神社ってね、感謝をするところなんだよ

私はこの地区にいたく無い。

ちょっと遠い場所にある高校を受験したって、SNSですぐバレるに決まってる。

知ってる人が誰もいない所。
めっちゃ遠い所に行きたい。

――茜だって、絶対同じことを言うと思う。

でも、お父さんは仕事もあるし……とずっと思っていた。

だから言わなかった。

「……そうだな。茜のこともあるし……考えてみようか」
「……えっ? ほんと? 仕事はどうするの?」
「何とかなるって」
お父さんは私の頭に乗せた手を、肩に置いた。堪えきれず、全身が震える。

「怒られたらどうしよう」って、ずっと思っていた。

「……でも」
「お父さんさ、大分の出身じゃないんだよ」
「えっ? そうなの?」
「うん。神奈川の出身なんだよ」
「……神奈川? 横浜とかあるとこ?」
「そう。横浜市。移住してきたんだよ、大分市に。昔ね」
「……えー……そうなんだ」
「だから、丁度良いかもね……。地元に帰ろうか」

……私の願いが届いた。
茜の願いでもあると良いなと思った。
きっと、大丈夫。

茜の熱は、中々下がらなかった。

最初は「学校で色々あったから……」と、私もお父さんも思っていたけど、あまりに長引く頭痛と熱。お父さんは茜を病院に連れて行った。

「ただいまぁー……」
いつものように帰宅する。

(……あれ? お父さんの靴……?)

玄関に入った時。
リビングの入口。
なんだか雰囲気がいつもと違う。

「……お父さん? いるのー?」
電気が消された台所で、お父さんはスマホをじっと見つめている。

「今日、早いね」
「あっ……ああ。美咲か……。お帰り」
いつもと様子が違う。

「……何やってんの?」
「……いや。ちょっとそこに座って」
「えー……何? どうしたの? 怖いんだけど」
「今日、茜と病院に行ってきたんだけどね」
「あぁ、そうだよね。どうだった? あんま良くないの?」
「うーん……」
お父さんがこんなにも言いにくそうにしている姿を、私は初めて見る。

「今日は診察と検査だけだったんだけど」
「うん」
「……もしかしたら、あんまり良くないかも知れないって」
「……えっ? そうなの? 入院とか、そんな感じ?」
「いや、何て言うか……落ち着いて聞いてくれるか?」
「……うん」
沈黙が続く。時計の針の音だけが響き渡る。

「悪性腫瘍の疑いがあるって」
「……何……それ」
「分かりやすく言うと、ガンだよ」
「ガン?」
立っていられないほど、頭の中がぐるんと回った気がした。

「……おい、大丈夫か……?」
「……」
「お父さんも正直、まだ信じられないから。仕方ないよ」
「ガン……? ……ガン?」
「あぁ。まだ確定ってわけじゃ無いんだけどね」
「……えっ? えっ? ……あっ……」
「だから、ちょっとね。……今調べてたんだよ」
「あっ……。あっ? えっ?」
「落ち着いて。まだ決まった訳じゃ無いから」
「あっ……」
気が付くとお父さんが抱きしめてくれていた。

電気の消えた台所で、制服がびしょびしょになるまで泣いた。

茜に聞かれないように……声は出さずに。

「……晩御飯、いらない」と茜は言った。
まだ頭も痛いし、熱も38℃を超えてきていた。

「薬を飲まないといけないから」と、お父さんがちょっと無理やり茜にご飯を食べさせる。

(……少し細くなってない?)

久し振りに明るい場所で見る茜は、少し痩せたように見えた。

顔色も青白い。「熱があるし……仕方ないのかな」と思うようにした。

きっとわたしは、現実を何ひとつ見たく無かったんだと思う。

「……もういい」
「だめだめ。食べれるだけ食べないと」
「……いいって」
「あっ、最後一口だけ食べたら?」
「……だから!! いいって言ってるでしょ!!!」
初めて聞く、茜の怒鳴り声。

「……もう、放っておいてよ!!!」

箸をテーブルに投げつけ
2階へと駆け上がって行った。

まだ検査結果が出たわけじゃない。
無理矢理にでもそう思っておかないと、叫んでしまいそうだった。

……私はできるだけ明るく振舞おう。
それが良い未来に繋がると信じるしかない――

夜、茜の部屋の電気が珍しく点いていた。
「……寝れないの?」
「……」
「熱。どうなの?」
「……」
布団を被ったままだ。

「何。病院のこと、考えてんの?」
「……」
「……しゃべる気持ちじゃないよね。……ごめん」
「……ううん」
「検査、大変だったね」
茜はどこまで検査のことを分かっているのだろう。

「……うん」
「春からさ、新しい生活、やり直そうよ」
「……」
探るように、妹に声を掛けるなんて……と思う。

……でも、わたしは明るく。

「……だいじょぶだって」
「……もういいって」
また少し、間が空いた。

「茜……?」
「……何?」
「今までさ、よく頑張ったね」
「……うん」
「……じゃあ、寝るね。お休み。体調悪くなったら、言ってよ」
「……うん」
部屋のドアを閉じて、自分の部屋へ戻ろうとした。

「……お姉ちゃん」
ドアの向こうから
小さくかすれた声が届く。
「ん? 何?」
「……ありがと」
「えっ? どうしたの」
「……今までごめん……」
「えっ? 何よ。『ごめん』って。ゆっくり寝てよね」
私は少し安心して、ゆっくりとドアを閉じた。

もっと茜の気持ちに寄り添って
ココロの声に耳を傾けるべきだった。