失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

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 小5のとき、篤人と俺のクラスに転校してきた女子がいた。
 名前は、仁科舞(にしなまい)
 第一印象は『作り物みたい』だった。顔は綺麗、スタイルもいい。色素が薄めで儚げな見た目なのに、目力は強い。雰囲気が独特で話しかけづらいのに、交流は一切しませんと、態度は攻撃的。
 当然、女子からは反感を買い、男子は恐ろしくて声がかけられなかった。
 仲間外れは放っておけない性格の篤人も、自分から輪に入らない舞には構っていなかった。

 あの事件までは。

 放課後、舞が数人の女子に囲まれて問い詰められていた。見兼ねた篤人が声をかけて助けようとした途端、関わってくるなと怒鳴られたらしい。
 あろうことか、舞に、だ。
 女子にも男子にも人気のある篤人を、そんな風に扱ったのは彼女が初めてだった。
 俺は不安になった。自分を慕わない舞に、かえって執着していくんじゃないかって。

——仁科のことはやめておいたほうがいいよ。それは恋じゃない、執着だから。

 そう伝えたのに。いや、そう伝えてしまったからか、舞を攻略するつもりで近づいた篤人は、いつしか彼女に夢中になってしまった。そして舞も、どれだけ邪見に扱っても笑顔で受け止めてくれる篤人に、心を開き始めていた。

 最悪だ。ふたりが一緒になるなんて耐えられない。

 この頃すでに、舞に俺の想いも勘づかれていた。差別はしないものの、からかうように楽しんでいる風もあり、苛立ちが募っていた。
 地元の中学に進学する舞と引き離したくて、篤人をA校の受験に誘った。ひとりじゃ不安だから一緒に受けてくれって。篤人は天才的に頭が良く、A校の入試でもパスできる見立てがあったのだ。
 そして予想どおり、篤人はA校に合格した。
 しかし、接点がなくなる現実が逆に距離を縮めてしまったらしい。小学校卒業と同時にふたりはつきあい始めてしまった。

 悪夢はここからだ。

 舞は、篤人がA校進学を決めたことが気に入らなかったのだろう。あてつけのように素行の良くない連中とつるむようになり、そんな舞が心配だと学校をサボることの増えた篤人。成績も落ち、笑顔が消えた。
 篤人は相手が舞でなくても、つきあった相手には執着するタチなのかもしれない。
 ただ、その相手が悪い。
 過去に何があったのかは知らないが、振り回すことで愛情を確認する舞。
 ぼろぼろになっていく篤人。

 周りが説得し、舞の高校受験を理由に別れたものの、すぐにまたつきあってしまう。篤人は情に厚いやつだから、どこか(かげ)のある舞を救ってあげたいなんて馬鹿なことに一生懸命だったのかもしれない。
 さすがに周りも愛想を尽かし始めたころ、やっとわかってくれたのか別れを告げ、舞もどこかへ引っ越した。
 
 次第に元の明るい性格に戻った篤人だが、新しい恋はしていないようだ。舞にあれだけ心を奪われていたのだから、簡単には忘れられないのだろう。
 ただ、もう会えないし、あとは時間が解決してくれる。これで安心だと思っていたのに——
 顔のつくりが舞とそっくりの女がいるなんて。塾で一緒にいたとかいうS女子の美女がアイツなのか?

 そして、かりのくんの彼女?

 篤人は、俺も知っている人と言っていたけれど、わからない。A校生か?
 一気にいろんなことが起こり、思考が停止する……。

 彼女が舞とは全くの別人で彼氏がいるとしても、そんなことはどうでもいい。
 アイツを連想させるものが篤人の近くにあることが許せない。

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 教室の扉を開く。

「先生、和田をF組クラス代表代理として参加させてもいいですか?」阿部の提案が、先生に快諾される。ほっとした先生の笑顔を見て複雑な気持ちになる。
 潰しにきただけなんだけどな、と心の中で呟きながら、F組席に着席した。