神社ってね、感謝をするところなんだよ

磯子は不思議な町。
駅の周りにはコーヒーショップにファミレス。スーパーだって3つもある。

「熊本と違って、それぞれの駅で生活が完結するんだよ」

お父さんが言っていたけど、予想以上だった。

「ちょっとさ、外に出ようか」
磯子に引越しをしてきて、お父さんは私を散歩に連れ出してくれた。

理由は分かってる。

2月。
私は引越しをしたら、横浜の色々な場所に行ってみたいと思っていた。

お父さんや、茜と一緒に。

みなとみらいはデートスポット。
八景島も良いらしい。
元町はオシャレで古いお店が沢山ある。
桜木町の県立音楽堂はすっごく大きい。

寝る前に、毎日ドキドキしながらスマホで調べて、いくつもタブを開いたままにしていた。

でも、ここに来てからタブを全部閉じた。

「……どう? 外出れそう?」
「うん」
お父さんは優しい。
お父さんだって辛いはずなのに……。

マンションを出て、駅と反対方向に歩いていく。

「ここは国道16号線」
お父さんは色々と教えてくれる。「美咲は初めてだから。色々な場所の名前、知っておいた方が良いだろ」と言っていた。

「ふぅん……」
確かにここの道路は車が多い。

国道を渡ると、打って変わったように静かな場所に出た。熊本のように戸建てが多いエリア。緑もたくさんある。

「……この辺、静かだろ?」
「……うん。駅の方と全然違う」
「この辺は静かだよ。もうちょっと奥の方に行こうか」
「うん」
「体調、大丈夫?」
「……別に、熱があるわけじゃないから」

道路と並行するように、高い崖がずっと続く。私達は、その崖に沿って歩く。

「もうちょっとかな……」
「……どこ行こうとしてんの?」
「まぁ……昔、行ったことある所」
「『どこ?』って聞いてんのに」

お父さんが「着いた」と言ったのは、長い階段の一番下だった。

「……何? この階段。上るの?」
「まぁ……良い気分転換になるだろ」
そう言うと、階段を1段ずつ上り始めた。

「神社なの? ここ」
「そう。森浅間神社って言うんだよ」
「森浅間神社……」

長い。階段が長い。
運動部でもないし、最近はずっとベッドの上だったから……尚更、息が切れる。

「……何、ここ……」
「ははっ……たまには良いだろ。熊本だとここまで階段上ることも無かったしな」
「……」
「ちょっと休憩しようか」

階段の途中、真横を高速道路が見える。
ゴォー……ゴォー……と車の音が心地良いリズムを刻む。

「……お父さんって、神社マニアだったの……?」
「あははっ! そんな事無いよ」
「じゃあ……なんで神社なの」
「まぁ……良いんじゃないか? たまには」

「あとちょっと。頑張れ」と言うお父さんの後ろをついて、再び上っていく。

息がきつい。……いや、肺か。きついのは。

太ももに手を当てながら、猫背の恰好になってしまう。でも、木々の間から入ってくる木漏れ日は、久し振りな感じがした。

なんとか階段を上り切ると、そこは緑に囲まれた空間。

「はぁ……着いた」
「どう? 疲れたろ」
「……そりゃ疲れるよ」

ぐるりと辺りを見渡す。
静かで落ち着いた雰囲気だけど……真新しさは感じない。

「……結構古いよね?」
「ああ。昔からこんな感じだよ」
「人気の神社ってわけじゃ、ないんだね」
「そうだね。人気は無いんじゃないか……?」
「でもさ、あの赤? 目立つよね」
「だろ。朱色って言うのかな。あれがウリじゃ無いか?」

そういうと、お父さんは賽銭箱の方に向かって歩き出した。

「美咲はこの建物の名前、分かるか?」
「建物って? これ全体?」
「そう」
「……そう言われると……考えたことない」
「御社殿」
「御社殿?」
「うん。まぁ……本殿って言っても良いとは思うけど」
「……良く分かんないけど……覚えとくよ」
人生で「ごしゃでん」なんて、初めて聞いた。「ほんでん」なら聞いたことあるけど。

「2・2・1だぞ」
「2・2・1?」
「そう」
「……何それ?」
「まぁ、見てたら良いさ」
そう言うと、お父さんは2回おじぎをした。
この段階で「あ、そういう……」と理解した。

パンッ……パンッ……と2回手を叩き、時間が止まる。

どれくらい経ったろう?
最後にお父さんは1回おじぎをした。

「こういうことだよ」
「……そういうこと」

「お父さんは、その辺りにいるから……やったら良い」
そう言うと、裏側に回り、色々な所を懐かしそうに見上げていた。

くるりと向きを変え、私も2回おじぎをする。

そして、お父さんを思い出しながら
パンッ……パンッ……と2回手を叩く。

(……あっ……何をお願いすればいいんだろ? 考えてなかった)

「……」

(……茜、天国で元気にやってますか?)
(……ごめんね)
(……安らかに眠ってね)
(……神様。茜を幸せにしてあげてください)
(お願いします……)
(……)
(……)

鼻の奥がツンと痛い。
ジワっと目頭の奥が熱くなったけど、まぶたが涙を止めた。鼻がピクピクっと動く。

最後に1回礼をする。

(……はぁ)

「終わった?」お父さんが近づいてきた。
「うん」
「こうやって手を合わせるなんて、あんまり無いからなぁ」
「……うん」

さっき上ってきた石段に腰をかけると、ヒュゥッと涼しい風が顔にかかった。

「お父さんは、昔来てたの?」
「ん? ここにってこと?」
「うん」
「いや全然」
「……え?」
「もちろん、あるのは知ってたけど」
「そうなんだ」
「うん。色々あったからな。……気分転換に少しでもなれば……って思って」
「……うん」
「色々あったからな……」
お父さんはもう一度、繰り返した。

神社から見える磯子の町並み。家がいっぱいある。上から見下ろしていると、なんだか気持ち良い。

「……で、美咲は何をお願いしたの?」
「……全然考えて来なかったから」
「じゃあ、手を合わせただけ?」
「……いや」
「……」
「茜のこと」
「……そうか」
「うん。神様に『茜を幸せにしてあげてください』ってお願いしといた」
「なるほど。それは良いかもな」
「……でもさ」
「ん? 何」
「お父さんもさ、大変だったじゃん。絶対。でもさ……」
「まぁまぁまぁ……そうだね」
「……すごいなって思ってさ」
「凄い?」
「うん。だって熊本でさ、『引越ししたい』ってわたしが言った時も……ちゃんと考えてくれたしさ……」
「……そんなの当たり前だろ」
「そう?」
「そりゃそうだよ。お前達が幸せなのが、一番だからな」
「……うん」
「……だから……すぐには無理なのは分かってるけどね。お父さんと美咲が幸せに生きてないと……茜も悲しむと思うぞ」
「……うん。分かってる」
「少しずつな」
「……うん」

ゆっくりと石段を下っていく。
まだまだ頭の中はぼんやりしているけど、一つ区切りがついたような気もする。

(……頑張らないといけなのは……分かってるけどね)

「美咲」
「何?」
「さっきのはさっきので良いと思うんだけど」
「……?」
「ちょっと教えておくよ」
「……何を?」
「神社って、お願いする所じゃ無いんだよ」
「え? どういう意味?」

階段の真ん中辺り。さっき少し休憩した場所で、一度立ち止まる。

「神社って、お願いじゃなくて、感謝をするところなんだよ」
「……えー……そうなの?」
「……って、言われてる」
「えー……私、思いっきり神様にお願いしちゃったよ? 怒られんの?」
「怒りはしないだろ」
お父さんは大きな声で笑った。

「いや、別に、好きにすれば良いとは思うけど……一応、そう言われているよってことだよ」
「……へぇ」
「好きにしたら良いと思うぞ? お父さんは」
「……うん。あ、そうだ」
「どうした?」
「じゃあ、お父さんはさ、さっき何を感謝したの?」
「ははっ! 秘密だよ」
「はぁっ? ずるくない? 教えてよ」
「……まぁ、いづれ教えるよ」 

笑い声と、ちょっと怒った声が
森の中に響いていた。