失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 阿部の声が沈黙を破る。

「こういうのはどうかな? 合同創作ダンスはあくまで文化祭のクラス発表としての位置づけ。どこかの体育館を貸し切って、別日に開催する。文化祭当日は、有志で集まってなんかやる。模擬店も可。
 俺らもさ、最後の文化祭くらい今までやりたくてもできなかったこと、やりたくない? 伝統は伝統で大切だけど、新しいもの始めたいって思うのなら、今動かないといけない。これで最後なんだしさ」

「たしかにな~。俺らもさ、東京の私立校みたいに生徒主導で体育祭とか文化祭やりたくね?」
「いやいや、もっと早くに準備しないとだめだろ」
「そんなこと言ってても仕方ないだろ。今から始めようぜ。できるって! てか、やれる範囲でさ」
「俺、ストラックアウトとかやりてー!」

 伝統は大切だけど、みんなやりたいことはある。変えたいものがある。これで最後なんだから。
 俺は? 俺は——

「和田はどう思う?」

 ざわつきを鎮めるような大きな声で先生が問う。

「……先生方が問題ないのなら……。体育祭や文化祭を今から生徒主導でどう準備していくかは、A校内で議論を深めるべきかと思います。合同創作ダンスはS女子側の意見も聞きつつ進めなければならないので、いろいろと大変だとは思いますが……」

 みんなにとっての学校行事のあり方と、F組の医学部受験。今と未来のどちらが大切なのか、天秤にはかけられない。
 篤人と水野さんを近づけたくないという強い想いはあるけれど、それとこれとは別か……。
 
「先生、お願い。検討して! うちらも文化祭としてやろうよ。A校もS女子も、体育祭と文化祭は同じような時期に予定されてるでしょ。高2だけは特別にして!」

 派手な女のお願い口調に、みんなが笑う。
 引率の先生は困ったように笑いながらも「わたしの一存では決められないけど、調整の余地はあるよ」と答えた。

「文化祭の一部になるんだったら、ただのダンスじゃなくてミュージカルっぽくもできるかな?」
「衣装にも力入れようよ。華やかになるし!」
「準備から発表までの舞台裏ドキュメンタリーとか撮れないかなぁ。編集して、踊りの前に流すの! 感動じゃない?」
「それいい! 最高!」

 文化祭の一部となることで自由度が増すと、一気に沸いたS女子にA校生が圧倒されている。
 周りが盛り上がると逆に冷めるなぁ。まぁ、今回は仕方ないか……。
 つまらなそうな顔をしていると、阿部から「これでいいだろ?」と声をかけられる。
 いつも我関せずな態度でいて余程のことがなければ口を挟まないくせに、積極的に議論してんじゃねぇよ。心の中で毒づきつつ、目を伏せ頷いた。
 阿部はそれを確認したあと、板書をしている篤人の背中に声をかけた。
 篤人は、夢中で議論していた俺たちの意見を漏れなく書き出し、論点を整理し、解決策まで並べて板書を終えた。
 頭の回転の良さには、いつも感心してしまう。
 
 静かな拍手が聞こえてきた。

「立派な議論だった。実はね、我々教師のなかでも、合同創作ダンス開催については意見が割れていた。そこで、一度生徒になげてみようということになったんだ。両校での合同創作ダンスなんて前例のないことだからね、開催するかしないかの二択にしてしまうと開催しないという結論になるのは目に見えていた。
 だから開催するという方向で、もし反対意見がでて覆らないのであれば検討し直そうということになっていたんだ」

 そうだったのか……なんとなく引っかかっていたことが腑に落ちた。
 そういえば、校長は「よく考えて答えを出すように」と話していた。あれは調整の余地がある、ということだったのか。
 周りのA校生も同じように感じていたのか、やっぱり、という空気が流れる。

「問題を見つけ、きちんと反対意見を述べる。我々の出した結論でもノーと言うことができる。一方で、我々の意図を()み、前向きにメリットについて考えることができる。そして、問題を解決するための新しい形態を考えて提案できる。……君たちは素晴らしい」
「本当に……頼もしいです」
「先生、泣かないで!」
「桐島は茶化すな!」

 ほどけた空気のなか、残りの時間で持ち寄ったダンス案を共有した。
合同創作ダンスを体育祭から切り出し、文化祭のクラス発表も兼ねるものとして扱うことについては、先生たちが交渉することになった。また、その前提で何をしたいか、改めてアイデアを募って打ち合わせをすることに決まった。クラスの組み合わせについては次回に持ち越されることとなった。

 みんながほっとした顔で解散するなか、俺だけ顔が曇っていた。
 F組全員に対し、合同創作ダンスの開催は決定の方向で進むから協力してほしい、と説得することになってしまったのだから。