌、そして、青い宝玉と同じ瞳。着ている衣服も黒と青と白を基調としていて、その姿はまるで湖に棲む水神の様だった。
男は優しく少女の両頬に手を添えると、愛おしそうに目をつむりゆっくりと唇を重ね合わせた。
意識を手放していた筈の少女は唇の感触に気が付いたようにそっと目を開けた途端、驚きの表情を男に見せた。
(え?え?!!なんで私…!!!)
少女の意識を取り戻したのを見た男は少女の唇から離れると嬉しそうに微笑んだ。
「あ、あ、貴方は誰?!!な、な、なんで私の唇に…その…ってあれ…?」
少女は陸の時と同じように話せていることに驚き言葉が続かなかった。しかも、さっきまで感じていた息苦しさも水の中にいることによる重さもまるで感じない。視界もくっきり見えている。
地上と同じ感覚に戸惑いを隠せなかった。
「私…どうして…」
「もう大丈夫だよ鈴香。もう君が苦しむ必要なんかない」
「え、なんで、私の名前を…」
「君が生まれた時からずっと持ってた宝玉のお陰でね。君を見守っていたから」
男は戸惑う少女、鈴香に可愛らしさを感じ微笑む。美しい男の笑顔に鈴香は顔を赤らめた。
(素敵な人。それに瞳がこの宝玉に似てる)
男に見惚れてしまっている鈴香の白い髪に彼は触れる。
その途端、天樹鈴香は慌てたように触らないでと叫んだ。
「私のこの白い髪は化物の髪なの。触ったきっと死んでしまうわ」
父親と継母達にこの髪は人を殺す忌まわしい髪だと言われ続けていた。
この髪を持ったせいで鈴香の実母である由梨江が死んだ原因を使ったのだと父親に責められていた。彼女の血の引いた娘でも愛する妻の命を奪ったガキでしかないと思っているのだ。
そのせいで鈴香は家族から疎まれ愛されることはなかった。
初恋の相手でもあった幼馴染からも否定され、この髪を持って生まれてきたことに絶望していた。
その髪に男は構うことなく触れ続ける。
「どこが化物の髪なの?僕にはそう見えないけど」
「でも…!!」
「それにさ、これは白髪なんかじゃないよ。ただの髪でもない。ほら、見てごらんよ。月に反応して輝きを取り戻してる」
「え…」
男に言われた通り自分の髪を見てみると、白髪では現れない満月の光に反応した銀色の髪が輝いてる。
まるで月と目の前の男に反応している様だった。
鈴香の全てをわかっている様なそぶりの男に彼女の中で疑問が更に増えるばかりだ。
鈴香は不安げに男に問う。
「どうして私を助けたの?私に何をしたの?」
「君が僕の大事な番だからだよ。さっきの口付けは鈴香がここで生きられる様におまじないをかけたんだよ。それに」
男は鈴香の髪にそっと恍惚な表情で口付けをした。
「この銀髪とその青い宝玉が運命の番いであるなりよりの証。水神の巫女であることもね」
「水神の…巫女…?」
「あの口付けはおまじないをかける為だけのものじゃない。髪を心の底から愛しているから」
嘘偽りのない言葉と迫力に鈴香は言葉を失う。初めて会うというのにどうしてと鈴香は考える。
鈴香は肝心のことを聞いていなかったことに気付く。混乱している頭の中でやっと口に出せる問いだ。
「貴方の名前は…?貴方が私の名前だけ知ってるのに、私だけ名前を教えてくれないのは不公平だわ」
「アハハ!!そうだったね。ごめんね。鈴香にようやく会えたのが嬉しくて。こうやって触れられたこともね」
男は鈴香を横抱きにすると、突然渦が2人を巻き込んだと思うと勢いよく地上へと上がってゆく。
水中から地上へと上がり、そのまま空中を浮いていることに鈴香はとても驚いていた。
「空を飛んでる…?!本当に貴方何者なの?!!」
慌てふためく鈴香に微笑みながら男は自分の正体を明かした。
「……水を司り、この新月湖で鈴香が棲む町を守り、恵みと災いを与える水の神。白須賀静」
「水神様?貴方があの水神様なの?」
「ずっと君を待ってた。鈴香が見た目のせいで家族に虐げられたことは宝玉を通して見ていたから知ってた。すぐに迎えにいけなくてごめんね」
「……」
「でも、これからは僕が君を守る。そして、君の中で眠る水神の巫女の力を一緒に開花させていきたい……鈴香はどうしたい?」
「私…私は…」
また実家に戻っても家族の道具として虐げられるだけだ。愛莉と達央の笑い声と我儘に耐えながらの生活が待っている。
一度はこの命を捨てようとした自分を助けてくれた水神様が差し伸べてくれた手を払いのけることなんてできないと思った鈴香は首を縦に振った。
「今の私には誰かの傷や病を癒す能力しかない。静様の足手纏いになるかもしれない。でも、貴方の言葉を信じたい。貴方に相応しい番になれるかまだ分からないけれど…側にいさせて欲しい」
鈴香は家族からの仕打ちを思い出し少し震えていた。静は震える鈴香の肩に添えていた手に力を込めた。大丈夫だと伝える様に。
「もうあの家に戻りたくない」
「それじゃあ決まりだね」
鈴香に迷いはなかった。
まだ分からないことがあまりにも多い。けれど、この水の神様といればどんな困難も乗り越えられる気がすると鈴香は思った。
(お母様、ごめんなさい。私、もう少しこっちで頑張ってみるわ。どうなるか分からないけれど)
鈴香は心の中で天国にいる母親に謝った。きっと許してくれると思って。
2人は再び湖に潜り、静が棲む屋敷へと急ぐのであった。
「それと、様付けはこれからは禁止。静って呼んでね」
「え?でも貴方一応神様だし…」
「だって僕の花嫁になるんだから。ね?約束!!!!」
「……わかったわよ。静」
静はにこにこと嬉しそうに鈴香を抱きしめながら屋敷に向かうのだった。
唯一あった光を失った彼女にはもう生きたいという気持ちが薄れてしまっていた。
(このまま消えてしまおう。お母様の元に行きたい。ここには何もない。何も…)
少女の手には美しい青い宝玉が握られていて、その上に彼女の目から溢れた涙が出て落ちて一筋の線を作る。満月の光が宝玉を美しく照らし、悲しむ彼女をまるで慰めているようにも見えた。
だが、今の少女には神秘のような慰めも通用しない。
美しく靡く白髪を持って生まれてきたことで家族から蔑まれて生きてきた少女に居場所などもうなかった。
このまま冷たい水の中に飛び込み命を散らしてしまおうと涙を流した。
(ごめんなさい。ごめんなさいお母様。今からそっちに行きます)
少女はぎゅっと強く目を閉じると意を決し崖から身を投げ、ドボンと湖の中へと飛び込んだ。
冷たい水と息苦しさが少女を死へを導いてゆくが彼女はそれを身を任せるように湖の奥底へと宝玉と共に沈んでゆく。
少女の中から今まで受けてきた虐待と裏切りに染まった思い出が走馬灯のように蘇る。
「お前が生まれたせいで由梨江が死んだんだ!!!」
「気持ち悪い白髪だね。化物そのもの!!年老いた婆さんみたいだよ。きっと、アンタの母親は妖だったんだろうねぇ」
「お姉様は一生私の道具として生きるのよ。お姉様に幸せなんて似合わないんだから」
「お前が馬鹿みたいに俺に惚れ込んで頼り切ってる姿、本当に面白かったしウザかった。愛莉のお荷物のお前を好きになるわけねーだろ?本当に無用だな」
父親と継母、そして義妹と唯一の味方だったと思っていた幼馴染に言われてきた言葉が脳裏を過ぎる。
幼馴染は少女にとって初めて好きになった人だったが裏切られた義妹の元で今も笑って過ごしているだろう。そう思うと少女は更に惨めな思いをした。
けれど、その苦しみも死によって解放される。沈みゆく少女は早くこの命を手放してしまいたいと願っていた。
少女はゆっくりと目を開ける。水の中だから視界はぼやけてしまっているが、水面から見える満月の光だけは明るく見えた。
最期に見れたものが悍ましいものではなく、とても美しい月の光だったことにどこか安心していた。
(早く会いたい。お母様。もう苦しまなくていい場所でお母様と一緒に)
少女は意識を手放し、来世の自分へと思いを馳せたその時だった。
突然、握っていた青い宝玉が眩い光を放ち、湖の底へと沈みゆく少女を包み込んだ。
だが、気を失ってしまった少女は光に気がつくことなくそこへ落ちてゆく。
光は人の様な姿に変わり、ゆっくりと本来の姿を取り戻し始める。
長い黒髪と傷一つない透き通る様に美しい肌、そして、青い宝玉と同じ瞳。着ている衣服も黒と青と白を基調としていて、その姿はまるで湖に棲む水神の様だった。
男は優しく少女の両頬に手を添えると、愛おしそうに目をつむりゆっくりと唇を重ね合わせた。
意識を手放していた筈の少女は唇の感触に気が付いたようにそっと目を開けた途端、驚きの表情を男に見せた。
(え?え?!!なんで私…!!!)
少女の意識を取り戻したのを見た男は少女の唇から離れると嬉しそうに微笑んだ。
「あ、あ、貴方は誰?!!な、な、なんで私の唇に…その…ってあれ…?」
少女は陸の時と同じように話せていることに驚き言葉が続かなかった。しかも、さっきまで感じていた息苦しさも水の中にいることによる重さもまるで感じない。視界もくっきり見えている。
地上と同じ感覚に戸惑いを隠せなかった。
「私…どうして…」
「もう大丈夫だよ鈴香。もう君が苦しむ必要なんかない」
「え、なんで、私の名前を…」
「君が生まれた時からずっと持ってた宝玉のお陰でね。君を見守っていたから」
男は戸惑う少女、鈴香に可愛らしさを感じ微笑む。美しい男の笑顔に鈴香は顔を赤らめた。
(素敵な人。それに瞳がこの宝玉に似てる)
男に見惚れてしまっている鈴香の白い髪に彼は触れる。
その途端、天樹鈴香は慌てたように触らないでと叫んだ。
「私のこの白い髪は化物の髪なの。触ったきっと死んでしまうわ」
父親と継母達にこの髪は人を殺す忌まわしい髪だと言われ続けていた。
この髪を持ったせいで鈴香の実母である由梨江が死んだ原因を使ったのだと父親に責められていた。彼女の血の引いた娘でも愛する妻の命を奪ったガキでしかないと思っているのだ。
そのせいで鈴香は家族から疎まれ愛されることはなかった。
初恋の相手でもあった幼馴染からも否定され、この髪を持って生まれてきたことに絶望していた。
その髪に男は構うことなく触れ続ける。
「どこが化物の髪なの?僕にはそう見えないけど」
「でも…!!」
「それにさ、これは白髪なんかじゃないよ。ただの髪でもない。ほら、見てごらんよ。月に反応して輝きを取り戻してる」
「え…」
男に言われた通り自分の髪を見てみると、白髪では現れない満月の光に反応した銀色の髪が輝いてる。
まるで月と目の前の男に反応している様だった。
鈴香の全てをわかっている様なそぶりの男に彼女の中で疑問が更に増えるばかりだ。
鈴香は不安げに男に問う。
「どうして私を助けたの?私に何をしたの?」
「君が僕の大事な番だからだよ。さっきの口付けは鈴香がここで生きられる様におまじないをかけたんだよ。それに」
男は鈴香の髪にそっと恍惚な表情で口付けをした。
「この銀髪とその青い宝玉が運命の番いであるなりよりの証。水神の巫女であることもね」
「水神の…巫女…?」
「あの口付けはおまじないをかける為だけのものじゃない。髪を心の底から愛しているから」
嘘偽りのない言葉と迫力に鈴香は言葉を失う。初めて会うというのにどうしてと鈴香は考える。
鈴香は肝心のことを聞いていなかったことに気付く。混乱している頭の中でやっと口に出せる問いだ。
「貴方の名前は…?貴方が私の名前だけ知ってるのに、私だけ名前を教えてくれないのは不公平だわ」
「アハハ!!そうだったね。ごめんね。鈴香にようやく会えたのが嬉しくて。こうやって触れられたこともね」
男は鈴香を横抱きにすると、突然渦が2人を巻き込んだと思うと勢いよく地上へと上がってゆく。
水中から地上へと上がり、そのまま空中を浮いていることに鈴香はとても驚いていた。
「空を飛んでる…?!本当に貴方何者なの?!!」
慌てふためく鈴香に微笑みながら男は自分の正体を明かした。
「……水を司り、この新月湖で鈴香が棲む町を守り、恵みと災いを与える水の神。白須賀静」
「水神様?貴方があの水神様なの?」
「ずっと君を待ってた。鈴香が見た目のせいで家族に虐げられたことは宝玉を通して見ていたから知ってた。すぐに迎えにいけなくてごめんね」
「……」
「でも、これからは僕が君を守る。そして、君の中で眠る水神の巫女の力を一緒に開花させていきたい……鈴香はどうしたい?」
「私…私は…」
また実家に戻っても家族の道具として虐げられるだけだ。愛莉と達央の笑い声と我儘に耐えながらの生活が待っている。
一度はこの命を捨てようとした自分を助けてくれた水神様が差し伸べてくれた手を払いのけることなんてできないと思った鈴香は首を縦に振った。
「今の私には誰かの傷や病を癒す能力しかない。静様の足手纏いになるかもしれない。でも、貴方の言葉を信じたい。貴方に相応しい番になれるかまだ分からないけれど…側にいさせて欲しい」
鈴香は家族からの仕打ちを思い出し少し震えていた。静は震える鈴香の肩に添えていた手に力を込めた。大丈夫だと伝える様に。
「もうあの家に戻りたくない」
「それじゃあ決まりだね」
鈴香に迷いはなかった。
まだ分からないことがあまりにも多い。けれど、この水の神様といればどんな困難も乗り越えられる気がすると鈴香は思った。
(お母様、ごめんなさい。私、もう少しこっちで頑張ってみるわ。どうなるか分からないけれど)
鈴香は心の中で天国にいる母親に謝った。きっと許してくれると思って。
2人は再び湖に潜り、静が棲む屋敷へと急ぐのであった。
「それと、様付けはこれからは禁止。静って呼んでね」
「え?でも貴方一応神様だし…」
「だって僕の花嫁になるんだから。ね?約束!!!!」
「……わかったわよ。静」
静はにこにこと嬉しそうに鈴香を抱きしめながら屋敷に向かうのだった。



