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ふたりきりの図書室から飛び出て隔てられていた教室でも話せるようになり、勘違いしていたのかもしれない。
俺と有森の距離は再びスタート地点に戻された。いや、マイナスになったと言うほうが正しいかもしれない。それまでも教室にいるときは目が合わないことが普通だったのに、まるでいっそう分厚い壁の向こうに閉じこもるようになった気がするのは多分思い違いなどではない。俺たちは終わりと背中合わせの関係だったのだ。
昨日、俺の肩を押し返した有森の表情がまぶたの裏に焼きついて忘れられない。自分の手で傷つけてしまったことは明白だった。
授業中も昼休みも、なにをしていてもずっと胸の辺りにしこりがある。
もちろん簡単になかったことにできるような薄さの想いではない。けれど食い下がっても許されるのか、謝って引き下がるべきなのか、曖昧なまま有森に話しかければより深い傷を負わせてしまいそうで足が竦み、なんのアクションも起こせない。出口のない状況になす術もない。
喉のあたりが圧迫され続けているかのような息苦しい1日が終わり、重い足取りのままバイトに向かう。どれだけ気力が湧かなくとも金は稼がなくてはいけない。
油の匂いがこびりついた古びたロッカー室で溜め息をつきながら腰に前掛けを巻いていると、ドアが開いて新人が顔を出した。
「あ、矢野さん」
「んー?」
どうせ仕事をサボってくだらない世間話でもしに来たのだろう。相手にするのも面倒くさくてロッカーのフックに制服を掛けていると。
「これ、矢野さんに渡してくれって預かったンすけど」
予想とは少し違う言葉が返ってきた。剣呑な動きでそちらを見ると、新人が一通の白い封筒を差し出していた。
「なにそれ」
「知りませんよ、そんなこと」
生意気な口をきいてそれを俺に預けると、新人はさっさと仕事に戻っていった。
なんだあいつ、とささくれだった気持ちのまま封筒の封を乱雑に破る。中には折りたたまれた一通の便箋が入っていた。そこに並んでいたのは几帳面な文字。
『突然の連絡を許してほしい。そして手紙での報告になったことも。
夜、無断で家を出て歩きまわっていることが親にバレた。
それから軟禁状態だ、笑えるよな。
そういうわけでもう会うことはないだろう。
一緒に過ごす夜は本当に楽しかった。ありがとう、さよなら。
ツバサ』
一度目を通し、けれど信じがたくて三度読み返した。何度読んでもそこに綴られている文字は変わらない。
「そんな……」
もう会えないなんで嫌だ。まだ話したいことが山ほどある。ツバサがいないのにマジカルジュースをだれと飲めって言うんだよ。
咄嗟にロッカーにしまい込んだスクールバッグの中からスマホを取り出す。そして電話をかけようとして――指が止まる。
知らないじゃないか、ツバサの連絡先なんて。……ああ、俺はツバサのことを全然知らないのだ。
手紙を持っていた右手をだらんと下ろす。足元の地面が音もなく崩れていくような気がした。
有森ともツバサとも、今まで繋がっていた糸が突然断ち切れた。こんなにも呆気なく切れてしまうほど細く弱い糸だなんて知らなかったんだよ、俺は。

