カフェテリアでジュースを飲んでいると、隣に座る水野さんが「この表現すてき」と文庫本を開いてみせる。指先の文字をたどる。
「『夜の帳』?」
「そう。『夜の帳が下りる』って、日が落ちて暗くなっていく様子なんだって。夜のカーテンが引かれていく感じ? 素敵だと思わない?」
些細なことなのに、とても嬉しそうに笑う顔に胸が鳴る。悟られたくなくて視線を落とす。話を繋げようと話題を探す。
「……とばりと似たような意味で、横断幕とかの『幕』ってあるじゃん。あれ、音読みか訓読み、どっちだと思う?」
「訓読みでしょ?」
「ハズレ」
「え!? 『まく』って音読みなの!?」
「そう。驚きだよな」
「知らなかったー! 和田くん、いろんなこと知ってるね!」
妹の塾のテキストに書いてあって、俺も最近知ったという事実は黙っておいた。無邪気な笑顔と尊敬の眼差しを盗んだみたいで、ちりりと胸は痛んだが、嬉しさのほうが勝っていた。
窓越しでも木枯らしの音が聞こえるくらい寒い12月。クリスマスモードに浮かれた雰囲気が苦手だったけれど、今年は別。受験モード一色の塾を抜け出して、街を歩き回りたい気分だ。
篤人と舞はつき合わなかった。だからといって水野さんのほうに歩み寄ってくるわけでもない。思い切って理由を訊いてみたら「医学部受験に専念したい」と言う。篤人の両親は医者だけれど、その道に進む気はないと思っていた。俺と同じ地元の国立志望に決めたらしく、まずは高3でF組に入れるよう猛勉強している。
水野さんも同じ国立大志望だ。いちおう、彼女には、篤人も同じ大学を目指していること、舞とはヨリを戻さなかったことを伝えた。彼女の反応は薄く、軽く流された。
会わなくなってしばらく経つし、篤人のことは完全にあきらめたのか……? その横顔に問う。胸の内で呟かれた疑問に、答えは返ってこないのだけれど。
「やばっ、いま何時?」
俺の腕時計を覗き込む。時計の針は午後6時を指そうとしていた。弾かれたように荷物をまとめて立ち上がる。やけに膨らんだトートバッグに目が留まった。
「どこに行くの? 旅行?」
「凜花の家でパジャマパーティーなの」
「パジャマ……?」
「お泊まり会ってこと」
「泊まりって、明日学校は?」
「ないよ、土曜日だもん。遅れちゃうから先帰るね! また!」
返す間もなく走り出し、カフェテリアを出て行ってしまった。
S女子は土曜授業はないらしい。というか、橋本さんとはいつも一緒にいるのに、お泊まり会って夜通し何を話すんだ?
呆れつつも、水野さんが楽しそうで安心する。彼女には笑っていてほしいから。
彼女への想いを自覚しても、伝えないと決めている俺にとって、正直、いつまでこのままでいられるかも疑問だった。終わりのないトンネルを歩いているようで、気持ちが萎えてしまうときもある。篤人のときは、想いを伝えさえしなければ一緒にいられるという安心感があったけれど、異性である水野さんは別で、彼女に男ができたら失われることがわかっている。
つまりは期間限定の関係。確実に来る別れの日まで、あとどれくらい……?
視線を外へと移す。裸の枝が風に揺れる様は、まるで震えているようだ。心細さが増してきて、席を立った。
「『夜の帳』?」
「そう。『夜の帳が下りる』って、日が落ちて暗くなっていく様子なんだって。夜のカーテンが引かれていく感じ? 素敵だと思わない?」
些細なことなのに、とても嬉しそうに笑う顔に胸が鳴る。悟られたくなくて視線を落とす。話を繋げようと話題を探す。
「……とばりと似たような意味で、横断幕とかの『幕』ってあるじゃん。あれ、音読みか訓読み、どっちだと思う?」
「訓読みでしょ?」
「ハズレ」
「え!? 『まく』って音読みなの!?」
「そう。驚きだよな」
「知らなかったー! 和田くん、いろんなこと知ってるね!」
妹の塾のテキストに書いてあって、俺も最近知ったという事実は黙っておいた。無邪気な笑顔と尊敬の眼差しを盗んだみたいで、ちりりと胸は痛んだが、嬉しさのほうが勝っていた。
窓越しでも木枯らしの音が聞こえるくらい寒い12月。クリスマスモードに浮かれた雰囲気が苦手だったけれど、今年は別。受験モード一色の塾を抜け出して、街を歩き回りたい気分だ。
篤人と舞はつき合わなかった。だからといって水野さんのほうに歩み寄ってくるわけでもない。思い切って理由を訊いてみたら「医学部受験に専念したい」と言う。篤人の両親は医者だけれど、その道に進む気はないと思っていた。俺と同じ地元の国立志望に決めたらしく、まずは高3でF組に入れるよう猛勉強している。
水野さんも同じ国立大志望だ。いちおう、彼女には、篤人も同じ大学を目指していること、舞とはヨリを戻さなかったことを伝えた。彼女の反応は薄く、軽く流された。
会わなくなってしばらく経つし、篤人のことは完全にあきらめたのか……? その横顔に問う。胸の内で呟かれた疑問に、答えは返ってこないのだけれど。
「やばっ、いま何時?」
俺の腕時計を覗き込む。時計の針は午後6時を指そうとしていた。弾かれたように荷物をまとめて立ち上がる。やけに膨らんだトートバッグに目が留まった。
「どこに行くの? 旅行?」
「凜花の家でパジャマパーティーなの」
「パジャマ……?」
「お泊まり会ってこと」
「泊まりって、明日学校は?」
「ないよ、土曜日だもん。遅れちゃうから先帰るね! また!」
返す間もなく走り出し、カフェテリアを出て行ってしまった。
S女子は土曜授業はないらしい。というか、橋本さんとはいつも一緒にいるのに、お泊まり会って夜通し何を話すんだ?
呆れつつも、水野さんが楽しそうで安心する。彼女には笑っていてほしいから。
彼女への想いを自覚しても、伝えないと決めている俺にとって、正直、いつまでこのままでいられるかも疑問だった。終わりのないトンネルを歩いているようで、気持ちが萎えてしまうときもある。篤人のときは、想いを伝えさえしなければ一緒にいられるという安心感があったけれど、異性である水野さんは別で、彼女に男ができたら失われることがわかっている。
つまりは期間限定の関係。確実に来る別れの日まで、あとどれくらい……?
視線を外へと移す。裸の枝が風に揺れる様は、まるで震えているようだ。心細さが増してきて、席を立った。
