失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

「篤人の気持ちの前に、水野さんはどうしたいと思ったの」

 やっと出てきた言葉は、迷う彼女にふさわしいものなんだろう。どうしても俺は、自分に求められているものを差し出してしまう。

「……わからない。混乱してるの。桐島くんのことはあきらめるって決めたところで、中途半端に繋がっちゃって。わたし、なにしてるんだろう……」

 うつむいた横顔から伝わってくる。ああ、そうか。やっぱりまだ、篤人のことが好きなんだな。篤人のことをずっと想ってきた俺ならわかる。
 笑顔、声、仕草。代わりはないし、気持ちは相手に伝えない限り、どんどん膨らんでいくものだから。
 深く沈んでいきそうなところを堪える。まだやることがある。自分を奮い立たせる。

「……ロンドン行ってきたら?」
「え?」

 水野さんが顔を上げた。
 自分のなかでスイッチが入る。この場にふさわしい言葉だけを伝えよう。
 
「ヨーロッパのクリスマスって雰囲気良さそう。来年の冬は観光してる暇もないし、今年行ってきたら?」
「まぁ、そうだけど……」
「俺から言えることは、それしかないかな。今年の夏も、こうやって煮詰まってたけど、ロンドンに行って気持ち固めたろ。一度距離をとって自分の気持ち見つめ直してきたら?」
「距離をとって自分の気持ちを見つめ直す……」
「そう。ロンドンのクリスマスの写真、送って。待ってる。じゃあ、休憩はおわり! 俺は戻るよ。気分転換につきあってくれて、ありがとう」

 にっこりと微笑み、その場を去る。完璧だ。ひらひらと手も振ってみたりしている自分を、どこか冷静に見つめている。
 自習室に戻ったら、めちゃくちゃ難しい問題をいくつも解こう。感情を持たない数字を扱う科目がいい。やるべきことは、たくさんある。
 だから沈んではいられない。落ち込む時間なんてない。
 俺は俺のままでいるしかない。