♦︎
時刻的にはまだ夕方なのに、深い夜を思わせる暗闇のなかで浮かび上がる、カラフルな灯り。
「わぁ……夢の国みたい」
ロンドンのハイドパークで開かれるクリスマスイベントに来ていた。
橙色に光るガーランドのアーチをくぐる。通りの両脇に連なる、オーナメントやキャンドルを売っている赤い屋根の屋台。青白く輝く観覧車もあった。サーカス小屋だろう、大きな三角屋根のテントも見える。スケールが日本とちがう。
ここに、桐島くんがいたら……。
寒いねって、ポケットの中で手を繋ぎ、お店をまわってみたい。メリーゴーランドにも乗りたいな。桐島くんなら恥ずかしがらずに乗ってくれるはず。観覧車にも乗りたい。光に溢れるハイドパークを上から眺めて、きれいだねって笑い合いたい――。
どんなに願っても叶わない、わたしだけの夢の世界。
首を横に振って、現実に戻る。
彼のことは、あきらめなきゃいけない。
ボーリングの日、わたしをマイさんと間違えたときの彼の顔を覚えている。すがるような、支配するような、わたしの知らない顔をしていた。
塾の英語クラスも変わって、もう会えない。自然と忘れていくはずだったのに、凜花とのパジャマパーティーの帰り道、偶然、桐島くんと会ってしまった。
雰囲気のいい洋館を見つけて、庭を散歩した。先を歩く彼の靴跡に重ねて歩く。霜柱を見つけて手を伸ばしたとき、彼の頭とわたしの頭がぶつかって、触れそうな距離で目が合った。
動けなくなった。
桐島くんの視線が、わたしの体をかたどっていく。ほんの一瞬で、わたしはわたしに戻る。桐島くんを好きなわたしに戻っていく。
真っ直ぐな彼の瞳に、夢を見てしまいそうになった。
……だめ。
彼への想いを閉じ込める。思い出のスノードームを作るみたいに。
水の音、風が葉を揺らす音。
霜柱の透明なひかり。
一人分の靴跡。
桐島くん。
彼のことが好きなわたし。
サーカスを楽しんだあとは、遊園地のアトラクションに乗ったり、フィッシュアンドチップスを食べたりした。ホットワインでほろ酔い気分の両親と、いろんな話もした。
途中、イギリス人のご老人夫婦に話しかけられ、つたない英語だけれど会話をすることができた。年齢を聞かれたので17歳だと答えると、13歳にみえる!と驚かれ笑ってしまった。
時刻はまだ午後7時。幻想的な世界にゆらゆらと漂うように屋台をまわる。
和田くんに写真でも送ろうかと思い立って、スマホを握った。
――連絡先、教えてよ。春に、大学で会おうぜ。
桐島くんの声が聞こえてくる。
あの日のやり取りがよみがえる。
――水野も国立大志望なんだろう? お互いに受かったら、大学で食べようぜ。水野が奢ってくれる約束のあんまん。売ってるかな?
――いやいや、あんまん売ってるかもしれないけど、そこまで引き延ばさなくても……。
――だって俺ら、受験生になるじゃん。まずは勉強しないと。
――それはそうなんだけど……。
――先の約束すぎて、忘れる?
――そういうわけじゃ……。
――じゃあ、決まり!
こんな約束、果たされるわけない。傷つくのは目に見えてるのに、待っていたくなる。期待と失望のはざまで溺れてしまいそう。
どうしてこんな約束しちゃったんだろう。なんであんなこと言うの。桐島くんの考えてることがわかんないよ……!!
――篤人の気持ちの前に、水野さんはどう思ったの? 一度距離をとって自分の気持ち見つめ直してきたら?
和田くん……
桐島くんに気持ちを伝えないと決めた和田くん。つらいはずなのに、わたしの背中を押してくれた。
桐島くんの気持ちや確実な未来なんて、どれだけ考えてもわからない。
大切なのは、わたしが今、彼のことをどう思っているのか……。
ふと、店先に置かれていた丸い球体に目が留まった。スノードーム。吸い込まれるように手に取る。
これ――……。
揺らめくスノーパウダーのなかから現れたのは、ビックベンを背景に見つめ合う男女。
ふたりの真ん中にはアンティークの鍵が落ちていて、それを拾おうとしているのだろう中腰の状態で向かい合っている。
スノードームから視線を上げる。
あの日の桐島くんが目の前にいた。
前髪からのぞく真っ直ぐな瞳とか、
目の下にある小さな点のようなほくろとか、
口角がきゅっと上がった薄めの唇だとか。
ほんの一瞬だったのに、どうしてこんなにも記憶できてるの? 忘れることができないの?
好きな気持ちごと閉じ込めたはずなのに、おさまらないよ。
届くかもしれないとわかったら、手を伸ばしてしまう。掴んだと思った瞬間、消える幻かもしれなくても。その残像にさえ、きっと、想いを馳せてしまう。
ばかみたい。
でも、わたしは――……
気持ちに言葉が追いついていかない。
和田くん、ごめんね。
わたしまた、泣くかもしれない。
それでも。
『ありがとう』その言葉だけ、送るよ。
ここに連れてきてくれて、ありがとう。
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→P70「春が来るまでは」へ
時刻的にはまだ夕方なのに、深い夜を思わせる暗闇のなかで浮かび上がる、カラフルな灯り。
「わぁ……夢の国みたい」
ロンドンのハイドパークで開かれるクリスマスイベントに来ていた。
橙色に光るガーランドのアーチをくぐる。通りの両脇に連なる、オーナメントやキャンドルを売っている赤い屋根の屋台。青白く輝く観覧車もあった。サーカス小屋だろう、大きな三角屋根のテントも見える。スケールが日本とちがう。
ここに、桐島くんがいたら……。
寒いねって、ポケットの中で手を繋ぎ、お店をまわってみたい。メリーゴーランドにも乗りたいな。桐島くんなら恥ずかしがらずに乗ってくれるはず。観覧車にも乗りたい。光に溢れるハイドパークを上から眺めて、きれいだねって笑い合いたい――。
どんなに願っても叶わない、わたしだけの夢の世界。
首を横に振って、現実に戻る。
彼のことは、あきらめなきゃいけない。
ボーリングの日、わたしをマイさんと間違えたときの彼の顔を覚えている。すがるような、支配するような、わたしの知らない顔をしていた。
塾の英語クラスも変わって、もう会えない。自然と忘れていくはずだったのに、凜花とのパジャマパーティーの帰り道、偶然、桐島くんと会ってしまった。
雰囲気のいい洋館を見つけて、庭を散歩した。先を歩く彼の靴跡に重ねて歩く。霜柱を見つけて手を伸ばしたとき、彼の頭とわたしの頭がぶつかって、触れそうな距離で目が合った。
動けなくなった。
桐島くんの視線が、わたしの体をかたどっていく。ほんの一瞬で、わたしはわたしに戻る。桐島くんを好きなわたしに戻っていく。
真っ直ぐな彼の瞳に、夢を見てしまいそうになった。
……だめ。
彼への想いを閉じ込める。思い出のスノードームを作るみたいに。
水の音、風が葉を揺らす音。
霜柱の透明なひかり。
一人分の靴跡。
桐島くん。
彼のことが好きなわたし。
サーカスを楽しんだあとは、遊園地のアトラクションに乗ったり、フィッシュアンドチップスを食べたりした。ホットワインでほろ酔い気分の両親と、いろんな話もした。
途中、イギリス人のご老人夫婦に話しかけられ、つたない英語だけれど会話をすることができた。年齢を聞かれたので17歳だと答えると、13歳にみえる!と驚かれ笑ってしまった。
時刻はまだ午後7時。幻想的な世界にゆらゆらと漂うように屋台をまわる。
和田くんに写真でも送ろうかと思い立って、スマホを握った。
――連絡先、教えてよ。春に、大学で会おうぜ。
桐島くんの声が聞こえてくる。
あの日のやり取りがよみがえる。
――水野も国立大志望なんだろう? お互いに受かったら、大学で食べようぜ。水野が奢ってくれる約束のあんまん。売ってるかな?
――いやいや、あんまん売ってるかもしれないけど、そこまで引き延ばさなくても……。
――だって俺ら、受験生になるじゃん。まずは勉強しないと。
――それはそうなんだけど……。
――先の約束すぎて、忘れる?
――そういうわけじゃ……。
――じゃあ、決まり!
こんな約束、果たされるわけない。傷つくのは目に見えてるのに、待っていたくなる。期待と失望のはざまで溺れてしまいそう。
どうしてこんな約束しちゃったんだろう。なんであんなこと言うの。桐島くんの考えてることがわかんないよ……!!
――篤人の気持ちの前に、水野さんはどう思ったの? 一度距離をとって自分の気持ち見つめ直してきたら?
和田くん……
桐島くんに気持ちを伝えないと決めた和田くん。つらいはずなのに、わたしの背中を押してくれた。
桐島くんの気持ちや確実な未来なんて、どれだけ考えてもわからない。
大切なのは、わたしが今、彼のことをどう思っているのか……。
ふと、店先に置かれていた丸い球体に目が留まった。スノードーム。吸い込まれるように手に取る。
これ――……。
揺らめくスノーパウダーのなかから現れたのは、ビックベンを背景に見つめ合う男女。
ふたりの真ん中にはアンティークの鍵が落ちていて、それを拾おうとしているのだろう中腰の状態で向かい合っている。
スノードームから視線を上げる。
あの日の桐島くんが目の前にいた。
前髪からのぞく真っ直ぐな瞳とか、
目の下にある小さな点のようなほくろとか、
口角がきゅっと上がった薄めの唇だとか。
ほんの一瞬だったのに、どうしてこんなにも記憶できてるの? 忘れることができないの?
好きな気持ちごと閉じ込めたはずなのに、おさまらないよ。
届くかもしれないとわかったら、手を伸ばしてしまう。掴んだと思った瞬間、消える幻かもしれなくても。その残像にさえ、きっと、想いを馳せてしまう。
ばかみたい。
でも、わたしは――……
気持ちに言葉が追いついていかない。
和田くん、ごめんね。
わたしまた、泣くかもしれない。
それでも。
『ありがとう』その言葉だけ、送るよ。
ここに連れてきてくれて、ありがとう。
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