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時は流れて10月初旬。我が校は来たる大型行事に向けて少しずつ動き出していた。
「それでは多数決によって、このクラスの出し物は演劇になりました」
ダンス部仕込みの声量でそう発表した教壇上の委員長に、教室から拍手が向けられる。委員長の背後の黒板には、出し物の候補として演劇が獲得した正の字が5つと横線が一本記されていた。
2位は合唱で4票、正の字が完成することもなく、圧倒的な大差で演劇が選ばれた。
学校祭では毎年、1年生が学習発表、2年生が体育館のステージでパフォーマンス、3年生が屋台で飲食物の販売やゲームなどと学年ごとにテーマが振り分けられている。
そして今年、2年生が繋ぐステージパフォーマンスのトリを我がクラスが任された。出し物に順位がつけられるというようなシステムはないものの、クラスの空気は自然と高まっていた。
「演目は予め決めてあったとおり白雪姫になります。それではクラスの中で担当する係を決めていきたいと思います。今予定しているのは、演者チーム、装飾チーム、衣装チーム、脚本チーム、演技指導チーム……」
ひとりですべてを担っているとは思えない迷いのなさで、てきぱきと話し合いを進めていく委員長。
話を右耳で拾いながらも、俺は斜め後方の窓際の席の有森を意識する。
有森はどの係を希望するのだろう。有森のことだから余り物でいいとも言いそうだ。
でもあわよくば有森と同じ係になれないだろうか。そうしたらなんの気兼ねもなく話しかける口実ができる。
どれを選べば有森と同じ係になれるのか、透視してやるくらいの気合いで神経を研ぎ澄ませる。
そうするうちに、演者チームから順に係のメンバーを決めていくことになった。
「まずは演者チーム。立候補も推薦も受け付けます! と言いたいところですが……さっそく私、委員長が推薦します!」
突然空気が変わり、おおっとどよめくクラス。委員長はにやりと笑ってまっすぐに俺を指してきた。
「はい! 王子様役はもちろん、我らが矢野宇恭くんにお願いしたいです!」
途端に教室中から女子たちの歓声があがる。
にわかに沸き起こったさざ波を「みんな、賛成だよね!?」と委員長が煽れば、「賛成!」「宇恭くんしかありえない!」と次々に追随する黄色い声。
女子の総意を示して見せたうえで、勝利を前に満足げな笑みを浮かべた委員長が俺を見る。
「いいよね? 宇恭っち」
「うん、もちろん。俺でよければ」
こんなに期待されて断るわけにはいかない。
歓声が上がる中、俺の意識はもう他に逸れていた。有森がどの係につくのか気にならないはずがない。
するとそのとき、委員長の声が耳に飛び込んできた。
「じゃあ、次。白雪姫役はだれがいいかな」
ふと訪れた静寂ののち、普段はあまり発言することのない大人しい女子が躊躇いがちに声を上げた。
「白雪姫はやっぱり有森さんじゃない……?」
音もなく空気が大きく動いた気配。突然降り立った静寂の中、考えることはみな同じだったらしい。けれどあの有森を名指しで指名するのはリスクが伴うからだれかが発言してくれないか――そんな探り合いがおこなわれていたのだ。
「ということだから、有森さんお願いしていい?」
有森がお姫様で、俺が王子様……? そんな夢のようなシチュエーションが……。
一瞬浮かれかけて、ふと我に返ったのは、あたりの空気がしんとしながらも張り詰めていたからだった。
……そうだ、委員長の呼びかけへのレスポンスがないのだ。
引っ張られるようにして斜め後ろを振り返れば、数列挟んだ向こうの席で有森が俯いていた。前髪に隠れてその表情を目視することはできない。
「えっと、聞こえてます……?」
どこか嫌みの滲んだ委員長の伺い。けれど有森はじっと俯いたまま動かない。
どうしたの、有森。今の有森はなんだか……。
その姿に異変を感じ取るやいなや俺は思わず大きな音を立てて勢いよく立ち上がっていた。
「俺! 俺、白雪姫役やりたい……!」
瞬間、有森に注がれていた視線が一斉にこちらに向いた。
「は?」
静まりかえった教室に、理解が追いつかないという委員長の呟きがやけに響く。
「割と白雪姫似合っちゃう気がするんだけど、どう、かな?」
わざとらしくこてんと首を倒しておどけて見せる。けれど呆気にとられているというように、みんなぽかんとしたまま。
さすがにすべったか……?
冷や汗をかきかけたとき、教室のどこかから声があがる。
「宇恭くんのお姫様姿、ちょっと見てみたいかも」
「新しくて意外といいんじゃね」
それを皮切りにざわざわと肯定の雰囲気が波及し、クラスの雰囲気が盛り上がりを見せる。
一瞬ひやっとしたものの賛同を得られたことに安堵する。
「なんかわくわくしてきた!」
「宇恭くんの白雪姫、最高の予感しかなくてやばい!」
はしゃぐ声に笑顔を返していると、席を外していた担任が戻ってきて話し合いが再開された。

