神社ってね、感謝をするところなんだよ

2月。
いよいよ県立高校の入試が始まる。

前期と後期、2回に分けて受験できるけど
私はどちらも受験する予定はない。

あれだけ「勉強なんてどうでもいいっしょ」と言っていたクラスの人達も休み時間に問題集を開いたり、友達同士で問題を出し合ったりしていた。

……私はそれを外から眺める。
いつもと同じ。

この場所からサヨナラできる。
あと1ケ月も我慢すれば、新しい場所でスタートできる。

消えてなくなりたい……と思っていたこれまでの人生に、ようやく光が射してきた気がする。

……きっと茜も同じ気持ちだと思う。

「磯子区ってところに引越しするよ」
昨日の夜、お父さんが言っていた。

「……磯子区? どこ? それ」
「ん? 若い時に少しだけ住んでたんだ」
「……ふぅん。どんなとこ?」
「そうだなぁ……。静かなとこだよ」
「ふーん。……でも横浜かぁ。なんか人多そうで、怖いなぁ……」
「ははっ。そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ?」
「……そう?」
「うん。静かなとこだから」
「ふーん。高校は? どうなるの?」
「あぁ。栄ケ丘高校っていう所を受験するのはどうかな」
「……どこそれ?」
「磯子駅っていう所から、電車で10分掛からないくらいのとこだよ」
「ふーん……どんな高校だろ」
「人気ある高校らしいよ。調べたけど」
「そうなんだ。県立だよね?」
「うん。私立はちょっと……厳しいな」

とにかく沢山の高校があるらしい。
私は県立の栄ケ丘高校という学校を受験することになっていた。

「調べたら1月中が締切だったから……ギリギリだったよ」
「きっと、そういう流れだったんだろな」
仕事しながら、私たちの学校を調べてくれているお父さん。

いつもより少しだけ嬉しそうに見えた。

スマホで調べると、お父さんの言う通りで人気のある高校らしい。

レベルも結構高いけど、制服から何から……自由な学校なんだなということは分かった。

家の前の道路で赤信号になった。

(……あと何回、この信号で止まれば、終わりになるんだろう)

春から始まる生活に向けて、ソワソワする。

この信号で青になるのを待つたびに
「あの時、あんなこと……言わなければ良かったな」と中1の時のことが頭に浮かぶ。

何回、思い出しただろう……。
でも、それも……もう終わる。

信号が青になり、自宅へと向かう。
T字路を左に曲がる。

(……あれ?)

少しだけ坂を上ったところにある、私たちの家。お父さんがいた。

(……え? 何?)

え? 仕事じゃないの?
警察の人……?
近所の人?
たくさんの人達が、私の家の前に集まっていた。

ゆっくりと自分の家に向かう私に、お父さんが気付いた。

(……火事にでもなったの?)
(……えっ? ……強盗……? 何)

色々なことが頭に浮かんでは消える。
お父さんが近づいてくる。

「……美咲」
「……何、どうしたの? ……火事?」

小さく首を横に振り、ぎゅっと目を瞑っている。

「……え? 何……」
何か良くないことなんだろう…

「……茜が、自分から飛び降りた」
「……えっ?」

「えっ?」
私の意識はそこで途切れた。

2階から飛び降りたこと。
事件性などはないこと。
そして自ら命を絶ったこと。
この辺りは、何となくお父さんから聞いた記憶が残ってる。

……あとは、聞きたくなかった。
そもそもあまり記憶がない。

見せてはくれなかった。
近寄らせてもらえなかった。
絶対にだめだと言われた。

……目まいが酷い。
私はまだ信じていない。

朝起きたら、いつも通りだろうと思ってる。
でも……違う気もしている。

普通に茜が帰ってくる気がしている。
玄関ばかり見てしまう。
鍵の音、いつするの……?
全然音がしない……

……茜の部屋の明かりが消えてる。
学校を休むことが多かったから、いっつも明かりが点いていたのに。

どんだけ追い詰められていたの……
ごめんね。

何もできなかったよわたし。
きつかったんだよね……
苦しかったよね
痛かったよね

もっといっぱい優しくすれば良かった
もっとたくさん話を聴けば良かった
本当にもう帰って来ないの?
ねえ

ねえ

声を聴かせてよ
「お姉ちゃん」って呼んでよ

ねえってば

……飛行機に乗って、受験したのは何となく覚えてるけど

あとはあんまり、覚えてない。

ごめんね。茜。
……わたしも消えてなくなりたい