【完】君の涙は透明であるべきだったか




 時は進み、あっという間に週の終わりである金曜日を迎えた。
 今日はいよいよ生徒会選挙の開票がおこなわれる。投票は昨日、SHRで配られた投票用紙に記述式で行われ、票が多く集まった生徒から順に生徒会長、副会長、書記、会計、総務、庶務……と役職が与えられていく。
 今回の選挙では7人の生徒会の枠に対し9人が立候補しており、2人の生徒が落選することとなる。

 朝、登校する準備を整え、教科書を詰め込んだスクールバッグを肩にかけようとしたとき、布団に横たわった母さんが声をかけてきた。

「宇恭、おはよう」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、それより筆箱がテーブルに置きっぱなしよ」
「え?」

 指摘されて背後のちゃぶ台を振り返れば、たしかにそこには筆箱が置き去りになっていた。昨夜課題をするときに使ってから置いたままだったらしい。

「危ない、忘れるところだった。ありがとう母さん」

 筆箱を掴んで慌ててスクールバッグに仕舞い直す。するとそんな俺を見て、母さんが弱々しくも小さく微笑む。

「珍しいわね、宇恭がうっかりするなんて」
「ああ……うん」

 ぎくりとして咄嗟に空笑いを浮かべる。
 うっかりの理由は明白だ。昨日から、今日の生徒会選挙の発表のことばかりが脳裏にちらついて気がそぞろだったのだ。

「そろそろ行かないと。母さんはゆっくりしてて」

 話題を切るように立ち上がり、茶の間を出ようとしたとき。

「宇恭、大丈夫? なにか気がかりなことでもあるの?」

 背中に細い母さんの声がぶつかり、思わず足を止めていた。
 気がかりなこと? ――あるよ。自信満々でいるはずなのに、やっぱりどこか緊張して落ち着かないんだ。
 本音はいつだって喉元にある。けれど、それを口に出すべきではないことはわかっていた。だって俺は母さんの誇りだから。弱いところなんて見せるべきじゃない。
 しこりとなった弱音を無理やり飲み込んで、ひとつ息を吐く。

「いや、なにもないよ。大丈夫だから心配しないで」

 振り返りざまいつの間にか得意になっていた愛想笑いを作り、母さんの心配を音もなく遮断した。