失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 水野さんは、クリスマス前にロンドンへ発った。年末年始もそこで過ごすのだという。
 毎日とまではいえないまでも、3日に1度くらいは会っていたこともあり、彼女のいない空白をうまく扱えないでいた。

 塾に行く前、書店に立ち寄り、ロンドンの写真集をめくる。厳かな雰囲気の建物の前に並ぶ、色とりどりの花。風船を持って石畳の路を歩く子どもたち。夕日に溶ける観覧車。
 おそらく彼女はここで、夏と同じように篤人への気持ちを固めるだろう。そう仕向けたのは自分で、清々しいほどの気持ちもあったのに、徐々に迫りくる胸の痛みを止める術を必死に探していた。
 溜息混じりに写真集を閉じたとき、背後からぽんっと肩に手を置かれた。

「よう」
「阿部と……篤人」
「赤本買いにきた。和田ちゃんは?」
「ちょっと気分転換に」

 さりげなく背後に写真集を隠しながら答える。
 篤人が「そういえば……」と呟きながら、鞄の中から細長い紙切れを取り出した。目の前に差し出されたのは、期末試験の点数と学年順位表。

「じゃ~ん! 学年順位が100番以内になりました!」
「おー! すごいじゃん!」
 
 篤人の学年順位は下から数えたほうが早く、いつも300番代だった。小学生の頃は天才的に頭が良かった篤人も、A校自体がそんなやつらの集まりだし、舞の件で一時期は学校をサボりまくっていたものだから、勉強に全くついていけていなかった。
 医学部を目指すと一念発起したとはいえ、短期間にここまで順位を上げてくるとは……。

「F組に入れるかな?」

 希望に溢れた瞳で見つめられるものの、阿部も俺も即答できないでいた。成績上位のやつらがすべて医学部志望ではないといっても、せめて50番代くらいにいないと厳しいだろう……。

「学年末テストで順位を上げたら入れるかもしれない」
「やった! 頑張るぞ!」

 ガッツポーズに小学生のガキかと突っ込んでしまう。ただ、素直で、目標に向かって真っ直ぐな篤人は好きだ。
 水野さんの隣にいるのが篤人ならいいと、思える日がくるのだろうか……?


 冬の朝は薄暗く、夜か夢かどうかも掴めない曖昧さに漂う。ぼんやりとした意識のなかで、ふと水野さんのことを思い出した。写真を送ってほしいと伝えていたのもあり、スマホに手を伸ばす。
 メッセージがきている。水野さんからだった。写真も送られてきている。
 暗闇のなか浮かび上がる橙色のガーランド、連なる赤い屋根の小屋、遠くに光る観覧車。おとぎの国のような写真に添えられていたのは、

――ありがとう

 その一言だけだった。
 それなのに、どう気持ちを固めたのかわかってしまう。篤人への気持ちを自覚したんだろうと、確信してしまう。
 根拠はない。ただ、伝わってくる。
 詳しく語らなくても相手の思うことがわかるほど親密な関係なのに、"いちばん"にはなれないんだなぁ……。
 予想していたことなのに、こんなにも――

 始まったばかりの一日に抗うように、布団の中にうずくまった。