自販機のボタンを押したとき、うしろから軽く肩をたたかれた。
「よう」
「阿部」
「俺、ずっとここにいたのに気づかなかった?」
「え、マジで?」
注目されることが多いので、人からの視線には無頓着でいるようにしている。声をかけられて初めて知り合いに気がつくことが多い。
苦笑していた阿部が、ふと思いついたように辺りを見回した。
「今日は結菜いないんだな」
「毎日一緒にいるわけないだろ。今日は家の用事があるみたいで来ない」
「ふぅん。……なんか」
急に黙り、なにか言いたげな視線を感じた。
「仲がいいんだな。予定を把握してるなんてさ」
「そういうわけじゃ——」
「いいんじゃない? ま、俺には関係ないけど」
さらっと流されて、自分から弁解することでもなかったかと思い直す。
別れ際、篤人の様子が気になったので訊いてみることにした。舞への気持ちを自覚した篤人だけど、連絡をとったりしてるかどうかについて。
「え、あいつ、まだ元カノ忘れらんないの?」
「あー、阿部には言ってなかったのか。ごめん、聞かなかったことにしといて。で、なにか知ってる?」
「いや? まぁ、俺に全部言ってくるわけじゃないから」
「そっか……」
篤人が舞に振り回されてぼろぼろになったときでも、阿部は何も言わずただ見守っていた(俺は騒ぎまくってたけど)。篤人も阿部のことは信用してるだろうし、なにか言ってるかと思ったけど空振りだったか……。
「それにしても、あの女のどこがいいんだろうなー」
俺の呟きに阿部は少し考えるようにしてから「なんていうかさ」と続けた。
「そういうのは俺らにわかんねぇよ。桐島だってロクデナシじゃない。あいつだけが知ってる良いところとか、魅力があるんじゃねぇの? 知らんけど」
舞の良いところなんて、まったく思い当たらないけど。そういうものなのかな……。
「まぁ、ヨリ戻すことはないだろ」
確信めいた言い方にどきりとした。阿部はどうしてそう思うのか。
「桐島が本気で好きなら、どんなツテ使っても彼女と連絡とって、今ごろもうつき合ってる」
たしかに。舞が好き、と宣言した割には何も行動に移してない。自分の気持ちに真っ直ぐな篤人がなぜ? もしかして——
「本当は、舞のことが好きじゃない……?」
「案外、本命は別にいるのかもな。桐島自身がそう思いたくないだけでさ」
本命は別にいる……? 誰だ、まさか。
「……和田さ、おまえ恋愛小説とか、漫画とか読む?」
急な話題転換に戸惑ったあと、首を横に振る。阿部がふっと鼻で笑った。
「気をつけないと、当て馬になるぞ」
「当て馬?」
「主人公とその本命の関係を深めるために存在する切ないやつのこと」
なんだそれ。主人公とその本命って誰だよ。まさか、篤人と水野さん……?
だとしたら、俺が水野さんと一緒にいることが、かえって篤人を刺激してるってことか? 歯止めになるどころか、加速させてる……?
人のことに首を突っ込んでこない阿部に忠告されるくらい、俺のしてることは目に余るってことなのか?
「あれ、なんか珍しい二人組?」
はっとして振り向くと、橋本さんが立っていた。
「よう、凜花。めずらしく自習?」
「めずらしく、は余計でしょ。そんでもってハズレ。結菜どこいるか知らない? 連絡しても既読になんなくて」
「今日は家の用事があるって言ってたよ」
「え〜、そうなの!? ざんねーん。て、いうか」
急に距離を詰められ、勢いに後ずさる。顔を近づけられ、香水のかおりが鼻をついた。
「和田一臣。そろそろ結菜のこと解放してくれない?」
瞼に塗られたメイクと同じくらいぎらぎらとした瞳に捕らえられた。カラコンをしているのか黒目が不自然にでかく、人形みたいでぞっとする。
言われたことを理解して、俺は拘束なんてしていないと喉元まで上がってきた言葉が引っかかって出てこない。
「……する気ないわけ?」
「俺は拘束なんてしてない」
やっと飛び出した言葉に抗議するように肩眉を上げて何か言いかけたのを「嫌なら一緒にいなければいい」と遮る。
「そもそも橋本さんには関係のない話だろ」
「関係ありまくりだよ! わたしと結菜の時間を奪ってる」
「誰と一緒に過ごすかは水野さん次第だろ。八つ当たりしてくるな」
「はぁ? 結菜は桐島くんのことが好きなんだから、もう解放してあげてよ。あんたは結菜のことが好きなのかもしれないけど――」
「ストップ」
阿部が割って入った。言い足らないとわめく橋本さんの腕をつかみ、強制的に立ち去ろうとする。
「じゃあな、和田」
「お、おう」
じたばたしながら連れ去られる橋本さんを呆然と眺める。
――当て馬になるぞ
――解放してあげて
ふたりが見えなくなっても、言葉だけが取り残され俺を支配していた。
「よう」
「阿部」
「俺、ずっとここにいたのに気づかなかった?」
「え、マジで?」
注目されることが多いので、人からの視線には無頓着でいるようにしている。声をかけられて初めて知り合いに気がつくことが多い。
苦笑していた阿部が、ふと思いついたように辺りを見回した。
「今日は結菜いないんだな」
「毎日一緒にいるわけないだろ。今日は家の用事があるみたいで来ない」
「ふぅん。……なんか」
急に黙り、なにか言いたげな視線を感じた。
「仲がいいんだな。予定を把握してるなんてさ」
「そういうわけじゃ——」
「いいんじゃない? ま、俺には関係ないけど」
さらっと流されて、自分から弁解することでもなかったかと思い直す。
別れ際、篤人の様子が気になったので訊いてみることにした。舞への気持ちを自覚した篤人だけど、連絡をとったりしてるかどうかについて。
「え、あいつ、まだ元カノ忘れらんないの?」
「あー、阿部には言ってなかったのか。ごめん、聞かなかったことにしといて。で、なにか知ってる?」
「いや? まぁ、俺に全部言ってくるわけじゃないから」
「そっか……」
篤人が舞に振り回されてぼろぼろになったときでも、阿部は何も言わずただ見守っていた(俺は騒ぎまくってたけど)。篤人も阿部のことは信用してるだろうし、なにか言ってるかと思ったけど空振りだったか……。
「それにしても、あの女のどこがいいんだろうなー」
俺の呟きに阿部は少し考えるようにしてから「なんていうかさ」と続けた。
「そういうのは俺らにわかんねぇよ。桐島だってロクデナシじゃない。あいつだけが知ってる良いところとか、魅力があるんじゃねぇの? 知らんけど」
舞の良いところなんて、まったく思い当たらないけど。そういうものなのかな……。
「まぁ、ヨリ戻すことはないだろ」
確信めいた言い方にどきりとした。阿部はどうしてそう思うのか。
「桐島が本気で好きなら、どんなツテ使っても彼女と連絡とって、今ごろもうつき合ってる」
たしかに。舞が好き、と宣言した割には何も行動に移してない。自分の気持ちに真っ直ぐな篤人がなぜ? もしかして——
「本当は、舞のことが好きじゃない……?」
「案外、本命は別にいるのかもな。桐島自身がそう思いたくないだけでさ」
本命は別にいる……? 誰だ、まさか。
「……和田さ、おまえ恋愛小説とか、漫画とか読む?」
急な話題転換に戸惑ったあと、首を横に振る。阿部がふっと鼻で笑った。
「気をつけないと、当て馬になるぞ」
「当て馬?」
「主人公とその本命の関係を深めるために存在する切ないやつのこと」
なんだそれ。主人公とその本命って誰だよ。まさか、篤人と水野さん……?
だとしたら、俺が水野さんと一緒にいることが、かえって篤人を刺激してるってことか? 歯止めになるどころか、加速させてる……?
人のことに首を突っ込んでこない阿部に忠告されるくらい、俺のしてることは目に余るってことなのか?
「あれ、なんか珍しい二人組?」
はっとして振り向くと、橋本さんが立っていた。
「よう、凜花。めずらしく自習?」
「めずらしく、は余計でしょ。そんでもってハズレ。結菜どこいるか知らない? 連絡しても既読になんなくて」
「今日は家の用事があるって言ってたよ」
「え〜、そうなの!? ざんねーん。て、いうか」
急に距離を詰められ、勢いに後ずさる。顔を近づけられ、香水のかおりが鼻をついた。
「和田一臣。そろそろ結菜のこと解放してくれない?」
瞼に塗られたメイクと同じくらいぎらぎらとした瞳に捕らえられた。カラコンをしているのか黒目が不自然にでかく、人形みたいでぞっとする。
言われたことを理解して、俺は拘束なんてしていないと喉元まで上がってきた言葉が引っかかって出てこない。
「……する気ないわけ?」
「俺は拘束なんてしてない」
やっと飛び出した言葉に抗議するように肩眉を上げて何か言いかけたのを「嫌なら一緒にいなければいい」と遮る。
「そもそも橋本さんには関係のない話だろ」
「関係ありまくりだよ! わたしと結菜の時間を奪ってる」
「誰と一緒に過ごすかは水野さん次第だろ。八つ当たりしてくるな」
「はぁ? 結菜は桐島くんのことが好きなんだから、もう解放してあげてよ。あんたは結菜のことが好きなのかもしれないけど――」
「ストップ」
阿部が割って入った。言い足らないとわめく橋本さんの腕をつかみ、強制的に立ち去ろうとする。
「じゃあな、和田」
「お、おう」
じたばたしながら連れ去られる橋本さんを呆然と眺める。
――当て馬になるぞ
――解放してあげて
ふたりが見えなくなっても、言葉だけが取り残され俺を支配していた。
