俺は何故、オッケーしてしまったんだ......。
翌日の昼休み。俺は机に突っ伏して自問自答していた。
考えているのはもちろん倉峰のこと。いったん考えさせて、と答えを保留することもできたはずだ。
なにが、とりあえずお試しで......だよ! 気づいたらそう返事をしてしまい、俺たちは付き合うことになった。仮だけど。
あの声......卑怯だ!
思い出すだけで胸がキュンとなる甘い声。
普段の声でも心地いいのに、熱っぽく愛を囁かれて、俺がうっとりしないわけがない。
そして至近距離で見た倉峰は、とてもかっこよかった。
あんな完璧な人が、俺のこと好きだなんて......
「............」
昨日のことを思い出し、熱くなってきた頬を組んだ腕に押し付けて堪えた。
「どうした? 昨日に引き続き落ち込んで、今日はコロッケパン買えたのに」
頭上から吉野の能天気な声が降ってくる。
違うわ! 落ち込んでるんじゃなくて、恥ずかしいんだよ!
心の中で叫んでいると、教室の入口の方が騒がしくなった。
「あれ?倉峰じゃん」
吉野の言葉に、俺は伏していた顔を勢いよく上げた。
教室の入口に、今俺の頭を悩ませている張本人、倉峰が立っていた。
突然の倉峰の登場に、教室にいた女性陣がきゃあきゃあと一気に色めき立つ。
そんな女子からの熱い視線には目もくれず、倉峰は何かを探すように教室内を見渡す。
そして俺を見つけると、嬉しそうに口元を緩めた。真正面で向けられた微笑みにドキッとしてしまう。
「一条」
呼ばれた声に、体が跳ねる。
「一緒に......お昼でもどうだ」
「......」
堂々たる風貌に反して、照れながらはにかむ倉峰に、またしても俺の胸がキュンと高鳴る。
だが、倉峰の言葉に教室中の視線が俺に集まってハッとした。
注目され慣れていない俺は、完全に固まってしまう。
ど、どうしたらいいんだ? そう思っていると。
「お~よかったじゃん! お前らいつの間に仲良くなったんだよ。これを機に親睦を深めて苦手意識払拭してこい」
吉野がグッと俺に向かって親指を立てた。
「いってきます......」
明るい声に背中を押されるまま、俺は倉峰と一緒に教室を後にした。
二人並んで中庭のベンチに座る。
吹く風が冷たくて、体が少し震えた。
「すまん、寒かったな」
「いや別に、太陽の光がよく当たるからそんなに寒くないよ」
謝ってくる倉峰に俺はそう返す。すると倉峰が俺を見て、優しく目を細めた。
笑った顔が眩しくて、俺はパッと目を逸らす。
「これ着てろ」
倉峰が自分のブレザーを脱いで、俺の肩にかけた。
「いいって、これじゃあ倉峰が寒いだろ」
「俺は大丈夫だ。日頃から鍛錬している。それに、一条と二人っきりになりたくてこの場所を選んだのは俺だから」
流れるように倉峰が甘い言葉を口にする。
「......。それなら遠慮なく」
照れているのがバレないように、俺は倉峰から視線を外したまま、渡されたブレザーに腕を通した。
ちらっと横に視線を走らせ、倉峰を盗み見る。
制服のセーター越しにも筋肉質なのが分かる。精悍な佇まいがいちいちかっこいい。
日本男児代表みたいな風貌から繰り出される、甘い言葉とのギャップがすごくて、正直隣にいるだけでドキドキしてしまう。
「今週はダンス部の全国大会が近くて、剣道場を貸し出すことになった。だから部活がない。その間、一緒に帰らないか?」
「......おう」
倉峰の声はずっと優しい。俺は相変わらずドギマギしてしまう。
「一条」
緊張していると、倉峰に名前を呼ばれた。
「付き合うに当たって、まずお互いのことをよく知ることが大事だと思う」
「う、うん」
真面目な倉峰の表情に、俺もつられて神妙な顔で頷く。
「俺は倉峰大和。身長一八六センチ、AB型、十一月二日生まれ。趣味は心身を鍛えること。好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物は......特にない。好きな人は一条桃哉だ」
「っ!」
最後の言葉に、頬が熱くなる。
一言多いんだよ! ていうか倉峰はハンバーグが好きなんだ。この硬派な見た目で。
なんか可愛いかもしれない。案外素の倉峰は自分と変わらない、恋に憧れ、食欲旺盛な普通の男子高校生なのかもしれない。急に親近感がわいてくる。
「じゃあ俺も......」
倉峰に倣い、自己紹介をしようと口を開く。
「大丈夫、一条のことは大体知ってる」
話しかけた俺の言葉を、倉峰が遮った。
「一条桃哉。身長一六九センチ、十月十二日生まれ、天秤座のA型。家族構成は両親と妹が一人いる。今はスマホの〇〇ゲームにはまっていて、好きな食べ物は購買のコロッケパンだ」
つらつらと倉峰は俺のプロフィールを話し出す。生年月日はおろか、最近はまってやっているゲームの名前まで当たられ、俺は慄いた。
いや怖いわ! なんで知ってんだよ! 先程親近感を感じたが、全力で訂正させてもらう。
「どこで調べたんだよ!」
「好きな相手のことはなんでも知りたいからな。頑張って情報を集めた」
「~~~」
つっこむと、倉峰はふふと得意げに微笑む。
そういうことじゃない! そう叫びたいが、好き好きと連呼され、俺はもうキャパオーバーだ。
だめだこのままじゃ恥ずかしくて死んじゃう…! 話題を変えよう。
俺は何かないかと思案する。意味もなくわたわたしていると、指先にスマホが触れた。
「あっそうだ‼ お互いを知るっていうならまずは連絡先交換だろ」
俺はポケットからスマホを取り出した。
「連絡先?」
「そう連絡先」
ほら早く、と俺は倉峰に向かってメールアプリの登録画面を差し出す。その画面を倉峰は真剣な瞳でジッと見つめた。
「スマホを持っていない」
「はぁ⁉」
俺は驚愕の声を上げた。信じられなくて一瞬固まる。
「スマホ持ってない? えっ......もしかしてガラケーとかいうやつ?」
「いや、そういった類の物を持っていないんだ」
「......うそ?」
今時そんな奴いるのか? 俺はまじまじと倉峰を見つめる。
なんとなく、見た目からして古風な雰囲気を感じてはいたが、まさかこれほどとは。
信じられなくて、口を半開きにして驚いてしまう。
「ふっ......一条は驚いた顔もとても可愛いな」
「っ......」
倉峰がふっと笑う。俺は慌てて手で口を押さえた。それにも倉峰は笑みを深める。
ずっと睨まれてると思っていたから、笑顔の威力が半端ない。
シュゥゥゥーッと音が立つように俺は真っ赤になってしまった。
「そうか......連絡先か」
そんな俺を他所に、倉峰は何かを考えこむ。
「分かった」
それだけ言うと倉峰は俺に向かって頷いた。
何が? と疑問が浮かぶが、持っていないものは仕方がない、俺はスマホをしまう。
「とりあえず、昼ご飯を食べよう」
何故か慰めるように俺の背中を撫で、倉峰は持参のお弁当を開ける。
「おう......?」
不思議に思いながら、俺は倉峰の隣でコロッケパンにかぶりついた。
* * *
次の日の放課後、俺たちは繁華街の中にいた。
「急にスマホが欲しいって言って親御さん驚いてなかったか?」
「いや。よく分からないが『お前もようやく人並みの高校生になったんだな』と感動された」
不思議そうに首を傾げる倉峰に、思わず笑いが零れる。
「感動って、お前普段どんな生活送ってんだよ......」
「朝夜にランニングに行って素振りしたり、知識を深めるために読書をしたり......いたって普通だ」
それは普通じゃないんだよ! 俺は心の中で突っ込む。
普通の男子高校生は動画を見てゲームして、夜遅くまでだらだらしてるものだ。いや、それ俺か。
「あ、ここだ」
もはやいちいち突っ込んでいたらキリがない。
お目当ての携帯ショップを見つけると、倉峰と一緒に中に入った。白い照明が眩しい店内に、色んな電子機器が整然と並んでいる。
「いらっしゃいませ」と店員さんが声をかけてきて、予約の確認をするとスムーズにカウンターに案内された。
そこに二人並んで座る。
「予約から何まですまない」
「いいって、お前スマホ持ってないし。だいたいこういうのよく分からないだろ」
笑いながらそう返すと、倉峰は感動するように俺を見た。
「ありがとう一条。お前のそういうところが大好―」
「わーわーわーわー!」
店には他にお客さんもいる。照れた俺は慌てて言葉を遮った。
「ちょっ、店内では静かに!」
「? そうか......図書室と一緒なんだな」
「え......そ、そうそうそんな感じ!」
ほっといたらまた変なことを言いかねない。俺は適当な嘘で倉峰の口を塞ぐ。
携帯ショップが初めての倉峰は何の疑いもなく頷いた。
ここ携帯ショップだぞ。人が見てるかもしれない。
俺は周りの様子をキョロキョロと伺う。
息をするように愛を囁きやがって......これだからイケメンは‼
もうすぐ店員さんがくるというのに、頬が熱い。
気持ちを落ち着かせるため、俺は深く深呼吸をした。
ほどなく店員がやってきて、倉峰のスマホの契約は順調に進んでいった。
「........................さっぱり分からん」
手の中にあるスマホの画面を見つめ、倉峰は唸り声を上げた。
「仕方ないって、さっき手に入れたばっかなんだから。初めてはみんなそうだって」
契約が終わった後、俺たちはファーストフード店に移動した。
カウンター席に並んで座り、俺はポテトを齧りながら倉峰の姿を眺める。
さっきからずっとスマホとにらめっこをしている倉峰。なんでもできそうな倉峰の意外な一面に、なんだか微笑ましい気持ちになった。
「ほらこうやって......」
倉峰の画面を覗き込み、操作方法を細かく教えていく。必要そうなアプリを、どんなものなのか説明しながら、倉峰のスマホにダウンロードしていった。
「で、これが俺のアカウントで......そうそこで追加して......」
「これでいいのか?」
「おっし! 追加できたな」
自分のアイコンが追加されたのを確認し、俺は倉峰にスタンプを送る。
「おおっ......!」
届いたスタンプを見て、倉峰が驚いたような声を上げた。
「ふっ…」
俺は思わず吹き出す。倉峰の反応が可愛くて、連続でスタンプを送る。
名前の「桃哉」にちなんで桃が喋る愉快なキャラクタースタンプだ。お気に入りのそれを送るたびに、倉峰が反応するのが面白い。
「お前も何か送ってみろよ。ここに触れたらキーボードが出てくるから、こうやって文字を打って......ここで送信」
自分の画面を見せて、倉峰に説明する。
「なるほど......」
そう言うと倉峰は真剣な顔でスマホをタップし始めた。程なくシュッと音が鳴ってメッセージが届く。
「どれどれ......」
倉峰の初めてのメッセージ。それが俺宛だなんて。
ちょっとくすぐったい気持ちを抱え、俺は画面を開く。そこには。
『ありがおう かわいい すきだ』
誤字が含まれた、まるで電報のようなメッセージが送られていた。
「っ......!」
それを見て、俺はカァァァーと真っ赤になった。
「バカ‼‼」
恥ずかしさが頂点に来た俺は、倉峰に向かって叫ぶ。
照れているのがすぐに分かる俺の反応に、倉峰は満足そうに笑顔になった。それはとても優しくて、気づいたら俺の顔にも自然と笑顔が浮かんでいた。
二人ふふっと笑い合う。
「一条とこんな風に、付き合えるなんて夢みたいだ。とても嬉しい」
ストレートな倉峰の言葉に、俺はますます照れるしかない。
「あくまでお試しだからな......」
口を尖らせ倉峰を睨むが、倉峰は可愛いなというように目尻を下げた。
「うん。でも絶対一条を落としてみせる」
声のトーンが甘くなる。ジッと見つめられて鼓動が跳ねた。
「すごい自信だな......」
声も顔も良すぎて、俺は押され気味だ。どきどきとした心を抱えながら、負けじと言い返す。
すると。
「ああ......違った」
俺の反応を見て、何か思いついたように倉峰が自分の言葉を否定する。
え......違う? なんだろう、ちょっと強気に出過ぎたか。もしかしてお試しとか言われて、俺のことが嫌になったんだろうか。心の中で、俺が不安になった瞬間。
倉峰が体を近づけた。俺の腰を片手で抱くと、倉峰はグッと自分の方に引き寄せる。
そして俺の耳元に倉峰は口を寄せた。
「絶対......いちじょうを、落としてみせる......」
「ふぁっ......!」
さっきとは比べ物にならないぐらい、甘く気合の入った声で囁かれる。脳がびりびりと痺れて、俺はうっとりと瞳をとろけさせた。しばし余韻に浸ってハッとする。
俺は慌てて、囁かれた方の耳を抑えた。
「お前! 何が違うんだよ! 一言一句違わないだろーが!」
俺は一日で何度頬を染めたか分からない中で、今日一番に真っ赤になった。
「こっちの方が一条には効果がある」
「~~!」
赤くなった俺を見て、目尻を下げる倉峰。
愛のこもった瞳に、俺はそれ以上何も言い返せなかった。
翌日の昼休み。俺は机に突っ伏して自問自答していた。
考えているのはもちろん倉峰のこと。いったん考えさせて、と答えを保留することもできたはずだ。
なにが、とりあえずお試しで......だよ! 気づいたらそう返事をしてしまい、俺たちは付き合うことになった。仮だけど。
あの声......卑怯だ!
思い出すだけで胸がキュンとなる甘い声。
普段の声でも心地いいのに、熱っぽく愛を囁かれて、俺がうっとりしないわけがない。
そして至近距離で見た倉峰は、とてもかっこよかった。
あんな完璧な人が、俺のこと好きだなんて......
「............」
昨日のことを思い出し、熱くなってきた頬を組んだ腕に押し付けて堪えた。
「どうした? 昨日に引き続き落ち込んで、今日はコロッケパン買えたのに」
頭上から吉野の能天気な声が降ってくる。
違うわ! 落ち込んでるんじゃなくて、恥ずかしいんだよ!
心の中で叫んでいると、教室の入口の方が騒がしくなった。
「あれ?倉峰じゃん」
吉野の言葉に、俺は伏していた顔を勢いよく上げた。
教室の入口に、今俺の頭を悩ませている張本人、倉峰が立っていた。
突然の倉峰の登場に、教室にいた女性陣がきゃあきゃあと一気に色めき立つ。
そんな女子からの熱い視線には目もくれず、倉峰は何かを探すように教室内を見渡す。
そして俺を見つけると、嬉しそうに口元を緩めた。真正面で向けられた微笑みにドキッとしてしまう。
「一条」
呼ばれた声に、体が跳ねる。
「一緒に......お昼でもどうだ」
「......」
堂々たる風貌に反して、照れながらはにかむ倉峰に、またしても俺の胸がキュンと高鳴る。
だが、倉峰の言葉に教室中の視線が俺に集まってハッとした。
注目され慣れていない俺は、完全に固まってしまう。
ど、どうしたらいいんだ? そう思っていると。
「お~よかったじゃん! お前らいつの間に仲良くなったんだよ。これを機に親睦を深めて苦手意識払拭してこい」
吉野がグッと俺に向かって親指を立てた。
「いってきます......」
明るい声に背中を押されるまま、俺は倉峰と一緒に教室を後にした。
二人並んで中庭のベンチに座る。
吹く風が冷たくて、体が少し震えた。
「すまん、寒かったな」
「いや別に、太陽の光がよく当たるからそんなに寒くないよ」
謝ってくる倉峰に俺はそう返す。すると倉峰が俺を見て、優しく目を細めた。
笑った顔が眩しくて、俺はパッと目を逸らす。
「これ着てろ」
倉峰が自分のブレザーを脱いで、俺の肩にかけた。
「いいって、これじゃあ倉峰が寒いだろ」
「俺は大丈夫だ。日頃から鍛錬している。それに、一条と二人っきりになりたくてこの場所を選んだのは俺だから」
流れるように倉峰が甘い言葉を口にする。
「......。それなら遠慮なく」
照れているのがバレないように、俺は倉峰から視線を外したまま、渡されたブレザーに腕を通した。
ちらっと横に視線を走らせ、倉峰を盗み見る。
制服のセーター越しにも筋肉質なのが分かる。精悍な佇まいがいちいちかっこいい。
日本男児代表みたいな風貌から繰り出される、甘い言葉とのギャップがすごくて、正直隣にいるだけでドキドキしてしまう。
「今週はダンス部の全国大会が近くて、剣道場を貸し出すことになった。だから部活がない。その間、一緒に帰らないか?」
「......おう」
倉峰の声はずっと優しい。俺は相変わらずドギマギしてしまう。
「一条」
緊張していると、倉峰に名前を呼ばれた。
「付き合うに当たって、まずお互いのことをよく知ることが大事だと思う」
「う、うん」
真面目な倉峰の表情に、俺もつられて神妙な顔で頷く。
「俺は倉峰大和。身長一八六センチ、AB型、十一月二日生まれ。趣味は心身を鍛えること。好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物は......特にない。好きな人は一条桃哉だ」
「っ!」
最後の言葉に、頬が熱くなる。
一言多いんだよ! ていうか倉峰はハンバーグが好きなんだ。この硬派な見た目で。
なんか可愛いかもしれない。案外素の倉峰は自分と変わらない、恋に憧れ、食欲旺盛な普通の男子高校生なのかもしれない。急に親近感がわいてくる。
「じゃあ俺も......」
倉峰に倣い、自己紹介をしようと口を開く。
「大丈夫、一条のことは大体知ってる」
話しかけた俺の言葉を、倉峰が遮った。
「一条桃哉。身長一六九センチ、十月十二日生まれ、天秤座のA型。家族構成は両親と妹が一人いる。今はスマホの〇〇ゲームにはまっていて、好きな食べ物は購買のコロッケパンだ」
つらつらと倉峰は俺のプロフィールを話し出す。生年月日はおろか、最近はまってやっているゲームの名前まで当たられ、俺は慄いた。
いや怖いわ! なんで知ってんだよ! 先程親近感を感じたが、全力で訂正させてもらう。
「どこで調べたんだよ!」
「好きな相手のことはなんでも知りたいからな。頑張って情報を集めた」
「~~~」
つっこむと、倉峰はふふと得意げに微笑む。
そういうことじゃない! そう叫びたいが、好き好きと連呼され、俺はもうキャパオーバーだ。
だめだこのままじゃ恥ずかしくて死んじゃう…! 話題を変えよう。
俺は何かないかと思案する。意味もなくわたわたしていると、指先にスマホが触れた。
「あっそうだ‼ お互いを知るっていうならまずは連絡先交換だろ」
俺はポケットからスマホを取り出した。
「連絡先?」
「そう連絡先」
ほら早く、と俺は倉峰に向かってメールアプリの登録画面を差し出す。その画面を倉峰は真剣な瞳でジッと見つめた。
「スマホを持っていない」
「はぁ⁉」
俺は驚愕の声を上げた。信じられなくて一瞬固まる。
「スマホ持ってない? えっ......もしかしてガラケーとかいうやつ?」
「いや、そういった類の物を持っていないんだ」
「......うそ?」
今時そんな奴いるのか? 俺はまじまじと倉峰を見つめる。
なんとなく、見た目からして古風な雰囲気を感じてはいたが、まさかこれほどとは。
信じられなくて、口を半開きにして驚いてしまう。
「ふっ......一条は驚いた顔もとても可愛いな」
「っ......」
倉峰がふっと笑う。俺は慌てて手で口を押さえた。それにも倉峰は笑みを深める。
ずっと睨まれてると思っていたから、笑顔の威力が半端ない。
シュゥゥゥーッと音が立つように俺は真っ赤になってしまった。
「そうか......連絡先か」
そんな俺を他所に、倉峰は何かを考えこむ。
「分かった」
それだけ言うと倉峰は俺に向かって頷いた。
何が? と疑問が浮かぶが、持っていないものは仕方がない、俺はスマホをしまう。
「とりあえず、昼ご飯を食べよう」
何故か慰めるように俺の背中を撫で、倉峰は持参のお弁当を開ける。
「おう......?」
不思議に思いながら、俺は倉峰の隣でコロッケパンにかぶりついた。
* * *
次の日の放課後、俺たちは繁華街の中にいた。
「急にスマホが欲しいって言って親御さん驚いてなかったか?」
「いや。よく分からないが『お前もようやく人並みの高校生になったんだな』と感動された」
不思議そうに首を傾げる倉峰に、思わず笑いが零れる。
「感動って、お前普段どんな生活送ってんだよ......」
「朝夜にランニングに行って素振りしたり、知識を深めるために読書をしたり......いたって普通だ」
それは普通じゃないんだよ! 俺は心の中で突っ込む。
普通の男子高校生は動画を見てゲームして、夜遅くまでだらだらしてるものだ。いや、それ俺か。
「あ、ここだ」
もはやいちいち突っ込んでいたらキリがない。
お目当ての携帯ショップを見つけると、倉峰と一緒に中に入った。白い照明が眩しい店内に、色んな電子機器が整然と並んでいる。
「いらっしゃいませ」と店員さんが声をかけてきて、予約の確認をするとスムーズにカウンターに案内された。
そこに二人並んで座る。
「予約から何まですまない」
「いいって、お前スマホ持ってないし。だいたいこういうのよく分からないだろ」
笑いながらそう返すと、倉峰は感動するように俺を見た。
「ありがとう一条。お前のそういうところが大好―」
「わーわーわーわー!」
店には他にお客さんもいる。照れた俺は慌てて言葉を遮った。
「ちょっ、店内では静かに!」
「? そうか......図書室と一緒なんだな」
「え......そ、そうそうそんな感じ!」
ほっといたらまた変なことを言いかねない。俺は適当な嘘で倉峰の口を塞ぐ。
携帯ショップが初めての倉峰は何の疑いもなく頷いた。
ここ携帯ショップだぞ。人が見てるかもしれない。
俺は周りの様子をキョロキョロと伺う。
息をするように愛を囁きやがって......これだからイケメンは‼
もうすぐ店員さんがくるというのに、頬が熱い。
気持ちを落ち着かせるため、俺は深く深呼吸をした。
ほどなく店員がやってきて、倉峰のスマホの契約は順調に進んでいった。
「........................さっぱり分からん」
手の中にあるスマホの画面を見つめ、倉峰は唸り声を上げた。
「仕方ないって、さっき手に入れたばっかなんだから。初めてはみんなそうだって」
契約が終わった後、俺たちはファーストフード店に移動した。
カウンター席に並んで座り、俺はポテトを齧りながら倉峰の姿を眺める。
さっきからずっとスマホとにらめっこをしている倉峰。なんでもできそうな倉峰の意外な一面に、なんだか微笑ましい気持ちになった。
「ほらこうやって......」
倉峰の画面を覗き込み、操作方法を細かく教えていく。必要そうなアプリを、どんなものなのか説明しながら、倉峰のスマホにダウンロードしていった。
「で、これが俺のアカウントで......そうそこで追加して......」
「これでいいのか?」
「おっし! 追加できたな」
自分のアイコンが追加されたのを確認し、俺は倉峰にスタンプを送る。
「おおっ......!」
届いたスタンプを見て、倉峰が驚いたような声を上げた。
「ふっ…」
俺は思わず吹き出す。倉峰の反応が可愛くて、連続でスタンプを送る。
名前の「桃哉」にちなんで桃が喋る愉快なキャラクタースタンプだ。お気に入りのそれを送るたびに、倉峰が反応するのが面白い。
「お前も何か送ってみろよ。ここに触れたらキーボードが出てくるから、こうやって文字を打って......ここで送信」
自分の画面を見せて、倉峰に説明する。
「なるほど......」
そう言うと倉峰は真剣な顔でスマホをタップし始めた。程なくシュッと音が鳴ってメッセージが届く。
「どれどれ......」
倉峰の初めてのメッセージ。それが俺宛だなんて。
ちょっとくすぐったい気持ちを抱え、俺は画面を開く。そこには。
『ありがおう かわいい すきだ』
誤字が含まれた、まるで電報のようなメッセージが送られていた。
「っ......!」
それを見て、俺はカァァァーと真っ赤になった。
「バカ‼‼」
恥ずかしさが頂点に来た俺は、倉峰に向かって叫ぶ。
照れているのがすぐに分かる俺の反応に、倉峰は満足そうに笑顔になった。それはとても優しくて、気づいたら俺の顔にも自然と笑顔が浮かんでいた。
二人ふふっと笑い合う。
「一条とこんな風に、付き合えるなんて夢みたいだ。とても嬉しい」
ストレートな倉峰の言葉に、俺はますます照れるしかない。
「あくまでお試しだからな......」
口を尖らせ倉峰を睨むが、倉峰は可愛いなというように目尻を下げた。
「うん。でも絶対一条を落としてみせる」
声のトーンが甘くなる。ジッと見つめられて鼓動が跳ねた。
「すごい自信だな......」
声も顔も良すぎて、俺は押され気味だ。どきどきとした心を抱えながら、負けじと言い返す。
すると。
「ああ......違った」
俺の反応を見て、何か思いついたように倉峰が自分の言葉を否定する。
え......違う? なんだろう、ちょっと強気に出過ぎたか。もしかしてお試しとか言われて、俺のことが嫌になったんだろうか。心の中で、俺が不安になった瞬間。
倉峰が体を近づけた。俺の腰を片手で抱くと、倉峰はグッと自分の方に引き寄せる。
そして俺の耳元に倉峰は口を寄せた。
「絶対......いちじょうを、落としてみせる......」
「ふぁっ......!」
さっきとは比べ物にならないぐらい、甘く気合の入った声で囁かれる。脳がびりびりと痺れて、俺はうっとりと瞳をとろけさせた。しばし余韻に浸ってハッとする。
俺は慌てて、囁かれた方の耳を抑えた。
「お前! 何が違うんだよ! 一言一句違わないだろーが!」
俺は一日で何度頬を染めたか分からない中で、今日一番に真っ赤になった。
「こっちの方が一条には効果がある」
「~~!」
赤くなった俺を見て、目尻を下げる倉峰。
愛のこもった瞳に、俺はそれ以上何も言い返せなかった。

