失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 くるくるとペンを回しながら、単語帳に目を走らせる。誰かがページをめくる音や、椅子の軋む音が気になってきた。集中が切れてきたサイン。
 時間を確認すると11時30分を過ぎたところだった。すこし早いけれど昼飯にしようと席を立つ。

 窓に面したカウンター席に腰を下ろしたとき、ふと水野さんのことが気になった。今日の10時からボーリングだと言っていた。ゲームはもう終わっただろうか? 篤人と気まずくなったりはしていないだろうか?
 一度気になると居ても立ってもいられなくなり、電話でもかけてみようと思い立つ。いやだったら出ないだろう。

——解放してあげて

 橋本さんの声が響く。振り払うようにスマホを操作した。

——解放してあげて

 声をコール音がかき消していく。何度目かのコール音が途切れ、人の声やピンが弾け飛ぶ騒がしい音が聞こえてきた。

『もしもし。どうしたの?』
「おー出たな」
『なにそれー、用事があったんじゃないの?』

 不服そうな声に笑う。スマホ越しだと声が幼く感じて、駄々をこねる妹のようだと感じる。

「ボーリング楽しんでる?」
『うん。桐島くん・わたしのチームと、凜花・阿部っち・菅野くんチームで対抗戦してる。合計の平均を競うの』
「えー、篤人の足引っ張るなよー」
『残念、もう引っ張ってる!』

 耳元を笑い声がくすぐる。対抗戦は負けそうだというけれど、楽しそうな声に安心する。気持ちが凪いでいく。
 彼女のチームは投げ終わったみたいだが、一方のチームがまだ終わっていないとのことで、話を切り上げた。
 余韻を楽しみつつ昼飯を食べ、自習に戻った。


 日曜の自習室は午後8時に閉まる。いつもどおり終了時刻きっかりに教室を出た。しんとした廊下を進み階段を下りようとしたときだ。
 女の子がひとり、手すりにもたれかかってうなだれていた。夜だったこともあり、びくんと心臓が跳ねる。彼女がおもむろに顔を上げたとき、さっきよりも激しく心臓が跳ねた。

「水野さん……?」

 泣き腫らした目をした、水野さんだった。