失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

「ねぇ、ちょっと」

 背中にかけられた声が誰のものかはすぐわかった。どうしてここにいるのか。
 振り向きたくないけれど、無視するわけにもいかない。

「……橋本さん」

 なにか用、と訊きながらも歩き出す。今は話をしたくない。
 橋本さんは察してくれず、俺についてくる。

「桐島くん、元カノとヨリ戻さなかったんだってね。なんでか知ってる?」

 一体、どこから聞いたのか。阿部が話すこともなさそうだしと思いつつ、そっけなく「知らない」と返す。
 篤人の医学部受験については黙っておいた。そこまで明かす必要もないだろう。

「もしかしたら、他に好きな人がいる、とか?」
「さぁ」
「結菜は結菜で『桐島くんのことはもういい』って言うし、このまま離れちゃうのかなぁ」
「どうかな」
「さっきも結菜といるところ見たけど、あんた離れる気ないでしょ」
「……」
「このまま一緒にいたら、案外まとまるかも?」

 そんなわけあるか。俺のほうを向いてくれないことくらいわかってる。痛いほど。

「応援するよ!」

 進む方向を塞がれ、足が止まる。

「今は、和田一臣と結菜がつき合えばいいって思ってる。あんた、ずっと結菜のそばにいてくれるじゃん。友達が多いタイプでもなさそうだから、結菜に依存しててマジきもいとか思ってたけど。あんたといるときの結菜、とっても楽しそうなんだよね。妬けるくらい!」
「……そうですか……」

 想定もしていなかった言葉に戸惑って、丁寧に返してしまった。
 橋本さんが「なにソレ」と噴き出す。

「桐島くんが結菜のことを好きになったら、すごい勢いでさらっていっちゃうよ! 素直で強引そうだし」
「それは……まぁ……」

 篤人は自分の気持ちに真っ直ぐで嘘をつけないタイプだ。舞とヨリを戻さなかったのは、水野さんのことが気になっているからにちがいない。それに俺は、彼女のことはあきらめたと伝えた。なのに、動かない。なぜ? ほんとうに医学部受験だけが理由なのか?
 もちろん、ふたりが結ばれることを強く望んでいるわけじゃないけれど……。

「わかってるんなら早く! 『俺とつき合えないなら、もう会わない』って迫っちゃえ!」
「ええ? 困らせるだろ、そんなこと言ったら」
「困らせるくらいがいいの! どうしても手に入れたいなら、今の立場は捨てなくちゃ。本気だってことをみせつけないと!」
「あ~ハイハイ」

 興奮してきてしまったので、ここらへんで切ろう。「考えておく」と曖昧な返事をしつつ、いちおう感謝は伝えておいた。
 橋本さんのくれた言葉を、心のなかで繰り返してみる。
 俺はどうしたい――
 今の立場を捨ててまで、手に入れたいもの――