その声で囁くな!

なんだかんだでけっこう楽しかったな......
俺はベッドの上で枕を抱きしめながら、今日のことを思い返していた。

一日で色んな倉峰の顔を見て、俺の中にあった倉峰に対する怖いという感情は、すっかりなくなっていた。
自分に向けられる数々の甘い言葉と、優しく微笑む倉峰の笑顔を思い出すと、自然と俺の心の中がじんわりと温かくなる。

......倉峰って何で俺のこと好きなんだろ? ふと疑問が浮かぶ。

一年の時はおろか、二年になった今もクラスは別で特に接点はない。
なのに倉峰の俺に対する気持ちは、自惚れではないと思うほど、とても強いものに感じる。

見た目も性格も平凡そのものの自分。
成績も運動神経も人並みで、これといった特徴も目立った要素もない。

「一目惚れ......は一番ないな」

倉峰のようにあれだけかっこよかったら、一目惚れされることもあるだろうけど。
俺にそんな要素があるとは思えない。

俺が倉峰に一目惚れするならまだしも、倉峰が俺に一目惚れするなんて、ありえそうもなかった。

「う~ん、考えれば考えるほど分かんねー」

うんうんと唸りながら俺が考えていると、突然スマホの着信音が鳴った。
むくりと起き上がり、ベッドの上に無造作に転がしていたスマホを手に取る。画面に表示された名前を見て俺はふふと微笑んだ。

「倉峰?」
画面に表示されていた名前を呼ぶ。

『ああ、聞こえているか?』
「聞こえてるよ。すごいじゃん、電話のかけ方もう覚えたんだ」
『早く使いこなせるようになりたくて、帰ってから勉強した』

電話越しに聞く倉峰の声は相変わらず素敵で、俺はうっとりとした気持ちになる。

「それで何か用だったか? 使い方分かんないとか......?」
『一条の声が聴きたくて』

うわっ......。急に声に艶がこもって、心臓が跳ねた。
蜂蜜みたいな優しい声に、耳が照れるように熱を持つ。

『一条、今日は楽しかった。ありがとう』

電話の向こうで倉峰がふっと笑う息が聞こえて、俺はギュッとスマホを握りしめた。

『家に着いてからも今日のことを思い出して......一条のことをずっと考えてる』
「っ......お前わざとやってるだろ! その声反則だからな!」

電話なので、必然的に耳元で囁かれているようになる。
いい声と甘い言葉に、つい憎まれ口を叩いてしまう。

『ふふ、そうか。それはすまなかった』
「......いや、......別にいいけど」

だけど倉峰の口調は穏やかで、俺が照れているのはバレバレだということが分かる。
笑みが含まれた声に、もにょもにょと返事をする。

恥ずかしいけれど、嫌ではない。倉峰と話すのは、なんだか安心できて不思議と居心地がいい。

『一条は、今何してたんだ?』

倉峰がまるで、付き合いたてのカップルのようなことを聞いてくる。
いや俺たちもカップルか......すぐにそう思い直し、俺は側にあった枕を抱きしめ、一人で悶える。

「特に何も.....もう寝るだけだし、パジャマでゴロゴロしてるだけだよ」

実は俺も倉峰のこと考えてました、なんてことは恥ずかしくて口に出せない。

『............ぱじゃま......?』
「倉峰?」

いつもはっきりと喋る倉峰が、間を空けた後ぽつりと呟く。

『一条は......今パジャマ姿なのか?』
「う、うん、って言ってもただのスウェットだけど」

電話口で倉峰が食いついた様子が伝わって、少したじろぐ。

『............』
「倉峰?」

電話の向こうが静かになる。急にどうしたと俺は首を傾げた。

『......一条、一生の頼みがある』

倉峰の声が低くなる。なぜか狙いを定められた気がして緊張感が走った。

『どうにかして、一条のパジャマ姿を見ることはできないだろうか?』
「はぁ?」

至って真面目に、変なことを言ってくる倉峰。
俺の着古したスウェット姿なんて見て何が楽しんだ? 一生の頼みなどと言うから、とんでもないことを言われるのかと身構えていた分、拍子抜けする。

「......じゃあテレビ電話に切り替えるから」

俺は通話をいったん切り、倉峰にかけ直した。

「もしもし」
『一条?』

繋がったと思ったら画面いっぱいに倉峰の耳が映って、俺はプッと吹き出した。

「倉峰、スマホの画面見てみ?」
『画面? 分かった............っ!』

多分画面に映る俺を見て驚いたんだろう、倉峰が大きく瞳を見開いた。
スマホを持つのが初めてなら、きっとテレビ電話も初めてだ。反応が新鮮で、なんだか可愛いと思ってしまう。

『何故、一条がこの箱の中に......』
「お前、江戸時代からタイムスリップしてきた人間みたいなこと言うなよ」

堪えきれず吹き出してしまう。画面には真剣な顔の倉峰、それがまた笑いを誘う。
剣道部だし侍だな。俺は笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭った。

『スマホというものは、こんなことまでできるのか』
「そうだぜ! すごいだろ!」

自分が発明したわけではないのに、得意げな俺を見つめ、倉峰は目尻を下げた。

『かわいいな......』
「え?」
『おかげでパジャマ姿の一条を見ることができて嬉しい。とても可愛くて......高揚している。ありがとう、一条』

切れ長の綺麗な瞳を細め、倉峰がはにかむように笑む。
急な言葉と、致死量並のイケメンスマイルを向けられ、俺は固まってしまう。

くそ~ドキドキすんな! 俺の心臓‼
その間も倉峰は笑顔で俺を見つめていて、ますます照れてしまう。

ていうか俺のどこが可愛いんだよ。そう思うけど、倉峰は嘘を吐くタイプではない。

俺を好きだっていうの......本気なんだ。

恋をしていたら、相手のことが特別になる。
こんな地味で、てろてろに伸び切ったスウェットの俺なのに、目の前の倉峰は愛しそうに瞳を細めている。

どきどきがとくんとくんと温かな鼓動に変わる。
倉峰は黒の部屋着を着ていて、それはそれはかっこよかった。
思わず見惚れてしまう。

かっこいいって言ったらどんな反応するかな。そんなことを考える。
好奇心に勝てなくて、俺は倉峰を見つめ口を開こうとした。

「ん?」

そんな俺の視線に、なんだか見逃せないものが映る。
倉峰の肩越しに見えるそれに、俺はジッと目を凝らした。

後ろに映る倉峰の部屋。
その机の上に、俺の写真が飾られていた。

「なっ......おまっ! お前! 俺の写真なんていつの間に撮ったんだよ」
『これか?』

驚きに俺は画面に詰め寄った。
そんな俺をよそに、倉峰は写真立てに入った笑顔の俺に手を伸ばした。

『うまく撮れているだろう』

その上、得意げに写真を見せてくる。

「どうやって撮ったんだよ!」
『祖父の一眼レフを借りた。どうしても一条の写真が欲しくて、練習したんだ』

どうやって撮ったかを聞いてるんじゃない!
俺は全力で突っ込んだ。

『去年の体育祭の写真だ。家でも一条の顔が見たかったから、観覧している父母に混ざって撮影した。この写真のおかげで勉強も頑張れたし、厳しい練習にも堪えることができた。俺の宝物だ』
「............」
『そうだ、もっと増やしたいから、今度写真を撮らせてくれ』

いや、そういうことでもないし。
さっき倉峰のことをかっこいいと思った気持ちを返して欲しい。

断りもなく写真を撮るなんて、イケメンだからって何でも許されるわけじゃないぞ!
しかも一眼レフで、その上現像して額縁に飾るなんて......。
え? 俺の写真にそこまでする。

倉峰はとても大切なもののように、写真を手に持っていて。
なんだか胸の奥が、きゅうっと甘く痺れた。

「もぉ......別にいいけど......」

気づいたら俺の口から出たのは、そんな拗ねるような声だった。
瞬間、倉峰の顔に輝くような笑顔が広がる。

『ああ......すごい。一条と電話ができて、こんな話ができるなんて夢みたいだ。俺は今、本当に一条と恋人なんだな』

(仮)だけどな......。幸せそうな倉峰に俺は無言で返事をする。

『画面に一条の名前が表示されているだけで感動する』

通話画面を確認しているのか、倉峰がこちらをまっすぐ見つめる。真正面から覗き込まれ、ドキッと鼓動が跳ねた。

まあでも......ここまで喜ばれると悪い気はしない。俺は思わずはにかんだ。

しかし次に聞こえてきた言葉に、やっぱり我に返る。

『桃哉......可愛い名前だ。一条は存在自体が可愛くて、俺に愛されるために生まれてきたようなものだ。生んでくれた一条のご両親に感謝しないとな』

そんなわけないだろ! 生んで名前を付けてくれた父さんと母さんに謝れ‼

声が遠いまま独り言のように倉峰が呟く。独り言なのが余計に怖い。
俺はフルッと体を震えさせた。
 
だけど。
一年の体育祭ってことは......倉峰はそんな頃から俺のことが?

真面目かと思えばちょっとズレていて、無口かと思えば愛の言葉を延々と囁いてくる。

気づいたらそんな倉峰のペースに振り回されている今の状態が、満更でもないと俺は思い始めていた。