その声で囁くな!

放送室を出て教室に戻ろうと少し歩いたところで、三宅と出くわせた。

「あ......」

俺たちを見て、三宅の瞳が震える。顔を俯かせかけた三宅に向かって倉峰が頭を下げた。

「しっかりした態度で断れなかった俺が悪かった。三宅にも迷惑をかけたと思う。だけど俺には一条でないと駄目なんだ。三宅では駄目だ。一条のことしか目に入らない。俺は一条だけを愛している」
「倉峰......」

三宅にはっきりと自分の気持ちを告げる倉峰。その姿に、胸がジーンとする。

「もういいの......」

予想と反して三宅はあっさりとそう言った。

「一条くんさえいなければ、私を選んでくれると思った。でもそれ自体が間違いだったのね......一条くんの言葉で、はっきりと目が覚めたわ......」

三宅が気まずそうに俯く。高圧的な態度はなりを潜め、肩を下げる姿は頼りなく見えた。きっと彼女も、初めは純粋に倉峰が好きだったのだ。それがいつの間にか執着に変わり、大事なものが見えなくなっていったのかもしれない。

だけど次の瞬間、三宅は顔を上げると俺たちを見て、キラキラと瞳を輝かせた。


「でも、もういいの。なんだか二人を見てると......胸がいっぱいで......」
まるで何かに目覚めたように、ポッと頬を赤らめる。

「あ、ああ、そうか......それならよかった」
三宅の様子に、倉峰がホッとしたように息を吐いた。隣で俺もよかったと安心する。

でも、胸がいっぱいって何に......? 俺の中に一抹の疑問が過る。

「お幸せに......」

それだけ言うと、三宅は去っていった。

「......」
「......」

その場に二人残される。俺はちらっと倉峰を見た。同時に倉峰も俺を見て、ばっちりと目が合う。

「ふ......」
「ふふ、はははっ」

二人は同時に笑い出した。ひとしきり笑い合ったあと、倉峰がジッと俺を見つめる。

「最近、三宅と一緒にいたのは」

倉峰が真摯な表情で話し出す。

「あいつが一条に何かしないかとずっと見張っていたからだ」
「え?」
「部活でホワイトボードが倒れた時、怪しい人影を見た。そのあとに、一条と昼飯を食べていると三宅の姿を見つけて、もしかしたらと思った」
「あ......」

倉峰は三宅をずっと怪しんでいたんだ。三宅の氷のような目を思い出して、ゾクリと背中に寒気が走る。

「俺ならいいが、一条に手を出そうとしたら許さない。だからあいつの行動を見張ってたんだ。そのせいで寂しい思いをさせてすまなかった」
「倉峰......」
「何を言っても聞く耳をもたなかったから、今日の放送で一条への気持ちを告白しようと決めたんだ」
「それって」
「ああ、これだけ多くの人に俺の気持ちを知らせたら、あいつも一条に手を出せなくなると思ってな」

フッと倉峰が微笑んだ。
もう少し待ってくれって......そういうことだったんだ。送られたメッセージの意味が、今やっと分かった。

「お前は、ほんとに」

あきれた声を出しながらも、倉峰の気持ちが嬉しくて口元は緩みっぱなしだ。

「倉峰......もしかして入学式の時のこと?」
「ああ覚えている」

俺の聞きたいことを理解して倉峰は頷いた。

「忘れるわけがない、俺はあの日一条に恋に落ちたんだ」
「え......?」

恋に落ちた、と言われて俺の胸が跳ねた。
倉峰はそんな前から俺のことを想ってくれてたんだ。

「俺は鍛錬こそ強くなる近道だと、男たるもの女性は守るべき存在だと、そう教えられてきた。自分に厳しく他人には優しく、それが正しいと思って生きてきた」

優しい視線が、俺を見つめる。

「だけどあの日、困っている俺を一条が助けてくれた。一条がかけてくれた言葉を聞いて、本当に相手のことを想うなら、優しいだけじゃ駄目だということに気づかされた」
「倉峰......」 
「それから俺は心も鍛えるようにした。結果はすぐに出た、高一の都大会で優勝することができたんだ。全部一条のおかげだ」

倉峰の綺麗な瞳が細められる。

それは倉峰が頑張ってきたからで、俺は何もしていない。
でも愛しそうに倉峰に見つめられ、何も言えなくなる。

「あの日から俺は、一条から目が離せなくなった。気づいたら一条を探している自分がいた、一条のことばかり考えていた......そして好きになっていた」

あまりに情熱的な倉峰の気持ちに、胸がいっぱいで瞳に涙が溜まる。
俺は倉峰の顔をしっかり見ていたくて、ぼやけそうになる視界を必死に堪えていた。

「一条......」
「な、に」

だめだ、涙が......。

「俺の一生をかけて、一条のことを幸せにすると誓う」
「っ......」
 
堪えきれず、俺の瞳から涙が零れ落ちた。
堰を切ったように、それは次から次に溢れ出す。
幸せすぎて苦しいってことが、本当にあるんだって初めて知った。

この男は本当に......。
落ち着いて冷静そうな見た目のどこに、こんな熱い情熱を隠していたんだろう。

「俺も初めて会った時、お前のことかっこいいなって思った。困ってたのもあったけど......倉峰のこと気になったから助けたんだ」

俺が涙を流す姿を、倉峰はとても綺麗なものを見るような瞳で見つめていた。

「きっと俺もあの時から倉峰のこと......」

そこで俺は一旦言葉を区切ると、落ち着くように息を吸って吐いた。

「俺のこと好きになってくれてありがとう。俺も倉峰のことが好き。一生......とか恥ずかしいけど......倉峰のこと絶対幸せにするから!」

涙をぬぐいながらそう言うと、倉峰が眉を寄せた。

「どうしたらいい......一条が可愛すぎて、おかしくなりそうだ」

とても満ち足りた顔で、困ったように口にする倉峰。そっと俺の頬に触れて、涙の痕を拭いてくれた。

自分と同じように、倉峰も幸せ過ぎてどうしたらいいか分からなくなっているのかな?
そうだったら嬉しいな。

そっと顔を上げる。倉峰と俺の視線が絡んで、二人の顔が近づく......。

キーンコーンカーンコーン――と昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あ......」
「......」

名残惜しいが午後の授業があるので、一旦教室に戻らないといけない。
......離れがたいな。

ここ数日倉峰と一緒に居れなかったのだ。やっと想いが通じ合った今、正直なところ
もっと一緒にいたい。
 
だけどまあ、このまま二人で授業を抜け出したとしたら、公開告白をした俺たちが何をしているか、周りにはバレバレのわけで。

「じゃ、また放課後」

俺はしぶしぶ倉峰から離れる。

「分かった」

倉峰も離れたくなさそうにしながらも頷いた。
背を向けると、俺は教室に向かう。

「あっ......一条! 忘れ物」
「えっ?」

するとグイッと倉峰に引き寄せられた。
瞬間、唇に何か温かいものが触れる。
驚いて目を見開くと、すぐ近くに倉峰の整った顔があった。

倉峰がしてやったり! というように、くしゃりと笑顔を浮かべる。

今の......って......‼

「っ~~、っっっ!」

口を押さえ、俺は声にならない叫び声を上げる。
そんな俺を、倉峰はとても楽しそうに見つめていた。



結局、授業の開始に間に合わなかった俺は、クラスの全員から温かい目で見られたのだった。