神社ってね、感謝をするところなんだよ

学校から最寄りの山手駅までは、ずっと歩く。

平らな道を10分ほど。そして坂道を10分ほど。初めてこの坂を登った時は、この高校に入学したことを死ぬほど悔やんだ。

……でも、帰り道でチャラになる。

気分が優れないから、部活は早退した。

こんな日でなければ、明るいうちにこの坂を下ることはできない。

帰宅部の生徒も相当多く、15時過ぎの坂道は栄ケ丘高校の生徒が駅へと向かう。

「……部活……する?」
「……俺は……」

聞きなれた声がするな……と思い、曲がり角で後ろをチラリと確認する。

(……あ)

あの窓側、一番後ろの座っている男子だ。

(……名前、何ていうんだろう?)

太ももに力を入れて、ブレーキをかける。後ろの声が、さっきより大きく聞こえた。

「……別にいいだろ」
「お前は本当に……」

(……なんだ。別に、私のこと噂してるんじゃないんだ……)

「楓はほんとうに……だよな」

なるほど、「楓くん」っていうのか。
覚えておこうって思った。

……なんでだろ。

お父さんは熊本にいた時
「引越すなら、磯子が良いかな」
と言っていた。

実際に1ケ月ちょっと、こっちで生活してみて、お父さんの言っていた意味がすぐに分かった。

『磯子行』

そう。磯子はJR根岸線の終点の駅になっていた。山手駅から「磯子行」が来ると、乗客が本当に少ない。

山手駅の次は根岸駅。そして終点の磯子駅になっていて、たった2駅だけど……

「絶対に座れる」

この安心感は、体調があまり良くない私にはもってこいだった。

磯子駅も、山手駅と同じで住宅街。

でも大きく違うのは、磯子駅はマンションや団地が所狭しと並んでいるところ。

山手駅の周りは、戸建てばっかり。
「山手は、高級住宅街なんだよ」
とお父さんは言っていた。

「……ただいまぁ……」
誰もいない家の中に向かって、私はいつも通り話かける。

カバンを2人掛けのソファーに投げ捨てて
仏壇の前で手を合わせる。

「……あー……疲れたぁ……」
制服のまま、ベッドに飛び込むと
ぐるんぐるんと天井が回る。

茜がいなくなってから、あまり記憶がない。

どうやって横浜まで来たんだろ……?
高校の入学式、私出たっけ……?
そもそも……茜のお葬式は……?

そして、ちょっと動いただけなのに
目まいがするようになった。
……熱は出てない。

何もやる気が起こらない。
ほんとは、オーボエの練習だってした方が良い。それに勉強だって。

頭の中が「もやぁっ……」とした感じになって毎日毎日、ずっとぼんやりする生活を送っている。

C組の人達とも、インスタでさえ繋がっていない。

磯子駅から徒歩10分ほどのマンションで
お父さんが帰ってくる夜7時まで。

私はベッドから動かない。
……いや、動けない。

横浜は、熊本よりも早く日が沈む。
夕方5時を過ぎると、ちょっとずつ景色がオレンジ色になっていく。

不思議なことに
オレンジ色に染まった空を見ていると自然と涙がこぼれてくる。

「味方がいないと、こんなに寂しいんだなぁ……」とぼんやり考えることが増えた。
あれだけ「いたくない」と思った熊本を出てみても、寂しいことには変わりない。

(……それならいた方が良かったのかな)

「誰かと話がしたいなぁ……」
寂しい気持ちで押しつぶされそうになるのを、何とか毎日耐えている。

今日、名前が分かった「楓くん」
不思議となんだか気になる。

しゃべってみたいなと思うけど……きっかけが分からない。

(あー……熊本でもこんな感じだったかも)

結局、何も変わらないのかなと思っているうちに意識が遠のく。

ちょっと眠りたい。